340 手打ち式
はあ、大分前から書きたかったシーンの筈なのに、何で……
「では、これより手打ちを始めさせていただく」
町の外に張られた陣幕を背後にして、小さな組み立て椅子に座ったミムズが左右を見回して確認するのに、十数メートル程度の距離を取って対面するように座っている俺とピリム・カテンが頷く。
ピリム・カテンの後には『四弦万矢』と騎士のクンネ・テリムが立ち、更にその後ろにそれぞれのパーティーメンバーが控えて、何かあっても良いように軽装とは言え武装してきてる。
まあ、俺の後にもうちのパーティーの皆がいるし、魔法を使えるハルや、毒がメインのトーウなんかは装備無しで戦えるし、ミーシアだって『獣態』を取ればとんでもない事になっちゃうもんな。こっちの情報なんかは噂で知られてるのかもしれないから、手打ちが終わるまでは敵対関係のままである以上は、向こうが警戒するのも仕方ないか。
しかも、俺とピリム・カテンの椅子の右前に用意してあったテーブルには抜身の鉄剣が、切っ先を相手の方に向けてすぐに取れるような感じで置かれてるし、これはアレか、向こうがもしもいきなり仕掛けて来たりしたらこれで身を守れって事なのかな。
「まず確認させていただくが、事前に取り決めた合意内容に双方異存はあるまいな。手打ちとなった後で内容に否を唱える事は許されぬが、よろしいか」
ミムズと一緒に、その横に座った尼さんが同じように左右を見渡してるけど、今回はライフェル教の二人も仲裁側に入るって話だったからな。
しかしまあ、ミムズ達の背後にはラースト家とライフェル教の旗が、ピリム・カテンの後にはカテン家、テリム家、後は『四弦万矢』のキテシュ家の家紋の三つが並んでたなびいてる、なのに俺の後にはなんも無いからな。
俺は無位無官だし、家柄がある訳でもないから家紋なんてないのは当然だからな。みんなにしてもアラの来歴はよくわからないし、他の皆は奴隷身分だから元の家の家名や家紋を使う訳にもいかないから仕方ないんだけどさ。でもやっぱりちょっと締まらない気がするな。
(しかしまあ、ずいぶんと面倒な物だな、今までの話し合いで十分話が付いているだろうに、なんでこんな事してるんだ)
(仕方あるまい、向こうは仇討ちを公式に届け出ておるのじゃからの、そうである以上は何もせずに届け出を取り消す訳にも、このまま家へ戻る訳にもいかぬ、仇を討つ訳にいかなかった理由が必要じゃからの。ミムズが仲介し手打ちとなったというのをはっきりと示す為にもこういった事は必要じゃろうて)
ああ、事実を作るって事なのか。
(それにアキラが公表して居るとはいえ、ユニコーンの一件はこの辺りにまでは伝わっておらなかったというのに、仇討ちの取り消し理由を届け出るとなれば、そう言った汚名を自ら広めるも同然のこととなる、そうなればさらに立場が悪くなろう。手打ちと名誉回復の無いままで仇討ち取り消しを届け出るとなれば、ピリム・カテンの取れる方法は騎士の家の娘であった事を捨て一人生きるか、まあそうなればカン・キテシュの言う通り遅かれ早かれ春をひさぐ事になるじゃろうが、もう一つは自暴自棄となり正当性が無い事も勝ち目がない事も承知の上で、取り消さずに仇討ちを強行しお主かアキラに仕掛け討ち取られるか、といった所じゃろう。カン・キテシュとしてはそれを避けるために、手打ちがなされた事をしっかりと示したかったのであろう。まあ一通りの事が済んだ後で、お主の手紙をもってアキラの下へ行ってからも大変じゃろうがの、あのアキラの事じゃ良いようにキテシュを使うのではないかの)
うーん、まあ、だからこそあんな感じだったのかもしれないな。
最初の会談でこっちの正当性を示すのを優先してピリム・カテンを追い込みすぎたからな。あの段階でもうこっちの有利が決まっていたってのに、更にピリムの暴発を無かった事にするなんてので相手に必要以上に貸しを作ったから、向こうとしてはそれらを理由に無条件での手打ちを迫られてどうしようもなくなるんじゃないかって気が気じゃなかったんだろうな。
ピリム・カテンが現状のまま、身を崩さずにいられる最低ラインがアレだったんだろうから、そこを通す為にもなりふり構ってなかったんだろうな。
(儂としては、お主がもっと向こうからの条件を吹っ掛けなかったのが意外じゃったがのう。向こうとしても、無理を言っているのは解っていたじゃろうから、お主が望めば金銭はもちろん他にも様々な譲歩を引き出せたじゃろうに)
いや、追い込みすぎはねあんまりさ、追い込まれて下がり続け後が無い所まで行っちゃえばもう前に出るしかないんだからさ。親会社に追い込まれ続けて、破綻しかけた子会社が外資や競合他社に技術をもったまま身売りして、親会社が損害を受けたなんて話は向こうに居たころはたまに聞いたしね。
下手な条件交渉をして、相手のデッドラインを越えちゃったりしたら後は対立しかないだろうからね。
(あそこまで追い込んでおれば、お主が普通の冒険者ならばピリム・カテンの身柄を要求する事もあり得たじゃろうな。家の名誉を回復させる代わりに、嫁にして家督の権利を奪うと言った要求も十分出来たじゃろうて、それだけの事を仕出かしておるからのう)
いや、そんな事言っちゃったら確実に向こうは暴発するよね。そうなったら被害は俺達だけじゃなくて、カミヤさんとこの騎士団連中にも結構な損害が出るだろ、実際に軍隊相手に勝っちゃうような奴なんだし。
(まあ、それでも拝師の契りを交わし師弟となる事無く技を伝授されるというのは、こちらとしては望外の報酬じゃったがの)
え、そこまですごいの、まあ確かに戦力アップになる事だけど。
(前にアキラも言っておったじゃろう。独自の職やスキルは、それを保有する流派や家門、国などで厳重に守られ外部への流出を禁じておる。許しも無く技を盗むような行為、例えば他流派の者が無断で他者の修練や技の教授を覗き見ようとすれば、それだけで命の奪い合いに発展しかねん)
そう言えばそんな話を前にカミヤさんとしたか、あの時は俺のまだ何が出るかもわからない職とそのスキルにあの人即金で金貨八万枚とか言い出したからな。まあ勇者の職とスキルだってのも有るんだろうけど、強力な技にはそれだけの価値があるって事なんだろうから。
考えてみれば、集団で保持している技術って事は、企業秘密みたいなものか、いやこの場合だと兵器の設計図とかかな。
(広く知られた一般的な技などならば、多少の兵役を務めるだけで習う事も出来るじゃろうが、流派独自の物とならば通常は弟子にならねば伝授されぬ。そして師弟となるという事は『師父』『弟子』と言う言葉からも解るかもしれぬが、実の親子と同等の関係とみなされる。つまり弟子になるという事は技を教えてもらう代わりに師の支配を受けると言う事じゃ)
うえ、親子関係と同等って事は、流派の為に死んで来いみたいな命令もできるって事だろ。それは確かに生半可な事じゃないわ。
(まして、四弦万矢のような大きな実績の有る者のスキルとなれば、弓系の戦闘職の者達にとっては垂涎の的じゃろうて)
まあ、聞いた話だと『四弦万矢』の場合は『魔道具』の効果のおかげもあるんだろうけど、それでもいろいろな弓系のスキルが手に入るっていうのはアラの強化につながるだろうからね。
「双方異存は無いという事なので、続けさせていただく、ピリム・カテン卿、前へ」
「は」
完全武装したピリム・カテンがゆっくりと進んで、コの字型に配された三者の席の丁度中央あたりで止まり、ミムズと俺の方にそれぞれ一礼してから、ミムズに背を向けて剣を抜く。
「いざっ」
ピリム・カテンが剣を構えて向き合う先には、訓練の標的なんかに使われる木の人形が置かれそれに俺が街中での普段着に使ってた上着とズボンが着させられている。
あれは多少防御性能があるけど、そこまで高くない普通の服だし、代わりの服を買ってもらったけど、なんかな。
(これは、今回のように状況的に仇を取る事が出来ない、あるいは許されぬ場合に取る儀式でな、こうして仇の衣服を纏わせた人形を仇に見立てて斬り倒す事で、恨みと無念を晴らし死者に対する義理を果たした事とするのじゃ。仇討ちは家の名誉や信用を回復させる為と言う事になってはいても、感情と言う物は無視できる物では無いからの、実際に何が解決する訳でもないが、踏ん切りをつけるための儀式と言う所よ)
ああ、まあそうだよね、損得計算でわかっていても感情では許せないからなんてのは十分あり得る事だろうからね。しかし、仇の代わりに衣類を切るってなんかで聞いた事があるような……
(そう言えば、なぜお主はこれを不思議に思っておるのじゃ、確かこのやり方を伝えたのは過去の『勇者』の筈じゃぞ)
え、まじで。
(仇討ちで、優秀な武芸者が失われるのを憂慮した神官長が時の勇者に相談した際に、お主等の世界の事例としてこのやり方を紹介され、人死にを出す事無く恨みに一区切りをつける方法として広めたはずじゃ、たしかヨジョウとか言ったかのう)
ん、ああ、豫譲って中国の古典、確か史記の話だったかな、でもあれってたしか仇討ちに失敗して捕まり自害する前に冥土の土産に服を切らせてもらって恨みを晴らして死んだって話で、あの話のままだとピリム・カテンは死ぬ事になるんじゃ……
いや、まあこの世界の人間は誰も原典の物語を知ってるはずが無いんだから、都合よく内容を変えて、恨みを晴らした事にしてお互い生き残るための方策にしたって事なのかな。ラクナのさっきの話でもあったけど、神殿としては貴重な戦力を迷宮以外で浪費されるような風習っていうのは変えたいんだろうからな。
「つああああ」
気合の声と共にピリム・カテンの剣先が人形の胸の真ん中を貫く。
「はああああ」
横薙ぎの一撃が人形の胸部前面の上着を切り裂く。
「えええい、『強斬』」
縦一文字の一撃が上着とズボンごと人形を両断し、ちぎれた布が風に飛ばされていく。
「カテン殿、お見事」
「お父上の御霊も慰められたことで有りましょうぞ」
剣を鞘に戻したピリム・カテンにミムズ達が声をかけるが、ピリム・カテンはそれに軽く一礼しただけで、俺達の方へと向き直りゆっくりと歩いて来る。
「リョー殿、貴殿に感謝と謝罪を」
鞘ごと抜いた剣を右手に持ち替え、鞘を握ったままで取っ手をこちらに向けながらピリム・カテンが跪く。
「此度の手打ちを受け入れて頂き、また当家の為にご配慮いただき、まことに有りがたく思います。これまでのわたくしの言動および、当家の者の不手際をお許しいただきたい」
え、この手打ちって、こういう流れだったの、いや目の前で若い女の子が地べたに跪いて額が付きそうなくらいに頭を下げてるとかって、ちょっとアレな光景なんだけどさ。
(ラクナ、これはどうすれば良いんだ)
確か右手で柄を掴むのは敵意の無い事を示すポーズだけど、取っ手をこっちに向けるのは無抵抗と言うか気に食わなきゃそのまま抜いて切っても良い位の意味で、降伏に近いポーズじゃなかったっけ。
(本来はここまでする事は無いのじゃがのう、まあ、相手の謝罪と感謝をお主が受け入れたことを言葉なり仕草で示せば、それで手打ちの成立じゃ。そのまま切り捨てるという事も可能じゃがそうなれば、ピリム・カテン以外の血も多量に流れる事となるじゃろうがの)
いや、シャレにならないってそれ、ここでそんな事するとかってどこぞの任侠映画じゃないんだからさ。
あ、任侠映画か、それっぽい感じで返答すれば場の流れを崩さずに終わらせれるのかな。
ピリム・カテンの前までゆっくりと進んでその場でしゃがみ、突き出された剣の鞘を握って軽く引き寄せる。
「あっ」
一瞬躊躇しかけたピリム・カテンがすぐに鞘を掴む右手を放す、うーん緊張してるな、髪の間から見える首筋とかに汗が浮き上がってるよ。
「それ以上気にする事は無い、今日ここで手打ちになるんだ、俺達がした事もそちらの家のした事も水に流そう。これからは共に『迷宮』に挑む事になるんだ、恨みもしがらみもこれで忘れて、一時とは言え仲間として共に頑張ろう」
ピリム・カテンが左手で受け取りやすい位置に鞘を差し出して言ってみたけど、こんな感じでいいかな。向こうを信用してるって風に取って貰えたよね。
「リョー殿、かたじけない」
一度顔を上げた、ピリム・カテンが、鞘を受け取ってからまた深々と頭を下げる。う、うん一応こっちの意思は伝わったみたいだな。
「双方ともに手打ちの意思をこの場で示された事、このミムズ・ラーストが見届け、証明いたす。その証として双方の刃を納めさせていただく」
ミムズの言葉に合わせたように、空の鞘を一本づつ持ったディフィーさんとサーレンさんがそれぞれの陣営に置かれた抜身の鉄剣の所へ歩いて行き、周囲に見せつけるようゆっくりとタイミングを合わせながら鞘に納めていく。
そうか、あの剣はまだ対立の最中だって事を示してたのか、それが手打ちになったから剣を鞘に納めたって事ね。
剣を持ったままでディフィーさん達がミムズの元に戻ると、細長い紙を取り出したミムズがそれを鞘と柄に絡めて抜けないようにして、合わせ目に蝋をたらして手紙のように封蝋に印章を押す。
「双方の対立の剣はご覧の通り当家の家紋にて封じた、この封を破りて剣を抜き相手に向ける事は、すなわち当家への敵対でもある事をゆめゆめお忘れなく」
封じられた剣をディフィーさんたちがまた俺達の方に持って来るけど。
(ラクナ、これはどうすれば良いんだ)
(普通に受け取って持っておればよい、騎士や貴族等であれば宝物庫で代々保管し続ける物じゃが、所詮はこの場での儀式での物でしかない、お主が何らか交渉などでこの剣を利用する、あるいは将来的に手打ちを破るつもりがあるというのでなければ、神殿にでも預ければよい。大抵の冒険者などはこういった物を持ち歩く余裕はないゆえ、奉納と言う形で神殿などに丸投げしておるからの。数十年ほど経てば神殿の方で適当に処分し運営費用に充てるだけのことじゃ)
うわあ、ま、まあこれで、無事手打ちになった訳だし、先の事を考えなきゃね。
何しろまだやる事は山積してるからな、『四弦万矢』達と協力して『蠕虫洞穴』を攻略しなきゃならないし、その後は王女様の護衛とついでにその連中の粗探しとやること一杯だもんね。
俺達の戦いはこれからだって事か。
これまでありがとうございました、トオルの次回作にご期待ください。
と言うのは冗談です、打ち切るつもりもエタるつもりも現状ではありません、ただ少しの間更新を停止させて頂きたいと思います。
詳しくは先ほど投稿した活動報告で書きましたが、おそらくは数か月ほどになるかと。
実際今回の話も、かなり書いててキツくて、多分後で読み直すと書きたいことが書けてない事や間違いなどに気が付くでしょうが、現状ではこれが限界ですので、少し休んでモチベーションを充電できればと思います。
また、作品のキーワードから『感想には返信します』を外させて頂き、全ての感想に返信する事が出来なくなる事もあると思いますのでご了承ください。
もしもお待ちいただけるのでしたら、待っていただければありがたいです。
H30年1月30日 誤字修正しました。




