334 騎士達
(ほれ、そろそろ起きぬか、もうとっくに昼を越えておるのじゃぞ、徹夜明けの仮眠にしても寝すぎじゃろうて)
頭の中で響く首飾りの声に、ゆっくりと目を開けるけど、少し怠いな。
「ああ、最悪だ」
熟睡できなかったどころか、ほとんど眠れなかった。
いや、原因は解ってるし、『超回復』のおかげで多少の異常状態は無視できるはずの俺がこの程度の寝不足でこんなふうになってる理由も解ってる。
「たっくよ『俺の為ではなく、誰かの為に』ってなんだよ、俺は何様のつもりだってんだよ」
サミューが大切にしているだろう誰かに対して嫉妬するなんて、何を考えてるんだよ俺は。
「まさか俺にこんな強い独占欲があったとはな、ありえねえだろ」
だって、サミューは別に俺の恋人でも何でもないってのに。俺とサミューの関係性を解りやすく例えれば、個人事業主と雇用している従業員と言った所だろう。
ただの雇用主でしかないはずの俺が、サミューの私的な事情や内心までも独占したいなんて考えるとか、おかしすぎだろう。
いや、俺は雇用主なんて良い物じゃないな、何しろ俺は……
(つまらぬ事で悩みすぎじゃお主は、サミューはお主の奴隷であり、お主はその主じゃ、所有者が自己の所有物に対しての支配権を明確にさせようとするのは当然の心理であろうに)
俺は人身売買で彼女達の自由を奪い強制的に連れまわしているんだから、雇用主と労働者なんて言う生易しい関係なんかじゃない。
確かにこの世界の道理ならラクナの言う通りなのかもしれないけれど、それでも俺は日本人なんだ民主教育を受け人権と言う言葉の意味も知っている。少なくともこの世界に来るその日までは俺はその恩恵を受けて日本で生きて来た、ならば少なくとも俺は日本人の感覚のままで居たい。
この感情は間違いなく偽善や自己満足なんだろうけど、この罪悪感を無くせば、俺はホントに彼女達を『自分の物』だと考えてしまいかねないから。
こんなこと、生き残るための戦力強化の為なんていう、言い訳で人身売買をした俺のいえた事じゃないだろうし、封建制度が続いている階級社会のこの世界には合わないんだろうけれど、それでも、いやだからこそ皆に対しては出来る限りは誠意をもって同じ人として接するべきなはずなのに。
「だっていうのに、なんで俺はあんなふうにサミューへ……」
(ええい、何時までもうじうじと考え込みおって、今更悩んでもどうにもならんことではないか。こんな事は儂が言わずともお主は解っていると思っていたのじゃが、その様子を見ると解っておらぬのかあるいはわかっていたが忘れているのかもしれぬから言わせてもらうが、『反省』と『後悔』は全くの別物じゃぞ)
カーテンが閉め切られた部屋の中で、俺の頭の中にラクナの声が響く。
(反省とは、起こしてしまった失策を分析して失策に繋がった原因を解き明かし、同じ失策を繰り返さぬよう次に活かす思考じゃが、後悔とは自分の行った失策をただ悔やみ嘆くのみであり、次に繋がる物では無い。お主は儂が言わずとも反省の意味を知って居るかと思ったのじゃがな)
「反省できたって、やらかしてしまった事はどうにもならないだろう。俺はサミューに、あんな不義理を働いた上に、あんな風に彼女の人格を無視して自分の物のように考えるなんて……」
(まったくお主は、自分を無謬だとでも思っておるのか、人である以上間違いを起こすのは当然の事じゃろうて、問題はそれに対処できるかどうかじゃ、無謬なる者、失敗せぬ者などこの世におらぬ。それは『勇者』であってもじゃ、そもそも『勇者』が無謬ならばとうの昔に全ての『迷宮』が管理できておるじゃろうて)
いや、それはそうだろうがさ。
(少なくとも、お主は自分が間違ったことを認識できておるし、お主の考えたであろう最悪の結果になる前に対処する事も出来たのじゃ)
それはそうだろうけど。
(ええい、何時までもこんな薄暗い場所に居てはカビが生えてしまうわ、うじうじと考えておらず、食事でもしてくるがよい、お主がこうして居れば他の娘達も心配させるじゃろうが、ほれ見せかけだけでもしゃっきりせぬか)
う、コイツ、俺の切り崩し方をわかってやがる。そうだな、皆までも心配させちゃ本末転倒だよな。
「分かった、よし、昼飯を食べに行くか、サミューはまだ寝てた方が良いだろうけど、ミーシアやトーウはお腹を空かせてるだろうからな」
これ以上悩むのなら、それはせめて多少なりとも建設的な方向になるようにしよう。
「はあ、至福でございました、この町の料理もとても素晴らしく、やはり『迷宮』が近いせいか新鮮な素材が多いですし、ここの『迷宮』は虫系の魔物が多いそうですので、虫料理も豊富でありました。ああイモムシのトロリとしたあの濃厚な味が今も舌の上に」
「うー、虫さんばっかだったよー、でも果物一杯でおいしかったね」
「え、えっと、普通の干し肉の料理もあったから、お、おなかいっぱいです」
「まあ、田舎町の料理店にしてはそこそこでしたわね、虫以外の食材の種類がやや限られていたのが難点でしたけれど」
とりあえず、うちの食べ盛りさん達は満足してるみたいだけど、確かにメニューは虫料理ばっかりでそれ以外は保存食を使った物だったからな。そのせいかトーウのリアクションがいつも以上に凄かったけどさ。まあ、俺はいつも通りサラダとパンだったんだけどね。
「サミューへのお土産も買ったし、そろそろ帰るか」
道沿いに有った屋台で軽食を買ったから、病み上がりのサミューでも食べられるだろう。あれ、そう言えばテトビはどこ行ったんだろ、まああいつの事だからどっかで適当に小金を稼いでるのかもしれないけど。
「見つけたぞ『不浄斬り』」
ん、なんだ、この声は、ずいぶんと力のこもった叫び声が背後から掛けられたけど、いや、このあんまり聞き覚えの無い二つ名は、ついこの間呼ばれたばっかだったか。と言う事は……
「リョー、一体なんですのあの女は、どう見ても貴方に関係がありそうですけれど、また何かわたくし達の知らないところで非常識な問題を起こしたのかしら」
ハルが不機嫌そうに振り向いた先には中学生くらいの茶髪の女の子、服装は普段着っぽい感じだけど、腰には体格に似合わないゴツイ剣を差してるな。
うーん、これは間違いないかな、その後ろの方に見覚えのあるデカい弓を担いだ獣人のオッサンがいるし。
「む、やはり貴殿が『不浄斬り』のリョー殿で有られたか、相手の言葉に左右され自らの目を信じられぬとはまだまだ未熟」
『四弦万矢』が両腕を組んで天を仰いでるけど、この様子だとだました事を怒ってるって訳じゃなさそうだな。
「キテシュ様は人が良すぎるのです」
そのすぐ横に控えていた、街中だっていうのに全身鎧にフルフェイスの兜なんて言う完全装備の女騎士が呟いてるけど、兜の中で声が籠ってるのか、声が聞き取りにくいな。
「まあ、それが『四弦万矢』殿の良いところではないかお嬢、抜け目のない『四弦万矢』殿など面白みがないでしょうからな」
いかにも魔法使いって感じで白い顎ひげを蓄えた爺さんが面白そうに笑ってるけど、雰囲気的にこの二人は『四弦万矢』の元々のパーティーメンバーなのかな。
他にも何人か後ろの方に居るけど、話してる三人の方よりも俺達の方に視線を向けてて、こっちを警戒してるっぽいし、『四弦万矢』達を入れれば三つに分かれて固まってるから。
ん、奥の方に居るのは尼さんかアレ、コンナみたいに坊主頭の若い女の人だけど、服装を見ると何度か見た僧侶の服に似てるような、まあ背中に槍を背負ってるってのは変な気がするけど。
「我が名はピリム・カテン、我が父ランヅ・カテンの無念今こそ晴らさせてもらう、いざ尋常に勝負致せ」
ああ、やっぱりその話か、ミムズ達の一件で忘れてたけどこれどうすりゃあいいんだろ。勝つ事は出来るかもしれないけど、返り討ちにしちゃうのは何とも後味が悪そうだし、対策法はいくつか考えてはいたけどまだ情報が足りないから、判断が付かないし。
「どうした、抜け」
体格に似合わない長剣を抜いて構えながら睨み付けてくるけど、ほんとどうしよう。うーん、ここでこの子を殺しても、メリットとしてはあんまりないんだよね。
せいぜい面倒事が一つ片付くってだけで、この間の襲撃者を殺した時とか、トーウ絡みの決闘騒ぎの時みたいなこれから先に対する抑止効果はないだろうし、逆にこんな公衆の面前で年端もいかない相手を切ったりすれば、余計な悪名がさらにひどい事になりそうだから。人の命と引き換えにするほどの必要性が感じられないんだよな。
何より、向こうにとっては自分が正しいつもりなんだろうから悪意があっての行動って訳じゃないんだろうし。
それに、この仇討ちを受けるとなると、自動的に後ろに居る連中がみんな敵に回るって事だろうしさ。
「お待ちなされ、カテン施主殿、この場での刃傷沙汰は無関係の衆生を巻き込みましょうぞ。はやる気持ちは解りまするが。本日は決闘の申し入れと日時と場所の確認に留めなされ」
ん、さっきの尼さんがいつの間にか前に出て、ピリム・カテンの剣を押えてるけど全然動きが見えなかったな。そのすぐ横には、二十代後半っぽい女の人がいるけど、黒髪でどことなく日本人っぽい顔立ちのような、もしかすると勇者の子孫とかなのか。となるとこの二人もかなりの強敵かも知れないな。
「フレミラウ法師、法師の御助言でやっと怨敵を見つけられたと言いますのに、いえ、法師が正しいのですね。凶刃に倒れた父上の汚名を返上し、当家の誇りを取り戻すためには正式な手続きを踏んだうえで、正々堂々たる決闘にてこやつを倒さねばならぬのですから。法師、この未熟者の不心得をお許しいただきたい」
剣を腰に戻したピリム・カテンが、尼さんに一礼してから俺の方に向き直り睨み付けてくる。
「我が亡父の名誉回復の為、『不浄斬り』のリョー殿に対して決闘を申し込む。既にこの仇討ちの届け出は領主閣下に届け出済みゆえ、正当な理由なく拒むことは許されぬ。日時の取り決めを、さあ」
く、もうこれは受けるしかないのかな、ラクナの話だときちんとした手続きをされた場合適当な理由で仇討ちの拒否は出来ないらしいし。
「待たれよ、その仇討ち、しばし待たれよ」
ん、叫びながらこっちに走って来るのは、アレはミムズ達か、おいおいあいつらまでこの一件に絡んでるのかよ。何かどんどん話がめんどくさくなってきたような気がするんだけど。
「双方、しばし待たれよ、この仇討ちに関して一旦このミムズ・ラーストが預からせていただきたい」
「な、ラースト卿、これはいかなる所存か、貴殿はその男に味方されるというのか」
「そうではない、どちらか一方に味方する訳でも、どちらかに敵対する訳でもなく、出来る事ならば中立の立場でこの一件の仲裁をさせて頂ければと思う。カテン卿の純粋な思いに嘘偽りがないであろう事はこの数日でよくわかり申したが。ただ自分はリョー殿と一度同じ陣営で共に戦った事がある。その上で言わせて頂ければ、リョー殿が何の理由もなく無辜を殺めるとは思えぬのだ。もしかすれば何らかの勘違いがあるかもしれぬ、どうかその一点を確認いたすまで、待っては頂けぬか。そして、双方ともに納得できる妥協点が有るのならば、どうかこの一件手打ちと」
お、ミムズが仲裁役になってくれるって事か、俺としては悪い話じゃ、ないのかな。この仲裁が破談になるとしても何が原因で恨まれてるのかなんかが解るっていうのは、この先の対応を考える上でのヒントになるだろうし。
「ふむ、確かに、向こうの事情を確認する必要はあるかもしれぬか」
顎に手を当てながら『四弦万矢』がそう呟くと、さっき止めに入った尼さんも賛同するように頷く。
「子としての孝行は大切でありますが、恨みを忘れ騎士としての本分に戻られ『迷宮』の脅威より衆生を守る事も大切でありましょうぞ、カテン施主殿、ここは一度心を鎮められ話をされてみては」
「御二方がそう申されるのであれば、このピリムに否やは有りませぬ。ミムズ卿の提案に従いましょうぞ、ですが話し合いをした結果、我が父の名誉のために戦うべきと言う結論に達した時は、ミムズ卿には決闘の立会人となって貰いますぞ」
「承知いたした、その際には一切の私情を排し騎士の名誉にかけて公平な見届けを行いましょうぞ」
H29年7月30日 誤字修正しました。




