293 嫌な話
「テトビ、俺の覚え違いじゃ無ければ、俺達の車列を襲撃してきた連中は全員を領府へ突き出し、犯罪奴隷にして売ったはずだよな」
「へい、あっしもそう記憶してやさあ」
なら確かにここに居るはずは無いよな。
「他人を見間違えたって事は無いのか、お前は離れた所から隠れて見てたんだろう」
「旦那、それはあっしを馬鹿にしてんですかい、こう見えやしてもあっしは情報の売り買いやそれを基にしたペテンを主な飯の種にしてんですぜ、そのあっしが情報の精度と信用が命のこの商売で、不確かな情報を流すなんて事はそれこそわざと偽情報を流せと大金を貰いでもしねえ限りは絶対にしやせんぜ。もしも内容に自信がない情報を伝えるしかねえって時は、きっちり不確定情報だって事を付け加えるのが商道徳ってもんでやさあ」
テトビが心外そうに言ってくるけど、そりゃそうか、今の俺のセリフじゃお前の仕事を信用してないって言ってるようなものだもんな。
「言葉が過ぎた、すまない」
だけどそうなるとさ、かなりおかしい事になるよね。
(ラクナ、犯罪奴隷になった犯罪者が直ぐに解放されて自由になるなんて事はあるのか)
(あり得ぬの、第一それでは罰としての奴隷落ちに意味がないではないか)
そうだよね、日本で言えば懲役の実刑判決を受けたのに、その本人が翌日には塀の外を平然と歩いているような物だからさ。いやこの場合だとただ単に自由になったってだけじゃなくて、捕まったはずの総会屋がなぜか株主総会に出席してるとか、お礼参りをほのめかしてるような物かな。
(確かに、恩赦と言う形で犯罪奴隷や受刑者が解放される事はごく稀にあるが、それは領主やその家、あるいは領地に余程の慶事が有った場合や、犯罪奴隷本人が自らの罪を雪ぐに足るだけの多大な功績をあげた場合などじゃが、それだけの事態が起こればすぐに噂になっているはずじゃし、恩赦が実施される前には正式な告示が行われ、恩赦の理由と解放されるものの名が伝えられる物じゃ、ならばこやつの耳にその事が入っておらぬのはおかしかろう)
正規の手順で解放されたわけじゃなさそうって事か、まあテトビが驚いたって言ってるんだから、その『黒弓』っていう冒険者が解放されてるってのはこいつにも意外だったはずだし。
「テトビ、俺はこの辺りにはあまり来たことが無いので一応確認しておくが、捕まったばかりの犯罪奴隷が特に理由も無く恩赦あるいは解放されるというのは、この地域ではよくある事なのか」
「旦那、そんな訳ねえに決まってるじゃないですかい、この辺りの領主様方がそんなど阿呆だったら、いくら『金剛杖』の親分が裏で纏めてたって、無法地帯になっちまいやすぜ」
そりゃそうか、罪を犯しても罰が軽く済むなら、犯罪抑止力なんて有って無いようなもんだよね。
と成ると、俺達が捕まえて役所に突き出した犯罪者が解放されてるってのはよほどのイレギュラーって事か。
(補足すれば、貴族の派遣した正規の車列やその使者を襲った重罪人を解放するという行為は、相手の貴族に対する敵対行為と取られてもおかしくはない、つまりは)
これだけでもう地元の領主はカミヤさんにケンカを売ってるようなものだって事か。
(それだけの行為じゃ、この辺りの弱小領主共が単独で判断できるような事ではないじゃろうな)
つまりはカミヤさんよりも影響力の有る相手から圧力が掛けられたとか、よほどの利権を持ちかけられたって事かな。いやもしかすれば領主本人はこの事を知らないで、現場責任者の役人とかが買収や脅迫なんかをされて独断でやったなんて事もあり得るのか、まあ、どちらにしろ。
「金の匂いがするな」
まあ、カミヤさんの権力を利用する前提になるけどさ、もしも領主が判断した行動だっていうのなら、それはもうライワ伯爵家に戦争を仕掛ける様なものだって事で相手の非を責めて有利な交渉に持ち込めるし、領主のあずかり知らない現場の暴走だっていうのなら、領主の監督不行き届きってことで賠償を求めればいい。
これで、解放された犯罪者が俺らに対して、また何かやって来てそれで車列に被害が出ようものなら、そんな相手を解放した責任問題がとんでもない事になるだろうし、そうなれば……
って何を考えてるんだよ俺は。確かにここで交渉をうまく運べばかなりの利益になるだろうし、カミヤさんの委任状を持ってる俺ならそう言った交渉も出来るけどさ、それって俺の実力じゃなくてカミヤさんの積み重ねてきた権力や影響力へのただ乗りだし受けてる依頼の範疇を逸脱する内容だから正当性も無い。第一利権を手にしたってそれはカミヤさんの物なんだからさ。何を欲丸出しにしてるんだよ俺は。
そもそも俺の今やるべきことは、結納品の護送なんだからさ、こんな所で交渉なんてしてたらどれだけの期間を浪費する事になるか。クリグ・ムラムじゃあるまいし、目的をはき違えちゃダメだよね。
「旦那、さっきまですごく怖い顔してやしたぜ、くわばらくわばら」
うーん、安全確保のために領主なんかと交渉するとしても、それだけでかなりの時間がかかるだろうし、そもそもこの領地はもうすぐ抜けるんだから、たとえ解放された『黒弓』を捕えたとしても、二度とこんな事をやるなってここの領主に脅しをかける意味は殆ど無いか。
「まあいい、この件に関しての抗議などは、伯爵領から直接して貰った方がよさそうだな。テトビ、出来るだけ早く伯爵に手紙を送る方法は何かないか、いやまてよ」
もしかすれば、こいつに頼まなくてもいいのかな。
(ラクナ、『神官長』に頼んでカミヤさんに伝言して貰ったり、報告書を渡してもらったりすることはできるのか)
あの人なら『転移』ができるからさ、どれだけ離れてても一瞬で済むよね。
まあ、その手紙を読んだカミヤさんが交渉役の使者をこの領地に送る事になるだろうから、到着までに日数がかかるだろうけど、俺が手紙を普通のルートでカミヤさんのとこに送って、それから交渉役がここまで来るまでを考えれば日数が半分になる計算だからさ。
(お主『神官長』殿をなんだと思っておるのじゃ、仮にも最大勢力を誇る宗派の最高責任者じゃぞ、その相手を伝令や配達人代わりに使うなどと。まあ、確かに過去の『勇者』もそう言った行いはして居ったし、連絡する相手はあのアキラじゃし、今回の一件は神殿にも関係の有る事じゃから、問題はそれほどなかろうが、これに味を占めて多用するようなマネはするでないぞ)
ああ、まあ取引先の社長さんをパシルような物だもんな、まあ今回に限っては、頼むのが可能ならやっちゃおうか。
早めに対処してくれれば、もしかすれば車列の安全にも影響してくるかもしれないし、こう言った事でカミヤさんがうまく動いてくれれば、この先の依頼達成とかにもいい方向に働いたりするかもしれないしね。
「テトビ、手紙の方は俺で手配しておくからいい、また何か情報が有ったら知らせてくれ」
うーん、しかしこのままだと、直接的な抑止力は殆どないよな、たぶん勧誘をやっている『黒弓』を次の戦闘で倒しても、また別な冒険者がスカウト役として雇われるんだろうし。
襲撃してきた連中を倒して犯罪奴隷にしても、すぐに敗者復活されちゃうんじゃ相手の数は減らないどころか徐々に追加されて増える一方になって、何時かじり貧になりそうだし。
しかも仕掛けてきた相手を倒しても、相手は手配されてる盗賊とかじゃなくて雇われただけの冒険者だから報奨金とかの収入も無いから、こっちは被害を受けるばかりで、儲けが少ないからこういう事が続けば士気が落ちそうだし。
これは何か手を考えておいた方が良いのかもしれないな、冒険者たちに依頼しているだろう黒幕に対して俺が何かするっていうのは無理だろうけどさ、雇われているだけの冒険者を思いとどまらせるような、これ以上この仕事を続けたくない、新規で受けたくないと思わせるような、何か抑止力に成るような方法を考えないと。
「ん、抑止力、抑止力か」
確かにこの方法なら、俺だけで出来る手段だし、上手く行けば雇われるだろう冒険者連中を思いとどまらせるインパクトも強いはずだ。だけど、だけど、その手は。
昔読んだ小説の主人公のセリフに『勝つことばかりを考えてると、人間は際限なく卑しくなる』なんて感じのセリフが有ったけど、まさにその通りだな。
目的の達成だけを第一に考えていると、どうしても他の重要な事が見えなくなって、ひどい事も平気で考えるようになるってことか。これは営業でもあったからな、契約成立を優先するせいで、賄賂や談合なんかをしちゃって、結果として契約は取れたけど後でなんてのが有ったか。
確かに、目的の達成だけを優先して、その為に手段を択ばなければ出来る選択肢は増えるだろうし、より確実な方法も有るけど、だからってそれをやるっていうのはいいのか。
だけど、そうしないと、危険なのは確かだし。
「リョー殿、前方に敵と思わしき一団が柵や空堀をあつらえていると、偵察に出していた者より報告が有ったのだが」
やっぱり来たか、テトビから報告を受けた町を出てから三日目、今朝別な街を出たってところだったんだが、まさかこんな所で仕掛けてくるのか。
(ふむ、白昼堂々とこれほどの通行量の有る街道上に、それも町からたいして離れていない場所で布陣どころか陣地構築までしておるとなれば、やはり敵は公権力に対してある程度の影響力を持って居るという事かのう)
そうだよな、俺ら正規の車列でさえ、他の貴族の領地を越える度に手続きが必要になってそれぞれの領主の許可が要るんだから。そのために本隊の車列とは別に使者を先行させて、そういった交渉を事前に済ませて置く必要が有るってのに非正規の冒険者集団がこんな所で勝手なことをやってたら、領軍なんかが討伐の為に向かってきそうだもんね。
そう言った様子が全く無いって事は、領軍も敵の事を知っていて見のがしているって可能性が高いんだろうな。
「報告では敵の陣地は柵や空堀だけではなく土嚢や板塀、更には簡易の小屋なども用意しているとの事で、弓や投擲などの遠距離手段は効果が薄いかと思われる」
と成ると、土嚢ごと巻き込めるような広範囲の魔法とか、柵を乗り越えたり破壊して接近戦に持ち込むかか。後はアラのスキルなら土嚢や板を貫通して向こう側の敵を撃てたりするのかな。
「ん、みえてきましたな」
(ふむ、確かにアレはなかなかの物じゃのう、普通の弓矢程度ではわずかな隙間を縫わねば当てられぬか、それでいて向こうは矢狭間からこちらを狙えるという訳じゃな)
うわあ、ラクナの言う通りすごいな、あれは陣地構築と言うか要塞化って言えるんじゃないだろうか。
まあ、そうは言ってもさ。
「多少守りを固めた所で、わたくし達の敵ではありませんわ。リョー、いつも通りわたくしとアラの雷撃魔法で相手の動きを止めて、ミーシアの突撃で柵や土塁を破壊いたしますわよ」
まあ、今まで上手く行ってた必勝パターンだから、今回もそれで行くべきだな。でも念のため。
「分かった、だがミーシアは『獣態』用の獣鎧を着けて突撃するようにしてくれ、アラとハルも相手の弓矢の射程を考えて距離を取ったり、狙われないよう遮蔽物を利用して魔法を使うようにしてくれ」
あれだけ矢狭間を用意しているって事は向こうには弓矢なんかの遠距離攻撃手段が使える戦力をそれなりに用意してるんだろうからな。
となれば突撃してくるミーシアは狙い撃ちにされるだろうから、重装して矢を弾けるようにしておかないとさ、ミーシアなら多少重たくなっても問題なく走れるからね。
H28年11月24日 誤字修正しました。
H29年8月22日 誤字修正しました。




