271 旅の餞別
「やってるな、どうやらクリグ・ムラムがいつものをやったようだが」
大分場が盛り上がってきたところで何時の間にか会場に居たカミヤさんが俺の方に近づいてきたけど、いいのかなここでこんな事してて。
「カミヤさんは、主催者なんですから挨拶とかしなくてもいいんですか」
「ふん、雇い主っていうのは金だけ出したら、後は黙って結果が出るのを待ってればいいんだよ。俺が直接指揮を取って現地まで行くっていうならともかく、行けと言うだけで、のんびりふんぞり返っているような奴が余計な口出しをしても現場が混乱するだけだろ」
ああ、確かにそれはそうだよね。うちの職場でもあったもんな、現場を知らない事務方やクライアントがいきなりとんでもない変更を持ってきたせいで、営業の俺らまで現場や取引先に頭下げて回ったなんてのがさ。
「それなら、どうしたっていうんですか、他の連中がカミヤさんに気づいたら委縮すると思いますけど」
「ああ、お前にちょっと用事が有ってな、少し来てもらってもいいか」
「はい、構いませんが」
一体なんだろう、まさかこれから行くムルズ王国やラッテル家に何かあったのかな。
「ほれ、連れて来たぞ」
カミヤさんに連れてかれた先に待ってたのは、一人のメイドさん、緑色の髪で角が生えててって、ヤッカじゃないか、どうしたんだろ一体。
「あ、あの、冒険者リョー様」
な、なんだ、急に様付って、いや、そう言えば今ここで行儀見習いって事でメイドの修行をしてるんだっけ、いやでもあれは俺の残した手紙の勘違いが原因だったはずだけど、その間違いが解けたからもうやめてもいいはずなのに。
いや、今はそれを考えるよりも何の用事なのかだよね。
「この度の遠征は、大変危険が、伴うものと、お、おきゅきしました」
あ、噛んだ、やっぱりまだ敬語は慣れてないのかな、前はボクッ子口調だったもんな。
「リョ、リョー様の旅の御無事を、き、祈念して、く、薬を用意させていただきました」
そう言って、ヤッカが差し出してきたのは、結構大きな布袋に詰まった、茶色の塊と、一抱えは有りそうな小樽、これってもしかして……
「リョー様の事を思いながら、全てわたくしが作りました、どうかこの薬をわたくしだと思って、だあああああ、こんなこっぱずかしいセリフをこれ以上言ってられるかアアアアアア」
あ、真っ赤な顔をして走って行っちゃった、恥ずかしかったんだろうな、だってどう考えてもこの薬の正体ってさ。
聖馬の不苦無痛丸 LV18
効果 HP/MP全回復及び最大値微上昇 死亡・自然病以外の全異常状態回復 毒・石化・麻痺・呪い・ステータスダウン・魅了・混乱の一定時間防止 一定時間最大HP1割上昇 一定時間強再生
聖馬の浄化水 LV18
効果 毒・呪いで汚染された土地・物品・液体の浄化 不死者に対して防御無効化・ダメージ大強化 中級不死者浄化 闇属性効果軽減 光属性効果増強
やっぱりか『馬の糞』と『聖水(笑)』だったよ、でもまあ、以前のと比べてレベルが上がってるし、効果も少しよくなってたり増えたりしてる。いや、でもそれよりもさ。
「これは、カミヤさんが仕込んだ茶番ですか」
どう考えても、ヤッカが自分でああいった行動をするとは思えないんだよね。となると俺をこの場に連れて来たこの人が一番怪しいんだけど。
「人聞きの悪い事を言うなよ、俺はただ単に頼まれて場を用意しただけだ、今回のシナリオを書いたのはユニコーン族の有志達だし、もともとの言い出しっぺはヤッカ自身だ、俺の依頼を受けて戦いに行くお前に何かできる事は無いかってな、ずいぶんと好かれてるじゃないか」
え、好かれてるのかな、どうもこの世界だと種を狙われてるイメージしかないんだけど。
「まあ、ユニコーン族にとっちゃお前は部族を救ってくれた恩人だしな、何よりあれだけの数の冒険者を一人で排除出来た実力を持った男の子孫が欲しいんだろうしな」
ほらー、やっぱり。
「とは言え、お前のために薬を用意したいっていうのは、ヤッカが自分で考えたことだ。それだけの数を適当な所で売りに出せば、ひと財産どころじゃない額になるぞ、何しろユニコーンの薬はただでさえ品不足で値段が高止まりしているっていうのに、ヤッカは『強化濃縮調合』の熟練度がユニコーン族の中でもかなり高い方だからな。ヤッカの薬をお前が持ってると世の中の金持ちどもが知ったら先を争って買い付けに来るだろうさ」
いや、何かな、『馬の糞』と『聖水(笑)』が本当は何なのか知ってるからさ、どうしてもそっちのイメージが強いから、こういう言い方をされると変態じみて聞こえちゃうんだよね。でもさ……
「これ、どうすればいいんでしょうか」
そんな高級品をタダで受け取っても良い物なんだろうか。
「ありがたく貰えばいいだろ、高い物と言っても原資は大した額じゃないし、ヤッカが多少頑張った程度の代物だ。それでありながら薬としての効果はお前も知っての通り最高級の代物だ、万が一戦争に巻き込まれた時には心強い代物だろ」
まあ、確かにそうか、俺は『超回復』が有るけど、他の子の場合ミーシアの回復魔法が間に合わない恐れもあるかもしれないし。
「それで、ムルズ王国から帰って来てから『ヤッカの薬が役に立った、ありがとう』とでも言ってやればいいだろ」
うーん、そんな感じで良い物なのかな。
「なんだったら『すごくおいしかった、また食べたい』とでも言ってやるか、そうなれば今日以上のダッシュが見れるだろうがな」
いや、それは変態じみすぎてて、アレじゃないですか。と言うかこの人……
「カミヤさん、完全に楽しんでますよね」
「当然だろ、若い連中の色恋沙汰なんざ、俺らぐらいの年のモンにしちゃあ絶好の娯楽だからな。それに前も言ったと思うが、俺の立場としてはお前には、出来るだけ多くの子種を俺の関係者にばらまいてほしいところだからな。ヤッカを妾にして貰えるんなら、俺としてもユニコーン族としてもありがたい話なんだが」
「いや、ですからそれは」
俺には『禁欲』が有るんですからね、それに良識の有る社会人としてもそんな種をばらまくなんて無責任なマネをするのはさ。
「解ってるって、今はまだそれが出来ないっていうんだろ。だが知っての通り俺は自分の利益になる事には貪欲だからな。少しでも気が変わったらいつでも構わないから言ってくれ。それとこれも俺の利益のために渡しておこう」
そんな事を言いながら、カミヤさんが懐から出してきたのは書類かな、何の書類なんだろ。
「ええと、『この書状を持つ者、冒険者リョー・サカキへ我がライワ伯爵家に関する以下の権限を貸し与える ライワ伯爵家当主 アキラ・カミヤ・ライワ』って、これ」
思いっきり公印が押してあるから冗談じゃないんだろうし、しかもこの内容って。
「貸し与えられる、権限の種類や範囲が書かれてないんですけど」
これって不味くないですか、この書き方のままだとさ。
「いわゆる白紙委任状って奴だな、歴史とか物語とかだと白紙手形なんて言い方もするがな」
やっぱりかい、つまりはこの書類に好き放題に権限を書き込めば、伯爵家を自由にできるって事だよね。軍隊だろうと、騎士団だろうと自由に動かせるし。財政やら領民だろうと好き放題に出来ちゃうって事だよ。
「何を考えてるんですか、一冒険者風情にこんな物を発行しちゃうなんて」
さっき、クリグ・ムラムに言われた事だけでもやりすぎだと思ったってのに、こんな書類まで渡してくるってオッサン正気ですか。
「大したことじゃないだろ、今回お前に依頼した内容は、相手が国や大貴族だけあっていざという時に何が必要になるかわからんからな。本来ならその都度俺が権限を付与できればいいんだろうが、距離が有りすぎるからそんな訳にもいかないからな。かといって下手にお前の権限を制限して失敗されては目も当てられないからな」
いや、だからってさ、これはないでしょ。
「解ってるんですか、わたしがその気になってこれを悪用すれば、伯爵領を乗っ取ることだってできちゃうんですよ」
この書類は、全権委任状になっちゃうからね、なんだってできちゃうからさ。
「確かに出来るんだろうが、お前はやらないだろ」
いや、そんな当たり前のように言われちゃってもさ、えっと、これは信用されてるって事なのかな。
「確かに『聖者』の職を取りましたけど、わたしは聖人君子って訳じゃないですから、大それた野心を持っていてもおかしくないと思いますけど」
「別にお前の良心を信じているわけじゃないからな」
あれ、おかしいなこんな真面目な人間を捕まえて。
「前も言っただろう、お前は計算の出来る人間だ、この程度の餌をチラつかされた程度で勝ち目のない賭けには出ないだろ。少し考えれば、たとえ伯爵家を乗っ取ったところで俺をどうにか出来ない事なんてすぐに解るだろうしな。まあ俺としてはそれはそれで楽しそうでいいんだがな」
言われてみればそうだよね。ライワ伯爵家の影響力や武力って、極論すればこの人の『勇者』としての能力に依存してるんだもんね。カミヤさんの戦闘能力が有れば、伯爵領軍のぜんぶが敵になっても返り討ちに出来るどころか、伯爵領そのものを更地に出来ちゃうんだもんね。
手塩にかけて育てただろう軍勢や領地を自分の手で壊滅させるのは、この人にとって痛手だろうけどこの人自体にはほとんどダメージが無いだろうし、一方の俺は確実に殺されるだろうな。
確かに、普通に計算が出来ればたとえ乗っ取ることまでは出来ても、この人をどうにか出来ない限りチートな攻撃力で引っくり返されちゃうもんな。ほんとチートって反則だよ。
そもそもいくら書類で権限を与えられてるって言っても、伯爵領の軍隊がカミヤさんに刃向えなんて命令に大人しく従ってくれるとは思えないもんな。ゲームのキャラクターじゃないんだから、何も考えずに命令に大人しく従うなんて事はあり得ないからね。
騎士なんかは普通に忠誠心が有るだろうし、兵士もカミヤさんの強さは知ってるだろうから敵に回るなんて考えたくもないだろうから。下手をすれば俺が寝首を掻かれるんじゃないかな。
それにカミヤさんの影響力は、伯爵家としてのそれだけじゃなくて、この人が種をバラ撒きまくって各地に作った人脈なんかも有るから、それは権限だけじゃどうしようもないもんね。
うん、考えれば考えるほど、この書類だけで伯爵家を乗っ取るってのは現実的じゃないわ。この人自体をどうにか出来る様な奥の手でもなきゃ、確かにやる気にもなれないな。
「なあ、ちょっと考えれば解るだろ。さてと、理解して貰えた所で、この権限をどういう風に活用するか考えておいてくれ。ただあまり早く使うのはやめた方が良いだろうがな。一応お前の立場は一時的に家臣として雇い入れた信用できる冒険者と言う事になっているからな。それが俺がそれだけの権限を与えられるだけの相手だとなると、俺と神殿の関係からお前自体が神殿側の人間だと思われかねない」
そう言えば、ムルズ王国や神殿の息がかかってない人物って人選で、一応はフリーの冒険者って事になってる俺に白羽の矢が立ったんだっけ。
「護衛任務が済んだ後でならいくらでも取り繕いようは有るが、王女と神殿の会談前にそういった疑いをもたれると、王女のラッテル領来訪自体が無くなりかねん。向こうの勝手で会談が中止になるならともかく、ほんの少しでもこちらに不手際が有っては、俺や神殿の狙いが水の泡になるからな」
ああ、なるほどね、こっちから言いがかりを付けられるようなマネは出来ないもんね。じゃあ、なんでこんな物を用意したんだろ。
「会談の後で何が有るか分からないしな、それに万が一ヤスエイと何かあった時に、うちの戦力が必要になるかもしれないし、それが有れば元勇者を討伐する大義名分にもなる。何しろ奴は裏社会にどっぷりつかって色々やらかしてるせいで、いくつかの国や貴族家から指名手配されている。もちろんうちの伯爵家もそうだからな、俺の名代として奴を殺しても誰も文句は言えん。ついでにムルズ王国も奴を犯罪者として手配しているから、匿っている事がはっきりできる様な証拠を手に入れれば、それを使って俺の代理として公式に糾弾して交渉のネタに出来るぞ」
交渉のネタって、オッサン、俺にどこまで期待してるんですか。
「それと、こいつはライフェル神殿からの餞別だ」
そう言ってカミヤさんが差し出してきたのは、ミサンガみたいな短い紐だけどなんだろこれ、何本も有るけど。
「そいつは『埋没の飾り紐』って言ってな、それを『魔道具』に付けておけば『鑑定』されても、大した事の無い装備品に『偽装』された結果が出るうえに、『幻覚』の効果も有って、見た感じも『偽装』結果に即したものになる。貴重な装備品や奥の手を隠しておくには最適なアイテムだが、かなりの貴重品でな、俺自身こんなに何本もそろってるのを見るのは初めてだ」
そんなに凄い紐なんだ、でも俺には丁度いいのかも、『勇者の武具』なんて持ってるのがばれたらとんでもない事になるだろうし、レネルの時みたいに持ってる装備から対策を立てられる恐れもあったからね。
「ありがとうございます、大切に使いますと神官長に伝えてください」
とりあえずは『勇者の武具』と『軽速の足環』、あとは『斬鬼短剣』に付けるかな。
すみません、リアルの方が忙しくなりそうでして(7月末から8月上旬で仕事が忙しくなるのと、お盆の大規模イベント参加)おそらく、8月中頃まで、更に更新ペースが……
H28年8月6日 新しい薬の効果に『再生』を追加しました。
H28年8月7日 誤字修正
H28年8月22日 誤字修正しました




