270 毒酒
「さて、それでは頂ましょうかトーウさん」
蛇を酒の中に戻したサミューが両手でジョッキをもって片方をトーウに差し出すけど、すでにこの段階でみんな青い顔をしてるんだけど。
「ありがとうございますサミュー様、それでは騎士様、御酒を頂戴いたします、ああ、どんなお味がするのか楽しみでございます」
手早くジョッキを打ち合わせた二人が、一気に飲み干すけど、そんな風呂屋の牛乳じゃないんだから一気飲みって、確かアルコール度数の高い蒸留酒って言ってたよね。
「ふう、美味しいお酒ですけど、少し強いですね。酔ってしまったようです」
頬をうっすらと赤く染めたサミューが濡れた目線で流し目をしてくるのは、とっても色っぽいけど、それよりも体は大丈夫なのかよ。
「ああ、とてもおいしゅうございました、かすかに舌がピリピリとするのが心地よい刺激となり、そこへわずかな苦みと渋みが野性味を醸し出していて、独特の香りが滋養の高さを物語っているようで、大地の、大地の味がいたします」
それって、もしかして泥臭いって事じゃないだろうか。しかも、舌がピリピリって『異常状態』になるほどじゃないけど、毒が少し効いてるんじゃ。
「おお、御二人ともいい飲みっぷりですな、流石は優秀な冒険者の従者となるとどこかのヘタレとは違って、覚悟も体力も違いますな、やはり武芸者たるものこうでないと。特にトーウ嬢、まだ成人前と思わしきご容姿でありながらお見事、伯爵閣下からラッテル領への出向を命じられた時はいささか思う所がありましたが、このような立派な御令嬢を輩出される御家ならば、このクリグ・ムラムと『王毒蛇』の一族が仕えるに値する主家となって頂けそうですな。流石は高貴な出自の御方は口だけのヘタレ共とは違いますな」
さっきからヘタレを連呼してるけど、いいのかな。テークの表情がさ、さっきから連呼してるヘタレって間違いなくテークの事を言ってるんだろうし、この人真面目そうな顔してかなり口が悪いんだけど。
「おおおおおお、やってやろうじゃねえかああああ、おめえらしっかと見てやがれ、これが俺の生きざまだああああ」
テークが目の前に置かれたコップを掴んでるけど、あれってモノ・ヒュードラの酒だよね。耐性が無いなら端から順に飲めって言われてなかったっけ。
「兄貴ーー」
「テーク殿、貴殿のみを一人逝かせはせぬぞ、クリグ卿、この『黒鉱剣』のレドもご相伴にあずかろう」
「旦那、こいつは俺の意地の問題だあんたにゃ関係ねえ話だ」
「何を言うか、『地獄まで付き合う』と誓いあった仲ではないか、ならばここでも伴にあろうではないか」
「旦那、ありがてえ、おう、あんたがいてくれりゃ十人力だ、たとえ一緒に死ぬ事になっても悔いはねえ、いや旦那と共に死ねるなら願ってもねえことだ」
お互いに覚悟を決めたような表情をしてるけど、解ってるのかな、言ってる事はクリグ・ムラムの酒を完全に毒扱いしてる前提で話をしちゃってるって。
「さあ、逝こうか旦那」
「おうよ」
それぞれ酒の注がれたコップを持って掲げてるけど、なんかなあ。
「『黒鉱剣』のレドに」
「『百狼割り』のテーク殿に」
「待たれよ、その酒は、先の二杯で慣らしてからでないと『耐性』の無い者には……」
クリグ・ムラムが止めるのも聞かずに乾杯した二人が一気に酒を呷るけど、あれって強い酒なのにあの量を一気飲みして大丈夫なのかな、テークは前に急性アルコール中毒になってたよね。それに毒も有るんだし……
「へ、なんでえ、驚かしやがって、ただの地酒じゃねえか」
「うむ、なかなか癖が有るがこれはこれで悪くない」
あれ、何ともなさそうな感じかも。
「兄貴、旦那、何ともないんですかい」
「おうよ、確かに喉が焼けるくらい強ええ酒だが、それだけの事よ、ビビらしやがって、い、いやビビってなんぞいね……」
「こっほ、一気に飲んだため、少し気管に入ってむせたが、それだけの事……」
ん、なんだ二人が急に動きが固まったけど、あれ、ゆっくりと倒れて行ってないか。
「おべええええええ」
「くっは、はあ、はあ、はあ、けほっ、ふは、はあ」
「うわああ、兄貴が赤黒い血を吐いた、顔色が、顔色が青白く、冷や汗まで」
「旦那も咳をしながらピンク色の泡を噴いてる、呼吸がおかしいぞ、無茶苦茶息が荒くないか」
「まったく、ヘタレがヘタレなりに勢いで飲んだその度胸は買いますが、事前に説明していた順序を無視するとは」
ゆっくりと歩いて行ったクリグ・ムラムが二人の手を取っていきなり噛むけどいったい何をやってるんだ。
「テメエ、兄貴と旦那に何をした」
「血清を注入しただけだ、すぐに元に戻ろう」
表情を変えずに言ってるけど、何だろこのカオスな状況は、と言うか下手をすればトーウやサミューもこうなってたかもしれないのか。
「いやはや、どっかで見たような展開でさあね」
ん、この聞き覚えのある声はまさか、振り向くとやっぱりいたよ詐欺師が。
「そう言えば、前にテークが酔いつぶれた時にお前はいたな、それでお前も今回の依頼に参加するのかテトビ」
「おや、驚かせたかと思ったんですがねえ、やっぱり旦那は違いやすね」
いや、声を掛けられるまでの流れがいろいろとアレだったからさ、つい感覚がね。
「しかしまあ、噂通りですねえ『王毒蛇』の儀式ってやつわあ」
「儀式っていうのは、今のアレがか」
まあ、確かにそう言われればそれっぽい気もするけどさ。
「ええ、冒険者にしろ、武芸者にしろ、腕っぷしがモノをいう商売ですから、舐められたら終わりでしょ。だからって、ああやって相手の毒への怯えなんかに付け込んで互いの優劣を意識させて、交渉事なんかの話の主導権を握ろうって狙いらしいですぜ。今回の場合は冒険者連中が勝手して、指揮を無視しないようにって魂胆でしょうねえ」
なるほどね、確かにイニシアチブってのは重要だけどここまでやるか、いやまあこういう世界なら命に関わる問題なんだろうから必要なのかも。
「それにしても、『毒食い鳥』に続いて『蛇食い蛇』まで出向するってえなると、今回の婚姻の本気度が解るってもんでさあね」
ん、なんか聞き覚えの無い二つ名が、確か『蛇食い蛇』っていうのはさっきクリグ・ムラムが、自分の事をそう呼んでたよな。
「『毒食い鳥』っていうのは、誰の事だ」
「おや、御存じありやせんでしたか、『蛇食い蛇』と『毒食い鳥』ってのは獣人族出身の騎士でして。ライワ伯爵家は幾つかの獣人族を氏族ごと傘下に収めてるんですがね。そう言った氏族の有力者は伯爵家に騎士として仕官してるんでさあ」
へーそうなんだ、ユニコーンの連中も将来的にはそうなるのかな。
「『蛇食い蛇』のムラム女史と『毒食い鳥』のパヴォ卿はそういった獣人騎士の中でも毒を持った魔物の討伐や捕獲を得意としてるそうでしてね。氏族全体が熟練度に個人差はありやすが『毒耐性』を持ってるっていう筋金入りでして」
つまりは、二人とも毒に特化した種族って事か、まあ二つ名が思いっきりそうだし、クリグ・ムラムが用意した酒を見ればそれも納得できるか。
「代々『毒見役』として『毒士』を輩出してきたラッテル家へ嫁ぐ姫様について向こうに仕えるには丁度いい能力だと思いやせんかね。毒系の魔物を捕まえられるならスキルの熟練度上げに使えやすし、分家筋と婚姻するにしても互いに毒系のスキルを持ってりゃあ、次世代に引き継がれた時に威力が上がりやすいですからねえ。ましてあのお二人はそれぞれ同族十数名を従者として連れて行くらしいですしね」
なるほどね、確かにそういう意味ではラッテル家に向いた人選なのかも。テトビの言う通り、この人事を見るだけで、カミヤさんがラッテル家に入れ込んでるってのが良く解るって事か。
でも、それよりも。
「まあいい、それでお前は何が狙いなんだ」
この詐欺師の事だからなんか裏が有るような。いや、でも考えてみれば、裏社会への顔つなぎって意味なら、最適なのか。
「実はあっしが『案内役も兼ねて密偵の代わりも出来る情報屋』って奴でして」
あれ、それってカミヤさんが俺に付けるって言ってたサポート役って奴じゃないか。てことはこいつが……
「王都まで、よろしくお願いしやす」
ああ、やっぱりか、でもいいのかなこいつはアレだっていうのにこんな重要な依頼の手伝いをさせていいのかな、色々と漏れちゃいけない情報を誰かに売り飛ばしたりとか。
「テトビ解っているとは思うが、軽口は寿命をちぢめる事になるぞ」
「解ってやすって、以前もいいやしたがこの商売では『信用』ってもんは重要な商品でやして、これが無くなると途端に仕事が出来なくなりやす、なんで貴族領を一つ町や軍隊ごと買える位の額でもなきゃあ顧客の情報なんざ売れやせんぜ」
一応金額次第では売るんだ、でもまあそこまでして個人情報を買ったりはしないだろうから結局は売らないのと同じか。
「まあ、大体のお話ややるべきことはうかがってやすんで、旦那は大船に乗ったつもりでいてくだせえや。それではあっしは他の旦那衆への挨拶が有りやすんでこれで」
うーん、まあ信用は出来るんだけどな、完全に信頼するのは難しいかもな。まあ、どこのだれか解らない相手に任せるよりはましだと考えるべきか。
「さて、解毒も終わったことですし、宴を続けると致しますかな、当家の自慢の珍味も用意している事ですしな」
クリグ・ムラムが何もなかったように言ってるけど、さっきの一件が有った後でこのセリフじゃな、その珍味っていうのも見るのが怖い気がするな。
「まあ、珍味でございますか、確かに美味しいお酒には美味しいつまみがつきものと聞きますし、これほどのお酒に合うものと言いますと、そう言えばそちらにちょうど良く」
そう言ってトーウが、壺の中に入った蛇へ視線を向けてるけど、それは食用じゃないと思うけどな。というかモノ・ヒュードラを食べちゃったらとんでもない事になりそうだし。
「蛇肉はそれほどラッテル領では取れなかったのであまり食べた事が有りませんが、淡白でとても食べやすかった覚えがあります。これに毒の刺激が加わるとどうなるのでしょう。それにお酒に漬けていた分風味も出て居そうですし、それでいて新鮮となれば」
トーウさん、確実にモノ・ヒュードラを狙ってますよね、さっきそれの事を宝の蛇って呼んでたから、大切なものだと思うんだけどなー
「ト、トーウ嬢、つまみでしたらこちらに蛇を用意しておりますので、こ、こちらを、燻製に丸焼きに煮込みにパイ包みと取り揃えておりまするので、その蛇は、その蛇には手出し無用で願います」
あ、クリグ・ムラムが慌ててるよ、まあトーウの目線は完全に獲物を狙うものだし、いつの間にか爪まで装備しちゃってるもんね。
兵士の人たちがそれに合わせたように新しい料理を運んでくるけど、言ったとおり蛇尽くしだよ、うん、他の冒険者連中も引いてるよ、あれ、でもここら辺の連中って虫肉は食うんじゃなかったっけ、虫は良くて蛇はダメなのか、まあこういうのは地域性のある文化だからな。
「まあ、蛇のお肉がこれほどまでに、料理法も様々で目移りしてしまいます、これを虫肉料理に応用すればどれほど新しい献立を……」
まあ、トーウは普段通りだよね、材料が何であれ食べれればごちそうって子だし。
「蛇さんかー、ううー」
「アラちゃん、あっちのお肉や果物、お菓子もありますよ」
「お菓子、果物、サミュあっちいこ」
原形を留めたままの蛇料理を前に躊躇していたアラをサミューが普通の料理の方へ誘導するけど、こういう気づかいは流石だよね。
「わたくしもあちらで頂きますわ、流石に蛇族の前で蛇を食べる気にはなれませんもの。ついでにアラとサミューに悪い虫が付かないように見てますわ」
まあ、ハルならそうだろうな、ゲテモノを食べるような子じゃないし、こんな冒険者が満載の所で見た目はか弱いサミューやアラをほうっておけるわけないか。まあ普通に考えてさっきのやり取りの後で、俺のパーティーメンバーに何かしようって野郎が居るとは思えないけどね。
「え、えっと、こっちの料理もおいしそうだし、で、でも、ハル様達はあっち行っちゃうし」
「構いませんわ、好きな物をお食べなさいミーシア、貴方がいればトーウにちょっかいを掛ける殿方もいないでしょうし」
確かにミーシアはかわいいけど、おっきいからね、声をかけるには勇気がいるだろうな。
「それに最初からこの子が向こうに行って冒険者たちと食べ始めてしまいますと、わたくし達の分が無くなってしまいそうですし」
ああ、そう言う狙いも有ったのね。うん、ミーシアだったらほんとにやっちゃいそうな不安が有るかも。
H28年7月16日 誤字修正しました。




