269 役割分担
「アイツが『虫下し』か、初めて見たぜ」
「おい、本物か、見た感じタダの若造じゃねえか」
「見た目に騙されるんじゃねえ、『虫下し』の見た目が若造だってのはよく聞く話だ、それで甘く見た馬鹿がどうなったかって話もな」
いや、ちょっと待って、俺はそんな怖い事してないよ、絡まれた事なんて数えるくらいしかないし。
「奥に居るのはアレか『侍女服の獣使い』、確か『虫下し』の奴隷だって話だが、本当らしいな」
「『迷宮踏破者』まで雇うなんて、この依頼そんだけ重要だって事か」
なんだろう、やっぱりこういう風に注目されるのってちょっとむずがゆいな。
「む、虫下し、なんであんたが護衛依頼を……」
ん、なんだろ、俺が護衛を受けちゃおかしいっていうのかな、でも小説なんかだと冒険者なら一度はやるお約束みたいな感じの依頼だと思うんだけど、まあその場合だと大体盗賊なんかに襲われるんだけどさ。
(まあ、確かにお主には向いておらぬ依頼かも知れぬ、いや、こやつらの反応を見れば向いておるかもしれぬの)
(どういう事だ)
(個人の身辺警護などならともかく、こういった輸送集団や隊商等の護衛で求められるのは、戦闘能力だけでなく、顔の広さじゃからの)
顔の広さって、それが護衛と何の関係が有るんだろ。
(先ほども言ったじゃろう、この世界では事前に調べた情報が古くて役に立たない事などよくある事じゃ、村が無くなっておったり、地崩れや洪水で道や橋が使えなくなっておったり、あるいはタチの悪い盗賊がはびこっておったり、領主の代替わりで治安が悪化しておるなどじゃが、地域の顔役や事情通に話を通せる者がおれば、そういった情報をいち早く仕入れて事前に対処が出来るじゃろ)
なるほどね、ナビの交通情報なんてないもんね、そう言った事は自分達で調べなきゃダメなんだから、護衛にはそう言った事も求められるって訳か。
(他にも以前アキラが話しておったと思うが『鏢局』等に属する者達は、盗賊や裏社会の顔役などにいわゆるみかじめ料を払って見逃してもらっているという話が有ったじゃろう)
そう言えば前にそんな話が、中国武侠小説みたいだなって思ったけど、それがどうしたんだ。
(冒険者や傭兵は、ある意味で盗賊に最も近い位置に居るからの、『蝙蝠の館』でお主らを襲った者共のように犯罪すれすれ、あるいは犯罪その物な依頼を受ける者もおるし、食い詰めた末に盗賊となる者、金の為に裏社会や盗賊の用心棒となる者も少なくない。もちろんそうなれば賞金首と成って討伐されたり、規律の厳しい流派や家門では同門から狙われる事となったりもするが。中には冒険者だった頃の繋がりを残しておる者や、盗賊であった事を他者に知られぬまま足を洗い冒険者に戻った者もおる)
ま、まあ、考えてみれば武器を持ったフリーターの集団だもんね、冒険者って、その位のアウトローが居てもおかしくないのかも。
(そういった訳での、一部の冒険者は裏社会や盗賊団に顔が利いていたりツテを持っていたりするのじゃ、たとえその地域の裏社会に直接の面識がなくとも、交流のある別な顔役との繋がりを示す事で関係を持つことができるじゃろうし。たとえ、そうでなくともそういった裏に顔の利く冒険者等は、訪れた町の何処に行き、どういった立場の者にどの位の金を払えば、町の裏社会と顔を繋げるかと言った作法を知っておるからの。隊商の護衛をする場合には、そういった顔の広さも重要な要素なのじゃ、そういった者がおれば、危険な盗賊の動向を事前に察したり、あるいは事前に話を通して見逃してもらえるからの。もちろん雇う相手を間違えれば、逆に盗賊の手引きをされたりするがの)
そういう意味では、色々と顔が広そうな『百狼割り』は適任なのかな、違う国の筈の『鬼族の町』での『大規模討伐』でも知り合いが結構いるみたいだったから。しかしこれは、なんとなくコレジャナイ感が。
(お主の考えていそうなことは解るぞ、冒険者たるもの、実力で盗賊の集団を蹴散らし、依頼人を守り抜く物だとでも思っているのじゃろ)
そこまでは考えてないけど、まあそんな感じかな。
(確かに圧倒的な武力を持った『勇者』ならばそれも出来るかもしれぬが、普通の冒険者にそれを求めるのは酷と言うものじゃろうて、相手も元冒険者となれば実力はそれなりにあるかもしれず、盗賊団はそれなりに数をそろえている場合が多く、数で囲まれれば衆寡敵せずとなろうし、そもそも、奇襲とは仕掛ける方が圧倒的に有利じゃからのう。守り手は常に交代で警戒せねばならぬが、攻め手は自分が望む時、望む場所に勢力を集めれる、攻めやすく守りにくい場所や、警戒の気が緩む時間帯を選べば良いのじゃから)
ああ、確かに考えてみれば、移動中はどうしても隙が出来るだろうからね、歩いて行けば道の曲がりや起伏のせいで見落としや隊形の乱れが出るだろうし、歩き続ければ疲労もたまる。何より狭い道や、薄暗い場所、坂なんかで奇襲されると、対応しづらくなるだろうな。
(まして、盗賊団は一つだけではない、それぞれの戦闘全てを全くの無傷で終えると言うのは無理な以上、目的地までに何度も戦うとなれば、蓄積された被害を許容できる範囲に抑えるのは難しかろう)
確かに『勇者』みたいにチートなら、実力でごり押しが出来るだろうけど、普通の冒険者には無理か。
(まあ、そういった訳も有って、こやつのように実力以上に顔の利く冒険者と言うのはそれなりに需要が有るのじゃ)
そう言われると納得できるか、と言うか俺みたいな立場なら、こういったやり方も知ってた方が良いのかな。あれ、でも。
(そう言えば、今まで俺達が移動中に襲われた事がないが)
そんなに盗賊がいるなら、俺達の馬車が襲撃を受けててもおかしくないんじゃ。
(明らかに冒険者の物と解る馬車を襲うのは、なかなか難しかろうて、高級品である馬車を所有できるとなれば、それだけの稼ぎが有る、つまりは実力者という事じゃし、冒険者の場合じゃと現金や換金性の高い物品をそれほど持っていない可能性もある。『魔道具』や高レベルの武器などは、小さな町の店などでは取引できぬので、売り買いできる場所が限られるうえ、特徴のある装備品じゃと元の持ち主が簡単に割れ、足が付きやすいしの)
なるほどね、そう考えると、商人を襲った方が安全だし実入りもいいのか、いや安全って意味で考えれば通行人からみかじめ料を取った方が、襲う場合に比べて戦闘になる事は無いし、通行する商人を襲い尽くして誰も縄張りに来なくなるなんてリスクも無いから、安定収入になるのかも。
「おや、リョー殿は、『百狼割り』のテーク殿とは知己で有られたか」
考え込んでたらクリグ・ムラムが、不思議そうに聞いてくるけど、まあ知り合いって言えば知り合いかな。
「ああ、先日仕事でプシの町に行った時に、顔役だったテークさんにお世話になってな、その前にも別な依頼で一度会った事が有る。ねえ、テークさん」
ここはとりあえず、波風立てないようにした方が良いよね。一応、『さん』づけにしといた方が良いかな。
「あ、ああ、以前『大規模討伐』で一度」
「そうでしたか、リョー殿は護衛任務を受けるのが初とうかがっていましたが、テーク殿と懇意にしているのなら、色々と教えてもらえそうですな」
なるほどね、確かにここで護衛依頼のいろはを教わっておくのは悪くないかも、何しろラッテル領についてからは俺達だけで王女様の護衛になるんだからさ。
「そうだな、よろしくお願いしますテークさん」
「あ、ああ、おうよ、な、なら、今回の護衛依頼に就く冒険者の差配役は……」
「さきほど、クリグ・ムラムも言っていたように、護衛依頼の経験がないので今回は勉強させてもらいたい、俺達は、俺達の馬車を中心に、襲撃を受けた場合の対処をさせてもらうという形でどうだろうか」
うん、ノウハウがないのにリーダー役をなんてやるのは危険だもんね。
「お、おう、色々と教えてやるぜ、その代わりキッチリ働いてもらうからな覚悟しな」
「すげえ、兄貴、あの『虫下し』相手に堂々と」
「それよりも、『虫下し』が自分から兄貴の下に付くって言ったんだぞ、これで兄貴は一時的とはいえ『虫下し』を従えた冒険者に成るってこった」
「スゲえぞ、そうなりゃ兄貴の名声はさらに高まるじゃねえか」
おーい、当の本人の前でそんな話してていいのか、まあ俺は別にそういう事で名前が使われても大丈夫だと思うけど、あれ、でも『百狼割り』に使われるぐらいなら俺も大したことないなんて思われちゃったりするのかな。
まあ、そうは言っても、俺が無理やり主導権を取っても上手く行かないだろうから、任せるしかないだろうな。それにカミヤさんがこうして雇ってるって事は裏社会への口利き役としては優秀って事なんだろうし。
「よっしゃ、兄貴の栄達の前祝いだ、今日はじゃんじゃん飲むぞ」
うわあ、一気に酒や料理が運ばれてきたよ、まあ、もともと顔合わせ会なんだから、飲みが入るのは最初から分かってて用意してたんだろうな。
「すまないが、俺は願を掛けている最中でな、生臭と酒を禁じているので精進物だけをもらおう」
「ち、しけてやがるな、精進物なんて縁起でもねえ、俺の酒が飲めねえってか、ん、そう言えばこの間も。い、いや、だ、だがまあ願掛け中だって言うなら仕方ねえ」
俺に酒瓶を向けようとしてたテークがぴたりと動きを止めたけど、トーウの方をちらりと見てたな、てことは多分『鬼族の町』の時に酔い潰された事を思い出したのかな。
「そうか、であれば小官がテーク殿の御相手をいたそう、ちょうど当家秘蔵の逸品を用意していましてな」
「おお、そりゃあいいや、おめえら騎士様のご相伴にあずかろうぜ」
「はは、楽しんで貰えるといいのだが、持ってきてくれ」
クリグ・ムラムが手招きするのに合わせて、兵士達がガラス製の大きな壺を三つ運んでくるけど、酒と一緒に中に詰まってるアレってひょっとして。
「うげ、おいおい、まじかよ」
「あんな、モン飲めるのか、しんじまうだろ」
周りの冒険者連中がうめいてるけど、気持ちはわかるよーく解る、だってあれどう見ても毒蛇だよね。立派な牙が光ってるし、一番手前のは一般的な蛇よりも少し小さめのがうじゃうじゃと詰められて絡まってるし、真ん中のはとんでもなくデカい大蛇がとぐろをまいてる、と言うか一番端っこの壺の蛇は生きてるよね、だって悠々と酒の中を泳いでるもん。確かに日本にもハブ酒とかあるけど、これは。
「それぞれ強い蒸留酒を使った物でな、手前のは108種蛇の蠱毒漬け、これだけの種類を集めるのは骨だが種類が増えれば増えるほど味に深みが出るのでな。真ん中は卵から孵化した直後のバジリスクを漬けた物で、手に入れる為には産卵直後の巣から卵を持ち出して人工孵化するしかないが、産卵できるだけの成体となればかなりの大物なので卵を持ち出すのは至難であり、孵化の際は卵の中にたまった毒煙が周囲に撒かれ幼体を護ろうとするため危険だが、鱗が固まる前に酒に漬けると、独特の風味がしみだして来てえもいわれぬ味を出す」
うえ、あれで産まれたばっかりの子供ってか、それじゃあ成体はどんなサイズになるんだろ。
「最後のはヒュドラの変異種でな、見てのとおり大きさも小さく首も一つだけだが、あの巨大な体躯と無数の首に込められていた力がこの矮躯に濃縮されていると言えば分かろうか、何しろ『迷宮ボス』であった自らの親兄弟の尽くを食い殺していたところを、当時の『勇者』の協力を得て我が祖先がテイムしてより300年、こうして高濃度の酒に漬けておるが一向に弱る気配もなく、酒を飲んで生き続けている。そのため日々酒を継ぎ足し、毒虫などを餌とせねばならぬが、そうして作った毒酒はまさに至上の逸品、つぎ足し続けるので無くなる事も無い、まさに宝の酒、宝の蛇、ささ、一献」
クリグ・ムラムがこともなげに壺から酒をくみ取るけど、これは流石にねえ、最初の二杯もそうだけど、最後のはさあ。
モノ・ヒュードラ LV87 捕食者 LV18
戦闘スキル 噛付 噛裂 巻付 毒牙 呪毒 毒吐 毒息 強猛毒 麻痺毒 丸飲
身体スキル 熱感知 金剛力 火耐性 毒無効 食肉回復 硬化 強再生 生命力強化 耐性抵抗(弱) 解毒抵抗 共喰 急速消化 吐き戻し
異常状態 テイム下
これ、どう考えても酒の中に毒が混じってるよね、それも洒落にならない威力の奴がさ。
「さあ、テーク殿どうぞ、手前から順に飲んでゆけば体のなかで毒が互いに打ち消し合い、ヒュドラの毒とて耐えられますぞ、むしろ毒の苦みと渋みが味と成っておりましてな」
「い、いや、俺は遠慮しておこう」
「これは異なことを『百狼割り』のテークと言えば、人族でありながらうわばみともよばれる猛者、その貴殿が酒を拒まれるとは、まさか臆されたか」
「い、いや、そういうわけでは」
あれ、なんかだんだん、声音が平坦になってきてるような。
「世に自らの勇猛を誇る武芸者は数知れず、少数で『迷宮ボス』に挑んだ自称英雄や、忠勇無双と称えられた騎士とも無数に会った事が有るが、この酒を飲む気概の持ち主は伯爵閣下を始めとした両手の指で数えられる数名だけ、しょせんは貴殿も口だけで勇気を語るヘタレのビビりであったか」
うわあ、ひでえ言いようだな、でもさアレを飲めないのは仕方ないと思うんだけどな。
「む、無茶を言うんじゃねえ、そんな毒液飲めるわけねえだろ、人の飲むものじゃねえ」
あ、いくらなんでもその物言いは不味いんじゃないかな。
「今なんと言われたか、この『蛇食い蛇』の酒が飲めぬというのはともかく、我が一族秘伝の宝酒を毒液と呼ばれるとは、それは我らが王毒蛇の一族全体への侮辱と受け取るが如何」
ほら、相手が善意で勧めてる物なんだから、いくら無理でも断り方って物が有るだろうに。ほんとにこれで人付き合いがうまいのか。まあ、これはかなり特殊なケースだろうけどね。
「さあ、返答は如何に、事と次第によっては……」
「う、あう」
うわあ、詰め寄られてるよ、しかも腰の剣に手をかけかけてるし。
「このままだと少し不味いかもしれないな、懇親の場だっていうのに空気が悪くなっちまってる」
これ、下手すれば刃傷沙汰になっちゃうんじゃないか、これから協力していこうって時にこの状況は不味いんじゃないかな。
「それでは僭越ながら、不肖トーウめが旦那様の名代として、一献頂戴したく存じます」
「トーウさんだけというのは何ですから、わたしも頂きましょうか」
トーウとサミューが前に出て、ジョッキを手に取るけど、まさかホントに飲むつもりなのか。
この場を収めるには、確かに誰かが飲んだ方が良いんだろうし、二人には『毒耐性』が有るけど、どう考えても強力そうな毒だし何より弱とは言え『耐性抵抗』が付いてるって事は、二人にも影響しちゃうんじゃないのか。
「御二人とも、御無理はなさるな、それは女子供が飲んで良い物ではない」
さっきまでテークに無理やり飲ませようとしてたクリグ・ムラムが止めようとしてるけど、あんたも女だろうが。
「大丈夫ですよ、毒には慣れていますから、トーウさんわたしが汲んできますから、少しお待ちください」
サミューがジョッキを二つ持ったままでモノ・ヒュードラの壺に近づいて行くけど、あれ、さっき順番に飲むものだって説明してなかったっけ、いきなりそれから行っていいのかよ。
「御女中ご注意召されよ、その蛇はテイムした我が一族にしか懐かぬ、うかつにふたを開けられては危険……」
血相を変えて叫んだクリグ・ムラムの声に反応したかのように、モノ・ヒュードラがサミューの手に噛み付いて。
「サミュー、大丈夫か」
「サミュ、痛くない、すぐ蛇さんやっつけちゃうからね」
「ミーシア、回復をいたしますわよ、わたくしが傷を切り開いて毒を吸いだしますので」
「は、はい、す、すぐ『回復魔法』を」
慌てて駆け寄ろうとする俺達をサミューが片手を上げて止め、そのまま手を下ろして蛇の胴体を掴む。
「御女中、すぐに解毒剤を、そ奴の毒は掠っただけで、ワイバーンも即死する、即死する……」
クリグ・ムラムが慌てたように懐に手を入れたままで固まってるけど、まあ気持ちはわかるかな。
「少し沁みますが、この位でしたら大丈夫ですよ、毒はたいして効いてないようです。これでしたら昔拷問で使われた、毒針などの方がよほど強力かもしれませんね。噛み傷にしても針が二本刺さった程度ですから、噛み千切られたり、切り裂かれたりするわけでも、まして生きたまま肉を貪られる訳でもないですので、そのうち回復しますよ」
いつも通り笑顔を浮かべたサミューがなんかとんでもない事を言いながら、蛇の頭を掴んで口をこじ開け、自由になった方の手でジョッキに酒を汲んでいくけど、ほんとに大丈夫なのかな。とりあえず『鑑定』する分には確かに『毒』の異常状態になってないけど、どうなってるのこれ。
(おそらくはレベルアップと『成長補正』の効果でスキルが強化され耐性も強まって居ったのじゃろうが、これは想像の埒外であったの、あれほどの毒を耐えるばかりか、いくら毒と再生に特化して他のステータスが低目とはいえボスモンスターを片手で抑え込むとは)
ま、まあきっと噛み付いて毒を流した事で油断してたってのも有るんだろうな。
H28年7月10日 誤字修正しました
H28年11月28日 モノ・ヒュードラのスキルに『急速消化』と『吐き戻し』を追加しました。
H29年8月22日 誤字修正しました。
H29年10月26日 誤字修正しました。




