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256 元聖職者の役務

 さてと、『勇者』殿もだいぶ前に旅立たれた事だし、荷物の引き渡しも無事に終わった、後は輸送にあたる者達が無事にあの方の下へ届けてくれることであろう。


 それにしても、予想以上に手に入ったと報告した直後で、あれだけの量をすべて早急に送らねばならないとは、何かあったのであろうか、まあ現状では解らぬ事か。


 この『迷宮』やプシの町での『勇者』殿の言動や戦闘に関する報告書の作成も完了し、後は猊下に提出するのみだしな。


「それにしても、アラですかい」


『勇者』殿が、連れ歩いているダークエルフの少女をそう呼んでいるのは知っていたが、まさかあれほどの腕前とは思っても見なかったな。


「弓も使えるダークエルフの魔法剣士で、名前がアラって聞きやすと、どうしても連想しちまいやすねえ」


 魔族における最警戒人物の一人、最強の剣魔が一角『黒の剣魔』。


「いやいや、まさかねえ」


 幾らなんでもそれは考えすぎか、もしかするとあのくらいの年代のダークエルフでは珍しくない名前かも知れぬしな。


 同族や地元の名士や偉人、英雄にあやかろうとその名を子供に付けるというのは色々な地域で見られる風習だ。


 それにもともとダークエルフなどは武を貴ぶ一族であり幼い時分から武芸を嗜むと聞く、その下地の上に『成長補正』による高ステータスが付けばああなってもおかしくないのかもしれぬしな。


 それに、『勇者』殿の動向については私以外の者も調査しているはず、もしもあの少女に何か問題があれば猊下が何らかの対応を取られることだろう。


 猊下が何もなされていないという事はあの少女には問題がないという事、あるいは何かお考えが有ってそのままにされているという事の筈、私ごときが考える事ではなかったな。


 そうなればこの地でやるべきことはあと一つ、それが終われば次の任地へ赴くことになるが。


「はて、さて、上手く行きやすかねえ、何せ時間がかかっちまってやすから、もしかするともう残ってねえかもしれやせんからね、まああればめっけものって話ですから、無きゃ無いで仕方ないと思えやすが」


 不味いな、擬態として使っていたこの言葉遣いがすっかり身についてしまっている、その為に猊下の前で失態をさらし、この姿で『勇者』殿の前に出た時には、ぼろを出しかねなかったために全く話せなかったというのに。


「まあ、そう言った事はおいおい治して行きゃあいい話でさあ、そう思いやすでしょ」


 物陰から囲むように出てきた盗賊たちを、見まわしながらいつも通りの軽薄な言葉遣いで声をかけてみるが、返事はないか。


「まあ、たいして期待しちゃいやせんがね」


 どうせこの場限りでしか会わず、数日後には生きていないであろう相手だ、話をしたところで何の意味も無いからな。


「なんだらあ、騎士さんよあ、こおんな所で一人歩いて、ぬあああにしてんだ」


「あー、仲間に見捨てられ、あー、たんじゃねえか、あー、『迷宮』の中で一人で歩いてんだ、あー、最初から一人で入るような、あー、バカがこんな奥まで、あー、来れるわけねえだろ」


「キャハッハ、ちげえねえ、ハハア、あれじゃねえか、領軍の駐屯地でやらかして逃げだしたか追い出されたかって口だろウヒヒヒ、ばっかじゃねえの、こっちはよ『迷宮』の出口じゃねえよ、盗賊の隠れ家よ、グフフ」


 笑いながらも、ゆっくりと包囲してくる動きは手慣れているが、目線や表情、服装、落ち着きのないしぐさ、何よりも奇異な口調を見ると、全員が相当量の薬を使っているようだな。できれば外れていてほしい情報であったが、仕方あるまい。


「ここが、伯爵軍の盗賊狩りから逃げ出した臆病もんの隠れ家ってのは、知ってやさあ、あっしが知りてえのは、あんたらがとあるフロアボスからチョロマカした『重砕の斧槍』がまだここにあるのかって事だけでやしてね。それ以外の事はどうでもいいんでさあ」


「な、貴様、なぜそのことを知ってる」


 フム、あの奥に居る一人だけは、顔つきも身だしなみもそれなりにしっかりとしていて、薬を使っている様子はないか。


「薬屋にとって薬は売る物で食うもんじゃねえって言いやすが、そう考えるとそちらの旦那さんが、ここの薬屋ってことですかい」


「殺せ、そいつを殺した奴には、何時もよりもいい薬をくれてやる」


 どうやらこいつも、薬で盗賊などを傀儡としているのか。不味いな、中毒者は薬物の快楽が忘れられなかったり禁断症状の辛さから、薬を手に入れようと薬屋の言いなりとなるからな。


 それこそ命も惜しまずに戦ったり、場合よっては本来の主君や親族友人に対してまで命じられるままに危害を加えたり。


 近年こいつらの物と思われる、薬を使った手口が増えて問題となっているが、まさか『重剣の勇者』が統治するこの領にまで入り込んでいるとは。


「まったく、困ったもんでさあ、これじゃあ『魔道具』の行方だけじゃなく、背後関係まで調べにゃならねえじゃねえですか。まあ調べなくたって誰が裏に居るのかなんてのは手口を見れば解りきってやすが、それでも確認しねえって訳には行きやせんからね」


「キシャアアアア」


「ジェシェシェエエエエエアアア」


 聞くに堪えない気勢を上げて、盗賊たちが迫って来るが、『迷宮』の中でこれだけの人数を死なせる訳には行かないか。『鎮静化』の直後となれば、隠し農場に配備されている領軍も、他の部署へ兵力を移動させられ手薄になっていてもおかしくはない。


「仕方ありやせんね、あっしが御相手しやしょ」


 青白く光を弾く長剣を抜いて、先頭を走る一人の脇腹を薙ぎ切る。


「キャヒャ」


 深く切りつけた傷口から腸が零れ落ちるが、すぐさま傷口ごとそれらが凍り付く。


「この『氷結の利剣』は切りつけた場所を凍らせる効果がありやすんで、出血はすぐに凍って止まりやす。なんで失血死するなんてこたあ、ありやせんので、安心してくだせえ。もっとも、ずっと凍ったままだと凍傷で黒く腐っちまいやすがね」


 それでも、駐屯している領軍の一隊をこの地に呼んで引き渡す程度なら日数に余裕はあるだろう。


「ぎゃははは、すげえ、すげえ、俺の腹が凍ってやがるよ、ケヒャアハア、見ろよこれ、はらわたもかちんこちんだぜ」


「あー、そりゃいい、あー、男前になったじゃねえか」


 あれだけの深手を負わせても、痛がる様子も恐怖を感じる様子もなく、笑っているだけか。まさかそこまで強い薬が配られてるとはな。となると、物理的に動けなくするしかないか。


「まあ、そんな薬に手を出して外道に堕ちる事を選んだんすから、不具になっても自己責任ってことで諦めてくだせえ。もっとも盗賊なんてヤクザな稼業をやっちまった以上は、手足が有ろうがなかろうが数日後にゃ断頭台の上でしょうがね」


 一気に距離を詰めてスキルを発動させる。これだけの人数を一人づつというのは手間がかかるが、まあやってできない事は無いか。


「痛みが無いなら死ぬこたあねえでしょ、行きやすぜ『達磨連斬』『腰斬』」


 右手の盗賊の両手足を、左手の剣士の腰を真横に切断したが、すぐに傷口は凍り付いて出血を止める。本来ならこうして出血を止めても激痛や手足を失った事の恐怖感で血の気が引きそのまま死んでしまう事が有るが、中毒者ならば。


「スゲえぞ、見てみろよ、俺手足がよこんなんなっちまったよ、冷えてきもちーぜ」


「参っちまったよ、これじゃあ女とやれねえじゃねえか、まいいか、薬きめりゃそっちの方が良いしよ」


 やはりか、これならばどれだけ深手を負わせても即死させるような致命傷とならねば、捕えるのは可能だな。ならばこのやり方で動きを止めたうえで領軍を呼びこめば『迷宮』内で死なせる事は無い。それに……


「オモシレエ、オモシレエエゾ、アノキシ、キャハハッハ、やっちまえ」


「ヒャホらヴぁら」


「痛みも、恐怖もねえってんなら、最後の一人になったって、逃げだしたりしねえでしょうから、討ち漏らす恐れもありやせんしね」


 こういった手合いを一人でも逃せば、無辜の民に危害を加えたり、仲間を増やそうと薬をばらまいたりしかねないからな。


「さあ、本格的に行きやすぜ」





「な、き、貴様、こんなマネをしてただで済むと思ってるのか」


「ああ、そんな聞き飽きた言葉はどうでもいいんで、こっちの聞きてえことに答えちゃもらえやせんかね」


 唯一無事な薬屋を蹴り倒して尋問を始めるが、薬を使っていない分脅しや拷問は有効そうだな。


 他の盗賊たちは手足や下半身を切り落とされ動けなくなったというのに、いまだに笑っていたり何か呟いたりしているからな。そういった相手から情報を絞るような無駄な事をするよりこの薬屋に聞いた方が早いだろう。


 戦闘の後半になると、薬屋から新しい薬を渡されて飲んだ連中が力や素早さを増して、動きを止めるのが手間だったが。


「さてと、まずは『重砕の斧槍』はまだここにありやすか」


「い、言えない、言えば、俺は殺される」


「言わなかったとしても、ここであっしに殺されることになるって思いやせんか、第一この状況でニイさんが生きて『薬師』に会える訳ねえじゃありやせんか」


「い、いやだ、いやだ、あの人に逆らったら、俺は、俺は、ぐぎゃあああ」


 指の一本を握り、関節と逆方向に曲げて一気に折る。


「答えてくれる気に成るまで、順番に骨を折っていきやすぜ。折れる骨が残っているうちに全部教えてもらえりゃこっちとしても助かるんですがねえ」


「あ、あ、あ、あああ」


 明確な返答は無し、二本目を折るとするか。






「それじゃあ、もうあの槍はここにないって事ですかい」


 やっと素直になった薬屋から情報を聞き出しているが、やはりもう運び出された後だったか。


「あ、ああ、アレは数日前に仲間がヤスエイさんの所に持って行った」


 これも予想通りか、だがまだ運んでいる途中ならば私の『転移』スキルを使って追えば何とか追いつけるか。


「どこに持って行ったか分かりやすか」


「わ、解らな…… ほ、本当だ、本当に知らないんだ、だからもうやめてくれ。俺らにはあの人の居場所は知らされてない、定期的に来る運び屋が薬と一緒にあの人からの指示を伝えてくるだけで、直接会った事なんて数えるほどなんだ」


 原形を留めていない両手を差し出して必死に訴える様子を見ると嘘はついてなさそうだな。


 そうなると、追跡は難しいか。まあライフェル神殿を始めとした複数の教派や国家が手配していながら、未だに首級を上げられてないのだから当然か。


 普段は隠れて居場所を明らかにしないヤスエイが姿を現すのは、何らかの形で守りを固められている時だけで、こちらが用意を調えた頃にはすでに消えているからな。


「じゃあ、質問を変えやしょう、ニイさんの他に、この伯爵領に来てる薬屋はいやすか」


「い、いないはずだ、俺の客以外に薬をやってたやつはいなかったし、そ、それにこの領は取り締まりが厳しいから、盗賊が増えた時期だったから俺も忍び込めたんだ、それにしたってこの『迷宮』で『重砕』の装備を取るための手駒の確保と、領軍の目をそらすために治安を悪化させる目的が主で、ここで本格的に商売をする予定じゃなかった」


「なるほどねえ、流石にライワ伯爵のおひざ元でデカい事は出来ないって事ですかい」


 それでも、これだけの事をされた以上ライワ伯は動くだろうな、いや、それも結局のところ相手がどこにいるか分からなければ無理か。


「まったく、問題ある『元勇者』様はこれだから困るんですよねえ」


 これだけの情報である以上、早急に猊下に報告しなければならないか。


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