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255 聖職者たちの策動

久々の神官長視点になります。

「そうですか、リョー殿はカミヤの下へ向かいましたか」


 残念ですね、出来る事ならば、まっすぐにこの本神殿を訪ねて欲しかったのですけれど。


「御意、『勇者』様にあられましては、『武具の社』を出られた後、来た道を戻られております。宿帳などの記載内容を確認したところ、目的地はライワ伯爵領と記されて居りました。現在も数名の者が追跡を行っておりまするが……」


 本神殿の執務室で数名の神官と共に報告を受けていますが、全てが思い通りにとはいきませんか。


 あの方が『武具の社』に向かわれたと聞いて『看破』スキルの熟練度が高い密偵達を放ち、彼らからの速報を受けていたため、わたくしに相談するために、リョー殿はこちらへ向かうだろうと予想していたのですが。


「まあ、それはしかたない、それで第一報で有ったかの方の職は間違いないのか」


 あれは思わず何度も書状を見返してしまったほどの内容ですからね。本当に事実なのだとすれば、いいえ、あれだけの者達を放ったのですから万が一にも間違いなどはないはずですが。


「は、最高位の『看破』持ち数名にて調べさせましたが『神器ラクナ』の隠蔽にて半数が阻まれたため、猊下よりお預かりいたしました『踊り子の心眼面』にて確認いたしました、『勇者』様の新しい職は『聖者』で間違いなく、その内容は回復や支援魔法に特化した魔法職と予想され、ステータスも魔法系が大きく上昇しております」


『勇者の武具』であるあの面の効果を使ったのであれば確証が取れましたね。


 緊張気味に密偵が告げた内容に、周囲に控えていた神官や僧侶達にも動揺が走りますがまあ仕方ないでしょうね。


 ここに居る者達は全てリョー殿の現状を知らされていますから。


『魔法士の勇者』と言うだけでも歴史に残る大事だといいますのに、更にその魔法系ステータスが大幅に強化されたとなれば、誰しも驚くことでしょうから。


「猊下、このままかの『勇者』を放置しては不味い事になるのでは、ラクナの隠蔽が有るとはいえ万が一にも他の者にこの事が知られれば、どのような策動がめぐらされる事となるか。いえ、そうでなくともあのステータスでは、いつ死んでしまうか分かったものではありませぬぞ、そうなれば神殿にとって大きな損失となりましょうぞ、あれほどの魔法ステータスの持ち主などもう二度と現れなくともおかしくはありませぬ、今のうちになんとしてでもかの『勇者の胤』を手に入れなければ」


 確かにそれはそうですが、リョー殿の安全に関してはカミヤも何か手を打つ事でしょう。


 彼にしてもリョー殿の持つ可能性に気づいている事でしょうから、周囲から疑われるほどの極端な協力は無理でしょうが、それでも他の貴族や教派などが彼に余計な事をするのは防いでくれるでしょうね。


 まあ、警戒の中にはライフェル教も入っているかもしれませんから、当初の予定のようにわたくし達が主導権を持ってリョー殿を独占し、その子種を管理するという訳には行かなくなりましたが。


 それでも彼とわたくし達の協力関係を考えれば、必要以上に無下にはしないでしょう。我がライフェル教とライワ伯爵領でリョー殿の秘密を守り有効活用していくという形で落ち着けば御の字といったところですか。


 もしもリョー殿が、この本神殿に真っ直ぐに向ってくださっていれば幾らでもやりようはありましたから、カミヤになど渡しはしなかったのですが、リョー殿と彼とで協力関係を結ばれてしまえば、このライフェル神殿でもおいそれとは手出しが出来なくなりますからね。


 リョー殿がライワ伯爵家と協力関係にあるという既成事実が出来てしまった後で、我々が下手な事をすればカミヤの持つ『剣士の重圧剣』がこの神殿に向けられる大義名分と成りかねませんから。


 そうなれば本神殿を中心とした神殿領全域が荒野となり、第一僧兵団が文字通り全滅する可能性もありますし。


「猊下、いっその事僧兵隊なり聖騎士団なりを派遣し、ライワ伯爵領へ至る前にかの御仁の身柄を確保してはいかがでしょうか」


 進言して来たこの神官も、カミヤが手を打つ前にライフェル教でリョー殿を独占する事を考えたのでしょうが、それは無理でしょうね。


「あの方が、この本神殿か周囲の神殿領に居ればそれも考えたが、現状では無理であろう。他の貴族領等で神殿の手勢が冒険者を襲撃したとなれば、いらぬ耳目を集める事となろう」


 そうなれば、リョー殿の秘密に気付き奪取を謀る者も出かねません。そうなった場合に完全な安全を確保できる施設となればこの周辺諸国では、本神殿を除けば僧兵団の本陣位でしょうか。


「無事にいずれかの分神殿に連れ込めたとしても、貴族軍や国軍などが本腰を入れて攻めて来れば、最終的にはその相手を攻め滅ぼせるが、一時的に連れ込んだ施設が陥落することは避けられぬだろう。リョー殿を保護するための施策が、かえってその身を危険にさらす事とならば目も当てられぬ」


 ライフェル教の権勢がこれ以上強まる事を防ぎたければリョー殿を殺すだけで済みますし、万が一にも奪取され『繁殖奴隷』にでもされてしまえば、ライフェル教にとって重大な脅威となるでしょうから。


「捕えた後で、この本神殿まで連行すれば済むことではありませぬか、たとえ他派や他国の知るところとなろうとも、僧兵達に護送させれば……」


「長距離を護送するとなれば、どこかに隙やほころびが生じるだろう、そうなればリョー殿ならば必ず逃げ出すだろうな」


 もしも、リョー殿がわたくしの予想通りにこの本神殿へと来られていれば、十重二十重に包囲し、策をめぐらして能力や魔道具だけでなくカミヤを始めとした協力者等の障害も一つづつ確実に封じて、彼を完全に丸裸に出来たのですが。


 外部では事前に用意できる事に限りがありますし、もしも失敗すればあの方と敵対する事となりライフェル教にとって大きな痛手となる事でしょう。


「そのような心配は杞憂ではありませんか、我らが僧兵団は精鋭ぞろい、魔法系ステータスがどれほど高くとも、それらが封じられている以上は意味の無い物、あの程度のステータスでスキルすらないのでは、何もできないでしょう」


「ならば、お前に幾つか『魔道具』を貸し与えれば『青毒百足』を狩って来れるのか、魔法系以外のステータスやスキルでいえばお前の方がかの『勇者』よりいくらか上で有ろう」


 まあ、できはしないでしょうけれどね。


「な、そ、そのような事は到底……」


「リョー殿はやって見せたが、あの程度のステータスでスキルも無く、たった数個の『魔道具』と幼子一人を連れただけでな。ここに居る者で彼と同じ事が出来る者は居るか」


 まあ、いないでしょうね、ここに居るのは武よりも文に秀でた者達ばかりですから。それなりに戦える者はいますが、『フロアボス』と少数で戦えるかと言えば。


 そもそも、彼のこれまでの行動や功績を考えれば、ステータスだけで彼を語れないのは解っているでしょうに、あのラッドが認めるなどそうそう有る物ではないと言いますのに。


「居ないであろう。ならばやはり、リョー殿は油断できない相手なのであろう」


 あの方の恐るべき点は、『勇者』としてのステータスではなく、『魔道具』や状況、パーティーメンバーの特性などを組み合わせて、能力以上の結果をもたらす点ですからね。


『鬼族の町』の攻略にしても、ラッドだけならば、力とスキルによるゴリ押しで押し進み『巨鬼蜻蜓』であっても打倒した事でしょうが、そうなれば僧兵達の被害も大きかったでしょう。


 それをあの方は、攻略のために選抜された隊に一人の犠牲者も出さずにやり遂げたのですから、『氷結の軍路』で飛行系のボスを地面に縫いとめたり、相手の警戒範囲外の遠距離から『魔骨弾』を飛ばして群れを壊滅させるなど、普通ならば思い付かないですから。


「かの『勇者』に対して敵対的な行動、あるいはその身柄を拘束するような行為を禁ずる、我がライフェル神殿の方針は、ライワ伯爵領と協力し、かの『勇者』を保護する事とする。諸官らに有ってはこの方針に基づいて、必要な方策を考え上申するよう」


 さて、彼らが策を考えてくれている間に、必要な事をしてきますか、あまり気は進みませんが仕方ないでしょうね。






「猊下、いかなる故有って、ライフェル教は我が国との国境線上及びラッテル領に兵力を集めておられるのか、神殿は我が国と干戈を交えるおつもりか」


 慌てたようにムルズ王国のライフェル神殿へ跳び込んできたモナ候が叫ばれてますが、今更になって何を言われているのでしょうか。


 わたくし達神殿側の認識としてはムルズ王国との現在の関係はよく言って準戦争状態といったところだというのに。


 まあ、このような愚物がいまだに宰相位に有るという一点を見てもムルズの宮廷がどれほど甘い場所か解る気がしますが。それとも、神殿と一戦した後でこの老害にすべての罪を押し付けて切り捨てるつもりなのかもしれませんね。


「理由と言われましても、当方としては正当な自衛権を行使するための準備と理解していますが。一部の貴族の領軍が、ライフェル教の分神殿を包囲している現状では、身を護る事の出来ない僧侶や神官達を救出するための戦力を配備するのは当然の事かと」


 まあ、借金の踏み倒しどころか、神殿の財貨を略奪する事で傾いた領内の財政を立て直そうと本気で考える輩が実際に居るとは思っていませんでしたが。


 まあ裏では、この老人が包囲している貴族達を煽って現在の状況を作っているようですが。前回の交渉で口先の脅しが上手く行かなかったからと言って、まさかこんな状況を作り上げて、ライフェル神殿と交渉する手札にしようとは、バカにされた物ですね。


「モナ侯爵が、こういった事態もあり得ると事前に教えてくださっていたおかげで、事前に準備することが出来ましたので数日で配備が完了しました。各隊にはムルズ王国内の神殿領で事が有り、わたくしが指示を出した際には、直ちに行動するための準備を常にしておくよう通達してありますし、神殿に協力的な貴族領にもかなり前から用意を進めて貰っています」


 あらあら、侯爵の顔色が真っ赤になってしまいましたね。まあ前回の会談の内容はしっかりと記録に残してありますからね。何かあった場合には神殿は動くと言ってあるのにこれですから、まあこちらとしては実力行使の理由が出来てありがたい話ですが。


「ぐ、ぐ、ぐうう、その件に有っては、宮廷にて対応しているため、神殿に有っては御心配には及ばぬと陛下の勅使にて先日伝えたはずではありませぬか、猊下に有られては軽はずみな指示を出されて事態を拡大させるような事が無いよう願いたく」


 彼らは隠しているつもりでしょうが、すでにいくつかの神殿では警護の僧兵と領軍の間で小競り合いが起こって死傷者が出ていますから、今の段階でも実力行使の条件は十分なのですがね。


「そう聞いてからすでに十数日たっていますが、未だに包囲が解かれていないのはどういう事でしょうか。神殿としては深刻な懸念を持っているのです。ムルズ王国にはこの事態を解決する能力または意志、あるいはその両方が欠けているのではないかと」


 まあ、わたくし達から妥協を引き出せない限りは、事態を解決させるつもりはないのでしょうが、いえそれどころかこちらを煽るために彼らが事態を拡大させかねませんね。


「包囲された神殿によっては、周囲の民衆を保護しているために食糧を始めとした物資に不安のあるところもいくつかあると報告を受けております。物資の残りを考えると、あまり長期にわたる包囲はこちらとしても好ましくありません」


「であれば、包囲に参加している貴族達を説得する要因が有れば、こちらとしても早期の解決が望め……」


「ですので、大量の兵力を一挙に投入して、相手に降伏を迫りたく思っています、まあ抵抗する場合は殲滅という事になりますが」


 二度とこんな馬鹿な事をしないように見せしめが必要でしょうから、相手が降伏する暇も与えずに一撃で壊滅させて、神殿を敵にまわした事を後悔させるというのが理想ですが、出来ればもっと大規模な方が良いかもしれませんね。


「それに関しては、熟慮頂きたい、ライフェル教の軍勢が国境を越えたとなれば、我が国としても見過ごす事は出来ませぬ。万が一の場合には国軍や各騎士団が御相手する事になりますぞ」


 一国の正規軍となれば、周辺国への示威効果は十分でしょうね。神殿を敵にまわせばどうなるか、しっかりと見せつければこの先数十年は落ち着くことでしょう。


 それにここでしっかりとムルズ王国を叩いておかなければ、ライフェル教恐るるに足らずなどと勘違いした輩が、ラッテル家のスキルを狙ってリョー殿にちょっかいをかけかねませんからね。


 とは言え。


「そうですね、ではもう少しだけ待つとしましょう。ですが、事態が改善せず敬虔な信徒や聖職者が危険にさらされるような事が有れば、こちらとしても兵力の投入を行わなければならない事はご理解ください。また、もしもこの状況下で貸付金を免除するような事となれば、ライフェル神殿は武力で脅せばいう事を聞くという誤った認識を持たれかねず、多くの信者を危険に晒す結果となるため、こちらからの妥協は一切ないと包囲している貴族達へお伝えください」


「な、な、な……」


 諸国への警告としてこの国を潰すのなら圧倒的な武力をそろえたうえでの大会戦での勝利が理想的ですから、こちらとしてもそれなりの用意をするための日数が必要ですから、もう少しだけ待つとしましょう。


 そうですね、せめて例の物が届くまでは待つとしますか。あれが有れば、平野での会戦でムルズ王国軍を圧倒できることでしょうから。


「それでは、わたくしは他にも予定が有りますのでこれで、次の会談の際には事態が好転している事を祈っております。閣下にライフェル神の御加護が有らんことを」


 ついでにこの期間を使って色々と根回しをしておきましょうか。


H28年5月6日誤字修正しました

H28年5月15日句読点修正

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