245 勇者の主張
今回はちょっと難産でした。
「それで、俺に何を聞きたいんだ」
今のところ戦闘はミーシア達だけで十分だから、ここで話し込んでも大丈夫かな、何かあってもここならすぐにわかるしね。
「先ほどの一件、拙僧の行動が短慮であった事は理解しておりまする、ですが『棄教者』を前にして見過ごすなど、納得する事は到底。拙僧はどうすべきであったのか、勇者様が拙僧の立場であったのならばどうなされたのか伺いたく」
なかなか難しい事を聞いてくるな。
「何とも言えないな、コンナも知ってるだろうが、『勇者』は正確には神殿の人間ではない、だからコンナ達の『棄教者』に対する感情がどれだけの物か理解する事は出来ないからな」
宗教的な情熱とか興奮ってのは日本人には理解しにくいものの一つだろうな。
「では、では、相手が『棄教者』でなく、勇者様にとって絶対に許す事の出来ない相手、例えば親兄弟の敵が相手だったのならば」
敵か、そうだな、家族はみんな元気だったし、日本でそんな事をイメージするのは難しいけど、もしもアラやサミュー達に何かあったら、おれはその相手をどうするんだろうか。状況にかかわらず何が何でも殺すか、いや、感情だけですべての行動を決定できるような若さはもうないだろうな。
「状況を判断してから行動するな。そいつを殺せることが可能な状況にあるのか、今でなければならないのか、後にした方がより良い状況にならないか、何よりそうした事でどんな利益と損失が生まれ、それを合わせた収支がどうなるのか次第だ」
「損得ですと、貴殿は損得で殺すかどうかを判断されるというのか、それでは凶賊等と変わらぬではありませぬか」
コンナが興奮して顔を上げて睨んでくるけど、それでもこれだけは譲れないよな。そうでないと、その場の雰囲気や感情だけで人を殺すって事になるんだから。
「そうだ」
「ならば、損となるのであればたとえ敵であっても見逃されると言われるのか。それでは、殺された者は浮かばれないではありませぬか、貴方には怒りは、いや、義憤や正義感はないのか」
「感情だけで行動した結果得られるのは、ただの自己満足だけだろ。本人の自己満足のためだけに人を殺すってんなら、そんなのは極論すりゃ、楽しむための殺人と何も変わらなくなるだろう」
レネルをあんな風に殺した俺が、こんなセリフを言うってのはダブルスタンダードだと自分でも思うけど、それでも感情のみで命のやり取りをするってのはやっぱり違う気がするから。
「第一に復讐する事で死者が救われるとは思わない、とは言え復讐をしたいという気持ちがあるというのは理解できる。だがそれは死者のためではなく自分が納得するためでしかない。それにすでに事が終わってしまった事態の復讐なら、急ぐ必要はどこにもないだろう」
復讐をしなければならないって事なら、もう取り返しのつかないような事が起こってしまってるって事だから、そんな状態でどれだけあせっても原状回復は出来ないんだから、より確実性を目指した方が良い。
「それにな、俺の言っている損得っていうのは別に銭金だけの事じゃないからな。俺達自身やその関係者の安全やその時の立場、復讐した後での周囲との関係性なども含まれる」
「それは、いったい」
うん、解ってなさそうな顔だな。
「そうだな、例えばライフェル教の上級僧侶がアラに欲情して街中の広場で攫おうとしてきたとする。無事にアラを護れたとして、その時に相手を俺が斬ったらどうなる」
「公衆の前で高僧が斬られ、その下手人を放置したとなれば、たとえどのような理由で有っても教派の体面に関わりましょう。となれば勇者様に対しても何らかの落とし前が必要となりますが、そのような不届き者であれば勇者様が直接手を下さずとも、神殿法により厳罰が下されましょうぞ、むっ」
「そういう事だ、そんな事態になれば俺だって相手を殺したくてたまらないだろうが、それをやればその場は良くても、結果的に神殿と対立し、俺達全員を危険にさらす事になるだろう。そんな事になればアラを護るという意味では本末転倒だろうし、俺がその場で殺さなくても後でしかるべき手段を取れば、より強力な報復が出来るからな」
「それは、たしかに、そうではありますが」
「もちろんこれは既に事態が終わってしまった後での復讐という場合の話だがな。もしも、その状況でまだ危機が継続していて、みんなを護る為には相手を殺す必要が有る場合、あるいはその場は一旦治まっても相手が逆恨みしてこちらが手を打つ前に手勢をそろえて再度襲ってくるような危険が予想される場合や、他にも敵がいてそれを牽制するために見せしめが必要だと言うなら、目の前の相手を殺す事に躊躇する理由もつもりもないし、その時はどんな犠牲を払ってでもアラ達を守り通すつもりだが、戦って勝つのが難しいのならば、必要に応じて逃げるかもしれないな。仲間を守るための戦いで仲間を死なせる訳にはいかないからな」
俺にとって最大の損失はみんなに何かが有る事だからね。それを防ぐためなら手段は選んでなんて居られないだろうから。
「それが、俺にとっての損得だ、俺が何を目的に行動しているのかを考えてそれに沿った行動を選択する。感情で判断するとすれば、複数の選択肢で同等の損得が予想できた時にどうするか決める時ぐらいだな」
まあ、俺だって感情を持った人間だから、全部が全部計算だけで動ける訳じゃないし、感情的に行動する事もあるだろうけどさ、自分の感情だけで人を殺めるような人間にはなりたくないからな。それに社会人としてある程度人生経験を積んでれば、好き嫌いや、やりたいやりたくないだけで行動できないなんてわかりきってる事だからさ。
いや、みんなを護りたいって気持ちも結局は俺の感情なのかも。
いや、今俺が悩んだらコンナにも変な事を伝えかねないな。今はこの事は考えないでおこう。
「では、もしも、相手が敵ではなく凶悪な盗賊であったならばどうなさいますか、放置すれば無辜の民が犠牲と成るような場合ならば」
うーん、俺達に関係ないならスルーするって答えはナシだろうな。
「そうだな、俺達で勝つ事が出来る相手なら、捕縛するし、それが無理なら可能な範囲で情報を取って官憲に通報するな」
実際その場になってみないとわからない可能性もあるけど、他人を助けるためにアラやサミュー達を犠牲には出来ないだろうから。まあ、危険なのが俺だけなら別だろうけどさ。
「自ら賊を誅しようとは思われないのですか、捕える事が出来るのならば直ちに殺した方が手っ取り早く後腐れも無いではありませぬか、冒険者もそうする場合が多いと聞きますし」
ほんっと、なんでこんなに血なまぐさい考え方しかできないかな。
「殺すのが前提だと、盗賊を捕縛する意味は薄いと俺は思っているからな」
「む、盗賊は殺して当然ではないのですか、たとえ捕えたとしても結局は処刑か犯罪奴隷として使い潰されて死ぬかではありませぬか」
なあ、こいつは本当に聖職者なのかな、言ってる事がさあもうアレ過ぎるんだけど。
「犯罪者を国や役人が捕える理由を考えた事が有るか」
「罪に対して罰を与えるのは当然の事、理由などないのではありませぬか」
まあ、そうだよね、そう言うと思ってたよ。とはいえ俺自身が法律の専門家なんかじゃないし、大学も普通の文学部だったから、当時の講師が雑談で言ってた事の受け売りでしかないんだけどね。
「まず、更に犯罪を繰り返す可能性が有る者を捕える事で、それ以上罪を重ねられないようにする事、まあこれは俺達が殺しても同じ結果だろう。次に、捕まえた罪人から情報を引き出し、その協力者や他の犯罪者をあぶりだす事だ」
実際カミヤさんはアラの捕まえた盗賊団からの情報で芋蔓式に他の犯罪組織も挙げてたらしいからね。
「確かに、神殿でも拷問吏や尋問官に敵方の者や捕えた密偵などを預け、多くの情報を絞り出す場合が有ると聞きますし。神殿の秘術を知る僧にはいざという時は自裁して敵に捉われぬよう毒が渡されていたり、そうでなくとも機密に係る僧や神官は拷問に耐えられるよう、特殊な訓練を受け耐性を付けているとの事ですしな。そう言われれば確かに敵を生け捕りにする価値はありますな」
だから、何なのライフェル教って、どこの秘密組織だよ。
(ライフェル教には高位の回復職が多いからのう。役務によっては、かなりの拷問と回復を繰り返して痛みに慣れる必要が有るのじゃ。また、特殊な環境の『迷宮』を任地とする場合その場に適した耐性を獲得できるよう、そういった苦行を志願する者も多いの。まあ、お主も知っての通り耐性を取れぬ場合も多く、やりすぎれば貴重な人材を失う事もあるゆえ限界があるがのう)
ほんと、どこの秘密結社だって話だな。ま、まあ、話を続けなきゃね。
「理由は他にも有る。民衆に見える形で罪人を裁き罰を与える事で、良民に対しては自分達が法で守られている事を認識させて民心を安定させ、犯罪をもくろんでいる者に対しては罪を犯せばどうなるかを見せつけて抑止とする事だ。『迷宮』の中の誰も見ていない状況で俺達が盗賊を殺したところで、その事を人々に知らしめるのは難しいが、街中で公開された裁判を行えば黙っていても話が広がるからな」
この世界にはテレビもラジオも新聞も無いから、噂話や立て札なんかに頼るしかないからね。目に見える事実っていうのが重要だからね。
「ふ、ふむ、一罰百戒とは言いますが確かに見せしめという事も必要ですか。しかし、ただ盗賊を捕えるだけで幾つもの結果をもたらせるとは、そこまで考えておられるのですな。戦士ではなくまるで為政者のようだ、ライワ伯爵の様な貴族と成って領地を発展させる元勇者の方々がいるのも解るという物ですな」
う、ま、まあ、日本人なら最低でも義務教育の9年、大抵はそれにプラスして高校の3年は教育を受けてるからね。その途中でこっちの世界に来る人間も多いだろうけど、社会人なら政治経済や公民なんかも最低限の知識が有るだろうし、この世界と現代の日本じゃ受けられる教育のレベルが桁違いだろうからね。まあ、それが変な方向に暴走すると内政チートをやろうとして失敗したりするんだろうけどさ。
「納得できたか」
「本心より納得する事は出来てはおりませぬが、ただ戦うのではなく考える事も必要であると理解は出来ました。ご指導ありがとうございます」
まあ、こんな短時間の話だけで人間が変わったりするわけないもんね。それでも、多少は考えるように成ってくれるとありがたいんだけど。
「い、いけませんわ、ミーシア避けなさい」
「ま、間に合いません」
「アラちゃん、トーウさん、掴まって」
「もー、邪魔しちゃめーなのに」
「旦那様、衝撃にお備えください」
みんなの叫びが聞こえた直後に車体に凄い衝撃が加わったけど、一体何が有ったんだ。
ツイッターに新しく画像を投稿しました。
今回はパルス王女様です。エルフ耳が作れなかったので耳は普通だったりします。
https://twitter.com/tohru116/status/703537959581057024
それとなんですが、3月の年度末に入り仕事などが忙しくなってきておりまして、もしかすると今月来月の更新ペースが落ちる可能性があります。
H28年3月3日 誤字修正しました。
H28年3月16日 誤字追加修正しました。
H28年4月9日 誤字追加修正しました。




