224 神職の意向 2
本日二回目の投稿になります。
「さてと、ここは……」
転移を終えたのですが、場所を間違えた、訳ではないですね。あの者と会う時はいつもこういった感覚に成るのを忘れていました。
ここは既に使う者の居ない、廃棄された祠の筈ですが、わたくしの視界にある範囲は丁寧に掃除されて、値打ち物の椅子と文机が配置されていますし、背面の壁にはライフェル神の紋章が掛けられ、更にわたくしの周りを覆うように紗が張られています。これですと光の加減を考えて配置された蝋燭により、こちらからは外が見通せますが、向こう側からはこちらが見えないようになっていますね。
「これらは、わたくしのために用意してくださったのですね」
密偵である者達が神殿の施設に堂々と立ち入る訳には行かないので、そういった者達から直接報告を受けたい時などは、こういった廃神殿や無人の社などに隠してある転移陣を使って跳び、会うことにしているのですが、この者だけはその度にこうしてわたくしを招き入れる用意をしてくれます。
わたくしを廃墟に招くのは畏れ多いとの事ですが、他の密偵達はそんな事を気にしてはいないと何度伝えても、一向に聞いてくれませんね。
紗の向こう側、開かれたままの戸の先、廊下で平伏している頭を見ながら溜息を吐くと、その音に怯えたかのように小柄な肩がビクリと動きます。おそらくは部屋の用意に何か不備があったのではと思ったのでしょうが。
「此度の役目、御苦労であった、直言をゆるすゆえ報告せよ」
というかここには二人しかいないので直接話し合うしかないのですが、こうして許可を出さなければ向こうはずっと黙ったままでしょうから。
「は、徳高き猊下の御来光を賜り恐悦至極に存じます。猊下よりご指示を賜りし諸事のご報告にありましては文机のうえに」
机の上に置かれた報告書を確認しますが、指示通りシナティ公国の現状を詳しく調べてありますね、財政や経済の状況、迷宮や魔物の現状、国境線での各軍の配備まで。かの国では準戦時態勢の為に各国の密偵が捕まっているようですし、神殿も監視されているので、なかなかこういった情報を正確に入手できなかったのですが、さすがですね。
リューン王国の後継争いの現状もしっかりと調べてありますし、カミヤが新薬でどの程度の収益を出しているかの見積もりも出ていますね。
惜しむらくは、彼女と連絡の取れる場所が限られるので、どうしても報告を受ける頃には情報が古くなってしまう事ですか。
とは言え今回はそれが吉となりましたが。連絡のために彼女が移動してきた場所がこの町だったというのは、ちょうど良かったですから。
まさか、ラッドに一任した護衛役の推薦がコンナになるとは思ってもいなかったので、万が一の際には詳しい情報が入るように、信用できる監視役を用意できるのは好都合ですから。
まったく、幾らラッドが戒律に縛られた僧侶だとは言え、年頃の女子を殿方の場所へ送れと言えばその目的ぐらい察しそうなものなのですが。
いえ、それとも察した上で、あえてそれとかけ離れた人物を送った可能性もあるかもしれませんね。潔癖な彼の性格では、こういった工作は好みで無いでしょうから。となると今回の件は、ラッドに一任したわたくしの失策という事でしょうね。
「よくここまで調べてくれました、感謝します」
「猊下の御言葉を賜り、光栄に存じます」
「では、かの御仁の事についての報告を、書面ではなく口頭にてしてください、ちこう」
この距離では、さすがに話しにくいですからね。もう少し近くで話をしたいものです。
「恐れながら、某の如き下賤の輩と同室されては猊下の御威光の陰りとなりましょう。部屋の入口たるこの場が、某にとって最も近い場所かと存じますれば」
まったく、かつてはわたくしのすぐ傍に侍った聖騎士がここまで自分を卑下するとは。
「ならば、面を上げよ」
流石にこの距離で頭を下げたままでは話しにくいですから。
「望外のお言葉ではありまするが、某の様な罪人が猊下の御尊顔を拝して、万が一にも猊下に穢れが移っては大事」
罪人ですか、乱暴目的で襲い掛かってきた相手を切ったら、たまたまその相手が上級僧侶だったというだけですのに。
わたくしに言わせれば、権力をかさに着て婦女子を襲うような破戒僧など、処刑しても問題ありませんし、それどころか彼女の方がよほど重要だというのに。
わたくしの子孫たちの中でも特に『転移』スキルを継いだ血筋の子達同士を婚姻させて、これまで子孫達の中で『転移』の最長記録を立てた才児。
破門中の身でなければ彼女をリョー殿にあてがってもよかったのですが。流石に彼女が斬った破戒僧の一族がまだ神殿内に残っている間は難しいでしょうか。
「神殿に戻るつもりはないのですかテラシス・トレン・ビルム」
彼女自身にその気があるのならば、やりようは幾らでもあるのですが。
「そのような名の者は既に死んでおりますれば、鬼籍に入って居る者が新たに僧籍を得るというのもおかしな話でございましょう。ましてその名を持つ者は聖騎士の職責にありながら猊下の信任を受けた高僧を害した大罪人、そのような棄教者を遇しては猊下の御名に瑕がつくかと」
やはりですか、仕方ありません。まあ、彼女は『不老』のスキルも発現していますから、数十年程度なら十分待てます。そのころにはまた考えも変わっているかもしれませんし、あの愚か者の一族も排除できているでしょうから。
「せん無き事を言いました、ですが面だけは上げてくれませんか、このままでは話しにくいでしょう」
「で、では、ご無礼をいたします」
やっと顔を上げてくれましたが、その前に手巾で自分の目を覆ってしまいますか。
「本来であれば、猊下の穢れとならぬよう、一旦この目をくり抜いて潰すべきでありますが、不幸にして高位の魔法薬を切らしており、失明しては御役目に差支えが有りますゆえ。御不快とは存じますが、布越しとは言え猊下に視線を向ける無礼の段、どうかご容赦を」
「構いません報告を」
わたくしの指示に従い、彼女が報告を始めるのを見つめます。それにしてもいつも思う事ですが彼女の容貌も大きく変わってしまいましたね。
かつては長く艶やかだった赤い髪も、風雨に晒され続けたためか色もくすみ、無造作に刈られてボサボサに成っていますし、小柄ながらも女性らしい肉付きで均整が取れていた体も痩せて細くなり、頬もこけ、手指にも骨の形がはっきりと浮かんでいます。
愛らしかった顔つきも、血色が悪く、日に焼け、乾いた肌はかさついてひび割れて皺が浮かんでしまっていますし。
もしかすると、あえてこういった容姿に成るように生活習慣を変えて過ごしたという事もあるかもしれませんね。密偵として過ごすのなら、こういった容貌の方が以前の愛らしい顔立ちよりも上手く行く場合が多いでしょうから。
立派だった耳やしっぽを切り落としている事もそのためだと考えれば、説明が付きます。種族の判別が付きやすい尻尾などは、それだけで個人が特定されやすくなりますから。
鈴を転がすようだった声も、強い酒を飲み続けたのか、擦れて低くなっていますし。
とは言え、彼女のスキルやステータスを考えれば、神殿にて十分な静養と栄養を取らせれば切り落とした部位以外を元に戻す事は可能なのでしょうが、今のままでは年齢も性別も外見からはハッキリとしないでしょうね。
わたくしのスキルでスキルや職、ステータス等を『偽装』しているのでラクナの『鑑定』でも彼女の事は見破れないでしょうから、リョー殿も彼女の正体はおろか女だという事もわかっていないでしょう。
しかし、これはなかなか気になる報告ですね。
「彼が不妊症との噂を流すのですか、なるほど」
そう言った噂が有るのならば、『禁欲』の有る彼が女難に見舞われる恐れは減るでしょうし、彼の正体に気づいた女魔法士達も彼の胤を狙うのを諦めるでしょうから、わたくしの競争率も下がるかもしれません。
まあ、彼にはより多くの子孫を残してもらいたいので、ある程度満足のいく結果が出たのならば、それを打ち消すような噂を流す必要があるかもしれませんが。彼がわたくしや女神官に手を出して、子を宿すようになる頃には、奴隷達やほかの娘達も孕みだしているでしょうから、自然と噂は打ち消されますか。
「いかが致しましょうか、いくら本人の希望とは言えこのような噂が流れてはかの御仁にとって不利益となるかと」
「いえ、構いません、他の密偵達にもそれとなく噂を流させましょう。それとこれはリョー殿に伝えてほしい情報なのですが、カミヤの手を逃れようとした盗賊が多数『獣頭草原』に逃げ込んだようです」
彼もよくやってはいますが、成立して一代しか経ってない貴族領では、人材も十分にそろっていないでしょうし、何より今はやる事が多すぎますから、どうしても細かな失態が出て来るのでしょうね。それに今のこの町にはあの者の手勢も潜り込んでいるようですし……
「確かにあの『迷宮』では許可のない賞金稼ぎや捕り手では追えませんか、承知いたしました、それとなくかの方の耳に入るようにいたします」
「任せます、それとこれは『獣頭草原』での狩猟許可状です。これが有ればあの『迷宮』内を自由に移動できます」
この程度の物ならカミヤにお願いすればすぐに用意して貰えますからね。もちろん信用できる相手に渡す事が前提ですが。
「そのような貴重な物を、某ごときに、恐れ多いことでございます。どうかそれはより相応しい者へ」
「彼の動向を見守るには必要な物でしょう、これが無ければ不法侵入者と間違われて、警護兵と戦闘になりかねませんから。貴方の実力ならば、危険はないでしょうが万が一にも警備兵を殺傷してしまえば、カミヤとの間に波風が立つでしょう」
「たとえ捉われようとも、この身には神殿との繋がりを示すものは無く、たとえ捉われても口を割る前に自害すれば済むこと、ですがその許可状を有していては、何かあった際に発行の経緯をたどられ神殿へとたどり着く者が有るやもしれませぬ」
「構いません、さ、取りに来なさい」
「申し訳ございません、許可状はそちらの文机に残してくださりますれば、後程頂戴いたしますゆえ、どうか、どうか」
やはり、取りには来ませんか、仕方ないですね。
椅子から立ち上がって進み、紗を避けて更に彼女へと近づいて行きます。
「猊下」
気配で私の動きに気づいたのか、彼女が再び平伏し、そのまま後ずさって行きますが、すぐに壁にぶつかってそれ以上下がれなくなってしまいます。
「猊下、後生でございます、どうか、どうか、御留まりください」
戸口の前で立ち止まりましたが、廊下からは緊張した空気が流れてきていますね。もしも、わたくしがこれ以上進めば彼女の場合だと本当に自害しかねませんか。
「解りました、許可状は机に置いておきましょう」
そのまま、彼女に背を向けて紗の張られた場所へ戻ろうとすると、背後より安堵したような気配が流れてきます。
しかし、こうまで畏れられると、少し悪戯をしたくなってしまいますね。
「率直にリョー殿をどう見る」
「へい、あの旦那でやすが、一見厳しそうな態度を取っていやすが、内心はなかなか甘いお方でやし……っつ」
なるほど、これが『今の彼女』ですか。気が緩んだ瞬間というのは素が出る事が多いですから試してみましたが、上手く行きましたか。
「申し訳ございません、猊下に対して不遜な言動を」
「構いません、普段使い慣れ染みついてしまった言葉というのは、そういう物です。気にする事はありません」
とは言え、こういったちょっとした不注意から密偵が捕えられたこともありますから、彼女にも経験して貰いたかったので、ちょうど良かったですね。
さて、次に彼女と会った時にはどんな報告が聞けるのか楽しみですね。
彼女が誰なのかはバレバレですよね、たぶん。
来週はもしかすると更新できないかもしれません。
H27年12月10日 誤字修正しました




