表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/696

223 神職の意向 1

すいません、突発的ですが神官長視点です。

「借用金の棒引きと申されましたか、モナ侯爵」


 一国の宰相が直々に面談を申し込んできたので、時間を調整してこの場を設けたと言いますのに、ずいぶんと自分達に都合のいい提案をしてきましたね。


 これだけの時間を取るために、いくつかの神殿へ跳ぶのを省略したと言うのに。この後も予定が有るので早めに切り上げてしまいましょう。


「左様、ライフェル神殿が当国と各貴族家に対して貸し出している金子の返済額を減じてもらいたい、また神殿領と幾人かの貴族が結んだ来季の収穫権の売買契約を破棄して頂きたい」


 これはまた、まあ、気持ちはわからなくはないですが。


 カミヤが本格的に穀物の売り攻勢に出始めたので、ここ数日で穀物価格は大きく下落しています。買い支えようとしていた有力貴族達の資金も、すでにその段階で多くを穀物に替えていた為に現金が減っていた上に、カミヤの圧倒的な物量のせいで、貸し出した分も含めて三日で溶けてしまいましたから。


 慌てて売りに出しても、今の相場では借金を完済するどころか利子にすらならないでしょうから。


 すでにほとんどの売却が済んでいる来季の収穫権にしても、今の状況ではたとえ豊作であっても買い手が付かず不良在庫となる恐れがありますし。


「候はそう言われますが、神殿の財貨は信者の寄進に依るものであり、その全てがライフェル神の物。わたくしはそれをお預かりしているに過ぎません、宰相として国庫を預かっている候ならば御分りになるでしょう、主より委託された金銭を目減りさせる事が、下僕としてどれほど罪深いか」


 これは少し嫌みが過ぎたでしょうか、目の前の老人は多大な国費を穀物相場に投じて、回収不能な損失を出している真っ最中ですから。まあ、その分だけ彼は必死なのでしょうけれど。


 国費を失い、私財を失い、派閥の貴族達にも同じように買い入れをさせたために、多くの家を破産寸前に追い込んでしまっているそうですから。


 ここの交渉で挽回できなければ、宰相位は罷免、家督も後継に譲って本人は隠居、さらに侯爵家自体も派閥の領袖としての求心力を失うことでしょう。


 そうなれば、王家や貴族達を納得させるためにも、モナ侯爵は病死、あるいは乱心したとして座敷牢に押し込められて余生を過ごす事に成るでしょうから。


 逆にこの棒引きを成功させられれば、汚名返上どころか、同じように借金を抱えている敵対派閥に対しても恩を売れるでしょうが。


「そうは言われるが、この利率はあまりに高利、無法ではあるまいか」


「このお金は神殿が強引に貸し付けた物ではなく、貴族の方々がどうしても貸してほしいというので各地の神殿に無理を言って工面した物です。利率にしても全ての要求に応える額が用意できなかったので、心苦しくもありましたが、ある程度相手を絞るために設けた物です。それであっても皆さん納得した上で契約して頂けたと思っていたのですが」


 ニホンの金貸しは『晴れた日に傘を貸して、雨の日には取り上げる』と例えられるらしいですが、それに比べれば、あくまでも先方の依頼に応えただけのわたくし達は、よほど良心的だと思うのですが。


「そうは言われても、この利率は……」


「では、こう致しましょう。今回の貸出金にあっては利子を免除することにします」


 さて、どうなさるか、モナ侯爵の言い分は法外な利率なので借金自体が違法だという物なので、元本のみの返済でいいと言ってみましたが。もともとこのお金は、ムルズ王国に貸しを作り領地や『魔道具』をむしり取る手札の一つですから、回収できるとは初めから思っていませんので、こちらとしては利率がゼロでも痛くありませんから。


 ですが、ムルズ王国の貴族達は自分たちの財力を大きく超える額を借り入れていますから、利子が無くなった程度の負担軽減では焼け石に水でしょうね。


「確かにありがたい申し出ではあるが、もう少しどうにかなりませぬか、今の額では返す事の出来ない貴族家も少なくなかろう。返済額をせめて半分にしては貰えませんかな」


 自分たちの見通しの甘さでこのような事態を引き起こしたと言いますのに、この国の辞書には羞恥心という単語は無いのでしょうか。


「今のままでは、金銭面で立ち行かなくなる貴族家も出て来るでしょうな。さすれば、使用人も多くが解雇され路頭に迷う事と成るでしょうし、貧民などへの施しも出来なくなりましょう。ここはライフェル神の慈悲を見せては頂けまいか」


 慈悲ですか、多くの民が飢えに苦しみ、奴隷に下り、餓死したというのに、それを放置したどころか助長すらした御仁が、慈悲などという言葉をよく恥ずかしげもなく口に出来た物ですね。


「わたくしの感覚では、一日の糧を得るのに二日分の稼ぎを費やさなければならなかった異常状態が改善された以上、民への悪い影響は限定的となると思われますが。現状程度であれば、たとえ貴族家の方々に余力がなくとも、神殿の奉仕活動で十分対応できるでしょう」


 それどころか、市井の状況は近年まれに見る好景気ですから。


 貴族達が貯め込んでいた資金の何割かは農村や穀物商へ流れ込んでいて、それらを中心として各種の取引が活発になってきていますし、その他の平民たちも食糧価格が安値で安定しだしたので、しばらくすれば余剰金が生活費以外の分に回り出す事でしょうから。


「現金での返納が無理でしたら、物納でも構わない契約に成っているはずです。『魔道具』、戦闘奴隷、領土、方法はどれであっても神殿としては構いませんよ」


「貴族達の保有する『魔道具』には、家の象徴である家宝や、中には国宝すら存在する。それらを差し出せば幾つかの貴族家が権威の象徴を失い、貴族として成り立たなくなろう」


 確かに貴族家などでは、由緒ある物品を受け継ぐことで世襲の正当性を担保している場合がありますが。


「ならば代わりに、わたくしの名においてライフェル神殿がそれらの家の当主に対して、在家の神官位を与えましょう、神殿がその地位を保証すれば民も安心する事でしょう」


 来歴のはっきりしない場合もある『魔道具』と比べれば、はるかに権威のある保証ですから、貴族達は喜ぶでしょう。侯爵としても、神殿から『魔道具』に関しては代償を引き出したという実績を主張できるでしょうし。


 形としてはただ『魔道具』を取り上げるのではなく、わたくしが多少譲歩したと見えるのでしょうが。君主たる王ではなく神殿が貴族の地位を保証するとなれば、事実上は王とライフェル神の二君に仕える事となります。


 そうなれば、数十年後には彼らの忠誠の対象が神殿に変わってくるかもしれません。侯爵はその危険性には気づいていないようですね。


「それは助かるが、だがことは『魔道具』だけではない、貴族家がその領土を削られれば十分な騎士や従士たちを養う事が出来なくなろう。更に戦闘奴隷までも失えば、領軍の戦力は大きく損なわれよう、そうなれば『迷宮』の維持管理にも支障がでることとなり、『迷宮』の安定を教義とするライフェル教にとっては望ましくない事では」


『迷宮』を盾にライフェル教を脅してくるとは、ケンカを売っているのでしょうか、まあそれならば喜んで買いますが。


 まったくほんの少し前までは、わたくしの機嫌を損ねる事を恐れ、身内を切り捨ててまでリョー殿への手出しを控えようとした臆病者が、今回の事態に関してだけは国王をはじめとして、神殿に借金の有る主だった貴族の殆どが味方に付いたというだけで、ここまで強気になるとは。


「でしたら、領内にライフェル教の神殿を新たに建立される事をお勧めしますよ、建立され次第、その神殿へ僧兵団を派遣し、『迷宮』を安定させるとお約束しましょう。危険な『迷宮攻略』は僧兵たちに任せて頂ければ、財政の安定に専念できるでしょうから。なんでしたら領内の治安維持や防衛も僧兵たちに任せていただくというのはどうですか、僧侶達も霞を食べて生きているわけではないので幾らかの寄進を頂く必要はありますが、自前で騎士や兵士たちを賄うよりは遥かにお安いでしょうから」


「な、そ、それは」


 まあ、国の立場としてはそういう反応でしょうね。自国の領内に王や貴族の権限が及ばない武装集団が駐留しているなど、不安でたまらないのでしょうね。閉鎖的な国などでは冒険者の出入りすら警戒する物ですし、まして今のこの国にはカミヤの所の伯爵軍がラッテル領に駐留していますから、彼らとわたくし達が呼応して蜂起するのではと不安なのでしょうね。


「ま、待たれよ、神官長殿、それには及ばぬ、兵力の低下した領には国軍より部隊を派遣して支援すればよいだけの事」


 何を今更、兵力が足りなくなるから借金を免じろと言われたのはそちらでしょうに、それを都合が悪くなったから、自分達で兵力は何とかなると言い出すなど。


「ムルズ王国自体へも、かなりの額を貸し出していますので、借金を返済しながら兵力を維持するのは負担が大きいでしょう。無理はなさらない方が良いですよ、なんでしたら直轄領にも僧兵を派遣しましょうか、直轄領や主要都市などでしたら、既存の神殿や寺院でも僧兵達が駐屯するのに十分な規模が有るでしょうから、人員を送るだけで済むでしょうし。ああ、そうでした、債務者の方々に今の提案を通知しませんと、すぐに手配を」


 背後に控えていた神官に指示を出すと、すぐに出て行きましたので、この会談が終わるころには書状が出来上がっている事でしょう。


 宮廷に権限を持つ大貴族等は僧兵の増加を嫌がるでしょうが、小規模の家々の何割かは歓迎してくれそうですね。兵力の維持というのはなかなかの負担ですし、支払い能力以上の兵力を抱えていても『迷宮』の管理がし切れる物ではありませんから。更には神殿の後ろ盾があれば周辺の大貴族等からの余計な圧力を排除できると考えるでしょうし。


 まあ、防衛力と治安能力を押さえ、信者という形で領民を押さえ、物納でも返しきれなかった分の借金の返済期限の延長や追加融資という形で財政を押さえ、領主を神官へ任命するという形で権威も押さえてしまえば、ほとんど貴族領を乗っ取ったような物ですが、追い込まれている弱小貴族家なら背に腹は代えられないでしょう。


「待っていただきたい、王国の負担を気にされるのならば、借入金の棒引きを……」


「それは出来ないと、先ほど言ったばかりではないですか」


 借りた金を返せないとなれば、平民ならばすぐさま家ごと家財の一切を奪われ、一家全員が奴隷落ちとなると言いますのに、堂々とまけろと言うとは。


「神官長殿、あまり貴族達を追い込まないで頂きたい、崖まで追い込まれて後がなくなれば、命がけで前に出るしか無くなるのですからな」


 ほう、なかなか面白い言い方をしてきますね。これはこちらを脅しているという事でしょうか。


「それは、どういった意味でしょうか」


「一部の貴族達の中では返済不可能な借金により破産などという、座して死を待つような事態に成るよりは、死命を尽くしてライフェル神殿と一戦交えるべきとの声が上がっておりましてな。中には領内の神殿施設を急襲して焼き払い、神官や僧侶たちを害すべしなどと過激な事を言う者達もいる始末、もちろん儂や王家が必死に宥めてはいるが、彼らの我慢にも限界があろう」


 そこは侯爵や王家が煽っているの間違いではないでしょうか。本音ではモナ侯爵領でそう言った事をしたいのでしょうけれど。


「そんな事に成れば、周辺諸国も黙ってはいないでしょうね。信心深い方々の怒りを前にしては暴走した貴族家の安全は保障できませんよ」


 この国と隣接するすべての国から兵を出して頂いて、全面で国境を封鎖し包囲するという事も考えないといけませんね。


「もちろんそんな事態を招くような暴走を貴族達にさせるつもりはない。だが万が一そうなった時、地理に不案内な他国軍が国境より兵を発して、国内深くにある貴族領を攻めるとなれば、補給をはじめとした移動にかかる経費も多大となるだろうし、長征し疲労が蓄積したところで、敵地で地の利の有る領軍と戦うとなれば、予想外の被害もあり得よう。はたしてそれ等の損失は貸し出した額に見合う物で済むかどうか」


 つまらないですね。この物言いですと、本気で戦うつもりではなくあくまでも交渉の手札として武力をチラつかせているだけですか。


 まあ確かに戦争は政治目的のための手段でしかないので、戦うだけが使い道ではないのは確かですが。それ故に一度使えば後戻りの利かない、簡単には切れない札だとわかってないようですね。


 力をチラつかせるだけでどんな相手でも引き下がると思っているとは、これだから血筋の古さくらいしか取り柄のない貴族は困ります。


「そうですね、確かに国外の義勇軍だけでは負担が大きそうですね……」


「それならば、ぜひ棒引きに応じては頂けぬか、神殿にも多少の損失が出ようが、戦いにて生じる被害と比べれば安い物であろう。債務を半分にしてくれれば、儂が全力で話を纏め……」


 何か自分勝手な事を言っていますね。これほどの額の半分が多少で済むはずがないでしょうが、とりあえず無視してこちらの方針を伝えておきましょう。


「仕方ありませんね、この国の方にも鎮圧を手伝っていただく必要がありそうですね」


「な、に」


「この国にも信徒は多いですし、信心深い貴族家もあります。協力を要請すれば喜んで手伝ってくれることでしょう。そうですね、鎮圧の協力度合いに応じて借金を棒引きする事にしてもいいかもしれませんね。いえ、いっその事、支払いを渋る貴族家への債権回収を、協力的な家々に依頼してその対価として棒引きを行いましょうか」


「ま、待ってくれ、そんな事に成れば……」


 まあ、内乱に成るでしょうね、国外勢力から支援を得た神殿側貴族と、金銭面で既に追い込まれている貴族との戦いなら、どちらが有利かは疑いがありません。


 棒引きを条件とすれば、多くの貴族がこちらに付くでしょうし、まともに借金を返せるような経済力が残っている家はほとんどありませんから、返済がされていないと神殿が訴えれば国内のどの家でも叩く事が出来ます。たとえば今目の前にいる老人の家であっても。


 そうなれば、ライフェル神殿に都合のいい家を選別して残し、目障りな家を排除する事も可能かもしれませんね。


「何を慌てているのですか、候のご要望は貴族達の借金を棒引きする事でしょう。やっとわたくしから、棒引きの条件を引き出せたのですから、喜ぶべきでは」


 たとえ神殿側の貴族達が負けたとしても、それだけの内戦に成ればこの国の国力は大きく損なわれます。そうなってから周辺諸国と僧兵団を動員して本格的な攻勢をかければ、国そのものを潰す事も難しくはないかもしれません。


「こ、こ、こ、この……」


 あらあら真っ赤な顔をされて、良い御年なのですから、そんなに頭に血が上っては危険ではないでしょうか。まあ、こういった知識は『勇者』からもたらされた物で、一般には知られてませんから、忠告したところで理解はされないでしょうが。


「神殿としても、出来れば全額を回収したいですし、人同士の戦いは望むものではないので、侯爵が各家を説得されることを期待いたします。それでは」


 これ以上話をしても、無駄でしょうから、次の目的地に跳ぶことにしましょう。


「ま、待って下され、それでは……」


「これだけはお忘れなく、神殿は争いを望みませんが、必要とあらば戦いを厭いはしませんよ」


 こんな状況で戻ればこの男の破滅は確実でしょうが、取り消したとはいえモナ侯爵家がリョー殿に刺客を放っていたのは周知の事実ですから、見せしめとしてはちょうどいいでしょうね。


 背後で叫んでいる老人を残して、客間を後にし転移陣へ向かいますが、つまらない事で大分時間を使ってしまいましたね。


「かの者をまたせるのは心外なのですが仕方ないですね。先ほどの話は滞りなく各貴族家ヘ通達するよう手配しておきなさい」


 わたくしの指示を無視した僧侶を先日処分したばかりですから、神官達も滞りなく手配してくれるでしょう。


 さて、跳ぶとしますか。


一話で終わらせるつもりが、モナ侯爵をいびるのが楽しくて、長くなってしまいました。続きは今日か明日中に出せるかと。


H28年6月26日 誤字修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ