195 カラスさんの苦悩、クマさんの努力
「本当に、いいのですわねミーシア」
もう何度目になるのか解らないわたくしの言葉に、ミーシアは再度深く頷きますけれど、出来る事でしたらこんな非常識な事やりたくはありませんわね。
「お、おねがいします」
やはり返答は一緒ですわね。
『獣態』を取ったミーシアの横には今日倒した魔物の死骸が山と積まれていますけれど、あれだけで足りるものかしら。
今わたくし達がいるのは伯爵領内にある『蛇蝎森林』の外周部ですけれど、武器が出来るまで持て余した時間をここでのレベル上げに使おうと考えたのは失敗でしたわね。
「もう一度言いますけれど、本当に危険ですわよ、場合によっては命に関わったり、一生物の怪我をする恐れだってありえるのですわよ」
もちろん可愛いミーシアをそんな目にあわせるつもりは毛頭ありませんけれど、万が一という事はどんな場合でもあり得ますし、こうまで言わなければこの子は考えを変えないでしょうから。
「お、お願いします、もっと、つ、強くならなきゃダメなんです」
まったく、何時の間にこんな強情な子になったのかしら。
「本当に分かっていますの、確かにわたくし達はリョーの『成長補正』の影響を受けていますから、レベルに比べてステータスが高くなっておりますし、常人よりもスキルを覚えやすいはずですけれど、本来ならば命がけで臨んで数百人に一人『耐性』スキルに目覚めるかどうかなのですわよ」
普通に考えれば、こんな非常識な方法は正気を疑われても仕方がありませんもの。まあわたくし達だと、本当に出来るかもしれないというのが嫌なところなのですけれど。
今この場にリョーは居ませんけれど、あの男は『勇者』のレベルが上がって『成長補正』の熟練度が上がったらしく、一日に十数回ほどあの男と共に戦えれば、その先の丸一日程度ならば別行動していてレベルが上がっても、『成長補正』の恩恵を受け続ける事が出来るようになったそうですから、その部分ではこの特訓でさらに強くなる可能性は有りますけれど。だからといって危険が有る事に変わりはありませんわ。
「そ、それでもやります。盾持ちは、さ、最後まで皆を守らないとダメなのに、わたしは、わたしは一番に動けなくなっちゃって、そのせいで、そのせいで、サ、サミューさんは」
この子はやっぱりあのボス部屋で襲撃を受けた時の事を気にして、こんなことを言い出していましたのね。
ですけれど、それはこの子だけの話ではないはずですわ、わたくしだってあの時は雷撃を受けて何もできなかったんですもの。
「ミーシアちゃん、そんな事を気にしなくても、わたしは何とも無かったんですから」
当事者だったサミューまで、またあの事を気にしだしてますわね。まったく誰も彼も人の事ばかりを気にして、もう少し自分本位に考えてもいいでしょうに。
「ダ、ダメです、つ、次はわたしがみんなを守るんです、じゃないと、盾持ちなのに役立たずじゃ、わたしなんて、わたしなんて」
「別にミーシアちゃん自身が大変な思いをして『耐性』を持たなくても、ご主人様が新しい装備を用意してくれるんでしょう。魔法対策もしていると聞いてますし」
実際に『そういった方法』で『耐性』スキルを入手したサミューとしても、ミーシアの事が心配なのでしょうね。
ですけれど、武器だけに頼るという考え方は、おそらくミーシアには出来ないでしょうね。
「ぶ、武器や盾が強いだけだと、わたしより、も、もっと強い奴隷がいたら、その人にその武器を持たせて、わ、わたしは、売られちゃうかもしれないから。そんなのは、い、いやです。わたしは、皆さんやリョー様と、い、いっしょにいたい、です」
やっぱりそういうふうに考えてしまいますのね。あのリョーがそんな事をするはずはないと言いますのに。
まったく、この子は自分の悪い所にばかり目が行ってしまって、長所を見ようとしないせいで、相変わらず自分に自信が持てないのですわね。
『迷宮』での戦いで自分がどれほど役立っているかを、もっと自覚すれば良い物を。
「分かりましたわ、これ以上はいくら言っても聞かないのでしょうし」
「あ、ありがとうございます」
まったく、そんな笑顔は反則ですわよ。
「アラもやるのー」
「ハル様、お手数をかける事になるとは思いますが、出来ればわたくしにも特訓を施しては……」
わたくしが折れたのに合わせるように、アラとトーウが名乗りを上げますけれど、そんなの冗談ではありませんわ。
「貴方達はダメですわよ」
まったく、この子達は今からやろうとしていることの危険性を理解しているのかしら。
「えー、アラもやるのー、リャーのために強くなるんだから、ミーシャだけなんてめーなの」
「そこを何とかなりませんでしょうか、わたくしも旦那様のお役に立てるよう、少しでも強くなりとうございます」
はあ、サミューはスキルを持ってるから黙ってますけれど、そうでなければ自己犠牲が好きな彼女も同じことを言い出していそうでしたわね。
もしも、そんな事になっていましたら、四対一で勝ち目はありませんでしたわ。
「こんな非常識な手段、体格が大きくて体力のあるミーシアだからこそできる事ですわ。貴方達では脅しではなく本当に命にかかわりかねませんもの。自力で『耐性』スキルを入手出来ましたら、熟練度を上げるのだけは手伝ってあげますから、それまでは我慢なさい」
「さ、さっきのは、脅しだったんですか、び、びっくりしました」
ミーシア、貴方が気にするところはそこですのね。
「うーー、スキルがないからアラは特訓したいのに、スキル取ってからじゃないとダメなんて、ハリュのイジワル」
「ハル様、どうしても駄目でありましょうか」
当然ですわ、大柄なミーシアに対してですら威力の調節が難しいと言いますのに、こんな小柄な子達が相手では本当に失敗して一生物の傷を負わせかねませんもの。それに……
「第一アラ、貴方はこんな非常識な方法よりも確率の高い覚え方が有るじゃありませんの」
「え、ハリュ、ほんと、ほんとなの、ウソだったらめーなんだからね」
ああもう、さっきまで泣きそうな顔で怒ってたのに、すぐににっこりと笑い出して、こんな顔を見せられたら、何も言えなくなるじゃありませんの。
はあ、リョーがアラに甘い理由が良く解りますわね。最初にこの顔で頼まれなくて本当に良かったですわ。
「ええ、『耐性』スキルを入手する方法は、そのダメージを受け続けて、瀕死の状態を何度も経験するだけではありませんもの。それに類する魔法の熟練度を上げていけば、属性との相性が良ければそれだけで『耐性』を覚える事が有りますわ。アラはそちらを狙ったほうがまだ可能性が有ると思いますけれど」
相当熟練してなければ難しい話ですけれど、魔法の才能が有るこの子でしたら。あっという間に取ってしまいそうですわね。
「ほんと、じゃあいっぱい魔法で戦って強くなるね、リャーから貰った剣で戦えば、いっぱい魔法を使って眠くなっちゃっても大丈夫だもん」
「あのハル様、わたくしの場合はどういたせばよろしいのでありましょうか」
満面の笑みで物騒なことを話し出したアラの隣で、トーウも期待に満ちた表情で見てきますけれど、無理なものは無理ですわよ。
「今は諦めなさい」
「え、そんな、後生でございますから、どうか」
この程度の事で、そんな頼み方をされても困りますわ。
「貴方の体力ではミーシアと同じマネはできませんし、アラとは違い魔法スキルもそれほどありませんもの。スキルを取りたければもっとレベルを上げて、十分な体力を付けてからになさい」
わたくしの言葉の意味が理解できたのか、青くなりだしていたトーウの顔に血の気が戻ってまいりましたわね。
「では、わたくしもアラ様とともに戦い続け、自らを磨き続けていれば、いつかは皆様と同じ高みへ到達できるという事ですね」
ああ、この子もこうと決めたら一直線という性格のようですわね。確かに言う通りでしょうけれど。
「そもそもトーウ、アラ、貴方たちの戦い方はミーシアとは違って素早さを重視した物でしょうに、相手の攻撃を受ける事よりも、回避する事や相手の先を抑えて攻撃そのものを放たせないという考え方はしませんの」
なぜ本職の前衛であるこの子達に、後衛魔法職のわたくしがこんな事を言っているのかしら。立場が逆ではありませんこと。
「んー、でも、いっぱいスキルが有った方がすごいもん」
「それはそれ、これはこれでございます。護衛役であるならば、いざ事の有った時には、この身を肉の壁としてでも主の身命を守れるよう、この体を鍛える所存に御座いますれば」
ああ、もう、この子達と話をしていると、わたくしまでも非常識な考え方をするようになってしまいそうですわ。
「もういいですわ。とりあえず二人とも今すぐ入手できない事は理解できたようですし、さっそく始めますわよ。サミューはそこの二人がこれ以上おかしな事を言い出したり、余計な事をなさらないように見てて頂戴」
わたくしだけがこんなに悩まされるなんて不公平ですもの、子供の面倒は最年長のサミューにしてもらいませんと。
「分かりましたけど、本当にミーシアちゃんは大丈夫なんでしょうか」
「ええ、そのためにあの子には『獣態』を取って貰ったんですもの、あれだけの巨体でしたら、わたくしの未熟な調節でも、なんとか許容範囲に収められるはずですわ。それに続けていけばわたくしの熟練度も上がって、より微妙な調節もできるようになるでしょうし」
「そうですか、無理だけはしないでくださいね」
納得してアラ達の方へと向かっていくサミューからミーシアの方へと視線を戻します。
「それでは、行きますわよミーシア」
「は、はい、お願いします」
わたくしの言葉に身をすくませたミーシアを見ながら、二つの呪文を組み合わせて唱えながら魔法を組み上げます。
「しっかり耐えなさい『雷撃弾』『落雷陣』」
『二連続発動』のスキルによって放たれた二つの雷撃魔法がミーシアの体を弾き飛ばします。
「ギャン」
体から煙を上げながらも彼女は四肢に力を込めて立ち上がり、わたくしの方へと顔を向けてきます。
「これで分かったでしょう。『耐性』を取るという事はこう言った事を延々と繰り返す事になりますのよ。初めのうちは大技である程度まで一気に削れますけれど、それから先は、致命傷にならないように、体力の状態を見ながら弱い魔法で少しずつ削る。つまりは弱っている時に、痛みの有る魔法を何十発も受ける事になりますのよ」
あんな悲鳴を上げるミーシアを見ていたら、わたくしの方がくじけてしまいそうですわ。
「だ、大丈夫です、だ、だからお願いします」
「分かっていませんわね、それでやっと一回なんですわよ。あとはスキルを入手するまで、回復しすぐに電撃で削る、それをひたすら繰り返す事になるんですのよ」
「わ、解ってます、は、始めてください」
本当に臆病なこの子がこんなに頑固になるだなんて、思ってもいませんでしたわ。
「ガ、ガ、ガウ、ガ」
真っ白な毛皮のところどころに焦げの付いた状態で、ミーシアが必死に這いながら、魔物の死骸が積まれている場所へと向かい、ゆっくりと魔物の肉を咀嚼していきます。
「ハム、ハウ、ガグ」
この子には『肉食回復』のスキルが有りますから、しばらくすればこれだけで回復するでしょうけれど、もうこれ以上は無理ですわね。
いくら回復ができるとはいえ、こんな事を五回も続けていれば、どんな負担が体にかかっているか分かりませんもの。
それに痛みを何度も感じたミーシアの精神の方も……
わたくし自身も、これ以上彼女を痛めつけるのは色々とくるものが有りますから、少し休憩が欲しいですし。
「つ、次をお願いします」
なんですって、いくらなんでも早すぎですわよ。確かに瀕死状態を何回も経験することが重要ですので。完全に回復させるのではなく、二割か三割程度の回復で十分なはずですけれど、この回復速度は非常識ですわ。『肉食回復』の熟練度が上がってはいるでしょうけれど、よほど高くなっていなければこんな事は。
「ミーシア、すぐに覚えられるスキルではないのですから、初日からそんな無理をしなくても、それにまだ十分に回復していないでしょうに」
「だ、大丈夫です、か、回復しました」
そんな筈はありませんわ、確かに毛並みはだいぶ元に戻っていますけれど、この子には『肉食回復』以外に自己回復スキルはないはずですわ。
「じ、自分に、回復魔法をかけて、そ、それで治ったから、大丈夫です」
そういえば『獣態』の強さや、前衛としての頼もしさから忘れかけておりましたけれど、確かにこの子は回復職ですし、『肉食回復』はHPだけでなく体力やMPも回復しますわね。
それに、この子があのスキルを入手した契機を考えれば、MPの回復の方が主かもしれませんから、そういう事が可能かもしれませんが。それにしてもここまで効果が有ったでしょうか、こちらも熟練度が上がってきたという事かもしれませんわね。
ですけれど、だからと言ってこれ以上は続けられませんわ。怖がりで痛いのが苦手なミーシアの事ですもの、あまり無理をさせる訳にはいかないでしょうから。
「何をそんなに焦っておりますの、こう言ったスキルは気長に鍛えていくものでしょうに」
「で、でも早く覚えたいんです、そ、それに『雷』だけじゃなくて、ほ、他の魔法とか、トーウ様の『毒』とかも……」
こ、この子はいったいどこを目指してますの、それこそ高レベルの『迷宮ボス』のように魔法が効かない存在にでもなるつもりなのかしら。
あの体格と高いステータスで、色々と威力の高いスキルが有って、いくつも『耐性』が有って、さらに自己回復までできるだなんて。並の冒険者でしたらどれほど束になっても敵わなくなるのではないかしら。
「なるほど、それは確かにハルさんやトーウさんがいれば、色々な『耐性』スキルが取れそうですね。幸い私は自己回復系のスキルもありますし、体格もそれなりに良い方で実際に『耐性』スキルを入手して来た経験もありますから。私もお願いしてもいいですか」
サミュー、貴女までですの。
このパーティーに常識のある人はいないのかしら。
「だ、誰か来ます」
急にミーシアが警戒の声を上げて一方を向きますが、ここは『迷宮』内でも外れの方であまり人が来ないと聞いていましたのに、どういう事ですの。
「確かに御一人、まっすぐこちらへと近付いてこられてます。速い」
トーウも気付いたという事は間違いではなさそうですわ、まっすぐに向ってくるという事は、狙いはわたくし達という事でしょうか。
敵にしては一人というのは気にかかりますし、かといって心当たりは有りませんし。
「ご主人様でしょうか」
「それはあり得ませんわサミュー、もしもそうならミーシアが臭いですぐ解るでしょうし、何よりもリョーは伯爵閣下と会食の後で武器屋によるはずですもの、ここへと来るのはもっと遅くなるはずですわ」
「来ます、もうこんな近くへ」
「あれ、でもこの臭い嗅いだことが有るような」
「これは随分と警戒されたな」
不思議そうに首をかしげるミーシアに答えるように、木陰から出てこられたのは……
「は、伯爵閣下」
慌ててわたくしとトーウ、サミューがその場に跪き、アラもそれに倣い、ミーシアは『獣態』のまま伏せます。
「そんなに畏まる事はない、ちょっとした話があるだけだからな」
「話でございますか、わたくし達に」
どういう事ですの、同じ『勇者』のリョーを通さずに直接わたくし達にですって。
一体どんな話なのかしら。
「なに大した内容じゃない」
そう言われて、伯爵が片手というか拳を掲げられますが、お、親指を人差し指と中指の間に差し込むだなんて、破廉恥ですわ、乙女に対して非常識すぎますわ。
「お前らの主と一発キメてもらいたいと思ってな」
こんな感じの引きですが、次話から少し話が変わります。
H28年8月22日 誤字修正しました。




