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193 かつての子爵家の食糧事情

大した内容ではありませんが、一応お食事中の方はちょっとだけご注意を。

「姫様ご覧ください、まだ蝗に食い荒らされていない野草があんなにも」


 地面に落ちている蝗の死骸を一つづつ拾っていたわたくしへと掛けられた侍女の声に頭を上げ、彼女の指さす先へと目を向けますと確かに青々と茂る背の低い野草が生えております。


 面積はベッドのシーツ三枚分程度でしかありませんが、これだけあれば幾つかの家族が一日を乗り越える事が出来るでしょう。


 葉や茎は細かく切り刻んで蝗と一緒に煮込めばスープになりますし。根も乾燥させて粉にすれば穀物の代わりとなります。それにこういう場所を掘りますとミミズなどが見つかるやもしれません。


 ミミズの丸焼きを想像したために、図らずも口の中に滲み出していた唾液を飲み下し、一緒に草を摘み始めた侍女へと声をかけます。


「ミリア、毒草だけはしっかりと分けてくださいね」


 貪欲な蝗がこの部分だけを食べ残したという事を考えますと、おそらくは毒の含まれている草が混じっているのでしょう。


 わたくしや分家筋の方々ならばともかくとして、『毒耐性』の弱い方が下手な物を食べられては危険な場合がありますから。


「分かっております。毒のある草は姫様や御屋形様のお食事にお出しすればよろしいのですね」


「ええ、その分だけわたくし達の食材を減らして配給分に回してくださいね」


 これで増やせる配給量は微々たるものでしかありませんが、それであっても誰かが一日でも長く命を繋げることでしょう。いえ、もしかすると、この生き地獄に一日長く繋ぎ止める事にしかならないのではないでしょうか。


 いいえ、これは考えすぎでしょうね。


 とは言え、苦みの強い毒草よりも、普通の雑草の方が爽やかな香りがして美味しいのですが、これは我慢するしかないでしょうね。


「承知いたしました、手配しておきます」


 草を摘み終えてから、また蝗の死骸を拾い出しますが、わたくし達がここまで追い込まれる原因となった蝗の死骸がわたくし達の命をつなぐ食糧と成ろうとは、皮肉な話でございますね。


「まったく、見渡す限り蝗の死骸ばかり、日々これほど死んでいながら、まだあれほどの数が飛んでいるなんて、どうなっているのでしょうか」


 忌々しげに侍女が睨み付ける先には、雲霞のごとく群がる蝗の集団が不気味に蠢いていることでありましょう。


 この地に生きていれば、当たり前のように目にする事となったそれらに少しでも目を向ければ、抑えきれない怒りに捉われる事となるのは解りきっているので、姿勢を低くしたまま蝗の死骸を拾い続けます。


 こうして死骸になってさえいれば、煮ても焼いても、粉にして他の物に混ぜても、それどころかそのまま生で食べても美味しいと言いますのに、なぜ生きている蝗はあれほどまでに憎らしいのでしょうか。


 大地の恵みの全てを食らい尽くすほどの貪欲ささえ無ければ、食用に養殖してもいいとすら思えるほど美味しいのに。


 そんな事を考えていると、いつの間にか足音が近づいてきておりますね。


 この音は武装した兵士の物でしょうか。


「すまぬがそこなご婦人、この辺りで怪しい風体の者を見かけ…… ん、これは姫様、ご無礼を」


「構いません、何かあったのですか」


 長い飢饉のために人心は乱れており、食糧を狙った盗難や強盗なども時折起こって兵士達の仕事も増えているそうですし、何よりも……


「は、オシオの村とヘイハの町にて建てられたばかりの墓があばかれました」


「そうですか、墓が……」


 墓荒らしの目的は一つなのでしょうね。おそらくは近しい者達が飢えるのを見かねての止むに止まれぬ事情からなのでしょうが。


「下手人の事情は十分に察することは可能なれど、飢餓で一族の者を失ったばかりか遺骸までも持ち去られた遺族の心情を思えば見過ごす訳にはいかず」


 そうでしょうね、おそらく墓泥棒にも食事をさせたい、そこまでしてでも助けたい誰かが居るのでしょうが、遺族にとっては大切な家族であった相手を辱められたことに変わりないですから。


 どちらの心情も解りますが、治安維持を旨とする兵士の立場では、取り締まるしかないでしょうしね。


「そうですか、御勤め御苦労様です」


「では、自分はこれにて、それとチロウの村の方より『水獣毒沼』に向かうものが居れば、止めては頂けないでしょうか。魔物肉を求めてあの『迷宮』に向かう村人が出ておりますが、その大半が逆に魔物の餌食となっておりまして、このまま被害が続き『活動期』になってしまいましては、今の状況では対処のしようがなく」


「そうですね。承知いたしました、見かけたならば止めましょう」


 あの『迷宮』には時折、騎士や兵士たちが向かって魔物を狩り、その肉を配給に回していますが、本来ならばあの『迷宮』は大量の冒険者を雇い入れた『大規模討伐』でなければ攻略はおろか奥へ進むことも難しい場所、騎士達だけでは外周部で多少の魔物を狩るのが精一杯の状況では、配給できる肉も少ないと聞いていますが、まさか村人だけであの『迷宮』に潜ろうとするとは。


「ありがとうございます、ではこれにて」


 一礼した兵士が走り去った後も蝗の死骸や時折見かける雑草を収穫していると、街道を進んでいた馬車が止まり、車上から声がかけられます。


「おう、嬢ちゃんなかなかの別嬪さんだな、親父さんはどこにいるんだ、嬢ちゃんを奴隷として買い取る交渉をしたいんだが。イヤー助かったぜ、この領に来れば穀物と交換で若い女奴隷を仕入れられるって聞いて、この馬車に麦を積んで四つも村を回ったってのに、ロクな娘が残ってなくてな」


 そうでしょうね、この近辺の村々では若い娘ばかりか少年までもが穀物と交換で売られ、もう売り物に成るような者はほとんど残っていません。噂では隣国の娼館で、娼婦あるいは男娼として働かされているそうです。


 苦界に身を沈めながらも飢える事のない生活と、この地で家族とともに生き地獄を耐え続ける事のどちらが、彼ら彼女たちのためなのでしょう。


「姫様に対して、無礼な」


 男の言葉にミリアが顔をしかめて隠しに入れた短剣へと手を伸ばします。私の護衛も兼ねている彼女としては当然の反応ですが、今はそれよりも……


「おい、お前もこっちに来て見てみろよ、まれにみるいい女だぞ、これなら金貨三百枚、いや五百枚になるかもしれん。この馬車の麦すべてと交換しても大儲けになるぞ」


 御者をしていた男がわたくしの顔を見て、価値を付けていますが本当にそれほどの値が付くのでしょうか、確かに貴族の娘はめったに奴隷とならないため希少価値が有ると聞きますし、わたくしは純潔のままですのでそれも付加価値となるでしょうが。


 金貨五百枚、それだけの金子が有れば……


「うん、お、おい、馬鹿野郎良く見ろ、あの娘の服に縫い取られている模様は、あれは、ここの領主の紋章だ。それを纏っているって事は、その娘は領主の直系の一族、おそらくは領主令嬢のトーウ様だ、そんな相手にあんな口をきいたんじゃ、俺らはこのまま無礼討ちにされたって……」


「な、こ、この小娘、いや令嬢が……」


 ラッテル領内ではめったに見られないほど血色の良い顔を、真っ青にさせて馬車から飛び降り、その場に平伏しだした男たちへミリアが片手を向け、いつでも魔法を放てるように火の玉を漂わせます。


「今頃気づいた所で遅いわ、この痴れ者が、苦しませず一撃で仕留める事をせめてもの慈悲と思うがよい」


「ま、魔法使い」


 護衛も付けずに居る所を見ると彼らもそれなりに腕に覚えが有るのでしょうが、この距離なら魔法の方がはるかに速いですし、ミリアの魔法ならば一撃でも十分な威力があります。


「し、知らずにとはいえ、ご無礼を、平に、平にご容赦のほど願いますれば」


「もう遅い、子爵家が御令嬢をその御領地の中にて奴隷呼ばわりするなどと、万死に値する無礼、許されると思うてか」


 ミリアの掲げる火の玉がさらに大きくなっていき、奴隷商たちは地面に額を擦り付けそうなくらいに平伏し続けています。


「ミリア、構いません、戻りましょう」


「ですが姫様、このままこの者達を捨て置いては、子爵家の沽券にかかわります」


「構いません、領主の一族が行商人を手打ちにしたとあっては、他の商人たちも恐れて我が領に訪れなくなるでしょう」


 行商人達のもたらす僅かな食糧は領民たちが生き延びるための数少ないツテの一つです。わたくし如きの名誉などのためにそれを減らす訳にはいきません。


「承知いたしました、貴様ら姫様の御厚情ありがたく思うがよい、これ以上姫様の心証を害さぬうちに疾くと居ぬが良い」


「は、ははあ」


 男たちをその場に残して屋敷に戻ると、数台の荷車が並んでいますね、どれにも糧秣と思わしき麻袋が積んでありますが、いったいどうされたのでありましょうか。


「これは、出向されていた騎士のどなたか一時帰省されたのでしょうか」


 確かに、各家に出向されている騎士たちは時折給金をはたいて、食糧を買って来てくれますが。


「それにしては量が多いですね。それに麻袋だけで樽が有りませんし」


 彼らが戻るときには、それぞれの御家で出た残飯の類、腐敗の進んだ物やカビの生えた物を貰ってくるはずです。わたくし達『毒耐性』のある者にはご馳走であるそれらは、臭いや汁を防ぐために樽に詰めて持ち帰ることになっているはずですが、その姿が見られません。


「あら、あれは……」


 荷馬車の陰に何か動くものを見つけてとっさに跳びかかり掴み取ります。


「こんなに丸々としたネズミを捕まえるのは久しぶりですね」


 わたくしの手の中で暴れているネズミを見ると、思わず口の中に唾液が溢れてまいります。


 ネズミに限らず獣は余すところがないですから、肉や臓物は当然全て食べられます、骨は出汁を取ってスープにした後で砕けば、中にある髄を取り出だして食べれます、皮も乾燥させて小分けにすれば何時までも噛んでいて空腹感を紛らわせます。


 更に残った毛や髄以外の骨の部分は小虫の餌にすれば食糧を増やす事が出来ますし。


 これほど丸々としたネズミならどれほど美味しい脂がのっている事でしょうか。


「いいえ、これは誰でも食べられる食糧ですから」


 口の中にたまっていた唾液を飲み干してから、近くにいる兵士へとネズミをつかんでいる手を向けます。


「これをオシオの村へ持って行きなさい」


 ネズミ一匹とは言え、小さな村なら全員に少しずついきわたる事でしょう。


「姫さま、宜しいのでしょうか」


「ええ、民が飢えている中で、領主の一族が肉を食べて居る訳にはいかないでしょう」


 わたくしの言葉に兵士が頷かれてネズミを掴み場外へと走って行かれます。ネズミの肉が無くても、そのうち腐った干し肉などを誰かが持ち帰ってくださる筈でしょう。


「姫様、どうやらレイドの町よりクラムズ・キッシュ卿が戻られた由に御座います」


 わたくしがネズミに気を取られている間にミリアが聞いて来てくれたようですね。


 では、この食糧は家伝の薬を売って購入してきたものですか。ですがこの量ではまだ……


 いいえ、今の我が領ではこれほどの食糧を入手する事は、本来ならば不可能なはず。それを成し遂げた相手に対して不満を述べるなど、あるまじきことでしょう。


「キッシュ卿は今どこにおりますか」


「はい、現在は御屋形様の下へご報告に上がられているはずです」


 飢餓に苦しむ我が領にこれほどの食糧を持ち帰ってくださったのですから、わたくしからもお礼を言いませんと。


 頭を下げて来る家人たちに頷きながら屋敷の中へと戻り父上の執務室へと向かいます。


「では、あの薬は売れなかったのか」


「御意、『人魚の滴』は既に試されており、効果が無かったとの事で」


 中から聞こえてきた声が耳に届き、扉を開けようとした手がそのまま止まります。


「では、あの糧食はどうしたというのだ」


「実は、かの町にて一人の冒険者と諍いとなりまして……」


 そこから先のキッシュ卿の言葉に、我が耳を疑いますが、彼が言われる以上は事実なのでありましょう。


 まさか、公正な騎士隊長と称えられていた彼がこのような。一人の冒険者を陥れてまで金銭を求めようとされるなんて。そこまで、我が領は追い込まれているのですね。


「ラッテル家に仕える騎士の身でありながら、御家名を汚すようなマネをしでかし、さらに御預かりした騎士の数名を失い、本来ならば閣下の前に参上することなど到底叶わぬ身なれども、かの御仁のおかげで買い入れられた食糧を届けるためだけに、こうして生き恥をさらしておりました。やっとご報告が叶いました以上は、もはや思い残すことはありませぬ。すぐさまレイドの町へと取って返し、かの御仁に対してけじめを……」


 まさか、キッシュ卿は。


「またぬかキッシュ、死ぬ事は許さぬぞ」


「ですがこのままでは、ラッテル家の御家名に泥を塗る事となりましょうぞ」


「お主の行いはすべて領民のためであり、お主に全権を一任したのは儂じゃ、此度の不名誉はお主の物ではない、全てはこのゴーイ・ショウ・ラッテルの不名誉、お主が気にする事ではない。それにお主が死ねば誰が騎士達を纏め、崩れかけたこのラッテル領を支えるのだ」


「ですが……」


「もう良い、今考えるべきは、かの冒険者への謝罪だけではなく、残りの食糧をどうするのかだ」


 父上の言われる通りです。キッシュ卿らの用意された食糧はかなりの量ですが、これだけでは領民全てが冬を越すには足りません、そうなれば生きるものと死ぬものを選り分けて食糧を配布するか、それともいつか行き詰る事を覚悟で全員に均等に配るかになる事でしょう。


「なればこそ、手前の首一つで冒険者殿への詫びとし、片方の懸念だけでも払拭する事が出来れば」


「それには及ばん、詫びならば儂が、ぐうう」


 扉の向こう側から、父上の押し殺したような声が響いてきます、だというのにわたくしは両足が固まってしまったかのように動きません。


「閣下っ」


「はあ、はあ、この小指を、その御仁の下へと届けよ、何時の日か儂が直々に謝罪に伺う故にその証として」


 父上は御自らの指を、爵位を持つ貴族の身でありながら、制約の証として部位を差し出す事がどれほど不名誉な事か、まして我がラッテル家は武門の家柄、小指一本であっても武技には大きく影響するはずです。


「閣下、手前などの為にこれほどの、かたじけのう御座います」


「よい、それよりももう一つの件のことを考えるべきであろう。既に当家には売れるようなものは殆どなく、親戚筋への借金はこれ以上無理であろうし、他の家への借金は出来ぬ。もしもそうなれば確実に『毒見役』の御役目とトーウの身柄を求めて来るだろうからな」


「閣下、キッシュ卿、ではいっその事かの冒険者殿に借金の申し入れをしてはいかがでしょうか。キッシュ卿の報告を聞く分では、かの御仁は此度の一件で相当の金銭を稼がれたとのこと、またその人となりが誠実であろう事は疑いようもございませぬ」


 この声は、家令のルーカスでしょうか。確かに今までの話を聞く分には騎士にも劣らぬ高潔なお方のようですが。


「担保をどうするのだ、当家にはもう金目の物は残っておらぬ。冒険者相手の借り入れでは担保もない信用のみでの借用などできまい、爵位をかさに着て踏み倒されると警戒されるだけであろう」


「ならばわたくしが担保となります」


 思わず、扉を開けて叫んでしまいました。先ほどの奴隷商から聞いた話の通りなら、わたくしには金貨数百枚の価値が有るはず、更に貴族令嬢の生娘となれば担保としての価値は十分あるはずです。


「トーウ、お主一体何を言っているのかわかっておるのか」


「もちろんでございます。わたくしであれば担保としての価値もありましょうし、相手が我が国と縁もゆかりも無い冒険者の方であらば、スキルが他家に漏れる恐れもございますまい」


 この身が貴族ではない冒険者の手にかかったとなれば、わたくしを望む貴族の方々も体面上、手出しをしにくくなることでしょう。


「トーウ様、トーウ様はまだ14の若さではありませぬか、そのような事は」


 わたくしの言葉にルーカスが異議を唱えますが、他に手がない事は誰もがわかっていることでしょう。


「これは異なことを、領民たちの村々を見回せば娘を売っていない家など一つとしてありませぬ。それらの娘の中には14の者もそれより若い者もいたことでしょう。我ら領主が守るべき領民の娘たちが売られているというのに、このトーウのみが、貴族という理由だけで売らぬというのは、道理に合いませぬ」


「ですが、ですが、トーウ様はラッテル本筋の血を引かれる数少ないお方、どうか御身を大事にしていただきたく」


 キッシュ卿も反対されますか、それでもここで引くわけにはまいりません。


「当家にはお兄様方がいらっしゃいます。家を継ぐ長男とそれを支える次男が健在ならば、長女などに何の価値が有りましょうか」


「しかし、姫様は……」


「もう良い、皆もそこまでにせよ」


 決して大きくはない、それでいて重い声がわたくしに翻意を促そうとしていた騎士達を止めます。


「閣下」


「父上」


 ゆっくりと父上が立ち上がられて、わたくしの方へと歩いてこられます。


「担保とするには、お前を奴隷の身に落とさねばならぬ。そうなれば生涯ショウ・ラッテルの家名を名乗る事は出来ぬし、場合によっては二度とラッテル領の土を踏むことも出来ぬのだぞ」


「承知しております。王宮には病死したと届出て頂ければ」


「冒険者の奴隷となればどのような扱いを受けるかわからぬのだぞ、相手によっては女子として耐え難い行為を強要されるかもしれぬ、そうなっても奴隷の身では抵抗することも出来ぬ。一月後には命がないかもしれぬ」


「すべて、すべて覚悟のうえでございます。売られた娘達の中には娼婦に身を沈められ、日々何人もの殿方の相手を務めている者も多いと聞きます。彼女たちの事を考えれば、たった一人の相手に仕え、限られた殿方だけの寵を受ける事になるこの身はなんと幸せな事でありましょうか」


 思わず震えそうになる声を必死に抑えて答えながら笑顔を作り、父上を見返します。もしもわたくしがここで嗚咽をこぼすような事が有れば、父上は覚悟を決める事が出来なくなるでしょう。


「そうか……」


 ゆっくりと両目を閉じられた父上が天井を見上げられ、深い呼吸を数回をされてからまたわたくしへと向き直ります。


「すまぬトーウ、家のため、領民のため、死んではくれぬか」


「御下命、喜んでお受けいたします」


 溢れそうになった涙を見られぬようにその場に跪き、深々と頭を下げます。


 これで、これでラッテルの御家は守られます。







「夢、ですか」


 ふと気が付けば、ラッテル家の屋敷とは比べ物にならない豪奢な部屋のベッドの上におります。


 ここは、そうでした、ライワ伯爵の御屋敷の一室。ベッドの横に置かれたサイドテーブルの上には、軽食用にと果物が置かれており、手を付けようと付けまいと、朝と晩には交換されていきます。


「おそらくは、来客に対するもてなしの一環なのでありましょうが、たったこれだけの事とはいえ、ラッテルならば信じがたいほど贅沢な待遇ですね」


 いえ、これだけではありません、旦那様の奴隷となってからというもの、一日として食事に困ったことはありません。それどころか奴隷の身にはもったい無いほど豪華な食事をさせていただき、やせ細っていた体にも徐々に肉が付きだしています。


「国元の民たちは今も飢えに苦しんでいるというのに、わたくしだけがこのような厚遇を受けてもよい物かと悩む日もありましたが」


 先日旦那様から聞かされた事を思い浮かべます。おそらくはそのためにこんな夢を見たのでしょう。


「まさか、旦那様があのライワ伯爵をご紹介くださっていたなんて」


 ラッテル領への食糧支援だけではなく、蝗対策に、資金援助、売られた娘たちの身請け、各家への手回しまでしてくださるなんて、更には伯爵令嬢のラッテル家ヘの御輿入り。


 これでもうラッテル家は安泰でしょう。もはや子爵令嬢であるトーウ・ショウ・ラッテルとして憂うべきことはこの世に何一つとしてありません。


「旦那様のお部屋はあちらでしたね」


 ベッドから降り旦那様が休まれている方向へと正対して、冷えた床に座ります。


「おそらくわたくしが直接述べれば旦那様は困ってしまわれるのでしょうね」


 ですからこれは、わたくし自身へのケジメです、今夜を境にして本当の意味で奴隷のトーウとなるための。


「勇者リョー様、当家と領地、領民への数々の御支援、ここに伏して御礼申し上げます。この大恩はわたくし如きが返せるものではないと重々承知しておりまするが、ほんの僅かでもお返しできるよう、この身この命の全てを捧げてお仕えする所存にありますれば、どのようなご命令であろうとも喜んで従いましょう。ですから、どうか、どうか……」





 貴方の為だけに生き、貴方の為だけに死する事をおゆるしください。







なんでだろう、トーウを動かすと結局重たくなってしまう……

ホントはお気楽な感じでトーウがゲテモノを食い漁るギャグ回のはずだったのに。


H28年7月16日 誤字修正しました。

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