166 金髪さん達の現状 2 ~パルス~
本日二話目です。ご注意ください。
「おお、御出でになりましたぞ」
わたし達のいる『拠点』から少し離れたところ、『鬼族の街』の入り口付近に整列した軍勢から一丁の輿が屈強な僧兵達に担がれてこちらにやってきます。
「馬車では無く輿でお出ましとは、ずいぶんと古めかしい物だな」
「そうは言われるが、車輪の為に小回りの利かない馬車や、足が脆く岩場で骨折する恐れのある馬などと違い、人が通れる場所なら大概の路で使えるからな。幅が有るとはいえ軍団が動ける程度の広さが有れば十分に行動できる。ゆえに『迷宮』内でもある程度動けるというのが神殿の方針らしいが」
確かに鍛えられた僧兵達なら、よほどの場所でなければ歩き回れそうですね。普通の兵士には無理そうですけれど。
「貴殿ら、そろそろ口を慎まれてはいかがか。相手はライフェル教の重鎮、『勇者』や僧兵団に対しての全権を持つあの神官長猊下なのだぞ」
貴族の誰かが発した言葉に、それまで雑談をしていた方々が黙られますけど、まああんな物を見せられては仕方ないでしょうね。
「ミムズ、どのくらいの数が居ると思いますか」
軍事に関する事は、わたしが判断するより騎士の彼女に聞いた方が確実でしょう。
「距離も有りますので、確実には言えませんが、戦力だけでざっと二千から二千五百程度かと。後方の荷駄隊なども考えますと……」
「それだけ解ればいいわ」
本当に脅威なのは目の前に大軍が居る事ではなくて、この短期間でそれだけの兵力と物資を揃えられる動員力であり、更にこの大軍が王領や貴族領の、それも街道を進んでいながら誰一人として掣肘を加える事が出来ない事だと、どれだけの人が気付いているでしょうか。
いくら救援の為の出兵だとしても、数百を超える戦力が領内を通るとなれば警戒されて当然です。わたし達の数十名ですら、領境を越える時は事前に使者を送って領主や代官への通達は欠かしません。
そうで無ければ、警戒されない様に兵を分散させたり、裏道を行くしかないですから。
まして千を超える軍勢となればどれだけの手続きが居る事か、例外が有るとすれば、領主にとって主君にあたる王の軍か、よほど懇意にしている貴族家の軍ぐらいです。
それなのに、あの集団だけは『神旗』を先頭に掲げるだけで、誰も止める事が出来ない。これがどれほど恐ろしい事か……
「殿下、大神官猊下への御挨拶は、どうぞお二人から」
隣へ来ていたクレ侯爵がわたし達に勧めてきますが、それは順番としてはどうなのでしょう。
「ここは侯爵の領内で『大規模討伐』主催は侯爵御自身、侯爵を差し置いて先にわたし達が挨拶をするというのはどうかと思いますが」
「王族であらせられる両殿下と、一貴族でしかない私を同列には扱えませぬ。どうか殿下が先に」
侯爵の言葉にアクラスも戸惑ったような表情をしていますが、固辞するのも問題かもしれませんね。
周囲の方々の表情を見て思い出しましたが、ここに居るのは協定や王命で来ている応援とはいえ、全てが侯爵のお味方とは限らないのでしたね。
敵対派閥の方々なども、義務として仕方なく参加されているそうですから。そう言った方々に『クレ侯爵が他国の王族をないがしろにした』などと噂を立てられては困るという事でしょうか。
「わかりました、ではありがたく」
「な、パルス、良いのか」
この場でアクラスに説明しても、また話がややこしくなるかもしれないですね。
「ええ、せっかくの好意ですから、ありがたく頂きましょう」
「そうか、パルスがそう言うのならば、クレ侯爵、感謝いたす」
さて、これ以上は話が出来なさそうですね。整列してお迎えの準備をしませんと、もうあんな近くまで輿が来ていますから。
「迷宮に君臨せしライフェル神の代理人にして、勇者の導き手、迷宮に挑む者達の護り手たる、神官長猊下、御到着であらせられます」
先触れの言葉に合わせて、アクラスとわたしが腰を少し屈め、その他の方々が跪くと、輿の四方を覆う簾が持ち上げられ、僧兵に片手を取られた神官長がゆっくりとわたし達の前へと進んできます。
「此度の『大規模討伐』に対して、ライフェル教には格別の御配慮を賜り、御礼申し上げます」
一歩進み出たアクラスが頭を下げたままで口上を述べると、その目の前に神官長の片手が差し出され、アクラスは両手で受け取り口付けた後で額にかざします。
「アクラス王女達は遠くリューン王国より来られた方々でありながら、縁も所縁もないこの地の人々の為に尽力されたその義気、また、ワイバーンを討伐しかの地の『迷宮化』を防いだその武勇。ライフェル神も喜ばれた事でしょう」
「光栄でございます」
「あなたの決断に対して、惜しみない称賛と祝福を」
アクラスの額に口付けた後で、わたしの前に移ってきた神官長が手を差し出して来たので、アクラスと同じようにそれを受けます。
「お久しぶりですねパルス王女、確かリューン王の使者として神殿に来られた時以来ですね」
「その節は、御世話になりました」
この方とは何度か会っていますが、何時見ても変わらないですね。噂では先王であられる御爺様が幼少の頃から同じ年恰好だったと言う話ですが。
「あなたは、アクラス殿を支えられて、この『大規模討伐』に多大な貢献をされたとか、また不死者の襲撃においては自らの限界を超える魔法を使われ、多くの戦士達を救ったとの事。あなたの功績をたたえて祝福を与えましょう」
わたしの頭を両手で軽く支えられて、神官長が額へ軽く口付けされます。
まさか、アクラスだけでなくわたしにまで祝福をするとは。ライフェル教の神官長直々の祝福と口付けとなれば、わたし達のような王族であってもそうそう受けられるものではないのですが。
「貴国や『貴方たち姉妹』の事情はよく存じてますが、『迷宮討伐』やそれにかかわらない理由での大規模な武力行使をライフェル神は望まれません。その事を国元へもしっかりとお伝え頂けるよう」
今、何と言いましたか、『わたし達姉妹』の事をよく知っていると、おそらく今の声はわたしにしか届いてないでしょうが、まさかこの方は、本当に知っているのでしょうか。
多くの信者と各地に神殿や領地を持つライフェル教なら十分にあり得る事かも知れませんが。いったいどこまで。
少なくとも、王妃の事は知っているみたいですし、もしかするとわたし達がどうしても知りたいあの事も……
「貴方が、騎士ミムズですか。『ボス攻略』にも参加され、武勲を上げたとラッドより聞いています」
「こ、光栄に存じます」
そんな、ミムズにまで声がかけられるなんて、彼女は一騎士でしかなく、それに対して神官長ほどの身分の方が直接……
「また『大規模討伐』の発端となった、鬼達の異常発生や変異種を発見し、さらに多くの民を助けたとの事、リューン王国は良い騎士を抱えていますね」
「そ、それは、お、御言葉ながら……」
発せられかけたミムズの言葉を、周りから見えないように手を掴んで止めます。
彼女にとってあの一件は失敗であり、自身の未熟さを思い知らされただけであっても、神官長の言葉を騎士の身で否定するような事をすれば、彼女はただでは済みません。
「これからも精進され騎士達の見本となるよう望みます」
「御言葉のままに精進致します」
何とか、ミムズも堪えたみたいですね。わたし達の前を通り過ぎた神官長の前では、クレ侯爵が跪いたままで言葉を述べ始めます。
「このような僻地へ猊下御自らのお運び、心より御礼申し上げ……なっ」
跪いたクレ侯爵の前を神官長が一度も足を止めることなく通り過ぎていくと、一瞬で周りの空気が凍り付いたのがはっきりと感じられました。
「げ、猊下、当地への御助力、家臣、領民一同に代わりまして……」
神官長の前に回り込んで再度跪いたクレ侯爵を再び無視して、神官長はラッド僧正の前へと進まれます。
「猊下、いかなる理由で御不興をこうむったかは存じませぬが、どうか平に、平にご容赦を賜りたく」
これは、クレ侯爵にとってはとんでもない事ですね。神官長がここまで無視する理由が何かは解りませんが、衆人環視の場でライフェル神殿の怒りを買った事が王の耳に入れば、場合によっては爵位の降格や削封ということもあり得るかもしれません。
頭を下げている、貴族達の何人が笑っている事か、この国の貴族たちの力関係が大きく変わる事にもなりかねないですね。これから始まる権力闘争に、わたし達が巻き込まれない様に気を付けませんと。
「ラッド、久しいですね」
クレ侯爵を無視し続けながら神官長がラッド僧正に声を掛けられます。
「御意、神官長猊下に有らせられましては、御機嫌麗しゅうございましょうか」
「麗しいと思いますか。『迷宮』の中で不死者が大量発生するなど、記録を二百年以上さかのぼらねば、見つからぬほどの異常事態、記録の残るかの『迷宮』がどうなっているか、知らぬ訳ではないでしょう」
不死者の『迷宮』と言えば。
「『死王城塞』でございますか」
「あの『迷宮』を討伐するたびにどれだけの犠牲が出ることか、『勇者』が亡くなった事も一度や二度では済みません。あの『迷宮』に限らず、不死者がはびこる『迷宮』はどれも危険な場所、それが増えるかもしれないというのに、わたくしの機嫌が良いと思うのですか」
神官長の言葉に、クレ侯爵の顔色が悪くなって行くのが、わたしの位置からでもはっきりと分かります。
「侯爵も終わったな、このままだと『破門』もありえる。最悪の場合『鬼族の街』の周辺域は神殿領となりライフェル教の管理下に置かれるんじゃないか」
「それだけの領地を寄進して失えば、爵位も……」
離れた所から小さな雑談が聞こえますが、多くの方々も同じ考えでしょうね。
「まして、それが人の手によって起こされたとなれば。それで、下手人はどうなりました」
「は、かの者に有っては追放処分となりました」
神官長の言葉に、先ほどまで幾つか漏れていた雑談が徐々に消えて行きましたね。皆一様に聞き耳を立てているのでしょう。
「そうですか、子爵家には正式に私からの抗議を伝え、子爵領に有った神殿も引き上げるよう命じました」
それは、ほぼ『破門』と同じですよね。まさかここまでの処断がこんなに早く下ろうとは。
「ところで、冒険者のリョーの姿が有りませんが、かの者はどうしましたか」
え、なぜこの場でリョー様の名前が出るのでしょうか。
「は、かの御仁は『鎮静化』を見事達成したのちに、所用でこの地を離れられた次第にございます」
「そうですか、いわれなき咎で追われた、と言う話が有ったので気にしていましたが、安心しました。あの者はラッドが久々に挑む『迷宮攻略』で万が一のことが無いよう、わたくし自ら指名して雇い入れたのですから。依頼を途中で放棄して逃亡するような冒険者を選んだとなっては、わたくしに見る目が無いという事になるでしょう」
宰相のネーザルが神官長の言葉を『静かな轟雷』と例えていましたが、その通りですね。先ほどまで笑っていたであろう方々は、侯爵以上に青い顔をされている事でしょう。
ラマイ子爵の追放解除を訴え、結果としてリョー様を領外退去に追い込んだのは、クレ侯爵と対立する貴族達ですから。
神殿が公式に子爵家を罰し、しかもリョー様への依頼が神官長の肝いりとなれば、彼らの行為は神殿の怒りを買いかねません。
「かの冒険者は、猊下の依頼を勤め上げ、複数のフロアボスやボスを屠り、数多の不死者を消し去りました。此度の『大規模討伐』における功績第一は誰の目にも明らかかと」
「報酬の支払いは済ませたのでしょうね」
「もちろんにございます」
そう言えば、リョー様は今回の一件でわたし達以外からも相当な額を稼がれたらしいですね。
「そう、『迷宮』とは様々な立場や種族、身分の方々が集い肩を並べて戦う場。それらの異なる戦士達がともに戦う為には、互いの信用と契約の順守が肝要、信に応えず約を守らぬ者の為に誰が戦うのでしょうか。働きに対しては然るべき形で報いる事こそ身分有る者の務め、そうは思いませんか」
形の上ではラッド僧正への確認と、ライフェル神殿の信条を語っているだけですが、それがここまで明確な抗議になるというのも珍しいですね。
それも直接名前を出さない分だけタチが悪いです。当事者であるクレ侯爵だけでなく、各地から来た貴族やその臣下、王宮から派遣された武官達も気が気ではないでしょう。
「畏れながら、畏れながら御傍の方に申しあげます。どうか、どうか御取次ぎを願いたく」
跪いた騎士達の中から飛び出した影は、神官長から離れた場所に平伏しましたが、あれはカター・ナーシ卿。
突然の事に護衛役の僧兵達が武器を構えられましたが、卿の身形と行動をみて神官長との間に立ち塞がるだけで止まります。
しかし、これはマズイですね。ライフェル教の神官長となれば、諸王と同格、あるいはそれ以上の身分とされます。それに対してただの騎士が許しも無く話しかけるなど。
先ほどのミムズとの会話も異例でしたが、あれは向こうから話しかけた事ですし、ミムズは王家の直臣です。一方のナーシ卿は侯爵家の家臣、同じ騎士でも身分で言えば一段下がります。
このままでは、ナーシ卿が無礼討ちとなってもおかしくありません。
「ラッド、何の騒ぎですか」
神官長が何も聞こえないかのように、ラッド僧正に尋ねますが、よくやるものですね。
これだけの身分差が有れば、直接言葉を交わす事は通常では無いですから、声が耳に届いていても聞こえていないという事になるんでしょうけど。
本来ならわたし達もああいった行動をしないとダメなんですが、色々と交渉事などがやりにくくなりますから、普通はできないですよね。
「は、とある騎士が、猊下に言上したき議が有るとの事、いかがいたしましょうか」
「構いません、取次ぎなさい」
「御意、カター・ナーシ卿、このラッドが取次ぐゆえ、貴殿の思う所を述べられよ」
僧兵達に囲まれたままでも、ナーシ卿は平伏し地面に額ずいたままで、言葉を続けますが、少し声が震えていますね。
「ありがたき幸せ、かの冒険者への処遇についてご報告したく。冒険者リョーに対してはこの地を発つ際に金貨600枚を報奨として支払っておりますれば、武勲有る者を候が無下に扱ったわけでは決して、決して」
「ナーシ卿、貴殿の御言葉は、ラッドがしかと聞き届けた。遺漏無く猊下へと取り次ごう」
ナーシ卿の近くから、神官長の隣に戻ったラッド僧正が、報告していますが。そんな事をしなくても全て聞こえているでしょうに。
「猊下、かの者が申すには、冒険者リョーに対してクレ侯爵軍より金貨六百枚が報酬として支払われたとの事でございます」
「そうですか、功績有る者を無下に扱ったわけではないとの事ですね。クレ侯爵」
神官長が初めて侯爵の名を呼ばれてふり返ると、いつの間にかナーシ卿と同じように平伏していた侯爵とその家臣達がさらに頭を下げて額を地面に擦り付けます。
「侯爵は『迷宮』に挑むに相応しき見識をお持ちのようです。侯爵にはこれからもこの地に有る三つの『迷宮』をしっかりと監視して頂くようライフェル神も望まれている事でしょう」
無数の息を呑む音が一つに集まって、人々の耳に届きました。安堵と恐怖の二つの緊張が混じっている事でしょうね。
神官長の言葉は、クレ侯爵領を取り上げるような意思は無いという内容ですから、これでクレ侯爵は免罪という事になりますが、クレ侯爵に圧力をかけていた方々については何ひとつ触れてないですから。
「はっ、ありがたき、ありがたき幸せに存じます」
まるで地面に穴が開くのではないかと思えるほどに、侯爵家の方々が頭を下げられていますが、それ以外の方々の何割かは水溜りが出来そうなほど汗をかかれてますね。
「猊下、かの騎士の処遇に有っては、どのように」
少し緊張したラッド僧正が尋ねられますが、普通ならば不敬罪で即刻斬首となってもおかしくは……
「捨て置きなさい、『鎮静化』されたばかりと言えどもここは『迷宮』の内、そこで人の血が流れれば魔物を増やしさらに犠牲を産むだけ」
「御意のままに、ナーシ卿、神官長猊下の思し召しである、そのまま下がられよ」
護衛の僧兵達を引き連れた神官長を追うようにラッド卿が立ち去る際に、侯爵家の方々の前で一度立ち止まられます。
「クレ侯爵家は良い御家臣をお持ちだ」
次は、夕方あたり更新予定です。
H28年3月22日 誤字修正しました。




