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164 貴公子の仮面

昨日の続きでしたので、今回は早く更新できました。

「久しぶりだねサミュー」


 いかにも貴族の若様と言った風情の赤毛の男性が、冒険者達に守られながらゆっくりとサミューに近付いていきますけれど、たしか男爵家の嗣子だったかしら。


「レネル様、なぜ貴方がここに居らっしゃるのですか」


 サミューが数歩後ずさろうとするのに合わせて、数名の冒険者が背後に回って退路を塞ぎだしましたけれど、この人数を相手に彼女一人では……


「なぜ、といっても君たちを迎えに来たとしか言えないかな」


「わたし達を、まさか」


 急にサミューの顔が青ざめ、小刻みな震えが出始めますけれど、確か『寒暑の岩山』でも同じような事が有りましたわね。


「マイラスなら来ていないよ、彼がいるとせっかくの『商品』が全てダメになってしまうからね」


 サミューに話しかけながら、赤毛の男がわたくし達を見回しますけれど、嫌な目付きですわね。あれは、わたくし達を売り買いする商品として、その価値にしか興味を持っていない目ですわ。


 奴隷であるわたくし達を、そういうふうに見る事の出来るこの男は。


「しょう、ひん、何故レネル様がそんな事を……」


「忘れたのかいサミュー、君を転売する話をマイラスに持って行ったのが誰なのか、それに『迷宮攻略』への投資に失敗した君の最初の主から、借金のカタとして君を受け取りマイラスに売ったのは誰か」


「男爵様の所に来たのは、確かダレン商会のテアシュル様」


 レネルの背後にいる冒険者が片手に何か持ってますけれど、あれは『記録の石』ですわね。何を考えているのかしら、自分達の犯罪行為を記録するだなんて。


「私の正式な名前はレネル・ダレン・ノイツと言ってね、ダレン商会は、当家が男爵位を頂く前から代々営んできた奴隷商会なんだよ。君にはマイラスに売る時と、マイラスから転売する時の両方で稼がせてもらったよ」


「そんな、レネル様は、わたしをあの地獄から助け出して下さったのに、それに何かあるたびにお薬や食べ物を下さって、そのお陰でマイラス様のもとでも生き延びる事が……」


 確かにサミューは前もそんな事を言ってましたわね。ですけれど今ここに居る男の様子はその話と結びつきませんわ。


「ああ、その事か、あれはその時々の都合が有っただけだよ。君も知っていると思うけどマイラスは奴隷の『消費』が早くてね、その都度『新品』を買ってくれるのは商人としてありがたい事なんだけれど、『在庫』が間に合わない時期が有るんだよ」


 この男、『消費』だの『在庫』だのと、嫌な言い方を致しますわね。魔法が使えるのでしたら一思いに焼き払って見せますのに、もう少し回復しませんと『無詠唱』も使えませんわ。


「奴隷の供給と言うのは、大量に売りに出る時も有れば、まったく出品されない時期もある。けれどマイラスはそんな事はお構いなしだからね。かと言って彼の注文に応えられなければ商人としての信用にかかわるし、大口の取引先を商売敵に持って行かれかねない。そんな時期に高名な騎士の血筋を受けていて、常人よりも丈夫な君を仕入れられたのは本当に運が良かった」


 聞いているだけで、耳が腐ってしまいそうな物言いですわね。


「私の予想通りに君が『長持ち』してくれれば、奴隷の『仕入れ量』はマイラスの『消費量』に何とか付いていける。ただ新しい『仕入れ先』を確保する前に君が壊れてしまっては困るから、ちょっとした差し入れをしてただけなんだけど、あの程度の小銭で『大口顧客』を失わずに済んだんだから安い投資だったよ」


「そんな、そんなことって、あっ」


 放心して、隙だらけになったサミューを冒険者達が取り押さえますけれど、こんな話を聞かされた直後では仕方ありませんわね。


 それにサミュー一人では、勝つことは難しいでしょうから、今は全員が無傷でいる事を幸いと思いませんと。


「だけどね、君は私の予想以上に長生きし過ぎてね。せっかく多少の無理をしてまで大量の奴隷を買い入れたのに、君が死なずに居座っているせいで、マイラスが奴隷を潰す頻度が減り、あたらしい奴隷の買い入れも少ないままだった。もしもあの状況が後半年も続いていたら、在庫過剰でうちの商会が潰れかねなかったんだよ。それにね、マイラスを当主と仰ぐラマイ子爵家の家臣たちとしても、当時の君の『状態』は好ましい物では無かった。当主であるマイラスは未婚の上に血縁者も少ない、娘を複数抱えた大貴族には格好の嫁ぎ先だというのに、あのままではね」


 新郎が特定の女奴隷をお気に入りとしているのでしたら、確かに嫁ぎ先としては考え物ですわね。万が一にも、正室よりも先に奴隷腹の男児が産まれたりすれば、御家騒動の火種としては十分ですもの。


「君には早々に死んで欲しいと誰もが望んでいたのに、君はしぶとく生き延び続けるばかりか、『耐性』スキルまで手に入れてしまう始末だからね。たまたま、君のような奴隷を欲しがっている買い手が見つかったからよかったけれど」


 サミューの為の転売では無く、あくまでも欲得ずくの行動だったという訳ですのね。あれほど感謝していたサミューには聞きたくない話だったでしょうけれど。


「向こうの条件が、互いに取引相手が誰なのか決して詮索せず、サミューの事に関して一切干渉し合わないという契約だったからね。私としてもラマイ家としても願ったりかなったりの話だったし、マイラス自身も君に飽き出していたからね。おかげで仲介手数料が稼げたし、君を売って得た金貨の殆どをマイラスは奴隷購入に使ってくれたから」


 最低の物言いですけれど、商人としてはやり手ですわね。でも、そうなりますと、この襲撃にも明確な目的が有りそうですわ。


「しかも丈夫な君を痛めつけるのに慣れたおかげで、マイラスの責め方はより過激になっていたし、君を手放した後で惜しくなった彼はその鬱憤を他の奴隷にぶつけていた。そう言った理由で彼が奴隷を消費する頻度は、君が来る前とは比べ物にならないほどに上がり、ダレン商会は更に発展する事ができた。君は私にとっては金運を呼び込む女神だよ、そして今回もきっと……おっと」


 何か言いかけたレネルがわたくし達の方へ視線を向けて参りますけれど、嫌な予感しかしませんわね。


「雷撃による麻痺が取れる前に、そっちの奴隷も拘束しておかないとね。抵抗されると無傷でとはいかないから」


 冒険者達がわたくし達を縄で縛り上げてきますけれど、これはまさか『魔力封じ』の付加が付いているのでは。


「そこの鴉族はシルマ家の出だし、そっちの子供は威力のある攻撃魔法を使うらしいから、しっかりと縛って置いてくれよ、それと装備品もはぎ取って置くようにしてくれ」


 く、やっと痺れが治まり始めましたのに、これでは手も足も出ませんわ。


「こんな事をして、わたくし達をどうするつもりですの」


「おや、もう話せるようになったのかい、決まっているだろう。私は奴隷商人なんだから君たちを売るんだよ、君やそこの獣人はシルマ家が欲しがっているし、そちらのトーウ嬢はラッテル家の血筋だからね、競売を行えばムルズ王国の高名な貴族達が互いに値を吊り上げて天井知らずになるだろう。サミューにしても、とあるやんごとない身分の御方が欲しがっているしね。まあダークエルフは下手に扱うと危険だけれど、秘密裏に売買すれば欲しがる好事家は幾らでもいる」


 やはりもう売り手が決まってますのね、ですけれど。


「解ってますの、こんな方法で奴隷を捕まえてもまともな取引などできませんわ。事が公になれば、そちらの商会も男爵家もただでは済みませんわよ」


 奴隷の所有者書き換えが出来なければ、それだけで違法入手であると解りますし。そんな奴隷を売り買いしたと公になれば、男爵家程度では御取り潰しになってもおかしくありませんもの。


「実はね、私は『所有者書き換え』の術式を知っているんだよ」


 そんな、あり得ませんわ、あの術は貴族でも爵位の高い家にしか伝えられない物のはずですもの、それを男爵家程度でなぜ。


「地位は有っても、金の無い没落貴族なんていくらでもいるからね。金貨を積んで教えて貰ったのさ、とはいえ儀式に必要な道具が足りないから、一時的に所有者を誤魔化す程度の物でしかないけれどね」


「そんな方法ではすぐに化けの皮がはがれてしまいますわよ」


 一時的な物でしかないのでしたら、判明するのが遅くなるだけですもの、結果は一緒のはずですわ。


「それでも構わないんだよ、トーウ嬢を欲しがっている方々は非公式な取引を望んでいるだろうから問題はないし、君の場合もシルマ家は買い取ってすぐ君を奴隷身分から解放するだろう」


 この男は一体何が言いたいのかしら。

 

「君たちに施す術式は、その位の期間ならバレないだろうね。そして一度解放した君を再び奴隷に戻して、再び手放すような事をすればシルマ家の体面は大きく傷つく、そもそも君達がこうして攫われる前の状況へと、原状回復しようとしても、奴隷を返す相手が居なければどうしようもないからね。結果として『シルマ家が違法な奴隷取引を行った』と言う事実だけが残る。事実を知った後も対応しなかったんだからね」


 そ、そんな、そのような事になれば……


「復興の話なんて一瞬で吹き飛ぶような醜聞になるだろうね。シルマ家が生き延びるには、私の言う事を聞いて秘密を共有し続けるしかない。そしてそれは他の買い手たちも同じだ、たった一度の襲撃で私は複数のツテを手に入れる事が出来るんだ」


 そうなれば、確かにシルマ家はこの男の言う事を聞くしかなくなりますわ、共倒れを狙うには失う物が多すぎますもの。


「当家に何をさせるおつもりですの」


「大したことじゃないよ、定期的に種を貰いたいだけさ、鳥人族の奴隷は愛玩・鑑賞用としてよく売れるし、特に君たち鴉族の黒々とした艶のある羽根は人気が高い。ましてシルマ家は長く続く魔導師の家系だ、代々続いて鍛えられたスキルやステータスは貴族向けの護衛としても価値がある、十数年かけて育てても十分な利益になるだろう」


「ぶ、武門の血筋は、代々の当主が命をかけて力を蓄え、婚姻を繰り返して子孫に引き継ぎ、代を重ね多くの犠牲を払いながら磨きをかけ続けてきた、文字通り一族の宝。正式な婚姻ならばともかく、家畜の繁殖の如く扱うような、そんなおぞましい真似、いったい誰が……」


 そのような恥知らずな事、仮にも貴族に列する身ならば……


「ガル殿は喜んで協力してくれたよ、見目の良い女奴隷を十数人もあてがったら、積極的に種付けをしてくれたからね。年明けごろには君の姪や甥がだいぶ増えている事だろうね」


 ガルお兄様、あの方は、これでは当家の弱みを増やしているだけではありませんの。


「話し中の所で悪いが、ちょっといいかい。武器の剥ぎ取りが終わったんだが、ざっと『鑑定』しただけでも値打ち物が結構ありそうでな」


 無精ひげを生やした冒険者が何かを紙に書き込みながらレネルに示してますけれど、あれはわたくし達の装備の目録かしら。


「へえ『命の耳飾り』に『魔力泉の耳飾り』か、面白いな。ラックこれをマイラスのとこへ急いで持って行ってもらえないかな」


「今すぐですかい、なんでまた、そんな急ぐ必要があるんだ」


「私がサミューを捕まえた事を知ったらマイラスが欲しがるだろうけど、そういう訳には行かないからね。だから御詫びの代わりさ。それに私が戻る前に、残ってる『玩具』を『使い果たして』、また変な問題を起こされても困るしね」


 以前サミューから聞いた話や、先ほどの会話を考えると、あの『魔道具』がどう使われるのかなんて、考えたくありませんわね。


「確かに、あの兄ちゃんを放置するのはまずそうだな。だがいいのかい、これが有れば売り上げが減るんじゃないか」


「あのマイラスだよ、奴隷がしぶとくなればすぐに新しい責め方を考えるだろう。それに彼を高ぶらせる方法も有るしね」


 レネルの言葉に頷いて冒険者が走って出ていきますけれど、マズイですわね。リョーの財産を奪われたとなると『隷属の首輪』の『懲罰』が発動しかねませんわ。


 そうですわ、考えてみればこのような状況であれば、彼らはリョーにも仕掛けるつもりのはずですわ。


「貴方達、こんな事をしてわたくし達の主が黙っていると思いますの」


「もちろん思ってはいないよ、彼がライワ伯爵あたりへ訴え出ては困るからね。ここで『迷宮』の一部に成って貰おう」


 そういえば、先ほど『シルマ家が原状回復しようにも、奴隷を返す相手が居なければどうしようもない』と言ってましたけれど。あれはここでリョーを仕留めるから、わたくし達をリョーの奴隷に戻す事が出来ないという事でしたのね。


「正気ですの、相手は『迷宮踏破者』ですわよ、この程度の戦力で勝てるとお思いですの」


 以前、『寒暑の岩山』で見た時はそれほど強いとは思えませんでしたもの、それに対してリョーは対人戦ではかなり強いですし。


「そのために戦力を集めて来たし、それにこの部屋自体にも細工を施しているからね」


 細工ですって。


「部屋の四隅を見てごらん」


 部屋の角に視線を向けると、何か宝石が置いてありますわね。それが四隅だけでなく壁沿いにも幾つか同じような物が、まさかあれは。


「あれは全て『封具の結界石』と言う『魔道具』でね。この石で囲んだ中では、一部の例外を除いて『魔道具』が使えなくなるんだ」


 やはり『結界石』、それも『魔道具封じ』ですって、そうなればリョーは。


「なぜ、こんな物を用意しましたの」


 リョーの戦い方は『切り裂きの短剣』や『軽速の足環』、それにあの異常な回復効果のある腕輪などの『魔道具』を多用した物ですもの。こんな対策を取られてしまいましては。


「サミューが教えてくれたんだよ、彼は『魔道具』頼りの戦い方をしているとね」


「え、それは、あの時に、そんな、そんな」


 レネルの言葉に、サミューの表情が今まで以上に青ざめています。どうやら本当の事のようですけれど、一体なぜこのような事になってますの。


「馬鹿な奴隷だよ『君の主を助けるためだ』、そう言ったら、あっさりと話してくれたんだから。笑いを堪えて優しげな表情を作るのが難しかったよ」


 確かに、サミューはこの男を恩人だと思って信用していたようですから、そんな言葉をかけられたのなら、リョーの為になると思って話してしまいましたのね。


「そんな、そんなことが、がっ、はっ」


 いけませんわサミューへ『懲罰』が発動してしまいましたわ。


 騙されたとはいえ、主の弱点を敵に伝えてしまい、それが主を殺すために悪用されたとなれば、このまま絞め殺されてもおかしくは有りませんわ。


「サ、サミューさん」

「サミュー様」


 ミーシアとトーウも痺れが治まったみたいですわね。アラはまだ気絶しているみたいですけれど、その方が良いかもしれませんわね。サミューが絞殺されるところなんて、あの子には見せられませんもの。


「くはっ、けっ」


「いい表情だよサミュー、この姿を記録してマイラスに見せたら、興奮した彼は多くの奴隷を『消費』してくれる事だろうね」


 く、『記録の石』はこの為でしたの。ですけれどこのままでは、本当にサミューが。


「み……ア……、は……すっ、……クッ、ケハッ」


 喉を締め付けられたサミューの口から、途切れ途切れに苦しげな声が漏れますけれど、意識が朦朧としているのか意味をなさない音だけが零れてますわ。


「おやめなさい、貴方の目的は、わたくし達を無傷で捕える事なのでしょう。このままではサミューが死んでしまいますわよ」


「心配しなくても大丈夫だよ、もう少しだけ追い込んだら『所有者書き換え』を行うからね。そうすれば『懲罰』は止まるから」


「これ以上、彼女を追い込むつもりですの」


 そんな事になれば、たとえ命が無事であっても心にどれほどの傷を負う事になるか。


「サミューだけじゃない、君達もだよ。もうすぐ君たちの主、あの冒険者が戻って来るだろう。君たちの前で彼を嬲り殺しにするんだ」


 なんですって、そうなればサミューだけでなくわたくし達全員の『首輪』が……


「『懲罰』で苦しむ君たちがどんな表情を浮かべるのか、そしてそれを見たマイラスがどれだけ奴隷を買ってくれるか、今から楽しみで仕方がないよ」


次回は、予告通り『鬼族の街』編の予定です。


リョー君が残してきた、ミムズやパルス、ラッド達がどうなっているか、現状を書きたいと思います。


H27年3月6日 誤字修正しました。

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