163 休憩、そして……
前回の後書きで、今回はハルかサミュー視点、次回は『鬼族の街』としましたが、文字数が多くなったため、二回に分けて今回と次回はハル視点となり、その次が『鬼族の街』となります。
「さて、解体もだいぶ終わりましたし、御主人様達が戻られる前に料理してしまいましょう」
サミューが切り分けた肉を手早く炒めてますけれど、ミーシア達は我慢できないみたいですわね。
「お、おにく、まだかな、まだかな、あ、あ、あの、催促したわけじゃないです」
「ああ、この野性味あふれる香り、食欲が呼び起されるようでございます」
確かに美味しそうな匂いがいたしますけれど、さすがにあの二人の様にはなりませんわ。と言うよりトーウは元子爵令嬢なのですから、もう少し慎みと言う物を持った方が良いのではないかしら。
まあいいですわ、わたくしにはこれが有りますもの。
剥いだばかりの毛皮を撫でますけれど、何度触れてもこの手触りは素晴らしいですわね。
一目見た時から上物だと解りましたけれど、この感触は予想以上ですわ。下級とは言え流石は『迷宮ボス』の物、これ程の毛並みの整った上物は御父様やお兄様、いいえ領主様である侯爵閣下ですら持っていないのではないかしら。
あの頃のわたくしが、こんな毛皮をコートにして、領主館の宴席に参加していればどれだけ他家の注目を集められたことかしら。
ですけれどそれ以上に防具としての期待が高いですわね。リョーの話では魔法防御の効果が有るみたいですし、強度も申し分ないですわ。
なにしろ『獣態』のミーシアが力一杯爪を立てて、やっと剥ぎ取りの為の切れ込みを入れられた位ですもの。
今にして考えてみれば、アラが『魔道具』の剣を使ったからこそ、あれだけの傷を付けれたのでしょうね。
あの子はわたくし達と別れた後、リョーと一緒に『青毒百足』を始めとして、何体ものフロアボスやボスを倒して来たそうですから、武器ともどもかなりレベルが上がっているはずですもの。
それなのに血管に届くくらいに深いとはいえ、そこまで大きくない傷しか負わせられなかったんですもの、強度は十分予想できますわ。
ああ、これをコートに加工するのが楽しみでなりませんわ。これだけ大きな狼でしたら、わたくしの分とは別にもう一着位できるかもしれませんわね。
パーティーの強化としても、素晴らしい毛皮ですわね。
この毛皮を職人に鞣してもらうのが今から楽しみですわ、ですけれどこれだけの品ですもの、任せる職人も厳選しないとなりませんわね。あら、何か音がしたようですけれど。
「あ、えっと、ごめんなさい」
今の音は、ミーシアのお腹みたいですわね。まあ、今日は朝食を頂いただけですもの、空腹になるのも仕方ないのかもしれませんけれども。年頃の婦女子なのですから、もう少し気を付けるように言った方が良いのかしら。
「あ、あの、あれはどうするんですか」
ミーシアが指差しているのは解体した時に取り出した臓物ですけれど、まさか。
「お肉は干し肉にしたりすれば日持ちしますけど、内臓類はすぐに傷みますから、出来るだけ使ってしまいたいんですけど、この量だと、ダメになる前に全部を使い切れるか微妙ですね」
今までに倒した魔物の肉だけでは無く、冒険者から回収した食料品なども残ってますものね、何時までも手を付けなければ、あちらも悪くなってしまうでしょうけれど、せっかくのボスの肉ですもの出来るだけ多く食べて経験値にしたいところですわね。
「な、なら、食べてもいいですか」
やっぱり、そう言うつもりでしたわね。まあ、狼の内臓は熊みたいに薬としての価値がそれほどないですから、食べきってしまっても問題は無いのですけれど。
「それは良いですけど、火が無いですよ」
サミューの言うとおり、ここには燃料になりそうなものがあまりありませんし、かき集めた分はサミューが料理で使ってますもの。
わたくしが、魔法で焼くという事も可能ですけれど、リョーみたいに無駄に器用な『魔力操作』は出来ませんから、焦がすを通り越して焼き尽くしてしまいそうですし。
「だ、大丈夫です、『獣態』になれば」
そう言ってミーシアが白熊の姿になりますけれど、確かにそれなら生でも食べられるとは言え婦女子としてどうなのかしら。
「あ、あの、わたくしもよろしいでしょうか」
この元子爵令嬢は何を言っているのかしら。
「人族の方が『獣態』を取れるとは初耳ですけれど」
思わず、嫌味を言ってしまいましたけれども、応えた感じはなさそうですわね。
「いえ、このままで頂戴したいと思っておりますが」
「正気ですの、わたくし達獣人ですら『人態』では、特殊な料理以外では生肉を食べたりなどしないといいますのに。人族の貴女が生で、それも臓物を食べるだなんて、死ぬ気ですの」
確実にお腹を壊してしまいますでしょうし、こんな『迷宮』の最深部でそんなことになれば、パーティーの戦力がどれだけ下がる事か分かっているのかしら。最悪、トーウを見捨てる事にだってなりかねないはずですわ。
「ご安心くださいませ、わたくしには『毒耐性』が有りますので。御家にいた頃は腐敗した食物等もよく食しておりました」
は、今、何とおっしゃいましたの。腐敗した物を食べるですって、それも子爵家の令嬢がですって。
非常識ですわ、あり得ませんわ、地方貴族でしかない我が家ですら、当主一家だけでは食べきれないだけの料理を毎食用意して、余り物は下人や奴隷への施しとして、下していましたもの。
極端に多くは無かったので、ミーシアのような若い子には殆ど行き渡らなかったでしょうけれど。それでも地方貴族を名乗るのでしたら、いいえ、そこそこ大きな騎士の家であっても、家長の徳を示すためにそう言った施しをしているはずですわ。
ですのに、子爵家が奴隷にすら出さないような腐り物を当主一家の令嬢に出すだなんて、どういう事ですの。
「当家の者や、血筋に連なる分家筋、側近衆の方々は大抵『毒耐性』を持っていましたので、周辺領などから頂いた食品の中で比較的古い物は耐性のある者が食し、そうで無い方々には傷みの少ない食品を回していましたので」
彼女の実家は食糧難の領地で、穀物購入の資金を確保する為に彼女がリョーに売られる事に成ったとは聞いていましたし、ネズミや蝙蝠、虫などを平気で食べようとしているのを見てましたから、それなりに食べ物で苦労したとは思っておりましたけれど、まさかここまでとは予想外でしたわ。
一体ラッテル子爵領と言う土地はどんなひどい状況になってますの。
「トーウさん、本当に生でも大丈夫なんですね」
サミューも少し顔が引きつっているように見えますわね。まあ気持ちは解りますけれど……
獣人族が『獣態』を取っている時ですら、伝統や儀礼などにうるさい地域では『いやしくも人に連なる種族が生食など』と言って来るそうですから。
まあ、そう言った地域であっても、獣人などを見下している所などでは、生肉や同種の獣肉をあえて出して嫌がらせをしてきたりするらしいですけれど。
「はい、このまま頂きたいと思います。万が一何かありましたならば、それはわたくしの責任、どうぞ捨ておくよう旦那様に御進言くださいませ」
いくらボスの肉とは言え、たかが一食にそこまで言うのはどうかと思いますけれど、まあ本人がよろしいのでしたら、その通りにしても良いのかもしれませんわね。
「まあ『鎮静化』も終わっていますし、わたし達だけでも十分戦えますから、大丈夫かもしれないですね。何かあれば御主人様にお借りしているこの耳飾りで何とか回復できるかも知れないですから。そんなにお腹が空いているのなら二人とも食べてもいいですよ」
確かにサミューの言うとおりですわね。トーウに何かあってもミーシアが担いでわたくし達が守れば、『迷宮』を出るまで守り抜くのも難しくなさそうですもの。
「ありがとうございます。それではさっそくこちらの肝を頂きます」
トーウが爪を器用に使って大きな肝臓を切り分け、一切れずつ口に運んでいますけれど、確かに美味しそうに見えますわね。
いえいえ、いけませんわ。あれは生肉ですのよ、そんなものを食すだなんて、たとえ奴隷落ちした身といえどもシルマ家の家名を汚すことになりますわ。
「はああ、口に入れた瞬間に蕩けて、濃厚なうま味と共にほのかな甘みが口の中に広がってまいります、一切れ目よりも二切れ目、三切れ目と、食べれば食べるほど味が押し寄せて参ります」
まるで恋する乙女のような表情でトーウが味を語っていますけれど、わたくしまでお腹が空いて来てしまいましたわね。
「こ、こっちも凄くおいしいです、コリコリしてて食べごたえがあります」
可愛らしい声に振り向きましたら、ミーシアが真っ白な毛並みを赤く染めながら、太い腸を両手で支えて齧ってますけれど、一気に食欲が無くなりましたわ。
わたくしがまだこちら側にいる事が確認できてよかったですわ。
「あー。ミーシャもトーウもご飯食べてる、いーなー、サミュ、アラもお腹すいたの」
どうやら、アラが戻って来たみたいですわね、あらリョーは一緒じゃないのかしら、それに何か雰囲気が変わったような気がしますわね。
「もう少しで出来ますから、待っててねアラちゃん。アラちゃんは生で食べちゃダメですよ、お腹を壊すかもしれないから、あら、アラちゃん」
サミューも何か違うと感じたみたいですわね。ですけれどなにが違ったのかしら。
「アラちゃん、すこし背が伸びましたね。それに髪の毛のクセも少し取れましたね。可愛くなりました」
「えへへ、サミュに褒められちゃった、リャーもかわいいって言ってくれたんだよ」
言われてみれば確かに少し服が小さくなったように見えますわね。サミューは『裁縫』スキルのおかげで見ただけである程度の体格が解るらしいですから、すぐに気付いたのでしょうけれど。
いえ、そこではありませんわ、おかしいですわよね。いくら子供の成長が早いといいましても、ほんの少し前に分かれて、戻ってきたら背が高くなっているだなんて、どう考えてもあり得ませんわ、非常識ですわ。
「サミュー、重要なのはそこではありませんわよね。伸びてどうこうでは無くて、何故伸びたかではありませんの」
サミューは普通に接してますけれど、おかしいのはわたくしでは無くて彼女達の方ですわよね。
「ハルさんは、そう言いますけど、前も有った事じゃないですか。御主人様と一緒にアラちゃんも『迷宮核』に行ったので、こう言う事もあるかと思ってたんですけど」
そ、そんな簡単な話ではありませんわよね、どうしてサミューはこんな簡単に受けいれてますの。
「まあ、アラ様の御成長を喜ばしく思い、お祝い申し上げます」
「お、大きくなって、お腹すいてないですか」
トーウもミーシアも普通に受け入れてしまいましたわ。常識はどこへ消えてしまいましたの。
「はい、アラちゃん、お肉が焼けましたよ、ミーシアちゃんもトーウさんもどうぞ食べてください、ハルさんも食べるでしょう」
いつも通りの流れで、サミューが料理を盛り付けますけれど、だんだんおかしいのはわたくしなのではないかと感じてきましたわ。
「ありがとサミュ」
「はい、いいお返事ですねアラちゃん、えらいですよ」
皿を手渡してから、サミューがアラの頭を撫でてますけれど、こうしてみると母親のように見えますわね。
「えへ、あ、そうだリャーにこれ貰ったの、あたらしい剣なんだよ」
アラが、腰に吊った細剣を嬉しそうに示してますけれど、魔力が感じられるところを見るとこれも『魔道具』のようですわね。
大方『迷宮核』から出たのを、アラに持たせたのでしょうけれど、あの男は『魔道具』の価値を理解しているのかしら。
「ん、なにか気配がするような、部屋の外からでしょうか」
だらしない顔でサミューの料理を食べていたトーウが首を傾げていますけれど、魔物かしら。
「ミーシアは何か感じたかしら」
食事の為に『人態』に戻ったミーシアに聞いてみますけれど、特に何も感じて無さそうですわね。
わたくし達のパーティーで、索敵役を担ってるこの子が反応してないのでしたら、トーウの気のせいかしら。
「ご、ごめんなさい、血の匂いが強くて解らないです、でも音はしないです」
蝙蝠なら羽音が、ネズミや狼でしたら爪が木の床を引っ掻く音がするでしょうし、鎧ならわたくしでもすぐに気付くはずですわ。
「念のために確認した方が良いでしょうね」
サミューが鞭を持って立ち上がると、ミーシアが一歩前に出て扉に近付いていきますけれど、その前に外から扉が開かれて何かが投げ込まれてきましたわ。
「え、えい、あああう」
「えーい、きゃっ」
盾を掲げたミーシアと、剣で弾こうとしたアラが一瞬体を硬直させてそのまま崩れ落ちますけれど、一体どうなさいましたの。
「アラちゃん、ミーシアちゃん」
「アラ様」
崩れた二人に、サミュー達が駆け寄りますけれど、何が有るか解らないと言いますのに、不用意に動くのは危険ですわ。
「サミュー、トーウ、状況確認もせずに前へ出ないで頂戴」
開け放たれたドアから、いかにも斥候職と言った風体の男たちが雪崩込んで、わたくし達の方へ何かを投げつけて来ましたけれど、あれは『魔骨弾』。
「きゃあ」
「ああ」
「く、皆さん、大丈夫ですか」
耐性があるお陰か、一人だけ立っているサミューを男たちが囲んで武器を構えますけれど、このままでは。
わたくし達は全身が痺れてしまって、動く事も話す事も出来ませんわ、これではサミューが負ければ全員が嬲り殺しにされてしまいますわ。
「君たちの主がやっていた戦法を試してみたんだけど、確かに有効だね。『気配遮断』を除けばそれほど戦力に成らないはずの彼等だけで、『迷宮ボス』を倒すようなパーティーをあっさりと制圧できるんだから、これで費用が掛からなければ、もっといいんだけどね」
重装の戦士や魔法士などを引き連れて、貴族然とした男性が部屋に入って来ましたけれど、以前見かけた事が有りますわね。確かあれは『寒暑の岩山』で……
「さて、戦力差は見ただけで解るだろう、投降してくれないかなサミュー、出来れば無傷で君を捕まえたいんだけれど」
「レネル様……」
念の為ですが、内臓の生食は食中毒の恐れがあり危険です。レバ刺しも大腸菌とか肝炎ウイルスとかいるそうです。
ちなみに『毒耐性』は毒素性の食中毒には有効ですが、感染性の食中毒には……
H27年3月6日 誤字修正しました。
H28年3月16日 誤字修正しました。




