160 館の主
「ふう、いい湯だ、一日の疲れが一気にとれるな」
やっぱり仕事の後での一風呂ってのは最高だね。うん、この後でキンキンに冷えたビールに枝豆とかカルパスとかが摘みに有ったらもう言う事ないんだけど。まあ今の俺じゃあ『禁欲』が有るからそれは出来ないんだけどね。
「やっとここまで来たな。明日にはボス戦になるか」
この『蝙蝠の館』に入ってから十日、倒した冒険者連中から奪った食料を消費しながら『迷宮』の探索を続けて、数頭のフロアボスを倒し、やっとボス部屋らしき場所を見つけたんだけど。
「本当にヴァンパイアじゃないんだよな」
脱いだ服と一緒に脱衣所へ置いてきた首飾りは、絶対に出てこないって強調してたんだけど、なんか否定されればされるほどフラグが立ってるような気がするのは、俺自身がゲーム脳なのかな。
だってさ、雰囲気たっぷりの洋館でさ、蝙蝠に狼、でもってアンデッド系だもんね。こないだ倒したのは狼男だし、倒してきたフロアボスの中にはゴーストとかレイスなんかもいたから。
しかも、幽霊系の敵は倒してもそのまま消えちゃうからドロップは何もないし、先に進めるほかにはメリットが何にもないんだもんな。
宝箱みたいなものもこの『迷宮』にはほとんどないし、蝙蝠の羽が金にならないのは前回の時に解ってるし、多少なりとも儲けになりそうなのは狼やウェアウルフの毛皮と空虚の鎧を潰した鉄屑くらいか。
冒険者連中から奪った装備品が一番の儲けって、そりゃあ『不人気迷宮』になるわけだよね。
『薬師の森』あたりなら依頼の有った薬草を採って、行き帰りのついでに遭遇した魔物を十数頭狩るってのを続けてれば、それだけでパーティーの生活費とちょっとした蓄えにはなるもんね。それでレベルと装備を調えられるから新人にはちょうどいい『迷宮』なんだろうし。
ここまで稼ぎにならないんじゃ、後は『迷宮核』から『魔道具』が取れるのを期待するしかないか。
水面から両手でお湯を掬って顔を洗う。
あれ、いつもの癖でやっちゃったけど、考えてみればこのお湯ってみんなが使ったお湯なんだよね……
最初の内は奴隷の残り湯に主が入るなんてとんでもないってサミュー達に反対されたけど、俺は毎回長湯するし、食後に素振りやラクナから教わった型をなぞったりして汗をかくから、その間にみんなには風呂を済ませて置くように無理やり押し切ったから。
俺の都合でみんなを待たせるのは悪いし、それにアラが寝る時間が遅くなっちゃうもんね。少し前までは俺と一緒に入ってたけど、今はサミューと一緒だから。
『子守』スキルのあるサミューと一緒の方が、アラのためには良いって言われちゃうと、俺には反論できないし。更に『そんなに気になるのならわたしとアラちゃんと御主人様の三人で一緒に入りますか』なんて言われたら、もう何も言い返せないよね。
裸のサミューと混浴なんて事に成ったら、それこそ理性が持つとは思えないもん。
まあ、今の状況がそれとどう違うのかと考えると……
「おっと、そろそろ時間か」
厚手のタオルを取って腰に巻き股間周りを隠すと、まるで見計らったかのようなタイミングでノックが響き外から扉が開かれる。
「御主人様、お背中を流しに来ました」
そろそろ来る頃だと思ったけど、やっぱり来たかエロメイド。
「ああ、頼む」
湯船から上がって、低めの寝台に横になる。なんかもうね、いちいち反応しても無駄だってわかったからさ。
主を一人で入浴させるなんて使用人としてできないと言い張るサミューと、誘惑されるのが怖い俺との間で、初日と同じように背中を流すかどうかで揉めたけど、ダメって言っても結局は勝手に乱入される事になりそうだから、妥協案を出したんだよね。
「それでは失礼します」
革の全身服を着込んだサミューが、スポンジを泡立てて俺の体を洗い出す。
サミューが防具としてメイド服の下に着ている、ワニ喰い水牛の革服は防水性も高いらしいから、こうやって水着と言うかウェットスーツ代わりにして、俺が目のやり場に困らない様にしてもらったんだよね。
でも考えてみればこの服、防具としてはいまいちなんだよね。みんなが今使ってる装備品は殆どが初期費用で買った時の物だから、安物ではないけれど決して良い物じゃないもんね。実際サミューが弓で射られた時に矢を防げなかったらしいから。
うーん、予算も有るんだし、今度街に行った時にでも買い換えようかな。でもそれだけの装備品が売って無かったらどうしよう。いっそのこと特注で装備品を作るかな、素材になりそうな採集品がいくつかあるもんね、トンボとかオーガとかさ。
とりあえずはみんなの防具関係を優先しようかな、最低でも雑魚冒険者の攻撃でうちの子達が怪我をしない様に……
そうだ、怪我だよ怪我。
「サミュー怪我の具合はどうなんだ」
この間『命の耳飾り』と『魔力泉の耳飾り』を渡したから少しでもよくなっていると良いんだけど。
「はい、大分良くなりました。ミーシアちゃんの回復魔法も掛けてもらってますし、わたしのスキルも有るので、もう少しで完全に治ると思います」
「そうか」
あの『魔道具』が効いてくれたか、怪我をしてから時間がたってる傷だから治りにくいはずだし、何より『魔道具』のレベルがまだ1だからちょっと心配だったんだよね。
「それでは、お湯で泡を流しますね」
しかし、サミューも怪我をしてるんだから無理に体を洗わなくてもいいって言ったのに、まったく聞いてくれないんだよね。
いや俺自身も、サミューに洗ってもらう事を期待してるところがあるから、そんなに強く言えないのも止めない理由なのかな。
最初の頃は女の子に全身を洗ってもらう事に、ホントにいいのかなって思いが有ったはずなのに、いつの間にか普通に受け入れているというか、こうしてやってもらうのを楽しみにしてるところが有って、サミューが浴室に来ることへの抵抗感がほとんど無くなってきてるんだよね。
だって、気持ちいいんだもん。洗って貰うだけじゃなく、シャンプーや垢すり、マッサージまで至れり尽くせりでさ。
気が付けば、快楽に負けていたって事か。もしかしてこのままだと俺、サミュー無しで生活できなくなってしまうんじゃ……
考えてみれば、風呂だけじゃなくて、食事や洗濯なんかの家事全般に、午後のお茶やおやつ、更に朝の洗顔に髭剃りまで、日常生活の結構な部分がサミュー頼りになって来てるような。
これは、色々と不味いかも、こんな生活に慣れちゃったら日本に帰ったら俺どうするんだ。
「それにしても、御主人様からお借りした『魔道具』は凄いですね。肩の痛みは全くありませんし、古傷の痕も薄くなったり消えたりしてますから」
少し不安になった俺に囁くようにサミューが話しかけて来たけど、古傷か、ひょっとしてマイラスに付けられた傷なのかな……
いや、こう言う事はサミューから話してこない限りは詮索しないって決めたんだから、必要以上に考えないようにしないと。
「ひょっとしますと、わたしの、『ま・く』ですが、元どおりに治っているかもしれませんね」
耳元に寄せられた唇から、サミューの吐息と一緒に艶のある声が耳を撫でていく。
ま、ま、まく、まくって、え、あの膜か、あの膜なのかあ、考えてみればある意味で『部位欠損』みたいなものなんだから、指なんかを切り落とした時と一緒で強力な回復手段を長期間使えば元通りに治るのか。
いやいやそうじゃなくて、こ、このエロメイド、突然とんでもない台詞をぶっこんできやがった。
「どうですか、試してみませんか、もし上手く治っていれば、これからは定期的に『初物』が楽しめるかもしれませんよ」
は、初物って、何を言ってるんだよ、この脳みそピンク色メイドは。てか、なんで服の留め紐を解きながら覆いかぶさって来てるんだ。
「サミュー、止めろ、よせ、服を着ろ、それ以上はダメだ」
「大丈夫ですよ、天井のタイルの目を数えている間に終わりますから」
そのセリフは男の方が言う物だろうが、第一この浴室の天井は細かいモザイク画になってるじゃねーかよ。
タイルってどんだけ数が有ると思ってるんだ、これを数えるってどれだけ時間かけてネットリやるつもりなんですか。イヤイヤそうじゃない、このままじゃ不味すぎるって。
「サミュー、命令だ、服を直して浴室から今すぐ出ていくんだ」
はっきりと命令しているのに、なんでサミューは更に服をはだけてるの。おかしいだろこれ、奴隷は主の言う事を聞くんじゃないのか、『隷属の首輪』さん、きちんと仕事して。
い、いやダメだ首輪が命令違反に反応するって事は『懲罰』が発動してサミューの首が絞めつけられるって事だから、危険じゃないか。
「ふふ、もしかすると御主人様はお忘れですか、わたしには『縊首耐性』のスキルが有るんですよ。主の生命に関するほどの重大な反逆ならともかく、この程度の命令違反で発動するような締め付けの強さでは、十分に耐えられますし、それほど苦しくも有りませんから」
ちょっとまてー、そんなの有りかよ。『隷属の首輪』の意味がないじゃねえかよ。
「それに、こうして首が締まっていると、こちらの方も締まるらしいですよ」
サミューが革の服の上から自分の下腹部を撫で、更に舌を出して俺に見せつけるかのように濡れた唇を舐めあげる。
そんな、猟奇的な趣味は俺には無いから、女の子の首を絞めながらとか、止めてそんな色っぽい目でこっちを見ないで。
「どうですか、この体を好きにしてみたくはないですか」
イヤイヤイヤイヤ、ダメだからね、俺には『禁欲』があるんだから。
「いや、いい大丈夫だ」
「そうですか、これでも駄目ですか。これ以上はわたしも負担が大きくなるので止めておきますね。あまり無理をして御主人様やアラちゃんに心配をかける訳には行かないですから」
助かった、俺はやったぞ、色魔の誘惑に耐えて試練を乗り切ったんだ。
「ですけれど、これだけは覚えていてくださいね。ご主人様が望まれるなら何時でも何処でも、わたしはお応えしますからね。その気になった時は遠慮なくお声掛け下さい」
うぐ。
「それでは御主人様、外で冷たい飲み物を用意しておきます」
マッサージと垢すりを終えたサミューが、出ていってから、温くなったお湯に浸かりなおし、いろんな意味で熱を持った体を冷ますことにした。
「よし、この扉の先にはボスが居るはずだ、準備は良いか」
俺の言葉に、ミーシアやトーウが頷く。朝食を取って用意をしてから、まっすぐにここまで来たけど、魔物との遭遇は少なかったから。疲れはなさそうだな。
「言われなくても準備は出来ていますけれど、一体どうなさいましたのリョー、朝起きた時からずいぶんと張り切っているようですけれど」
「大したことは無い、やる気が有るのは良い事だろう」
不審そうな表情をするハルに向かって親指を立てて、やる気をアピールする。
「まあ、確かにあなたの言うとおり、戦闘を前にして士気が高いのは悪くありませんけれど、何か違和感が拭えませんわね」
ま、まあやる気の原因が原因だからね。
昨日のサミューとの一件のせいで、一晩中悶々としてたからさ。ぬるま湯につかってもぜんぜん効果が無かったからね。
かといって、いくら離れてるとは言えみんなが同じ部屋で寝てるって言うのに、自力で発散するって訳には行かないから。
もしかしたら、皆が目を覚ましてばれるかもしれない状況だからね。そんなドキドキ感を楽しむような変態趣味は俺には無いから。
第一ミーシアが匂いで気付くリスクとか、アラが音で目を覚ますなんて可能性が十分に有りそうだからさ、あの子達は五感が発達してるからね。
でもって、そうなったらきっと、サミューとかトーウあたりが、『そんな事をするくらいなら私が』みたいな感じで迫って来そうだからさ。
そんなこんなで、色々と溜め込んだまま眠れない夜を過ごしたんだよね。
「旦那様、本当に大丈夫でございますか、ボス戦とは万全の態勢を整えて挑むべき一戦、何か不安が有るのでしたら、一旦引くのが良策かと存じますが」
トーウの言う事も一理あるけど、別に体調不良とかって訳じゃないんだよね。寝不足だけど『超再生』と『闘気術』のおかげで何の影響もないから。
それにどっちかって言うと、この溜まってるうっぷんを何かにぶつけたいからね。戦闘に向けてやる気が充実してるなら、この機を逃す手は無いよね。
よーし、やってやるぞ。
「大丈夫だ、今日はいつもより調子がいいからな。いいか、行くぞ」
全員が武器を構えたのを確認して扉を開くと、部屋の奥にいた大きな影が俺たちに気付いて振り返る。
壁に並べて灯された蝋燭の光を鋭い犬歯が弾き、薄暗い中で光る二つの目が俺達の方を向き、蝙蝠のような皮膜に覆われた羽が音を立てて空気を叩く。
「く、こいつは」
前回の後書きや活動報告でご相談した件について、昨日活動報告を書きました。
H27年2月26日 誤字修正しました。
H28年3月3日 誤字修正しました。




