146 高貴な方々の企みごと
風邪をひいてしまい更新が遅れてすみません。
「パルス殿下、先ほどリョー殿が侯爵領を出られたとの事です」
書類を読んでいたわたしに、ディフィーが声をかけて来ましたけれど、やはり彼は行きましたか。
「そうですか。しかし、領軍との確執が有ったとはいえ、リョー様ほどの方があれほど慌ただしく旅立たれるとは、何が有ったのでしょうね」
やはり、あの手紙の中身を調べておくべきでしたでしょうか。
配下の冒険者なら、痕跡を残さずに封を破り中身を写し取ってから元に戻す事が出来るでしょうけれど。
「いえ、止めて置いて正解でしょうね」
万が一にもリョー様に知られれば、その瞬間にわたし達と彼との関係は終わってしまいます。手紙一枚にそこまでの価値は無いでしょうし、彼を望むのならそれなりの誠意をもってあたるべきでしょうから。
「殿下、それとですが。エアとブリーズが戻っております」
「そう、通して頂戴」
あの二人なら、必要な事をきちんと調べて来てくれたでしょうね。
「ん、どうしましたのディフィー」
この子がわたしの指示をすぐに行わないなんて、めったにないはずなのに。
「僭越とは存じますが、ミムズ様やわたくし達が御身を離れている時期に、あの二人までも余所へ送るなど、もしも万が一の事が有っては」
どうやら、少し怒っているみたいですね。確かに、同行の騎士の中には王妃殿下に通じている者が居るかもしれませんから、彼らが私たちの寝首を掻かないか心配なのでしょうけど。
「まだ、サーレンがいましたよ、彼女ならアンデッドとの相性もいいですから、アクラス一人くらいは守れるでしょう」
少し慌てやすく、どこか抜けている性格はともかく、忠誠心や戦闘能力は疑いようが有りませんから。
「サーレンでは、御二人が別行動をなさっていれば御一人しか御守り出来ません。どうかアクラス様だけでなく御自身も大事になさって、わたくし達のうち二名は手元に残すようにしては頂けませんでしょうか」
そうは言いますけれど、つい先日までの『迷宮』の状態を考えれば、不用意に人死にを、それも広範囲のアンデッドを一度の排除できるわたしをどうこうする、という事は考えにくいんですけれど。
「大丈夫ですよ、出来れば急いで確認してもらいたかったので、あの二人を派遣しましたが、その間は十分周囲に気を付けましたから」
「そう言う問題では……」
「それにしてもディフィー、貴方はミムズの事が一番だと思っていたのに、わたしの事も心配してくれるのですね」
もちろん冗談ですけれど、彼女にはあまり通じないでしょうね。
「お戯れを、わたくしにとっては、ミムズ様もパルス殿下も、アクラス殿下もそれにプテックも、先生から託されました大切な御方でございます。それよりも殿下……」
やっぱり誤魔化せませんでしたね。
「有るかどうかも分からない、わたしの危険への対応力が一時的に下がる事よりも、早期に情報を収集して分析するほうが今は重要だったのです。非常に微妙な問題でしたので、無条件で信頼できる貴方達の誰かを送るしかありませんでした」
もしも、これ以上彼女が粘るのなら、やりたくはありませんが命令するしかないでしょうね。
「承知いたしました、出すぎた口をお許し下さい。すぐに二人を連れて参ります」
ふう、何とか納得してくれましたか。
ディフィーが下がると、外で待機していたのか直ぐに二人が入ってきます。
「まずは、ブリーズから報告を」
彼には、クレ侯爵と周辺の動向を調べてもらっていましたがどうだったのでしょう。
「は、ご報告します。クレ侯爵ですが、例の冒険者に対して領外退去指示を出した他には、アンデッド討伐に備えて『浄化』系や『火炎』の使える魔法職や『付与装備』所有者を中心として募集を行っています。さらにはライフェル神殿やその他の神殿に対して僧兵や神官、聖騎士の派遣要請も行っているようです」
まあ、仕方ないでしょうね。今回の『大規模討伐』での当初目標は増え過ぎた鬼の間引きでしたから、前衛の物理戦闘系の方が多いですし、それもゴブリンなどを標的としていた若手が中心でしたから。
オーガなどを倒すための実力者や、魔法職もいくらかは居ましたが、比率を考えれば少数ですから、アンデッドに対しての有効打が少ない事はこれまでの戦闘ではっきりと分かっている以上は、再編成をするのは当然の選択でしょう。
「そう考えると、政治的理由で仕方なかったとはいえリョー様を手放したのは痛いですね」
「そうですね」
あの方の装備品は『浄化』属性が付与されていましたし、御仲間のアラ様も『葬風』が使えましたから。残っていただけていれば、どれほど効率が良かったか。
なによりも『迷宮踏破者』がいるという事が、兵士や冒険者にとってどれほど士気高揚になるか。
「それにしても、神殿への派兵要請ですか」
今いる第一僧兵団のような神殿側からの自主参加ならともかく、侯爵の側からの要請となれば、どれだけ喜捨が必要になる事か、背に腹は代えられないとは言え、出費のかさむ事ですね。ただでさえ『鬼族の街』は実入りが少ないといいますのに。
「さて、わたし達はどうしましょうか」
リョー様は出立されましたし、第一僧兵団長であるラッド僧正との繋がりも十分できました。ミムズ達のおかげで十分な功績は上げられましたし、『鎮静化』された以上は、素材として価値の有りそうな魔物や『魔道具』等が見つかる可能性は少ないでしょうから。
正直に言えば、これ以上この『大規模討伐』に参加する価値は無いのですが、引き上げる時期を間違えれば、途中で投げ出した等と悪評が立ちかねませんから。
「わたし達の為の出口戦略をしっかりと見定めないといけませんね」
今回の『大規模討伐』は事態が当初の想定を大きく外れた為に、予定が狂ってしまいましたから。
アンデッド騒ぎに、協賛者である子爵の追放、急遽決まったボス討伐とその成功。
なにより『百足殺し』のリョーと言う人物のあまりの異常さ。
そうでした、今はこちらの方も確認しませんと。
「御苦労でしたブリーズ、エアも報告をお願い」
「御意、殿下の御指示通りライフェル教本神殿に赴き、問い合わせを行いましたのですが」
跪いたままで言い淀んだエアに頷いて先を促します。もしもわたしの予想が正しければ……
「まず、半年前に布告された『勇者召喚』に伴う従者の徴募を撤回した件については、その必要が無くなったとの回答のみで、詳しい内容は幾ら問うても答えは有りませんでした。次に『勇者召喚』実施の有無と召喚されているのならば『勇者』の人定を問い合わせましたが、そちらに対しての回答は有りませんでした」
「そう、ですか」
やはり、答えは有りませんでしたか。近年では例のない事態でしたから、各国も問い合わせているはずですのに何も噂が無いので、神殿が黙しているのだろうと思っていましたから、それほど驚きはありませんが。
普通に考えて、神殿が『勇者召喚』を行っていないはずはありません。先代の『勇者』が引退してからすでに9カ月、『勇者』を押さえている事がライフェル神殿の権威の源である以上、召喚をしないという考えはないでしょう。
かといって、召喚できなかったという事も考えにくいです。『勇者召喚』は千数百年、いえあの神官長が儀式を執り行うようになる前を含めれば、二千年近くに渡って行われてきた魔法です。
長い年月の間に不備はどんどん改善され、技術としては完全に確立されているので、細々としたものはともかく、根本的な面での大きな失敗はないはずですし。
「召喚出来ても公表できない事情があるという事でしょうか」
普通に考えれば、『勇者』の性格や言動に問題が有ったと言う所でしょうが、そんな『勇者』なら今頃何か大事件を起こしていそうですね。
「となると、『勇者』の職や武具に何かあったのかもしれませんね。とは言えこの情報量では判断のしようが有りませんか」
わたしの言葉にエアが申し訳なさそうに頭を下げますが、手を上げて気にしていない事を示します。この短期間で調べられることは限られるでしょうし、『神殿』が本気で隠しているなら本業の密偵でもなかなか暴けないでしょうから。
それに問題は、なぜ『勇者』の事を隠しているのかよりも、もし召喚されているのならそれは誰で今どこにいるのかですから。
「そう考えると、リョー様はかなり怪しい候補者なんですけれど」
黒髪黒目で、色素のやや濃い独特の肌に、彫りが浅めで丸みを帯びた顔だちと言うのは、『勇者』やその血族に良く見られる特徴ですから、とはいえ『勇者の子孫』などと言う物は、探せばいくらでも見つかる程度のそこまで珍しくない存在ですから、これだけでは根拠としては薄いでしょうね。
ですが、今まで無名でありながら、ここ数カ月で急に頭角を現した実力者と言うのならば、また別でしょう。
通常なら、徐々に実力を付け、それに伴って名前が広まっていくものですが、急に現れて『青毒百足』の退治や『迷宮踏破』を成し遂げるなど、普通はその前に名前が知られているはずですが、『勇者』として最近召喚されたばかりと言うのなら十分説明が付きますし。
また、神殿からの過度な信用も根拠の一つになりますね。これだけの危機的状況での『ボス攻略』でラッド僧正ほどの御方がその指示を進んで仰いだそうですし、それがあの神官長の手配によるものとなれば、なおさら怪しいですね。
「失礼ですが、殿下は、あのリョー殿が今代の『勇者』だと思われているのでしょうか」
「まだ疑っている、と言う段階ですけれどねディフィー」
報告を終えたエアとブリーズを下げたディフィーが、お茶を注ぎながら聞いてきますが。貴方達の報告が決め手の一つなのですけれど。
「ですが、リョー殿の戦いは殿下の読まれている書物に記されていた、歴代の『勇者』達のような圧倒的な物ではありませんでした。どちらかと言えば能力に劣る者が格上の相手を倒すために工夫を凝らしているようにしか」
「そう演じていただけ、なのかもしれませんよディフィー。『勇者』であることを隠しているのにその強大な力を見せては、すぐに察せられてしまうでしょうから」
結果として、『ボス攻略』に向かったパーティーが全滅の窮地に晒された事は無かったそうですから、もしもそう言った事態になっていれば違ったのかも知れませんね。
それに、わたしの考えている決め手と言うのはそれではないのですが、そういえば……
「ディフィー、貴方達が戻ってから、カルトに『鑑定』させたのだけれど、その結果を聞いていないのかしら」
「はい、伺っては居りませんが」
「そう、すぐに聞いてみた方が良いわよ、きっと驚くでしょうから」
ミムズ、プテックそしてディフィー、この三人の能力値の上昇は短期間で上がったとは信じられないほどです。サーレンにしてもかなりの上昇が有り、今まで互角であったエアやブリーズを引き離してしまいました。
彼女達とエア達の違いと言えば、一番わかりやすいのはリョー様と共に行動した期間が有るかどうかですから。そう考えれば『成長補正』の存在が一番に疑えます。
これだけの条件が有ったからこそ、あの時リョー様を試してみたのですが。
机の上に置いてあった一冊の本を取ります。わたしが趣味で収集している歴代『勇者』の記録や伝記の一つ、淫蕩で知られた『勇者アキエ』様の手記に記されていた通りにしたのですが。
『猫耳、犬耳マジ最強、幾らでもモフれるって。猫パンチしながらにゃんにゃんとか、涙目でクーンとか、もう反則だよ。ガオーとかされたら逆にこっちが食べちゃいたいくらい』
『メイド服はロマンよ、可愛い子に着させて身の回りに置いとけばもう何杯でもいけちゃうわ、グフフ女装っ子っていいよね』
『男を誘うならこれが最強、エッチで欲しがりなお口に指を当てて奥まで相手によーく見えるように開ける、くぱぁさえすれば大丈夫』
どれも間違っていないですよね。サーレンとプテックはそれぞれの耳をしてますし、しぐさもそのまま、ディフィーとサーレンは普段から侍女服ですし。くぱぁの作法も書かれていた通り、口を指で開くと言うので間違いはないでしょうし。
この本ですと、異世界の方々はこう言った仕草に目がないとの事でしたし、他の『勇者』の記録でも似た様な内容が有りましたから、これが異世界からの『勇者』を籠絡する定石と考えていたので、もしこれでリョー様が反応されれば、最後の確証が得られると思ったのですが。
まさか、一番期待していた、くぱぁを無視されるとは思いませんでした。
「殿下、もしもリョー殿が『勇者』だったのなら、どうするおつもりだったのですか」
「そうね、もしも本当に『勇者』ならミムズだけでなくて、わたし自身の貞操も付けたでしょうね」
新王アクラスとその後継を支えるであろう、わたしとミムズの家系に、『勇者』の血が入ればこれほど心強い物は無いでしょうから。
~冒険者ラック~
はあ、どうにかしてこいつらと縁を切らなきゃなんねえってのに、なんで俺はこうもズルズルと……
「クソ、クソ、クソ、なんで俺がこんな事に、クソ、女だ、女を連れてこい」
たっく、この金髪の兄ちゃんは、『それ』が原因でこんな事になってるってのに懲りないのかねえ。追放処分にされて、『大規模討伐』に出資した金の回収も出来ないまま、こんな田舎に野営することになったってのに。
「もう残っちゃいやせんよ、奴隷は昨日全部潰しやしたし、近隣の村娘に手を出そうものなら今度こそ追討の兵が出されやすぜ」
少なくともある程度ほとぼりが冷めるまで、大人しくしてようって気にならないのかねえ。おかげで女の冒険者は殆どが逃げ出すわ、下っ端連中が足元を見て値上げ交渉をしてくるわ、こっちにしわ寄せが来やがる。
「俺は悪くないのに、何でこんな目にあわなきゃならないんだ、奴隷や平民を殺したのが何だってんだ、奴らは貴族じゃないんだぞ。それもこれもあいつだ、あの冒険者だ、クソあいつの目の前であいつの奴隷共と娘を嬲り殺しにしてやる。お高く留まったエルフ女のガキ王女もだ、殺してやる、泣き叫んで死ぬまで切り刻んでやる。俺を無視しやがった小生意気な女騎士もボロボロになるまで犯しつくしてやる」
ああ、なんかもう聞いてるだけで気持ち悪くなって来んな、ほんとによ、護衛の当番なんかじゃなかったら誰がこんな変態の傍にいるかっての。
「ああ、ここに居たのか、マイラス、ラックを借りるよ」
お、赤毛の兄ちゃんがお呼びか、助かった。これ以上この金髪の近くに居たらこっちまでおかしくなっちまうかんな。他の護衛連中には悪りぃが、俺だけでもこの場を離れさせてもらうか。
「ラック、知らないがそれは誰だレネル」
こ、こいつ、俺の名前すら把握してなかったのかよ、こいつは本気で貴族以外は人間だと思ってねえんじゃ。
「彼を借りていくよ」
「そうか好きにしろ」
まあ、変態に覚えられても碌な事にはならねえか、それよりも赤毛の兄ちゃんはどうしたんだろうな。
「悪かったね、当番中だったんだろう」
「いや、それでどうしたってんだ」
こっちとしちゃ、ありがたいんだが。
「ああ、冒険者の何割かを連れて別行動を取る事になるから、人選と用意を進めてほしい」
「別行動ねえ、そりゃあ構わねえが、一体何をするんだ」
こりゃ、ありがてえ。こっちとしちゃ願っても無い話だな。
「あの冒険者が『迷宮』を離れたらしい、子飼いの密偵に追わせているから、それを追跡する」
「あの、てえと、あの冒険者か、なんで今更あんなのを」
多分、『百足殺し』とかっていうあいつだろう。この感じは仕掛けるっぽいが、相手は『迷宮踏破者』だ、少人数だからって油断はできねえし、下手すりゃ返り討ちに遭いかねねえんだがな。
「彼のせいで、僕たちはこういう状況になったんだ、少なくとも彼に対してケジメを付けないと、配下の冒険者達に示しがつかないだろう。そのせいで君も苦労してるようだし」
そりゃあまあ、『迷宮踏破者』を仕留めてケジメを取らせたってなりゃあ、その筋の連中から舐められる事は減るだろうし、子飼いの野郎どもの前で嬲り殺しにすりゃあ、舐めた事をすればどうなるかっていい見本になって、怒鳴り付ける手間が省けるだろうけどよ。
「それに、彼の持っている奴隷が、リューンの王女様が欲しがっている奴隷の条件に合いそうなんだよ」
「リューンの王女様ね、そこまでして取り入る必要が有るのかね」
聞いた話じゃ、今回の追放騒ぎにはあのお姫さま方も噛んでるんじゃなかったか。
「大有りだよ、リューン王家には、子供の成長を速める秘術が有るはずだ。王女たちの年齢と外見を考えればそれは間違いない」
そういやあ、あのいい乳をした姉ちゃんは、11かそこらのガキンチョだってうわさだが、まじなのかねえ。
「この術式を手に入れられれば、奴隷取引は大きく変わる。今まで幼児の奴隷を買うのは、一から技術を叩き込みたい特殊技能が必要な集団や、一部の好き者だけだったが。相手の望む年齢まで成長させられるなら。いくらでも売れるし繁殖でかかる膨大な金や時間も大幅に節約できる。この術を独占できればどれだけの金を産む事か」
なるほどね、確かに金にはなりそうな話だ。だけどよ。
「勝てるのかい、あの男相手によ」
今ここに居る面子で『青毒百足』みたいな大物を狩るってなりゃあ、相当な事前準備が必要だってのに、あの男はいきなり狩に行くことになって、すぐに仕留めてきたってんだ。
対魔物戦と対人戦じゃ勝手が違うだろうし、こっちのメンツは元々ユニコーン狩りの為に集めた連中が多いから、対人戦向きだが、それでも向こうの方が上手かもしれねえ。
「それなら問題ないよ、対策は立ててあるからね」
この兄ちゃんがここまで言うなら、それなりに勝算があるって事なんだろうな。
リョー君の実績に周りがあまり違和感を覚えないのは、彼の見た目から勇者の子孫だと思っている、という所もありそうです。
12月上旬はちょっと忙しくなるため、また更新が遅くなるかもしれません。
H28年1月16日 誤字および、勇者召喚の年数を修正しました
12月1日 誤字とマイラスのセリフを修正しました。




