145 見送り
すいません、まだもう少しじらします。
「リャー、眠いよー」
まだ薄暗い『拠点』の中で、目を擦っているアラを両手で抱きかかえて馬の上に乗せる。
「外に出たら、念の為に紐で俺に結ぶが、間違っても馬から落ちるんじゃないぞ」
「うん、今日はずっとリャーにぎゅーってできるね」
嬉しそうにアラが笑ってくる、まあ確かに夕方になるまでは出来るだけ馬を走らせるつもりだから、間違ってはいないけど。小さい子にはちょっと大変じゃないかな。
特に今回は代え馬を使っていくから、普通よりもペースを上げていくし体力的に辛くなりそうだよね。
それにしてもパルスから馬を売ってもらえてよかったな、行きに比べてトーウ一人分が増えただけなんだけど、俺は『軽速』で重量を減らせるし、アラは小っちゃいから馬にとっては、運ぶ重量が倍以上になってるもんね。
あれ、そう言えば。
「トーウ、馬には乗れるのか」
なんか、ラッテル領の状況を考えると、『馬は乗る物ではなく食べる物でございます』とか言いかねないよね。
「はいご安心下さい。少数ですが、領内にも軍馬が残っていましたので、それで練習しております。ラッテル家が務めております『毒見役』の御役目の中には、身辺警護も含まれておりましたので、必要最低限の訓練は受けております」
それなら、大丈夫か。
「急ぐからな、どんどん馬を乗り継いでいく、もしも辛かったら言ってくれ、適時休憩を取る」
もしも体調を崩しちゃったら、余計に時間が掛かっちゃうもんね。
「御心配には及びません、たとえ馬上でこの身が朽ち果てようとも、旦那様の邪魔になるような事だけは決してありません」
いやいや、それが一番困るってのが分かって欲しいな。
「リョー殿」
ん、この声はミムズか、どうしたんだろこんな早朝に。
「どうしたミムズ」
「どうしたもこうしたも無いであろう、リョー殿が急遽発たれると聞いたのだ、見送りに来ない訳には行かないだろう」
ああ、確かにこいつは変な所で義理堅そうだもんね。
「今回の『大規模討伐』だけでは無く、その前の鬼退治や、殿下の解毒などで世話になったのだ。なんの礼もせずに済ますなどと言う不義理な真似を出来る訳が有るまい」
礼ね、どの件も十分な謝礼をパルスから貰ってるんだけどね。
「報酬なら十分に貰っているぞ」
うん、ほんとに儲けさせてもらいました。
「銭金の問題ではない、あれほど貴殿に助けられていながら、何の誠意も返せないとあっては、自分の気が収まらぬ。故にコレを受け取っては貰えぬか」
ん、なんだこれ、銀貨にしちゃかなり大きいし、メダルかな表面にずいぶん細かい彫刻がされてるな、剣が四本、それにこれはドラゴンかな。
なんだろこのマーク、四本の剣がひし形にクロスしてて、その中にドラゴンの首が囲まれてる図形。確かミムズの付けてる髪留めなんかの小物類にも同じマークが付いてたよね。もしかしてこれって。
「それは我がラースト家の紋章だ。もしもリューン王国に立ち寄る事が有ったならば、それを示すと良い、多少の便宜は図ってもらえるだろう」
ああ、ファンタジーなんかでたまにあるか、要はミムズの知り合いだからよろしくねって証だよね。
でもまあ、リューン王国なんていく事あるかな、エルフの国ってなんか排他的なイメージがあるし、何よりミムズとかパルスとかアクラスの地元ってだけで、なんとなく嫌な予感がするんだよね。
まあ、使い道がなければ売ればいいか、このサイズの銀ならアラの小遣いくらいにはなるだろうし、それに。
「リョー殿の、武運が長久である事を、祈っているぞ、では」
うん、受け取らないとミムズは納得しないだろうしね。
ん、なんだろこんな時間にずいぶん騒がしい足音がするけど、どうしたんだ。
「おお、むこ……、いや、リョー殿、姫様、間に合いましたか」
あれ、向こうからくるあの暑苦しそうな集団は。
「キッシュ様、御無沙汰いたしております」
俺の後ろに控えていたトーウが、その場で深々と頭を下げる。相手が元家臣だから、あえて下手に出て自分が奴隷だって事を忘れないようにしてるのかな。
「姫様、毎度言わせて頂きますが、そのような他人行儀な物言いはどうか……」
「どうかわたくしの事は、トーウと呼び捨てでお願いいたします。以前の立場が何者であろうとも、今のわたくしは『百足殺し』のリョー様に仕える一奴隷に過ぎず、ラッテル家とは縁もゆかりもない身の上。ラッテル子爵家の家臣筆頭で在らせられる騎士様が奴隷風情にそのような態度を取られては、子爵家そのものが軽く見られる事になりかねません」
「で、ですが……」
まあ、キッシュとしては、大切な姫君なんだろうから、奴隷として扱う訳にはなかなか行かないんだろうな。
トーウが俺の所に来たばっかの頃は、キッシュもきちんと身分に合わせた態度を取ろうとしてたけど、いつの間にか元通りのお姫様扱いに戻っちゃってたんだよね。
「どうか、お願いいたします」
「う、うむ、承知した」
お、キッシュが折れた、まあ身分制度を考えればトーウの方が正論なんだろうから仕方ないのかな。
「ありがとうございます。それと奴隷ごときが高名な騎士様に対して、許しもなく御挨拶以外で直言したばかりか、意見を申し上げるなどと言う無礼を働いた事、どうか平にご容赦を」
「気にしては居らぬ」
うーん、やっぱり堅苦しいなこの連中は。
「リョー殿にも失礼した。主殿に許可も求めず、御貴殿の奴隷と話をするとは」
ひょっとして、勝手に人の奴隷と話をしたりするのはマナー違反なのかな。まあ俺は気にしないけどさ。
「別にいい、それでどうしたんだ」
まあ、ミムズと一緒で俺達を見送りに来たんだろうけどさ。
「う、うむ、ラースト卿よりリョー殿が発たれるとの連絡を頂き、こうして参上仕った次第なのだが」
あ、ミムズが知らせてくれたのか、まあ確かにトーウの事を考えるとこいつらに何も言わずにいなくなるってのは、なんだよね。
サミュー達の事が心配で、そこら辺の事を失念しちゃってたな。他に挨拶しとかなきゃいけないような相手は特にいないよね。
ラッド達には昨日のうちに連絡したし、うん、大丈夫なはずだ。ボス攻略までの行き帰りで『アイテムボックス』に大量に溜まってた鬼の死骸も、採取部位を回収して焼却場とディフィーさんに渡したし。
「リョー殿、貴殿の出資のおかげでラッテル領の領民たちは命を繋ぐ事が出来ましょう。また先日戻った連絡員の話では、貴殿にご紹介頂いたライワ伯爵より、御支援を頂けるようになったとの事。これほどの大恩今の我らでは到底返すことは出来ませぬが、いつか、いつか必ずや」
うわ、いきなり十数人がその場に跪くとか、どんな羞恥プレイだよ。他の冒険者連中の殆どがまだ寝てる時間でよかった。
「恩なんかよりも金を返してくれ、その為に紹介したんだからな、耳を揃えて返してくれればいつでも担保を返してやる」
(この状況下でこの発言、お主も意外とツンデレじゃのう)
この首飾りは、普段古めかしい話し方をするくせに何でそう言うスラングばっかり知ってるかな。
「リョー殿そのような言い方はあまりにも……」
「いや、ラースト卿、リョー殿の言われる通り、本来なら我らはこうしてリョー殿の前に居る事すらできぬ身の上なのだから」
俺のセリフに興奮しかけたミムズをキッシュが止めると、その言葉でミムズも納得したみたいだな。
「それは、確かに貴殿らとリョー殿の係わりを考えると」
考えてみれば、ミムズは俺とラッテル領が最初にもめた時の一部始終を知ってるんだもんな、それで納得しない方がおかしいか。
「では、リョー殿、九百五十枚の金貨にあっては出来るだけ早く工面致すので、もう少しお待ちいただきたい。また、何か我らでお役にたてることが有れば、貴殿の姫様の持ち物にある『ラッテル家の紋章旗』を、御領地に送って頂ければ、たとえ地の果てであろうとも馳せ参じよう」
ああ、トーウが持ってたあの旗か、そういえばあれも家紋が入ってたよね、確か何種類かの花や草が組み合わさってたような。まあ、今度見直せばいいか。
「金の目途が立って、もし俺が捉まらなければ、ライワ伯爵領に言付けて置いてくれ、担保を持って金を引き取りに行く」
そうすれば入れ違いとかの可能性は減るだろうしね。ん、あれ、九百五十枚、足りなくないか。
「ではこれにて失礼いたす。どうか、どうか、トーウ様の事をくれぐれもよろしくお願いいたします。トーウ様、末永くお幸せに」
て、言いたい事だけ言って行っちゃったよ。け、計算を間違っただけだよね、金を誤魔化すつもりなんて無いよね。
「まあいい、取りあえず行くか」
今は急いでるんだし、金の話は今度会った時にでも確認すればいいか、きちんと借用書も有る事だしね。
「では、リョー殿、自分もこれで失礼する。またどこかの『迷宮』で会う事が有れば、今回のように貴殿と肩を並べて戦いたい物だ」
うーん、俺はごめんかな、だって色々大変なんだもん、暴走を気にしながら戦うのって……
まあいいや、こんな広い世界だ、偶然会う事なんてまずないだろうしね。よし、行くか、ただでさえ急いでるんだから、あんまり出発を遅らせても仕方ないから。
「ん、あれ、どういう事だ」
入り口がまだ閉鎖されてる、夜の間は暗いせいで魔物が接近しても気付きにくいから、発見が遅れても侵入されないように閉じてるけど、この位の明るさならもう開いてると思ったんだけど。
「悪いが、入り口はまだ開かないのか」
門番をしている重武装の兵士に聞いてみるけど、俺なんかが頼んだって、特例で開けてくれたりはしないだろうな。
「申し訳ないが『虫下し』殿、もう少し待っていただきたい」
一体『虫下し』の呼び名はこの短期間でどんだけ広がってるんだろ。
「もう、開門に十分な明るさだと思うんだが」
「命令が有る以上、今すぐここを開けて『虫下し』殿をお通しする訳には行きませぬ」
うーん、多分ここで押し問答してても意味がないんだろうな。命令だって言うんじゃ、別な命令が来るまでテコでも動かないだろうから。
でも、今日に限って閉じてる理由はなんだ、いや、今の言い方だともしかして俺を通さないように言われてるんじゃ。まさか……
「どうやら、指示が間に合っていたようだな」
げ、向こうから騎士を引き連れてくるのは、カター・ナーシじゃないか。まさか俺をここで処分するつもりか、そうすればマイラスに対して義理が立つとかそう言う感じか。
く、ミムズもキッシュ達も帰っちゃったし、この時間じゃほとんどの冒険者も寝てる上に、この門の周辺に有るテントを使ってるのは、魔物の襲撃から門を守るために騎士団やその関係者ばっかりのはずだから、多少騒いでも助けは来ないばかりか下手をすれば囲まれる。
どうする、何とかアラとトーウだけでも逃がさないと。
『軽速』を使って柵を跳び越えるか、二人ならこの位の高さは飛び越せるはず、いやそれだと馬を置いて行くからサミュー達を助けに行けない。
なら、門番を倒して強引に突破するか、いや完全武装で防御特化型の『重騎士』や『盾騎士』六人を一瞬で無力化するのは難しいよな。
アラならともかく、俺の攻撃力じゃ防具ごとは難しいし、『切り裂き』を使おうにも全身鎧の下に鎖帷子まで着てるような相手じゃ、狙える隙間がほとんどないし、下手な所に切り付ければ『切り裂きの短剣』が折れかねない。
トーウの『毒』も肌に傷を付けないと効果がないから、俺と同じでこの手の相手には不利だろうし、となると突破の時に有効な戦力はアラだけになるからな。
まあアラなら一人でも短時間で倒せそうだし、装備が重い分こいつ等はトロそうだから、まともに戦わず横をすり抜けるってのも可能かもしれないけど、その後で丈夫そうな門を馬が通れるくらいまで開けるとなると、時間がかかるだろうし、その間に背後からカター・ナーシたちのスキルで狙われるだろうからな。
それなら、いっそここで全員を撃破するか、それともカター・ナーシを人質にして、いやそれだと下手をすれば『拠点』に居る戦力の大半を敵に回しかねないし。
アラの魔法や、『雷炎の指輪』を使って門なり柵なりを吹き飛ばすか。いや、それだと馬が怯えて動かなくなるかもしれないし、爆発の跡や瓦礫で足場が悪くなれば、俺のつたない乗馬技術じゃ突破できないだろうし、柵の外にある空堀を跳び越えるのも難しいな。
どうする、どうすればこの場を切り抜けられる。
「どうやら、警戒しているようだがこちらに敵意は無い。他の者の耳目が有る場ではあのような態度を取っていたが、この場には我等しかいないからな」
え、なに、今のカター・ナーシの言葉はどういうことだ。目撃者が居ないから消しやすいって意味じゃなさそうだし。
敵意は無いってほんとだろうな、油断させたところを遠隔スキルで、ってつもりじゃ。
とりあえず辺りを見回す分では、隠れてこっちを見てそうな相手は居ないよね。ほんの少しの部分でも視界に入れば『鑑定』に引っかかるはずだし、いやでもテントの中でいつでも飛び出せるように待機してたら……
(おそらくは、敵意がないと言うのは信じてもよいじゃろう)
え、なんでだ、こいつら普通に武装してるんだけど。全員剣も持ってるしさ。
(剣の持ち方を見てみよ)
持ち方って、みんな鞘ごと剣を右手に持ってるけど。
(これがどうしたんだ)
(普段で考えてみよ、お主はどうやって剣を持ち歩き、抜くのじゃ)
(『アイテムボックス』に入れてるな)
そうすれば、状況に合わせて好きな武器を取れるし、重くなくて楽だもんね。
(普段と言ったのが悪かったかのう、ここの『拠点』のように武器を持って無いと不自然とされる時はどうじゃ)
武装してないと舐められるような時か、それなら今みたいに。
(左の腰に鞘を差して、いざとなったら右手で柄を掴んで……)
ああ、そう言う事か、このままじゃ抜けないよね。
(そうじゃ『拠点』とは言え『迷宮』の中で丸腰にはなれぬからの、こう言った場所で敵意の無しを示す場合は、鞘ごと右手に持つのじゃ。そうすれば剣を抜こうとするには、右手から左手に鞘を持ち替えてから抜かねばならない)
そう言えば、時代劇なんかでもそんなシーンが有ったような気がするな。話し合いの場で、敵対するってなった途端に鞘の位置を右から左に変えてって。
(もちろん左手で剣を扱える技能が有るのなら別じゃが、騎士団や軍隊などでは密集しての集団戦闘時に不具合が出ぬよう、全員が武器を右手に防具を左手に持つよう鍛え、野に有る大半の流派もそれに準じておる)
なるほどね、剣の持ち運び方一つでも色々あるんだな。
(この距離でカター・ナーシが盾も持たず鞘を右に持って居れば。お主が斬りつけて来た時に対応することは出来ぬじゃろうし、剣を持ち替えている間にお主は迎撃の用意が十分に取れる)
だから、敵意がないって事か、でもなんで態々こんな事してるんだ。俺が昨日の態度を恨んで、切りつけたらどうするんだよ。
「済まなかった」
え、ええ、いきなり頭を下げて来たけどどうしたって言うの。
「君命であり、我が領の為ゆえ昨日はあのような態度を取らざるを得なかったが。此度の『大規模討伐』での貴殿の働きには感謝している。貴殿無くばボス攻略に多くの血を流していたやもしれぬし、アンデッドの氾濫を抑えきれず領内に多大な被害をもたらしていたかもしれぬ」
まあ、周りの眼も有ったから余計厳しく対応したんだろうけど、だからってここまで下手に出る物なの。
「本来ならば、勲章を授与し騎士の位をもって迎えるべき所だが、貴殿を迎えれば我が領と候が窮地に立たされることとなりかねぬ。このような形で貴殿の働きに応えるのは無粋とは分かっておるがどうか、受け取ってもらいたい」
あ、このパターンはなんか読めたような……
うん、間違いないだろうね。俺に近付いて来た騎士の持ってるお盆に、最近よく見る袋が三つ載ってるし。
「報奨金だけでなく、詫びも込めた金額となっている。どうか御笑納して頂きたい」
まあ、『大規模討伐』での雇用主は侯爵領なんだから、ラッド達やパルスから金を受け取って置いて、こいつ等から貰わないのは変な話だよね。
「それなら、遠慮なく貰おう、これで通ってもいいか」
金貨六百枚を受け取ったんだから、もう用事は無いよね。こっちは急いでるんだしね。
「もちろんだ、御引止めして申し訳なかった」
振り返ったら、門を開けてくれてたよ。
「この『迷宮』は元が都市だった故、大通りまで行けば馬を走らせることも出来よう」
馬上で俺の事を待っていたアラの後ろに乗り、馬を歩かせると、背後からカター・ナーシの声がかけられる。なるほど舗装された道ならたしかに走りやすいだろうね。
「よし、アラ、トーウ行くぞ」
馬上からアラが落ちないように、ひもで体を固定している俺の横に、トーウが馬を並べてくる。
「承知しました旦那様。ところで、どちらに向かわれるのですか」
「ああ、『蝙蝠の館』だ」
あと番外編と説明会を数話してから、皆さんお待ちかねとなります。
H28年1月16日 誤字修正しました。




