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143 あらたな名

「それでは確かに、変異種オーガを受け取りました。これはお約束の代金と角の加工品です」


 俺と一緒に『拠点』の外に出てきていた商人が、その場に寝ていたオーガを確認して鎖に繋ぎ直してから、俺に金貨袋九個と一緒にかなり大きめにカットしてくれた角を渡してくる。


 今回受け取ったのは、俺、アラ、ハル、サミュー用にメイジの角、ミーシア用にヒーラーの角、更にポイズンの角を削った物も有るらしいのでトーウ用に貰い、更に予備として各種類一個づつの計九個をタダで貰えた。うん、これだけでも買うとなればそれなりの額になったよね。


「いやはや、お若いのになかなか抜け目が有りませんな。冒険者などやられずに商人にでもなられた方が良いのではありませんか」


 うーん、それも面白そうだけどな。


「まあ、いろいろと事情が有ってな、それに冒険者なら大して元手が掛からないしな」


 とりあえず『勇者』としての仕事が有るから『迷宮』には定期的に入り続けるしかないもんね。


「それはまた怖い事をおっしゃいますな。あなたに襲われたらもう商品を差し出すしかないでしょうから」


 あれ、そういえば『元手の掛からない商売』って、ビジネス書なんかでたまに有るけど、もともとは盗賊の事だったっけ。


「今のはただの言葉のあやだ、後ろに手が回るような事をするつもりは無い」


「そうですか安心しました。では私達はまだここでの作業が有りますが、『百足殺し』さんはどうしますか」


 うーん、パルス達を待たせてるんだよな、ここでの商談や情報収集なんかで結構時間が経っちゃって、もう夕方になっちゃってるけど行った方が良いよね。お姫様を待たせたって怒られちゃうかもしれないけど。


「他に用事があるからな、これで失礼させてもらう」


「今回はありがとうございました。『百足殺し』さんのおかげで、これから稼がせて頂けます。特にここ二、三日が書き入れ時でしょうね」


 うん、なんの事だろ、角の売買ならもう少し寝かせておいた方が金になるだろうし、トンボの肉はそんなに儲けにならないって言ってたはずなんだけど。まあいいか。





 さてと、『拠点』に戻ってきたけど、なんだろう、ずいぶんと陽気な連中が増えてるような。昼間っから酒を思いっきり飲んでたり、商売人っぽいお姉さんといちゃついてる連中は前からいたけどさ、その比率が一気に増えてるような。


(おそらくは『迷宮鎮静化』の話が『拠点』中に広まって、冒険者達の気が緩んだのじゃろう。新しく鬼が産まれる心配も減り、残ってた鬼やアンデッドもお主らが行帰りでの諸戦闘でかなりの量を狩ってしもうたからのう)


 なるほどね、『大規模討伐』の成功がほぼ確定したから、祝勝会ムードなのね。


 さっき商人が言ってたのはこれの事か、確かにこれなら酒だ肉だって飛ぶように売れるだろうからね。


 クッソ、どいつもこいつも旨そうに酒飲んで、更に山盛りの肉を食ってやがるよ、向こうじゃ玄人っぽいお姉さんに抱きついてるし。


 俺だって、俺だって出来る物なら、分厚い焼き肉を肴にして強めの酒を一息に喉に流し込みながら、きれいな姉ちゃんとチュッチュウフフしてえよ。


 金はある、ここに有る酒と肉を買い占めて、姉ちゃん全員を侍らせられるくらいの金は有るって言うのに。禁欲が、禁欲のせいで。


「おっと、すまない」


 あちゃ、考え事してたせいで人とぶつかっちゃったよ、とりあえず、直ぐに謝ったけど、相手はかなり出来上ってるっぽいから難しいかな。


「おいおい、御免で済むかよ、テメエのせいで装備が酒で汚れたじゃねえかよ。どうしてくれるんだ、こんなんじゃ鬼が来ても戦えねえだろうが」


 やっぱりか、酒と怒りで顔を真っ赤にした男の周りに、同じパーティーのメンバーらしい酔っ払いがどんどん集まって来てるし。


「あーあー鋼の装備だってのに、錆びちまったかも知れねえな。せっかくの飾り布も染みが出来ちまって、こりゃ弁償だな」


 うわあ、なんだろう、このよく有りそうな展開って、こっちはただでさえ皆が飲み食いしてる中でお預けを喰らってイライラしてるっていうのに。


(ふむ、『鎮静化』直後じゃからの、数人死んだところで『活性化』の恐れはないゆえ、殺しても問題は少なかろう。お主が絡まれたと言う証人は幾らでも居るじゃろうしの、死体も焼き尽くせばアンデッド化の恐れもあるまいて)


 いやいや、なんでいきなり好戦的になってるの、この首飾りさんはさ。


「なんだ、ビビって声も出ねえのか、ああ、若造がよ」


 猫科らしい獣人族が、顔が付きそうな位まで近づいて睨んで来てるけど。ラクナの言葉を考えてたせいで黙ってたのが怖がってるように見えたのか。


 まあそりゃ皆さん強面だけど、殺気と食欲剥き出しで追いかけてくるオーガの大軍に比べるとね、迫力が足りないよね。


「これだけの装備、テメエみてえな駆け出しに弁償できるのか、ああ」


「おいおい見ろよ、こいつ指輪なんざしてやがるぜ、しかも三つも。よく見りゃ手足にも装身具を付けてやがる。これを売りゃあ多少の酒代にはなるんじゃねえか」


 おいおい、そこの鳥人族さん。欲しいのは弁償代じゃなかったのかい、今思いっきり酒代って言ったよね。


「持ってる剣も立派じゃねえか、こんなゴツくてぶっとそうな剣、おめえじゃ振れねえだろうが、俺が代わりに活用してやらあ」


 闘牛みたいな角を生やした獣人がゴブリンズソードに手を伸ばしてくるのをギリギリでかわす。うーん、喧嘩をしても良い物かどうか、ラクナは問題ないって言うけど、これが原因で騎士団とかアクラス辺りにいちゃもんを付けられたらやだしな。


「む、その剣ただの剣ではなさそうだぞ、『聖属性』の気配がある。それらの装飾品にもそれなりの魔力を感じる。少なくともなんらかの効果が付いているのだろう、もしや『魔道具』かもしれぬぞ」


 うーん、エルフでも悪党面っているんだね。美形ばかりじゃないって事か、『鑑定』スキルは無いけど『魔力感知』の熟練度が高いと、そういうのも解るんだ。


「ほう、そりゃあ良い、ならアンデッドも倒せるって事だろ。それに付けてる防具も今流行の百足が、ら、製……えっ」


 へー、百足殻の装備って流行ってるんだ、考えてみれば『青毒百足』を売ってからそれなりの日数が経つし、あれだけの大きさなんだから結構な量を作れてるよね。


 俺も使ってるけど軽いし、トンボに噛まれても傷つかないくらい丈夫だし、魔法もある程度は防げるから、確かに良い装備だよね。


 あれ、どうしたんだろ、俺とぶつかった冒険者の顔色がいつの間にか真っ赤から真っ青になってるけど。


「く、黒髪黒目で人間族の若造、複数の『魔道具』を持ってて、む、百足殻の装備に、アンデッドを倒せるデカい剣って」


「ま、まさかコイツ、あ、あの、む、む、む、む、む」


 ひょっとしてこれは、俺が誰なのか外見から解って、ビビってるって事なのかな、いや確かに色々特徴的な装備を持ってるし、ラノベなんかじゃたまにある展開だけどさ。


 うーん、『百足殺し』の二つ名がいやに広まってるな、あんまり好きな呼び名じゃないんだけどな。まいったなー、あんまり名前が売れると碌な事がなさそうなのに、やだなー。


(お主、一応は面倒そうな顔をしておるが、内心はまんざらでもないじゃろう。一部の『勇者』たちはそういう態度の事をチラッ、チラッと呼んでおったがの)


 い、いや、そんなつもりは、無いよ……多分。いや仕方ないじゃないか、人間だれしも多少の自己顕示欲くらいあるもんだよ、ね、ね。


 やっぱりこういう反応されて恐れられると、ちょっとは優越感が湧くもんでしょ。


「む、む、む、『虫下し』のリョーだ」


 ちょっと待てー、なんだ今の『寄生虫によく効くお薬です』みたいな呼び名は。


「な、こ、こいつがあの『虫下し』だってのか、昼間転がってたあのデカい虫を仕留めた」


(どうやら『青毒百足』に『巨鬼蜻蜓』と大型の虫系魔獣を続けざまに撃破した事から付いたようじゃな)


「じゃ、じゃあ、あの剣が大量のゾンビや鬼を倒して、騎士を嬲り殺しにしたっていう」


 またその話か、殺してないって。キチンと治したからね。


「そうじゃない、回復させながら切り刻んで、全財産を差し出す契約を無理やり結ばせたって」


 それも違うって、そもそも最初から財産を賭けた決闘だったんだから。それを向こうが渋ったりして、後はトーウを狙ってる他の連中への牽制も有ったからさ。


「王女を脅して、無理やり契約を履行させたって話だろ、この『大規模討伐』に協賛してたラマイ子爵もこいつにハメられたって聞いたぞ」


 おいおい、パルスは決闘を強行したアクラスの不始末を片付ける為に裁定しただけだろうが。それにマイラスの追放は自業自得だろうが。


「す、すまない、謝る、謝るから、殺さないでくれ、ちょ、ちょっとした冗談だったんだ」


「有り金も装備も全部渡すから、生きたまま切り刻むのだけはやめてくれ、そんな目にあうくらいなら、いっその事一思いに仕留めてくれ」


「腕や指を切り落とされて冒険者として働けなくなるくらいなら、俺も殺してくれ」


「お、俺は奴隷に落とされても文句は言わない、だから家族は、家族には手を出さないでくれ」


「我はエルフ族だが、リューン王国とは、縁もゆかりもない只の冒険者だ。我の為に彼らに迷惑をかける事だけは、どうか。部族を追放された我だが、こんな事で同族に何か有っては、死んでも死にきれぬ」


 おいおい、一体俺はどんな悪党だと思われてるんだよ。


(微妙にどれも間違ってないのが面白い所じゃのう)


 まあそりゃあ、バカ騎士を切り付けまくったり指落として脅したりしたし、その時に家族を奴隷にするかどうかみたいな話も出かかったよね、それに、リューンの連中とは何度かトラぶったりもしてるし。


 何も知らない第三者が離れた所から見てれば、俺の事をそんな感じに思うかもしれないけど、幾らなんでもこの反応は無いだろう。


(それでどうするつもりじゃ)


 どうするもこうするも、ここで差し出された金や装備品を取っちゃったら噂を肯定するようなものだよね。


「おいおい、『虫下し』がまた何かやらかしたようだぞ」


 やべ、野次馬が集まりだしてるよ。てか『虫下し』の呼び名はもう広まってるのか。


「またか、今度は何をやらかしたんだ」


「『虫下し』が酔っぱらいにぶつかって、絡んでるらしいぞ」


 ちょっと待て、絡まれたの俺、こっちが被害者だから。


「大の男に土下座を強要するなんて、奴は他人の尊厳を何だと思ってるんだ」


 いやいやいや、こいつらが勝手に土下座してるだけだからね。俺は指示してないよ。


「あいつ等は男で助かったな、女だったらそのまま妾にでもされてたんじゃないか。リューン王国の美少女達も侍らせてたっていうんだろ」


 侍らせてない、あれはただ単に一緒に戦ってただけだから。俺にやましい事は何もないんだよ。


「いや、それだけじゃ安心できないぞ、『青毒百足』の件で配下の騎士が『虫下し』と揉めた子爵様は、結局娘を奴隷に取られたらしいし」


 トーウの件は、向こうが借金の担保って言って無理やり押し付けてきたんだよ。しかも、ほかの貴族からの保護も兼ねてって理由なのに。


「む、娘はまだ八才なんだ、た、頼むそれだけは、娘だけは見逃してくれ」


 牛角の獣人が呻くように言ってるけど、そんな事しないって、どこの腐れ外道だよ。


「バカが、年齢を言うのは逆効果だ。『虫下し』は幼女趣味も有るんだぞ」


「そう言えば小さな女の子を連れまわしてたな」


「そ、そんな、カウベル、馬鹿な親父を許してくれ」


 アラか、アラのことを言ってるのか、なに、俺ってそんなふうに周りから思われてたのか。それに『虫下し』の呼び名ってこの短時間でどれだけ広がってるの。


 なんか、この場に立ってるだけで俺の立場がどんどん悪くなって行ってないか。


(よし、このまま立ち去ろう)


 幸い向こうはずっと土下座したままで頭を上げる様子は無いし、このまま立ち去っても気付かれないんじゃ。


 うん、そうしよう、周りの野次馬が更に増えて来たから、これ以上ここに居るのは本格的にマズイ事に成りそうだし、何よりパルスを待たせてるんだからさ。


『軽速』を発動させて飛び上がり、野次馬の集団を越えて着地した俺は、一気に駆けてその場を後にした。

H26年11月11日誤字修正

H28年1月13日 鉤かっこ追加しました

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