131 川辺の戦闘
一週間もお待たせしてすみませんでした、仕事の方が忙しくて……
「まさか、このような事になっておろうとは」
物陰から、遠方を眺めていたラッドが呻いているけど、まあ気分は解るよね。
「数日前は、確かにこの場が安全だったのですが……」
エル・シルマが悔しそうに言ってるけど、情報っていうのは生ものだからね。歩き回っての偵察だから、どうしても数日の誤差が発生するよね。
情報は正確さやどう利用するかも重要だけど、状況が変わる前にすぐ対処したりとか、追加で継続確認したりとかも大切だもんね。
昔あったよな、○△食品の伊藤専務が、ゴルフ好きで月に一度は決まったコースを回るって聞いたから、偶然を装えるように待ち伏せしてたんだけど、競合会社の営業担当が別なゴルフ場に招待してたんだよな。おかげで本社ビルの改築話を持ってかれちゃって。もっときっちりリサーチをしてればあんな事にはならなかったのに。
まあ、今はそんな事はどうでもいいよね。問題はこの状況をどうするかか。
「まさか、中央部へ向かう橋が落ちているとは」
「アンデッドの追跡から逃れるには、有効な方策なのは間違いありませんから。鬼の知力を甘く見ていましたね」
ミムズとディフィーさんが後ろで話し合ってるけど、まさかゴブリンやオーガにそんな発想が有るとは思わなかったもんな。確かに有効な手段なんだよね、戦争物の映画や小説だと敵の進軍速度を下げる為に、橋や道路、鉄道なんかを潰すのはセオリーだからさ。
「とはいえ、その為に同胞を見捨てるなど」
「鬼などの魔物は群れで行動しますから、同じ種族でも群れが違えばそれほど仲間意識も無いのでしょう」
そうだよな、人間だって国や所属する集団が違えば対立するんだし。まあ、そのおかげで困ってるわけだけどさ。
「まさか、取り残された鬼共が川岸にたむろしていようとは、それでどうなさるのだリョー殿」
うわー、ミムズの奴あっさりこっちに振ってきたよ。でもこのままじゃまずいのは確かだもんな。
俺達が見ている先では、大量のゴブリンが川岸にひしめいてるからな。ゴブリンのイモ洗い状態、うーん見ていて気持ちいい物じゃないな。
「この場では、ゴブリンが居ますし、かといってもう一つの予定地点ではオーガの群れ。この近辺で渡河を図ればその最中で鬼に襲われる恐れが高いでしょうな。どういたしますかなリョー殿」
ラッドの言うとおりだよね、渡河の途中は動きにくいし無防備になるって言うのはよくある話だし、ゴブリン・アーチャーとかオーガ・メイジあたりが混ざってたら狙い撃ちにされちゃうから。
とはいえ、ここを迂回して他の場所に回ろうとすると、かなり時間がかかるらしいし、そっちも同じようになっている可能性も高いだろうな。
そう考えると、やっぱりここの鬼をどうにかして向こう岸に渡るしかないかな。
ん、なんだろ、戦果確認に来てた騎士がこっちを睨んで来てるけど、どうしたんだろ。
「ラースト卿も、僧正も、なぜ流しの冒険者などに意見を求められるのか。その御年で王太子直轄騎士となれば将来は一軍を預かる御身分のはず。僧正に有られても多くの僧兵を束ねておられる。その御二人が身元もはっきりとしない冒険者風情の下手に出て指図を仰ぐなどと、リューン王家とライフェル教が鼎の軽重を問われる事になりかねぬのでは」
うん普通はそうだよね、ミムズやラッド達は今まで一緒に討伐してた時のままのつもりで話しかけてきてるけど、知らない人から見れば変な話だよね。シルマ家の連中が何も言わないのは、ミムズやラッド達と下手に揉めて問題にしたくないのと、後は俺にハルの買い戻しを交渉中だから刺激したくないのかな。
「わたくし達は祖国で『迷宮探索』を経験しているとはいえ、大人数での討伐が主でして、今のような小規模編成での戦闘経験が少ないため、リョー殿に御指導をお願いしております。これにつきましてはパルス王女殿下の御許可を戴いております」
「む、むう、だがそれでも立場というものが……」
ディフィーさんの言葉で、騎士が少し劣勢になるけどそれでも何か言おうとしてるな。
「拙僧らにとっても、『百足殺し』のリョー殿は事態がボス討伐となった時に備えて、神官長猊下御自らの指名にて雇い入れた、いわば『迷宮攻略の専門家』。拙僧らは事が有った際に彼の意見を参考にして行動するよう指示を受けているゆえ」
おいおいラッド、ずいぶんな持ち上げ方じゃないか、迷宮攻略の専門家って……
「な、神官長猊下が、ならば何も申しますまい」
あれ、リューンのパルス王女の名前をミムズが出した時にはまだ反論するつもりだったのに、神官長の言葉だと黙り込むのか。
(なあ、ラクナ、王女より神官長の方が立場が上なのか)
普通は逆のような気もするけど、あ、でもヨーロッパなんかじゃそういう時期が有ったんだっけ。
(国に依るじゃろうな、上級僧侶が爵位もちの宮廷貴族と並ぶ地位と言った事が有ったと思うたが、それを纏める神官長ともなれば、確かに一国の君主と同等とされるが、流石に大国相手ではそうもいかん。もっともライフェル教だけは例外で他の教派から群を抜いて権力を有しておるが)
ライフェル教だけかよ。
(ライフェル神殿はその教義上、『迷宮』を探索する冒険者に影響力を持っておるからの。ライフェル神殿に睨まれて訪れる冒険者が減れば、『迷宮』管理に支障をきたし、軍や領主の負担が増えるのはこの『大規模討伐』を見れば解るじゃろうし、冒険者が少なすぎれば領内の経済にも影響する)
そう言えば、この『鬼族の街』も過疎のせいで鬼が増え過ぎて、『迷宮』の外に出て来ちゃったんだもんね。経済にしても外から金を持って来る冒険者は貴重な客だろうし、採取物が無きゃ仕事にならない職人なんかも居るだろうから。
(何より、『勇者』を押さえておるライフェル神殿を敵に回せば、『勇者の従者』を自国から出すことが難しくなるからのう、更には周辺の敵対国の騎士や兵士が『勇者の従者』として神殿から『勇者』へ推薦されたりすれば)
仮想敵国に空母や最新戦闘機が配備されたようなもんだもんね、そりゃあ神殿には逆らえないわ。
「それで、冒険者殿はこの事態をどうなさるおつもりか」
嫌々そうにクレ領の騎士が聞いてくるけど、どうするかな。手は無い訳じゃないんだけどさ、回数制限が有るからあんまり早い段階で使いたくないんだよね。この先もこんなふうに鬼の集団が居るんだろうから。
かといって正面から突撃するとなると、数が多すぎるもんね。この面子なら勝てない事は無いだろうけど、体力やMPをかなり使うだろうし、下手をすれば死者が出たりしかねない、回復用の魔法薬も出来るだけ取っておきたいから。うーん。
「旦那様の為でしたら、このトーウ、命は惜しみません。一言御命令さえ頂ければ、直ちにあの場へ赴いてこの爪を振るって見せましょう」
トーウが、手術前のお医者さんみたいなポーズで両手を胸の前に掲げてるけど、怖いからやめなさい。指先から延びる爪の表面が毒液に濡れてぬらぬらと光って不気味だから。
「アラも頑張るからね。リャーの為だったら、いっぱいやっつけちゃうんだから」
何だろう、最近アラが好戦的になってきたような気がするんだけど、うーん環境のせいかな、熱血バカのミムズに、自己犠牲が好きなトーウに挟まれてたら、教育的によくないよね。
うん、孟母三遷なんて言うしこの『大規模討伐』が終わったらちょっと考えないとね。とりあえずはサミュー達と合流してだな、無駄に人を誘惑するエロメイドだけど、それ以外はいたって常識的だし、『子守』のスキルも有るから安心して任せられるから。
ハルだって金遣いさえ何とかなればまともだし、ミーシアは子供っぽいからアラと仲がいいし。よし、この面倒事が片付いたらすぐに合流しないとだめだな。
まあその前にこれをどうするかだよね。うーん、ゴブリンの集団とオーガの集団が居て、どちらかだけでもどうにかしないとダメなんだよな。見た感じだとお互いの存在にはまだ気づいてないみたいだけど。
と言ってもどちらかに攻撃を仕掛けたら、多分音に引かれてもう片方も雪崩込んで来るんだろうな。
あれ、そう言えばこんな事が前にもあったような。確かあれは、そうだミムズと最初に鬼を狩りに行った時だ。たしかあの時は……
「一つ、手が無い訳ではないが、悪い、少し時間をくれ」
うん、もしかしたらこれで万事解決するかもしれないし、とっても俺向きな作戦だから。
「グルガアア」
「グギャアアア」
怒りに任せた爪の一撃をすれすれで避け、『切り裂きの短剣』で腕の表面を浅く切る。
「ガグガアア」
痛みと怒りの籠った叫び声を無視して『軽速』を使い跳び上がり、オーガの頭を足場代わりにして移動する。
「ガッツ」
「ゲッ」
「グギャ」
頭を踏みつけられた数頭が声を上げる中で、俺の足を掴もうとして伸ばされてきた腕が有るけど、小石を投げたり『氷水の指輪』で氷を作って、それらを足場にして避け、逆に近くに有った指を切り落とす。
痛みの叫び声を上げたオーガが、怒りのまま俺を追いかけようと人ごみをかき分けてくるけど。その際に邪魔な仲間を殴り倒したり、怒鳴り合いをし出してるよ。
オーガの集団の中で比較的密度の低い一角に飛び降り、周囲にいるオーガに切り付けていく。
周辺のオーガに有る程度のダメージを与えたらまた場所を変えて、同じ行動を繰り返していく。
「さて、そろそろ良いかな」
うん、もういいだろう、と言うか殺気全開で取り囲んでくる強面オーガの団体さんが、精神衛生上とってもきついんです。
「グルルルウウウ」
「グガガア」
「ゴラアアアア」
昔さ、職場の先輩にはめられて、土建屋だか『ヤ』の付く自由業だか解らない人達の事務所に、菓子折り持って行った事が有るけど、その時以上のプレッシャーなんですけど。それに臭いもキツイしベタベタするし、自分でやった事とはいえこれは辛いわ。
よし、早いとこ終わらせちゃおう、これだけやれば十分なはずだしさ。
オーガの集団を飛び出してから、少し速度を落として走る。
時折、攻撃魔法や石が飛んでくるのを避けながら、少し本気でオーガ達から逃げてるけど、マジで怖いんですけどこれ。
なにしろ千を超えるオーガが殺気剥き出しで追いかけてくるとかさ、圧迫感が半端ないです。もう背中でビンビンに感じてて、押しつぶされそうです。
マンガとかで簡単に一騎当千とか言ってるけど、無理だから、そんなの普通のメンタリティじゃ無理だって。
数十体程度とかさ、小柄なゴブリンが数百とかなら気合で何とか戦えるけど。
さすがにデカいオーガが四ケタとかじゃ、叫び声だけでもうとんでもない大音量だし、足音だけでもう地面が揺れてるんだからさ。工事現場でこんな音出したら周辺住民のクレームがすごいだろうな。
でもこれももうちょっとだ、前の方からも動揺を含んだ叫び声が聞こえ始めて来たから。
俺が狙ったのはオーガの集団をトレインしてゴブリンの集団にぶつけ、互いに潰し合わせる事。MPKならぬMMKってところかな。
以前ゴブリンの死体を放置してたらオーガがそれを漁りに集まって来てたり、ゴブリンの死骸でオーガが釣れたりしたから、上手く行くとは思ったけど、ここまで怖いとは思わなかったな。
俺達に気付いたゴブリンの集団が戦闘態勢を取り出す前に、一気に加速して『切り裂きの短剣』を振る。
頸動脈を切ると血飛沫が飛んで周囲の個体を濡らし、その臭いがさらにオーガを興奮させる。
うん、オーガに仕掛ける前にゴブリンの血を浴びて置いて正解だったな、オーガは人間よりも嗅覚が強いらしいから、いきなり仕掛けてきた敵が獲物のゴブリンの臭いがするってだけで、普通よりも興奮してたってのに、その臭いがさらに強くなったって言うんじゃね。
唸り声を上げたオーガが拳を振ると、次々とゴブリンの頭が弾け飛ぶけど、ゴブリンの方も負けてないな。
メイジやファイター、ナイトみたいな上位種が積極的にスキルでの攻撃を仕掛けて、オーガが転ばされたり動きを止めたりすると、すぐにその他のゴブリンが十数体群がってボロボロの剣や槍を突き刺していく。
「グガ、ギャ、ガ、グ、ベ……」
一撃一撃は大したことが無くても、何度も突き刺され続けたオーガの悲鳴が徐々に小さくなってから途絶える。別なオーガがそこへ突き込んで群がっていたゴブリンを蹴散らしていく。
そんな鬼の潰し合いを横目に見ながら、最速で離脱して待機していた仲間たちのもとに戻ったけど、疲れた。
「リャー、どうしたの、血だらけだよ」
少し涙目になったアラが、こっちに飛びついて来ようとするのをトーウに止めてもらう、このままだとアラに血が付いちゃうからね。
「大丈夫だアラ、全部返り血だ、それよりもディフィー、悪いがこれを洗い流してくれないか。このままだと血の臭いでここが鬼に気付かれかねない」
本当なら『氷水』で洗い落としたかったけど、オーガとの戦闘で足場代わりに氷を使ったせいで、指輪のMPがあんまり残ってないからさ。
ディフィーさんなら水系の魔法が得意だし、MPも結構あるからこの位なら大丈夫だろう。あれ、どうしたんだろう、なんか熱い視線でこっちを見てきてるけど。
「ディフィーどうしたんだ。鬼同士の戦いが一段落したら、俺達も打って出て残りを掃討する。それまでに出来るだけ休んでおきたいんだが」
名付けて漁夫の利作戦てか、でもディフィーさんどうしたんだろ、ちょっとボーっとしてるっぽいけど。
「あ、し、失礼いたしました。最近は回収されてきた死骸やアンデッドしか食べていなかったもので」
ん、一体ディフィーさんは何が言いたいんだろう。
「リョー殿から、新鮮なゴブリンの血の香りがいたしましたので、少しうっとりとしてしまいました」
そ、それは何ですか、俺に対して食欲を感じたって事でしょうか、ディフィーさんじゃシャレにならないんですけど。
「もう少ししたら、あそこで戦闘が始まる、それまで我慢してくれ」
ね、ね、そうなったら食べ放題だから、オーガでもゴブリンでも変異種でも好きなだけ食べていいですから、我慢してください。
「承知いたしました、あと少し、あと少しでございますね」
なんでそんなに残念そうなんだろ、俺、ここで仮眠取って大丈夫かな。
H27年12月10日 誤字修正しました。




