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序章3 『流れを掴む』

『あなたは死を望みました。なぜですか?』

 疲れたんだよ……なにもかも。

『あなたには嬉しいや楽しみの感情はなかったのですか?』

 そりゃ少しはあったさ。でもその逆が多すぎた。俺はもう二度とあんな世界には戻りたくないね。

 誰と話しているのかすら気にならない。そんなこと俺にはどうでもよかったからだ。この暗闇で満ちた世界が不思議と心地良い。ここにいつまでもいることができるのならそれで満足だった。

『では私とゲームというものをしませんか?』

 遠慮しとくよ。ゲームは生まれてから数回しかやったことがない。それよりもここはどこなんだ?

『ここは生と死の狭間、虚無の世界。なにもかもが存在し、なにもない場所。でもあなたはここにいることができません。私とゲームというものをするのですから』

 俺がいつやると言った? 勝手に決めつけるやつと(あら)を拾うやつは大嫌いなんだ。

『あなたが負けたらもう一度もとの世界で生きてもらいます。勝てば好きな願いを一つだけ叶えてあげましょう』

 だから俺はゲームなんてやらないって言っ――

『拒否はありません。もし嫌だというならばもとの世界に戻ってもらいます。自ら命を絶とうとすればペナルティーがあります』

 話ぐらい聞けよ……。お前がどういうやつなのか少し分かってきた。そのゲームの内容は?

『世界を救って歴史を変えるのです』

 それはそれは壮大なシナリオですこと。じゃ、あとは頑張ってください。

『訂正します。あなた(・・・)が世界を救うのです。あなたがいた世界とは違うもう一つの世界。科学が迷信で魔法が当たり前の場所。人間たちはパラレルワールドなんて呼んだりするようですが、まさにそれです』

 それって……もとの世界に戻らなくていいってことか?

『もう一つの世界で生きてもらいます。そして救うのです。あなたが負けるときの条件、それは死』

 じゃあ死ななければいいんだろ? 世界を救えば願いが叶うオプション付きだ。おまけ程度気分でやってやるよ。あくまで気が向いたらだけどな。

『それでは三回ゆっくりと(まばた)きしなさい。私が送ってあげましょう』

 そういやいまさらだけどお前は誰なんだ。どうやって世界を救うんだ?

『私の名はミカエル。天に使える大天使が一人。あなたが正しいと思えばそれが世界を救うことにもなりうるのです。さあ、お行きなさい。天の使命を(まっと)うするのです』

 負ければもとの世界に逆戻り……か。いいぜ、やってやるよ。

 俺は目を閉じる。

 これが三度目の瞬きだ。次に目を開けるとき、そこは俺の知らない世界。これが夢おちだったらそれこそ舌を噛み切ってやる。

 頭が後ろに引っ張られるような感覚に見舞われた後、意識が徐々に薄れていった。



「うぅ……ん……?」

 俺の顔を(のぞ)き込んでいるのは誰だ?

 ひどい疲労感に襲われながらも体を起こす。

 木製の床、蜘蛛の巣が張り巡らされた天井、ガラスのない窓。それだけでここがもといた世界ではないことが分かる。

 じゃあここはどこなんだ?

「お目覚めですか?」

 視界が揺れて焦点が定まらない。それでも声のトーンと輪郭(りんかく)からして女の子だろうか。まだ幼いと見た。

「ちょっと待ってね。コンタクトをしなくちゃなにも見え……え?」

 ジーンズのポケットを漁りながらコンタクトレンズを探していると、とある不可思議なことに気付く。

 コンタクトを付けなければなにもみえないはずの俺に視力が戻っているのだ。最先端医療でなら視力が少しは回復するというのを聞いたことがある。だが俺は手術を受けた記憶はない。

 ミカエルってやつが不可能を可能にすることで話に信憑性(しんぴょうせい)を持たせようとしたのだろうか? それならそれでありがたい。これ以上の検証は必要ない。すべて現実のことであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

「あなた様はミカエル様の使者なのでございますか?」

「ミカエル……か。使者ってのはよく分からないけどさっき話したぞ?」

「やはりあなたがそうでしたか! 私はジャンヌ・ダ・アルクといいます。あなた様のお手伝いができるのならばこの身、この命、差し出せるものすべてを投げ出す覚悟でございます」

 いきなりひざまずくジャンヌに目を丸くする。

「もしかしてジャンヌ・ダルクか? そうなるとここは日本じゃない。そもそも時代がおかしいよな。そうなると俺はタイムスリップを疑似体験? いやいや、そんなわけ……」

「あのー……」

 ジャンヌは心配そうに俺の顔をローアングルで覗き込む。

 なぜいままで気付かなかったのだろうか? よく見ると彼女は結構な美人だ。

 黄金と錯覚しそうになる美しい金髪、みかんやリンゴをすっ飛ばしてメロンの域まで達した大きな胸、輪郭が丸い小顔で小さい目鼻口の童顔。おっとりした表情は性格の現れなのか、胸の谷間がこれでもかとばかりに俺の視界へ飛び込んでくる。

「あ、うん、なんかごめん」

 顔を背けながら謝罪する。

 これ以上直視していたら気がおかしくなりそうだ。

「なぜお謝りになるのですか? ふふふっ、面白いお方」

 口元を手で押さえておしとやかに笑う。

 きっとどこかのお嬢様に違いない。

 そんな気がした。

「敬語じゃなくてもいいんだよ? 友人と接するように話してくれた方がこちらとしても楽だからさ」

「分かりました。あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「俺は鷹嶺恵(たかみねけい)

「タカミネ……ケイ……。ケイと呼ばせて頂いてもよろしいですか?」

「あぁ、ケイで構わない。ところでここはどこなんだ?」

 現状を知らなければ適応することさえ難しい。まずは自分がいま置かれた立場を理解することだ。

「ここはドンレミ村のはずれにある教会です。もしよろしければ我が屋敷に来られませんか? マリアに温かい食事を作ってもらいましょう」

「そうさせてもらおうかな。正直腹ペコだ」

 タイミングを見計らったように腹がうめき声をあげる。俺たちは互いの顔を見ながら声をあげて笑った。

「それでは話はゆっくりと温まりながらでも」

 先ほどまでの嵐が嘘だったかのように雨は止み、雲は晴れ、月明かりが木々の間から差し込んでいた。

 これほど静かな場所はもといた世界には存在しなかった。これが失われてしまうというのならば、俺は悲しみを隠すことはできないだろう。

 それほどまでにこの森は美しく見えた。

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