命の旅
周りは瓦礫に血痕、死体がいくつもある。まだ真新しい戦争の傷跡は、三分の二ほど傾いた太陽に照らされていた。そこではまだ、ところどころで銃声や悲鳴、泣き声が聞こえるそんな場所。そこの住民は誰もが表情を絶望、恐怖、緊張によって染まっていた。
そんな中で平然とした表情に、何事もないような態度をしている少年が居る。十五、六歳ほどの少年は長い年月を得て古びたような布に身を包んでいて、肩から提げているカバンから一枚の紙を取り出していた。
「ここはどこら辺だろう?」
広げた世界地図を見て頭をボリボリと掻いている。
「誰かに聞くしかないかな」
周りをキョロキョロと見渡し人を探す。
「お!」
爆弾か砲弾か、何かの爆発によって大半を吹き飛ばされている家の扉から人影が見えている。
「すいませーん、ちょっと……」
人影へ近づき、その人の肩に手を置くと抵抗なく崩れ落ちた。
「あちゃー死んでるかー」
倒した人が右半身を大きく失っているのを一瞥しただけで特に気にせず、場所を聞けないことに困ったようだ。
「えーと他には」
少年はまた人を探し始め、今度は動いている人が目に入った。走って近づいていく。
「ちょっといいですかー」
後ろから声をかけられた人は振向き銃を構えた。ヘルメットにアサルトライフルと簡素な造りの服装に、弾薬などを所 持していることから軍人であることがわかる。
「止まれ!両手をあげて動くな!」
軍人が口から発した言葉はロシア語、少年が話した言葉は英語だった。
――ここはロシア語の区域だったのか
大人しく手を上げた。
「すいません、ここがどこか聞きたいだけなんですけど」
今度はロシア語で話して手にある地図を振りアピールするが他国の言葉、もしかしたら敵対国の言葉を話して、こんな戦争中の時期にこんな場所で聞くことではないことは明らかだ。銃を下ろすどころか軍人はより警戒心を強くしてしまった。
「いや、ほんとにどこか聞きたいだけなんですかどー」
少年が少し動くと、ターンという銃声とともに少年の額に弾丸がめり込みその場に崩れ落ちる。
銃を向けられても表情ひとつ変えない、変な格好の怪しい人物だ。動けばなにかすると考えられても当然のことだ。
軍人は少年を撃ったことにより緊張の糸が切れるようにため息をついている。
「いたいなー、いきなり撃たなくても……」
「な!」
額に空いた穴から止めどなく血が出ている少年が平然と立ち上がる。軍人は動揺しながらも構えなおした銃からフルオートによる弾丸の雨が降らされた。
「だから、いたいって言ってるだろー」
「バ、バケモノ」
カチカチカチ、マガジンの弾がなくなっても引き金を引く軍人の表情は恐怖によって染まっていた。
「あーあー変えの服とかないのに」
弾丸と自分の血によって、穴だらけの赤くなったボロ布と服を見ながら軍人に近づく。
「ほら、弾もなくなったし場所を教えてよ」
「く……来るな」
「あれ顔が青いけど大丈夫?」
さらに近付き地図を突きだす血まみれの少年と弾切れの銃を構え表情が恐怖で歪んでいる軍人。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
限界を迎えた軍人は錯乱して逃げ出した。
「え? ちょっと……ん? え!」
逃げ出した軍人を追おうとすると手に握られている地図が、穴が空き破れて風に揺られているのを見つめて止まっていた。
「これ……一枚しかないのに……あ! あの人持って……」
辺りにはさっきの軍人は見る影もなかった。それを確認した少年は途方にくれるように遠くを見ていた。
「……とりあえず海に近い方角を聞こう」
ため息とともにまた辺りを見渡しながら人を探して歩き始めた。
◆
「その娘を渡しな、大人しく従えば命は取らないぜ」
少年があった軍人とは持っている銃以外、全て違う男は娘を守るように背に隠し家の隅に居る母親に話しかけている。
「む、娘はまだ十二歳です。な、何をするつもりですか?」
「さーな、いいからさっさとこっちに渡しな」
男は嫌らしく口元を歪め、視線は震えている母親の後ろで小さくなっている少女に向けている。
「どうか、娘だけ……」
助けをこう言葉は一発の弾丸によって止められた。胸を撃たれ母親が前に倒れる。
「大人しく従っとけば――もっと楽に死ねたのになーま、これはこれで楽しみのひとつなんだがな。ヒャハハハ」
「お、おかあさん? 死んじゃ、やだよ……ねぇ」
男は倒れて血だまりを広げている母親と泣きながら母親の体を揺する娘を見て笑っていた。
「ぐ、ごほ……ま……り…………」
母親は血を吐きながら最後の言葉をつむごうとしていた。ターン、男が母親の頭を撃ちとどめをさした。
「お、おかさーん、ねぇ……お……があざーん」
動かなくなり人から物に変わってしまった母親を揺すり、泣き続ける少女に男は近づいていく。
「おかあさんが死んで悲しいのか? ヒャハハハハ」
「ひぐ、うぇ、う……っあ……」
母親にすがり付く少女のブロンドの長い髪を掴み持ち上げる。さらに母親の死体に弾丸を撃ち込むのを見せつける。
「さてこいつをどうするか、どっかに売りさばくのがいいか? 顔つきに、髪に瞳の色――これは高くいけるかもなー回収の時間まで……まだあるな」
「――――きゃっ」
男は母親のありさまを見せつけられ声も出せないほどに泣きじゃくるっている少女を外へ投げる。
「なに一応商品になるんだ、殺しはしない。もしも傷ものになってもいろいろ手はある……さぁ鬼ごっこだ。ヒャハハハハハ」
動かない少女の足元に弾丸を撃ち、強制的に動かそうとする。
◆
「なんでだ?」
先ほどから人を探していた少年はまだ方角、場所を聞けずにさまよっていた。人を見かけて話しかけたり、近づいたりしたが少年を見ると皆逃げ出してしまうのだった。
「何も逃げなくてもさー」
いじけるようにうつむくと足元に鏡の大きな破片があり、そこに映る自分を見つめる。
「あーこれじゃ逃げ出すか」
顔は血で真っ赤になっていて、服も見れば大きな赤いシミがあり返り血にも大けがしているようにも見える。関わって良いことが無いのは明らかだ。特にここでは皆自分のことで精一杯だろう。
「これじゃあな……」
着ているボロ布でゴシゴシと顔を拭くが、乾きかけの血は落ちにくく赤が濁った色になっただけだった。
「水は、ないよな……ん?」
これからのことを考えていると荒い息と足音が聞こえてきた。
「ハァハァハァ――――」
涙の跡が目立つ少女は家の上部がなくなっている家の隅に背中を預けて、その場にへたり込んだ。母親のことを思い出したのか目に涙がたまる。
「大丈夫?」
「っ――」
少女は突然真上からの声に驚き、小さく丸くなり震えだした。
「いや、怪しい人じゃないよ……こんな恰好だけどさ」
無害を示そうとするが怪しいことにはかわりない。少女はゆっくりと顔を上げ少年を見た。怪しい少年と追ってくる男では恐怖の対象の差が激しいのか、少しほっとしたように胸を撫で下ろす。
「えっと、大丈夫?」
オロオロしている少年に何か語ろうと口を開いたが、少女の耳に家の入口からの足音がとどき震えを強くさせた。
「鬼ごっこは終わりにするか? おいおい、なんかおまけが増えてるじゃねーか」
「ああ、よかった。少し聞きたい……」
「坊主、大人しくどっか行きな。そいつは俺の獲物だ」
やってきた男にかけた言葉は止められ、銃口を向けられる。
「いや、だか……」
「うるせーな、殺すぞ!」
――おら、逃げろよ。背中から撃ってやるから。
男は思っていることを考えほくそ笑んだ。だが少年の目線は銃でも男でもなく、縮こまって震える少女に向けていた。そして頭を掻きながら悩むように目を閉じた。
「あんた、俺の嫌いなタイプだな。この子に聞くことにするわ」
「ああ? まったくよ」
「ひっ」
男の銃口から放たれた弾丸は少年の頬を削り通りすぎる。音に反応し少女が悲鳴を漏らした。
「おら、必死に逃げろよ」
「今日はもう撃たれたくないんだよねー」
血が出ることに気にもとめず男を睨む。
「けっ……もういいか、死ねよ」
何回かの発砲音の中、つまらなそうにしていた男の顔がだんだんとひきつりだした。少年は弾丸を受けながら歩みを止めないのだ。
「な? 防弾チョッキか?」
頭部を狙った弾丸、受けてもなお少年は止まらない。
「お、おいおい、何の冗談だよ」
「俺もただ長く生きてただけじゃないんだよ」
動揺している男は腰からナイフを出し切りかかるが、ナイフを突き出す腕をからめ捕られそのまま投げ飛ばされた。
「がっ……」
「ここで大人しくしときなよ」
少年は投げ飛ばし、素早く首に手刀を叩きこみ男を気絶させ、肢体の間接をはずし、武器類を遠くに投げた。
その光景を最初は腕の隙間から細目で見ていた少女は、顔を上げて目を見開き少年を見ていた。
「えっと、とりあえず海の方……わっ」
「ふぇっぐ、ひっぐ、うう」
少女は少年に飛びつき泣き出してしまった。
「どうすれば……」
少年は途方に暮れた。
それから三十分。
「……えっと、落ち着いた? 俺はウェイク・イータルって言って、あー驚いたかもしれないけど死なない……って寝てるのか」
泣きやんだ少女は話を聞く前に重くなった瞼が下がり寝息が聞こえる。
「まぁ急がないし、待つか」
少女を抱え寝床を探す少年を夕日が照らしていた。
ザザーザザーと波が音を立てる浜辺。日が出たばかりで辺りは少し明るい。そこをピンク色のパジャマを着ている少女が歩いていた。
「もうそろそろ気が付く時間かな」
無邪気そうな笑みだが、目の奥に何か冷めたものがあるように感じる。
「今日も暑くなりそう……ん? あれは」
空を見上げる視線を浜辺に戻すと少し遠くに大きな黒い塊のようなものが浜辺に打ちあげられているのが見えた。それに向かって歩いて行く。
「なんだろこれ……ひ、ひと? だ、大丈夫ですか?」
水を吸った黒い服、短めの金髪が顔に貼りつく、十五、六歳の少年が倒れていた。すぐに膝を付き少年を揺する。
「ん…… ん?」
「……よかった、大丈夫ですか?」
少年のうめき声とうっすらと目を開けたことに胸を撫で下ろす。
「う、うぇー、ゲホッゴホッ」
少年は起き上がるといきなり大量の塩水を吐き出した。
「やっぱりこの移動はきついな……あれ? 君は?」
「え、英語? え、えっとなんて言えば」
「あーここ、日本か。えーと君は?」
ロシア語が分からずあたふたしていると、少年は何事もないように日本語を話した。
「私は富隅 菜穂子で……あれ? 日本語……そ、それより大丈夫なんですか?」
「え? ああ、大丈夫だよ。慣れてるし、死な……」
「でも、溺れてたんじゃ……」
軽いパニックになりながらも、何かを思い出したように言葉を切った少年とその態度に、少し怪しむ菜穂子であった。
「とにかく病院に行きましょう。近くにありますし」
「病院は、ちょっと……ほら、身分証明できないし、お金もないしね」
「とにかく一度行きましょう」
「え? あ、わかったよ」
駄々をこねる少年を菜穂子の笑顔で言うことをきかせる。目の奥はぜんぜん笑っていない。菜穂子と半ば引きずられるように少年は病院へ向かった。
◆
軽い健康診断を受けることとなった。もちろん以上なんてない。どうせ死なないのだから、しかしそれは言えない。海へ飛び込む前に 何年かともに過ごした少女の会話を思い出す。
「死なないこととか簡単に言っちゃだめだからね」
「え? 別にいいじゃん、あんまり信じる人いないしね~」
長いブロンドの髪の少女は目を吊り上げている。少年はそれに動じることもなく涼しい顔をしている。
「怪しいし、捕まったりしたらどうするの」
「大丈夫、大丈夫。今までだって何回か捕まって研究所~とか行ったし」
「っ~~とにかく言ったら駄目だから」
少女は怒りながら荒い足音をさせ出て行った。
受付前に座っていると整った顔立ちに長い黒髪、色白な肌のさっきの子、富隅 菜穂子が廊下を歩いてきた。
「大丈夫だったんですか?」
「健康だってさー、そうそう俺の名前まだだったね。俺はウェイク・イータルっていうんだ」
実際は身分証もお金もないため、診察室を断って出てきた。向こうも止める理由も自分から面倒なことに首を突っ込むこともない。
「そうですか、何もなくてよかったです。どこの国の人なんですか?」
ウェイクは短めの金髪に、目の色が灰色のため日本人ではないことはあきらかだ。質問した菜穂子は体調でもよくないように見える。なにかうんざりしたような、疲れた表情をしていた。
「アメリカだけど……なにかあったの?」
「え? えーと、勝手に脱け出したの怒られちゃいました」
苦笑いの中には誤魔化しが混じっていると感じられる。
「そっか、ところで今何年何月だっけ?」
「え? 今は二〇〇七年の六月ですよ」
「……二〇〇七年、一年かーわりと長かったな」
今何年かなんて聞いたせいで菜穂子は不思議そうな顔をした。
「それにしても日本語が上手ですね」
「昔、日本に居たことがあってね」
その会話を最後に、並んで座る二人には沈黙の時間が流れた。あまり表情を変えず話していたウェイクは、すでにこれからのことを考えていた。その思考も沈黙の時間も菜穂子によって破られた。
「あの……ウェイクさんはこれからどうするんですか?」
「え? うーんどうしようか考え中だよ」
少し迷いがある声に、なぜそんなことを聞くのだろうと疑問が浮かぶ。
「その、よかったら少しの間、私の話し相手になってくれませんか? ここだと誰もいなくて……」
「いいよ」
特に行くあてもないので即答する。すると菜穂子の驚きの表情が目に入る。
「本当にいいんですか?」
「別に行くあてもないしね。当分ここにいるよ」
その返答に嬉しそうにする菜穂子を見ていると、さっき思い出した少女をまた思い出す。悪い気はしなかった。
「でも何を話すの?」
「よかったら、外国の話をして欲しいんですが」
菜穂子は夢見る子供のように目をキラキラさせていた。
――自分の知らない世界を知りたいのか。
菜穂子の目的を知り、自分の話を聞きたがるとしたらそういったことばかりだと思い返した。その上長い旅をしている、話題が尽きることはない。
「わかったじゃあ……」
それから砂浜、屋上と病室と多くの場所で話をした。旅の話は常識では考えられないことばかりだった。銃で撃たれた、どっかの研究所へ送られそうになった、海を流れて島を渡っているなど作り話にしてはリアルで、おもしろいと思ってか菜穂子は喜んで聞いていた。この手の話をするのは多いためグロテスクなども考慮して話している。
菜穂子と合って一週間の時が流れた。ウェイクはその間は口にしたのは水のみ、寝るとこは受付の前のベンチだったが、なぜか医者も看護師も声をかけなかった。
最初は外へ行くことが多かった。砂浜を二人で話ながら歩き、屋上で風にあたる。だんだん菜穂子の体調は悪くなっていった。今では病室で寝たままだ。菜穂子は大丈夫と力なく笑っていたが、ウェイクにはわかっていた。それは自分が多く見て、感じて、経験してきた死の予感だった。しかしウェイクは気にしていない。ただ話かけるだけ。なぜなら彼は死や命の価値がどんどん薄れ今では何も感じないからだ。
◆
ウェイクさんとの話は楽しい。作り話がほとんどだけど、嬉しかった。私の周りには話し相手など居ない。親なんてここに来ない。おかげで最近は、新しい世界に触れたような気がして、ついいつもより頻繁に外へ出ていっていまった。そのせいで今はベッドから出ることができない。だけどウェイクさんは来てくれる。もっと話をしたかったけど……もう少しもう少しだけだから……。
◆
出会ってから九日目がやってきた。俺はいつものように病室へ居る。今では最初の元気そうに見えた菜穂子はいない、今はベッドで窓の外を何処か遠くを眺めていた。
「この病院、空気は重いし、静かすぎると思はない?」
「そうだね」
受付前や廊下には医者など以外見たことがない。
「……ここは必ず死ぬ人が来る病院なの」
「そうなんだ、君も何処か悪いの?」
始めから気付いていた、この病院から感じる死の感じ、そして菜穂子からもかすかにすることを。
「不治の病っていうの、急速に中が衰えてるんだって、なんでなったのかわからない。わかってから数年は隔離されて閉じ込められていた。血液を取られて、爪とか髪といろいろとまるでモルモット扱い……」
菜穂子の苦しそうな表情を眺めていた。特に何も感じない。悲しみも怒りも憐れみも……ただ思うことは
――ああ、死ぬのか。
ただそれだけだ。
「ここに移されたのは一年前。感染能力の判明に採取するものも、全部終わったんでしょうね」
「……」
「親なんて一度もここに来ない……」
「…………」
「死にたく……ない、もっと自由に……何も、できてない。こんな意味の、ない終わりなんて、嫌」
溢れる感情を制御できないで涙を流す菜穂子。何も言わず黙って聞き、見ていたウェイクは口を開いた。
「命はいつでも理不尽だよ、生きたい人もいれば死にたい人もいる。突然なくなることも、ロウソクのようにだんだんとなくなりもする」
菜穂子はただじっとしている。声なんて届いていないのかもしれない。
「だから命に価値はない……意味だけしかないんだよ。誰かの記憶、物に存在を残すことに意味があるんだよ。俺は忘れないだから……」
「……」
「……だから意味はあったよ。どうせ俺は不死の病みたいなもんだし、これからどれくらい生きるかわからない。だから 他の人なんかよりよっぽど意味があるかもな、じゃ俺は行くよ」
菜穂子の頬を伝う涙を指で掬う。長い眠りについた菜穂子に手を振り病室を後にした。
「じゃ次の場所でもいくか」
そう呟きながら崖から海に飛び込んだ。
「あれ? なんかあるよ、お兄ちゃん」
「え? ひ、人? 救急車を――」
次の場所へと打ち上げられ、出会いがあり、死を刻んでいく旅がまた始まる。
前々から不死者の苦労とかを書いてみたくて書きました。
あと戦闘を入れようと思って書いたけど、……なんだこれorz
前作よりもひどい気がする。