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結ぶもの

二人が感じた青空は同じもの。でも二人の立場は違う。遥は応募した。ソラはインタビューに答えた。二人を繋ぐものとは?

「はぁ? また見たの?」

 次の日の土曜日、明日香の家に遊びに来た遥が、明日香の部屋に入って最初に聞いた台詞がそれだった。もちろん遥がまた例の夢を見た、と報告したから出てきた言葉だが。

 2階にある明日香の部屋は小綺麗で(ただしベットの毛布だけが20点くらいの綺麗さ)さっぱりとしていた。女の子らしいぬいぐるみやら家具やらで飾られていて、自分のそれと比べるととても同性の部屋とは思えない。遥の部屋というものはたいした家具もない殺風景な部屋で、何度か遊びに来ている明日香には男みたいな部屋、と言われる始末だ。その腹いせに、棚に造花を飾ってみたら、家族にどうしたの、と心配された。一体どうしろというのだ。

 ちょっと可愛いと思ったくまのぬいぐるみを弄りながらうさぎの形をしたクッションに遥は体を沈めた。見かけによらずうさぎのクッションは低反発で気持ちがよく、目を瞑ったらすぐに寝れそうだった。欲しいと思って値段を聞いてみようかと考えたが、また家族に心配されるのが関の山な気がしてやめた。

 明日香は自分の椅子に座って、俯き加減にはぁ、と疲れたようにため息をついた。

「あんたもうオーディションでも受けたら」

 遥は寝転びながらまさか、と声を上げた。

「私が受かると思ってるの。自慢じゃないけど自信ないよ」

「一回受けてみるのもいいかもしれないじゃん。私の親の知り合いがそういうのをやってるっていう人がいるからさ」

「えー、落ちるに決まってるじゃん。それにそんなん受けたら私笑い物じゃん」

 パッと見では地味で教室の隅でずっとハードカバーを読んでそう(地味は認めるが、本は対して好きじゃない)に見える遥が、縁の欠片もないアイドルのオーディションを受けたら、そりゃあ見事に落ちるに決まってる。小さい時の夢であったので受けてみようという考えはないわけではなかったが、それ以上に羞恥心が多かった。

 明日香は自分の考えた案が名案だと思ったのか、それとも単純に遥がそんなものを受けたことを想像してみたのか(多分後者だ)面白そうに笑った。

「遥は眼鏡取って、髪をいじって、ましな服着れば多分可愛いと思うから多分平気だって」

「何、多分って……」明日香のその台詞は失礼な気がする。眼鏡が変で、髪型がださくて、ファッションセンスが悪いと言うことか。一番最後のは認めるけど。

「よしっ! 決まり」

 明日香はそう叫んで椅子から勢いよく降りた。

 遥が、何が? と尋ねるよりも早く、明日香はそのまま、「お父さんー」と親を呼びながら部屋から出ていった。

「ちょ、ちょっと!」

 すぐに慌てて遥は引き留めるためにその後を追ったが追い付いたのは明日香が応募用紙を手にしてしまってからだった。

 勝ち誇った顔をする明日香は、さあ書いて、と命令した。遥は内心でがくり、と膝をついた。



「では、ソラさんのアイドル志望動機は偶然から生まれたものだったのですね?」

 今回はインタビュアーより早く現地につくことはなかったが、実質的には5分程度の話で相手にはとても驚かれた。

 予定よりも少し早く始まったインタビューも30分が経ちそろそろ終盤だ。インタビュアーの人の質問にソラは少し笑って頷いた。

「はい。元々アイドルなんて自分と関係ないところで活躍してる雲の上の存在でした。もし3年前の私が今の私を見たら別人と感じると思います」

 相手は成程、と呟くとメモを走らせた。何かがいっぱい書いてあるがソラは見ないことにする。

 マネージャーさんが後10分です、と告げると、インタビュアーの人は少し焦ったようだった。しかし、すぐに平静になると、再度質問をした。

「なぜソラという名前でデビューしたんですか? 芸名が本名でない、しかもそれを自分で決めたアイドルというのは異例と聞きましたが」

 ソラもその質問にはなんでだろう、と考えた。デビューしてからの時間が自分には長すぎて、一般人だったたった3年前のことが記憶の奥深くに眠ってしまったかのように思い出すのには時間がかかった。

 時間が残り10分しかなかったインタビュアーには可哀想だったが、ソラが口を開いたのは質問されてから1分後だった。

「それは確か――、



「じゃ、じゃあちょっとだけ書いてみようかな」

 遥をその気にさせたのは明日香の親の話を聞いたからだった。受けても、だからということはなく、遊びで応募する人も結構いる。何よりでかかったのは明日香に箝口令を敷いてくれたことだった。小さい時の夢だったわけで、興味がない、というのは嘘になる。

 岩清水家の一室を借りて早速記入した。親がアイドルのオーディションをやるような会社で働いているだけのことはあり、記入欄で困ったところがあると明日香はアドバイスをくれたが、それと同じくらい邪魔もしてきた。特に自己アピールの欄について訊いた時に、私は地味です、って書けばいいって即答したのは余計なお世話だった。

 用紙に必要な写真は親が撮ってくれるというので、少し悪いとは思ったがその言葉に甘えさせてもらって、その場で印刷してもらい、それを応募用紙に貼り付けた。明日香の親も写真を撮るときはすごいノリノリで、この親にしてこの子があるんだな、と親と子の顔を見比べて思った。

 明日香は書くのが恥ずかしい遥の気持ちを分かってくれたのかじろじろ見ることはなかったがたまにちらっと覗くことはあった。その度に遥は隠したのだが、封筒に入れた応募用紙はともかく、さすがに封筒に書いた文字は気づかれてしまった。

「あれ? 遥。名前が間違ってる」



 ――その後、私は友達に気のせい、と言って逃げるように近くの郵便局に行きました」

「ほう」

 インタビュアーの人が筆を走らせる。それをソラはまじまじと見ていた。



 明日香の家から走ってきた遥はポストの前にきた。明日香は追ってこなかった。

 封筒を胸に抱き締めて、少し祈る。最初は乗り気ではなかったが、何故か本気で受かればいいなと思っている自分がいた。



「それで?」

「その後、確か封筒に書いた自分の名前を見て少しため息をついたんです」



 遥は封筒に書いた自分の名前のあまりに安易なネイミングセンスを見て少し馬鹿らしくなってため息をついた。でもどうせ落ちるに決まってるから好きな名前を書いても問題ない、と言い聞かせる。



「そこに広井青空と書いたのですか?」

「はい。私はその封筒にその名前を書いて投函しました」



 遥の持つ封筒には広井青空という名前が書いてあった。



「最後に聞かせてください。その名前で投函したことは後悔していませんか?」

「それはもちろん――、



 遥はもう一度目を閉じて祈った。よし、と呟いてから封筒をポストに入れる。

 そして自分に言い聞かせるように、

「後悔は――、



 ――していません」

 ――しない」

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