序章
すっかり日が落ちるのが早くなり、六時だというのにすでに暗闇に包まれている街に独りで帰路を歩いていた。
―――次の角だ。そう思って少しだけ用心深く歩くようにした。
そしてその角に差し掛かった瞬間、待ち構えていたように俺の中の何かが喉元を締め付ける。急に、息苦しくなる。
のどに空気を通すためにわざと咳き込んだ。入ってきた酸素は喉に冷たく、清涼な気持ちになった。 マフラーを少しだけ口元に引き上げる。毛羽だった繊維がほんの少しだけ俺の顔をくすぐった。
―――もうすっかり寒くなったな。
声には出さずに口だけ動かしたその言葉が、瞬くいくつかの星に吸い込まれていく錯覚にかられた。
ふいに孤独感がまた込み上げ、瞬きをした瞬間、目から涙が溢れ落ちた。
まただよ。呆れて小さく呟く。
最近は毎日、この角を曲がろうとするといつもこのパターンだ。
―――どうしちゃったんだろうな、俺は。
涙を拭いて、目の前に見える家に向かいながらそんな事を考えた。俺の日常は、なにも変わってないだろ?そんな自問自答をしてみるが、答えられるわけがない。
―――俺の日常は、すっかり変わってしまった。
認めたくはないが、事実だ。ここ一ヶ月の間に、俺の日常はめまぐるしく変化し、俺だけではなく、周りの人達も巻き込んでいった。
認めたくないけれど、事実だ。
そう。あの時を境に、俺と俺の周りの人の日常は、その姿をガラリと変えたんだ。
『マフラーと夕立とグラウンド』
始まりの日は夕立が降っていた。