第6章:歌姫の呪いと忘れられた物語
セレスティアが店に加わったことで、店の経営は格段に安定した。彼女は魔法で雑務をこなし、時には依頼人の相談にも乗ってくれる。リリアナも、同性であるセレスティアにはすぐに心を開いたようだった。三人と、時々訪れる街の人々。店の中は、いつしか温かい笑い声で満たされるようになった。
そんな穏やかな日々の中、俺はリリアナの存在の希薄さの正体が、ずっと気にかかっていた。彼女はいつもここにいるのに、ふとした瞬間に誰も彼女を認識していないような、奇妙な空気になることがある。
ある日、俺は意を決して彼女に尋ねた。
「リリアナ。君がいつも身に着けているそのペンダント、少し見せてもらえないかな」
彼女が首から下げている、小さな銀細工のペンダント。それは彼女の儚い美しさに良く似合っていたが、同時に微かな違和感を放っていた。
リリアナはこくりと頷き、ペンダントを外して俺に手渡す。俺は深呼吸を一つして、全神経を集中させ、【物語鑑定】を発動した。
瞬間、これまでに感じたことのないほど強烈で、悲しい物語が俺の精神を叩きのめした。
――それは、王都の夜会で喝采を浴びる、一人のエルフの歌姫の物語。彼女こそが、若き日のリリアナだった。その声は天使の歌声と讃えられ、誰もが彼女に魅了された。王子さえもが、彼女に心を奪われていた。
しかし、その栄光を、舞台の袖から憎悪の瞳で見つめる者がいた。宮廷魔術師の女だ。彼女もまた王子に恋心を抱いており、リリアナの才能と美しさに激しく嫉妬していた。
ある夜、魔女はリリアナの飲み物に、自らが作り出した最悪の呪薬を混ぜた。
それは『沈黙の呪い』。声を奪うだけではない。歌声を失った歌姫の存在そのものを、少しずつ世界から消し去っていく。人々の記憶から彼女は薄れ、やがて誰からも認識されなくなり、孤独のうちに消滅する――そんな、あまりにも残酷な呪いだった。
「……なんて、ひどいことを……」
俺は鑑定を終えると、怒りで唇を震わせた。リリアナは、静かに涙を流していた。彼女は俺が物語を読み解いている間、同じ光景を見ていたのだろう。
「この呪いを解く方法は……」
俺はもう一度、ペンダントに意識を集中させる。物語の断片の、そのさらに奥。呪いをかけた魔女の、邪悪な思考の残滓を辿る。
……見つけた。
呪いを解く鍵は、物語の「続き」を紡ぐこと。
『嫉妬した魔女が、美しい歌姫の声を奪い、その存在ごと世界から消し去ろうとした哀しい物語』。これが呪いの核だ。
この物語を、「歌姫が声を失ってもなお、誰かに深く愛され、再びその存在を世界に認められることで完成する、新しい物語」へと上書きすることができれば、呪いは解ける。
「リリアナ」
俺は彼女の手を、強く握りしめた。
「僕が、必ず君の呪いを解いてみせる。君が誰からも忘れられるなんて、僕が絶対に許さない。君は、ここにいるんだ」
力強い俺の言葉に、リリアナははっと顔を上げた。その青い瞳に、強い光が宿る。彼女は何度も、何度も、声にならない声で「ありがとう」と繰り返した。
この時から、俺の目標は明確になった。ただ静かに暮らすのではない。リリアナを守り、彼女の笑顔と、そしていつかその歌声を取り戻す。そのために、この力を使うのだと。




