第2章:物語が眠る骨董品店
王都を追われてから、どれくらい歩き続けたのだろうか。無一文の俺は、乗合馬車にも乗れず、ひたすら街道を西へ、西へと進んだ。時には物乞いをし、時には日雇いの荷運びで僅かなパンを得て、飢えを凌いだ。
そうして流れ着いたのは、地図の端に小さく記された国境沿いの街「忘れられた街ルーン」。その名の通り、かつては交易で栄えたらしいが、今は活気を失い、時の流れから取り残されたような、静かな場所だった。
もう、誰も俺のことなど知らない場所で、ひっそりと生きていこう。冒険者として成り上がることなど、とうに諦めていた。
そんな時、街のはずれで一軒の古びた店を見つけた。『物語の揺りかご』と掠れた文字で書かれた看板が、蔦に覆われている。それは、埃を被った骨董品店だった。
何かに引かれるように、軋むドアを開ける。店内は、ガラクタとしか思えない品々で埋め尽くされていた。錆びた甲冑、欠けたティーカップ、弦の切れたリュート。だが、俺にはそれらが放つ、か細い声が聞こえるような気がした。一つ一つに、忘れられた「物語」が眠っている。
「……お客さんかい?」
店の奥から、しわがれた声がした。カウンターの向こうの椅子に、骨のように痩せた老人が座っていた。彼はひどく咳き込みながら、穏やかな目で俺を見つめた。
「いえ、すみません。ただ、この店の雰囲気が気になって……」
「そうかい。……もう、わしにはこの子たちの声を聞いてやる力も残っとらんがね」
老人はそう言うと、ふっと寂しげに笑った。彼はどうやら、俺と同じように、物の声が聞こえる人間だったらしい。だが、その命の灯火は、今にも消えそうだった。
俺はなぜか、この老人を放っておけなかった。なけなしの金で買った薬草スープを温め、彼に差し出す。老人は驚いた顔をしたが、ゆっくりとそれを飲み干した。
それから数日、俺は店に寝泊まりしながら老人の看病をした。彼は昔の話をしてくれた。この店に集まる品々は、持ち主に捨てられたり、忘れられたりしたものばかりで、どれも語りたがっているのだと。
そして、月が綺麗な夜だった。
「若いの」
老人は、俺の手をか細い力で握った。
「君なら、この子たちの声が聞こえるかもしれん。……この店には、まだ語られるべき物語がたくさん眠っている。どうか、その声を聞いてやってはくれんか」
それが、彼の最期の言葉だった。
翌朝、老人は眠るように息を引き取っていた。遺言に従い、俺がこの骨董品店『物語の揺りかご』の新しい主となった。
広すぎる店内で、俺は一人、途方に暮れる。だが、ふと周りを見渡すと、無数のガラクタたちが、まるで俺に語りかけてくるように静かに佇んでいた。
絶望の底にいた俺に、ほんの少しだけ、新しい役割が与えられたような気がした。俺はここで、静かに生きていくことを決意した。




