第1章:役立たずの烙印
登場人物紹介
◆アルト・グレイラット
【職業:物語鑑定士】
本作の主人公。心優しく穏やかな青年。世界で唯一、物に宿る「物語」を読み解くユニークスキルを持つが、戦闘力は皆無。そのせいで所属していたSランクパーティー「太陽の槍」から追放されてしまう。辺境の街で骨董品店主となり、その力の本当の価値を見出していく。
◆リリアナ・シルヴァームーン
【職業:歌姫】
メインヒロイン。類い稀なる美貌を持つエルフの歌姫。魔女の嫉妬により、声を失い、人々の記憶から消えていく「沈黙の呪い」に苦しめられている。絶望の中、アルトと出会い、希望を取り戻していく芯の強い少女。
◆セレスティア・ヴァイス
【職業:魔導士】
サブヒロイン。元「太陽の槍」のメンバーで、大陸屈指の天才魔導士。クールビューティーだが、情に厚い一面も。アルトの能力の真価に気づきながらも、リーダーに逆らえず追放を止められなかったことに深い罪悪感を抱いている。
◆ガイウス・ブレイブハート
【職業:勇者】
Sランクパーティー「太陽の槍」のリーダー。カリスマ性を持つが、実力至上主義で傲慢かつ嫉妬深い性格。目に見える強さ以外を認めず、アルトを追放した張本人。アルトの成功を知り、歪んだ執着心を抱くようになる。
じっとりと肌に纏わりつく湿気が、体温と気力を同時に奪っていく。
古代遺跡の最深部、空気が鉛のように重い大空洞に、Sランクパーティー「太陽の槍」のリーダー、ガイウス・ブレイブハートの苛立った声が響いた。
「おい、アルト!まだか!たかが宝箱の鑑定にどれだけ時間をかけている!」
声にびくりと肩を震わせ、俺――アルト・グレイラットは、目の前にある豪奢な宝箱から顔を上げた。黒曜石のように滑らかな箱には、銀の蔦模様がびっしりと刻まれている。一見すれば、誰もが涎を垂らす国宝級のお宝だ。
だが、俺のユニークスキル【物語鑑定】が読み解くのは、そんな表面的な価値じゃない。
「……ガイウス。この宝箱からは、とても悲しい物語が聞こえる」
俺がそう告げると、ガイウスの眉間の皺がさらに深くなった。彼の隣に立つ重騎士が呆れたようにため息をつき、弓使いの男は鼻で笑う。
俺のスキルは、物の価値や性能を鑑定するものではない。その品が経てきた来歴、関わった人々の記憶、宿ってしまった呪い――すなわち「物語」を読み解く、世界でただ一つの力だ。
「この宝箱は、ある王国の将軍のものだった。彼は親友である副官を信じ、国のすべてを賭けた作戦の切り札をこの中に隠した。でも……副官は敵国に寝返っていたんだ。将軍は裏切られ、国は滅び、この宝箱だけが虚しく残された……。だから、この箱には強い後悔と、裏切られた悲しみの念が渦巻いている。罠の有無は分からないけど、触れない方がいい」
俺は知り得た物語を必死に伝えた。これが俺にできる、唯一の貢献なのだから。
しかし、ガイウスは忌々しげに舌打ちをした。
「ポエムか?アルト、お前のポエムはもう聞き飽きた!俺たちが知りたいのは、中に罠があるかどうか、どんなマジックアイテムが入っているかだ!お前のゴミスキルは、戦闘の役にも立たなければ、探索の役にも立たん!」
ガイウスの金色の髪が、彼の怒りに呼応するように揺れる。彼が掲げる【勇者】という職業は、まさしくこのパーティーの象徴であり、彼の言葉は絶対だった。
「ですが、この物語はきっと何かの……」
「黙れ!」
轟音と共に、ガイウスの拳が宝箱のすぐ横の壁に叩きつけられ、岩が砕け散る。俺は恐怖で声も出せなかった。
「いいかげんにしろ、役立たず。お前をパーティーに入れたのは、希少スキル持ちという物珍しさだけだ。だが、もう我慢の限界だ。今日限りで、お前はクビだ!」
「え……?」
クビ。その一言が、まるで理解できなかった。
仲間だと思っていた。戦闘はできなくても、この力でいつか役に立てると信じていた。ダンジョンで危険な呪いのアイテムを避けたり、遺された物語から隠し通路のヒントを見つけたり、微力ながら貢献してきたつもりだった。
「そ、そんな……。待ってください、ガイウス!」
「うるさい!お前の分け前はない。装備もすべて置いていけ。そのまま王都から出ていけよ、二度と俺たちの前に顔を見せるな!」
ガイウスはそう吐き捨てると、宝箱を蹴り開けた。その瞬間、箱の中から黒い靄が噴き出し、鋭い針が無数に飛び出した。
「ぐあっ!?」
「罠だ!」
咄嗟に反応した天才魔導士、セレスティア・ヴァイスが防御障壁を展開し、針の雨を防ぐ。だが、ガイウスは数本を腕に受けていた。幸い、毒はなかったらしい。
「ちっ……!これも全部、的確な鑑定ができないお前のせいだ!」
八つ当たりだと分かっている。それでも、彼の憎悪に満ちた瞳は、まっすぐに俺を射抜いていた。
俺は何も言えなかった。パーティーメンバーは誰一人、俺を庇ってはくれない。ただ一人、セレスティアだけが、何か言いたげに唇を噛み、苦しそうな顔で俺を見ていたが、彼女もまた、リーダーの決定に逆らうことはできなかった。
その日のうちに、俺は無一文でパーティーを、そして王都を追い出された。
降りしきる冷たい雨が、みすぼらしい服を濡らしていく。仲間だと思っていた者たちへの失望と、自らの無力さへの絶望が、冷たい渦となって心を蝕んでいく。
行く当てもなく、ただ濡れた石畳を歩きながら、俺は静かに涙を流すことしかできなかった。




