第9話
後宮の庭園で、イリスは溜息を吐いた。
「困ったわね」
「そうでございますねぇ」
囲まれている――。
あの忌まわしき出来事から、三日が経っていた。
気分転換にと庭園に来たものの、これではのんびり花を愛でるどころではなさそうだ。
「普段は仲が悪いのに、こういう時だけ団結するのね」
「どうしますか?」
二人を囲んでいるのは、十人程の側室とその侍女達。
「どうしようかしらねぇ」
その時、側室の一人がイリスの前に出た。
「ごきげんよう、イリスさん。私達これからお茶にしますの。イリスさんも一緒にいかがかしら」
「…………」
イリスはそっと溜息を吐く。
「ええ。ご一緒させていただきますわ」
逃げられそうにないですから。
小さく呟き、イリスは側室達に付いて庭園の一角にあるテーブルセットまで行った。
出されたお茶のカップに唇を付けて飲んでいる振りをしていると、「それにしても……」と側室の一人が口を開く。
「イリスさんは、意外に大胆でしたのね」
「ええ、本当に」
「まさか規則違反をしてまで……」
「陛下にお縋りしたとか」
次々に話しだす側室達。
どうやらイリスがヴェリオルに泣き付いたという噂になっているようだ。
イリスは内心うんざりとしながらも、黙って話を聞いていた。
「まあ、二年も放っておかれたのですから、気持ちも分からないではありませんが……」
「その容姿ですものねぇ」
「あら嫌だ、オリビアさんたら」
「そんな本当の事を言っては」
「可哀想ですわ」
「ホホホホホ」
「ホホホホホ」
「ホホホ……、聞いていて?イリスさん!」
「はい、聞いていますわ。オホホホホ」
まるでお芝居を観ているようです、とイリスは心の中で付け加える。
「あなたのような方がお相手をさせてもらえたのは、陛下の優しさですのよ」
「そうですわ」
「そうですわ」
「…………」
あれが優しさなのだろうか?
イリスはこめかみを押さえた。
頭が痛む。
「そうですわね。陛下が私のところに来る事は、もう二度とありませんわ。……体調が悪いので失礼させていただきます」
イリスは立ち上がり、ケティに目配せをして歩きだす。
そんなイリスの態度をどう捉えたのか、背後から側室達の高笑いが聞こえた。
足早に部屋へと戻り、イリスは椅子に崩れるように座った。
「疲れたわ……」
「そうでございますねぇ……」
イリスは深く息を吐いて、グッと拳を握りしめた。
「後一年、一年の辛抱よ。頑張りましょう」
「はい。イリス様」
「暫くは嫌がらせが続くかもしれないから、ケティも部屋の外に出る時は十分注意してちょうだい」
「頑張ります。後一年!」
ケティも拳を握りしめて、力強く頷く。
それから二人は読書や刺繍をしてまったりと過ごした。
そして夜――。
「そろそろ寝ましょうか」
「はい。イリス様」
コンコンコン。
「…………!?」
「…………!?」
聞こえたノックの音に、イリスとケティは顔を見合わせた。
「……だ、誰かしら?」
「さ、ぁ……」
コンコンコンコン。
「…………」
「…………」
「……まさか、ねぇ」
「そう、でございます……よねぇ」
ゴンゴンゴンゴン。
「…………」
「…聞こえ無かった振りをしますか?」
じっとドアを見つめ、イリスは決断した。
「……そうしましょう。鍵は掛かっているわよね」
「はい」
イリスは頷き、ベッドに向かう。
「おやすみ、ケティ」
「おやすみなさいませ」
ケティが頭を下げ、イリスがベッドに潜り込んだその時――。
カチャ。
鍵が……、開いた!?
目を見開き振り向く二人。
ドアが、ゆっくりと開く――。
「……無視するとは、いい度胸だ」
口角を上げて笑うヴェリオルの姿を見た瞬間、イリスは目の前が真っ暗になった。