第8話
「う……ううう……、ひ、酷いですわ……」
泣きじゃくるケティの背中を撫でながら、イリスは溜息を吐いた。
「ごめんなさい、ケティ。あと一年我慢してちょうだい」
「一年……! 本当なら今頃もうここを出て行けていたのに!」
迎えに来た女官長と共にヴェリオルが部屋から出て行った直後、ケティは隣の自室から飛び出して、ベッドに横たわるイリスに縋りついて泣き始めた。
そのあまりの泣きっぷりを前にイリス自身は泣き損ねてしまい、溜息を吐きながら、ひたすらケティを慰めていた。
「うう……、すみませんイリス様。イリス様の方が辛い思いをされたのに」
散々泣いたケティはやっと涙を拭きながら顔を上げ、イリスにぎこちなく微笑む。
イリスはホッとしてケティから手を離した。
「お腹が空いたわ。食事にしましょう」
「そうですね。準備いたします」
ケティは部屋の隅に置かれた箱からドレスを取り出して、イリスに見せる。
「本日のお召し物は、こちらで宜しいですか?」
「いいわよ。……荷物も解かないといけないわねぇ」
「そうでございますね……」
イリスとケティは積まれた箱を見て溜息を吐いた。
「折角頑張って荷造りしたのにね」
イリスが立ち上がり、ケティはイリスにドレスを着せる。
最後に乱れた髪を結い直し、ケティは満足気に微笑んだ。
「お食事取りに行ってきます」
「お願いね。私は荷解きをしておくわ」
ケティがドアに向かい、イリスも積まれた箱の一つに手を掛ける。
しかしその時、ドアを開けたケティが「あら?」と声を上げた。
「どうしたの?」
「それが……」
振り向いたイリスに、ケティは綺麗にリボンがかけられた紙箱を見せる。
「ドアの前にあったのですが……」
一見ケーキでも入っていそうな箱だが、そんなものを贈られる覚えはない。
「……怪しすぎるわね」
ケティは眉を寄せ、首を傾げる。
「どうしますか?」
「そうねぇ……。開けてみましょうか」
「……いきなり爆発するとかありませんか?」
え!?とイリスが目を見開く。
「…………」
「…………」
ケティがそっと箱をテーブルに置き、二人はじっとそれを見つめた。
「まさかそこまでは……、無いと思うけど」
「そうですよねぇ」
「…………」
「…………」
イリスは箱に手を伸ばし、リボンをそっと引っ張った。
ケティが箱の蓋に指を添える。
二人は顔を見合せ頷き、思い切って一気に箱を開けた。
「…………」
「…………」
箱の中を覗き込み、二人は脱力する。
「なに? これは」
「芋虫、です」
箱の中にはぎっちりと芋虫が詰まっていた。
イリスが溜息を吐いて、持っていたリボンをテーブルの上に置く。
「緊張して損したわ」
「そうでございますねぇ」
蠢く芋虫を、イリスは眉を寄せて見る。
「嫌がらせ……、よね」
「そうでしょうねぇ」
溜息を吐いて、イリスは肩を落とした。
「芋虫自体より、これだけの数の芋虫を集めた努力に脅威を感じるわ。……捨ててちょうだい」
「はい」
ケティは蓋を戻し、箱を持って窓際まで行く。
そして窓を開けて「えいっ!」と気合いと共に箱を外に力いっぱい投げ飛ばした。
「はぁ……。朝から早速きたわね。折角今まで存在感無く過ごしてこられたのに、なんでこんな事に……」
イリスは俯いて両手で顔を覆い、心の中でヴェリオルに罵詈雑言を浴びせたのだった。