ケティと赤騎士 2
騎士、ランガ・ドンナは溜息を吐いて足元に咲く花を見つめた。
後宮を取り囲む塀の傍にある小さな花壇――。おそらくランガ以外は気付いてもいないだろう。
ランガはもう一度大きな溜息を吐いて呟いた。
「斬りたい……」
別に無差別に殺戮したいわけではない。ただ、ランガは命を賭けた本気の戦いにしか気持ちが高揚しないという体質なのだ。
そして、ランガは強い。戦場で大勢の敵を倒し真っ赤に染まった姿から、いつの間にか赤騎士と呼ばれるようになった。
「斬りたい……」
不満が最高潮に達し、うっかり騎士仲間に斬り掛かってしまうのを防ぐ為に、ランガは時々この花壇の花を見て、心を落ち着かせていた。
何か他に興味が引かれるものがあればよいのだが、戦場と同じくらいドキドキするものなど見つからない。
ランガは溜息を吐き、いつまでもここにいるわけにもいかないと足を踏み出した。ところがその時――。
後ろから迫る気配にランガは振り向き、飛んできた何かを咄嗟に剣で振り払った。
「これは……」
ランガは真っ二つになった獣の生首を見て首を傾げる。
何故こんなものが、しかも後宮の方角から飛んできたのだ。
「どういうことだ?」
眉を寄せて唸っていると、足音が聞こえてきた。
「おや、ランガ様」
やってきたのはランガが良く知る庭師の老人だった。
「ああ、デデン」
「また花壇を見に来てくださったのですか?」
「あ、ああ。そうだが……」
デデンが「ん?」とランガの足元を見る。
「おお! 生首! ついにここまで飛んできましたか」
ランガは驚いた。
「デデン、知っているのか?」
「はい。後宮の窓からよく投げられています」
「後宮の窓……?」
「はい。私は中には入れませんが、弟子である女庭師が庭園の手入れをする際には指示を出すため入り口から見ているので、知っているのです」
デデンが笑みを浮かべる。
「弟子の話によると、とても綺麗な女性が気合いの雄叫びとともに投げているそうです。おそらく側室様なのでしょう」
「側室が……」
魑魅魍魎が蠢く後宮では色々なことがあるのだろうが、それにしても生首を投げるとは――。
ドクン……。
ランガの胸が高鳴る。
まるで――戦場にいるかの高揚感。
「この生首は私が処分しておきます。それでは、ランガ様失礼いたします」
丁寧に頭を下げるデデンに、ぼんやりしながら片手を上げる。
ランガは踵を返し、鍛練場に向かって歩き始めた。
しかし頭の中では、生首を投げる側室が気になって仕方がなかった。
美しい側室が、血の滴る生首を投げる……。
ああ、その姿を見てみたい。
そして気が付けば、ランガは毎日生首が飛んできた花壇の前に立っていた。
◇◇◇◇
今日も駄目か。もう飛んではこないのだろうか?
ランガは溜息を吐く。
以前は戦のことばかり考えていたが、今は生首を投げる側室のことばかりが頭に浮かぶ。
せめて一目だけでも見てみたい。出来れば一言話をしたい。だが相手は側室、そんなことは夢だと分かっている。すごすごと帰り、また翌日には同じ場所に立つ。
そんな毎日を繰り返していたある日――。ランガはある噂を聞いた。
どうやら、もうすぐ戦争になるらしい。
ランガの胸が高鳴る。
戦場に行ける。だがそれだけではない。
戦場で手柄を立てれば、そしてかの側室が陛下の寵妃でなければ、もしかしたら褒賞として下げ渡していただけるかもしれない。
生首を投げる美しい女が自分の腕の中に……。
想像しただけで、興奮は止まらない。
それから暫くして、噂どおり戦争になった。
◇◇◇◇
圧倒的な兵力の差。陛下の寵妃の兄が作ったという新型の大砲は、信じられない飛距離と威力だった。
破壊された敵城の中に入り、迫り来る敵を薙払い、ランガは突き進む。そして――逃げ惑う敵王を見付けた。
「よくやった」
陣営に戻ったランガは、ヴェリオルに褒められた。
「褒賞は何が良いか……」
上機嫌な王の姿に、ランガはゴクリと唾を飲み込む。
今しかない。
ランガが身を乗り出した。
「陛下! 陛下の側室を一人ください!」
ヴェリオルが「ん?」と片眉を上げる。
「なんだ、そんなことか。イリス以外ならいくらでも持っていけ」
ランガは首を振った。
「いえ、一人のみ。どうか、どうか! 生首を投げる側室をください!」
地面に頭を擦り付けて、ランガは懇願する。
「生首……?」
ヴェリオルが首を傾げた。




