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ケティと赤騎士 1

 王妃の為に用意された豪奢な部屋で、イリスとケティは本を読んでいた。

 王妃になってから一月ほどが経ち、気持ちは何とか落ち着いてきてはいるが、唯一つ、残念に思っていることがイリスにはあった。


 巻き込んで、可哀想なことをしたわ……。


 イリスは本を読むケティの美しい横顔を見つめる。

 ケティには平凡な幸せを掴んでほしかった。それなのに……。


「イリス様?」


 視線に気付いたケティが顔を上げる。

「あ、お茶のおかわりですか?」

「いいえ、要らないわ」

 イリスは小さく首を振り、微笑してケティの読んでいる本を覗き込んだ。

「面白い?」

「はい!」

 満面の笑みを浮かべるケティが読んでいるのは、『続・テラン戦記』という本だ。

「ねえ、本当にそれを贈ってくれた人物に、心当たりがないの?」

「はい」

「おかしいわね……。誰からなのかしら?」

 イリスとヴェリオルの結婚式の数日前に女官からケティに手渡されたその本には、贈り主の名前が無かった。

 ケティは大喜びで読んでいるが、贈り主が分からないというのは少々不気味である。

 イリスが首を傾げた時――、ノックの音がして、ドアが開いた。

 見ると、部屋に入ってきたのはフェルディーナだった。

「お帰りなさい、女官長。メアリアはどうだったかしら?」

 用事で後宮に行くフェルディーナに、イリスはついでにメアリアの様子を見てくるように頼んでいた。

 いろいろ疑惑の言動はあるが、イリスは何となくメアリアが憎めず、またそれは他の者達にも共通して言えることだった。

 フェルディーナが頷く。

「はい。メアリア様はお元気で、見事に君臨されていました」

 イリスは眉を寄せた。

「君臨……?」

「あらかた信者にしたそうです」

「……何をやっているのかしら、メアリアは」

 メアリアは後一年ほど後宮に留まり、それから王弟ランドルフと王都の片隅で密かに暮らす予定らしい。別れ際にメアリアはそのことをイリスに告げ、微笑みながら涙を流していた。

「まあ、元気ならいいわ」

 イリスがフゥ……と息を吐いた、その時――。


 トントントン。


 またしてもノックの音が聞こえた。

「イリス!」

 勢いよくドアを開けて現れたヴェリオルに、イリスが眉を寄せる。ケティが慌てて立ち上がった。

「お仕事はどうされたのですか」

 ヴェリオルは足早にイリスに近付き、頬に口付ける。

「休憩だ」

「休憩など要りません。陛下は馬車馬の如く働いて、私に貢いでいれば良いのです」

「厳しいな」

 クスクスと笑うヴェリオルの身体を押しながら、イリスはふとケティの手元を見て思いついた。

「ああ、そうです陛下。ケティに本が贈られたのですが、贈り主が分からないのです。心当たりはありませんか?」

 するとヴェリオルが片眉を上げる。

「贈り主? 手紙も入っていなかったのか?」

「陛下、誰か知っているのですか?」

 ヴェリオルが頷き、ケティに視線を移す。

「仕方の無い奴だな。――ケティ」

「は、はい」

 名前を呼ばれてケティが背中をピンと伸ばす。

「そういえば約束をしていたな。鍛練場を案内してやろう」

「え!?」

 ケティが目を見開き、イリスがヴェリオルの袖を引っ張り訊いた。

「鍛練場? 騎士のですか?」

「それ以外に何がある。行くぞ」

「私もですか?」

 ヴェリオルに腕を引かれてイリスは立ち上がった。



◇◇◇◇



 鍛練場に着いた途端、興奮したケティが叫んだ。


「こ、ここが鍛練場! 凄いでございます! 騎士様がいっぱい。ああ、幸せ……」


 その声の大きさに、近くにいた騎士達が一斉に振り向きイリス達を見る。

 突然現れた国王夫妻に驚き慌てて敬礼をしようとする騎士達に、ヴェリオルが軽く手を振って命じた。

「続けろ」

 騎士達が「は!」と答えて鍛練に戻る。

「ケティ、興奮しすぎよ」

 イリスが苦笑して、ケティの腕をポンポンと叩いた。

「だってイリス様……」

 ケティが赤い顔をして唇を尖らせる。

「ケティは騎士が好きだから仕方が無いかしら?」

 友達同士のような二人の会話に、ヴェリオルが割り込んだ。

「ほら、行くぞ。あっちだ」

 ヴェリオルに案内されて広い鍛練場を歩く。

 暫く行くと、剣で打ち合いをしている騎士達がいた。

 そのうちの一人を指差し、イリスがケティに話しかける。

「あら? ケティ見て。二足歩行の闘牛がいるわ」

「え? まあ、なんて筋肉! 逞しいでございます」

 ケティはうっとりとして呟いた。

「なんて素敵……。触ってみたいでございます」

 ポーっと騎士を見つめるケティにヴェリオルが教える。

「あれはランガだ。イリスと同じ二位貴族の四男坊で、騎士として非常に優秀な男だ。此度の戦でも活躍していた。『赤騎士』といえば分かるか?」

 ケティが驚き、「え!?」とヴェリオルを見上げた。

「赤騎士? あの騎士様が?」

 ちょうどその時、ランガが相手の騎士を倒した。

「強いのね」

 イリスが感心したように言い、ヴェリオルが近くにいた者に、ランガを呼んで来るよう命じる。

 呼び出されたランガは、ヴェリオルの姿を認めると慌てて走ってきた。その走りっぷりにイリスが眉を寄せる。

「ケティ、闘牛が突進してきたわ。逃げたほうがいいかしら?」

 ケティが首を振った。

「駄目でございます! 赤騎士様を間近で見られるのでございますよ!」

「でも危険ではないかしら?」

 ランガがイリス達の前で止まり、片膝を付いた。

「あら、ちゃんと停止できるのね」

「当たり前だろう」

 感心したように言うイリスに、ヴェリオルが苦笑する。


「陛下、お呼びでしょうか」


 ヴェリオルが頷き、イリスの肩を抱いた。

「ランガ、これは余のイリスとその侍女のケティだ」

 イリスが顔を顰めてケティに訊く。

「『余のイリス』って何かしら?」

 そしてケティの返事を待つが、返ってこない。いつもなら『独占欲の塊でございます』という言葉くらいは返すのだが……。

「ケティ?」

 振り向くと、ケティは真っ赤な顔をして、ランガを見つめていた。

 そしてランガも、何故か目を見開いてケティを見つめる。


「…………」

「…………」


 奇妙な間があり、そしてランガがゆっくりと口を開いた。

「陛下、まさか……」

「そうだ、そなたが探していたのがコレだ」

 ヴェリオルが顎をしゃくり、ランガは満面の笑みを浮かべてケティの手を握る。

 ケティが驚きのあまり、身体を痙攣させた。

「あなたが――」

「イ、イリス様! て、て、手を握られているでございます!」


「生首の君!」


 ランガが叫ぶ。

 イリスが「は?」と口を開け、ケティが嬉しさのあまり気を失った。


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