第7話
「何故ですか!? 何故帰れないのですか!?」
イリスは動揺のあまり、バンバンとテーブルを叩きながら訴えた。
「規則で決まっている」
イリスの剣幕に少々驚きながらも、ヴェリオルは答える。
「そんなもの、陛下の権力を以てすれば、いくらでも何とかなりますでしょう!?」
「それを以てして、最低一年後だと言っている」
「…………!」
すべての計画が水泡に帰してしまった……。
その悲しみと怒りは、言葉に表す事など出来ない。
イリスは両手で顔を覆った。
だから――、知らなかった。
そんなイリスを、ヴェリオルが興味深げに見つめている事を。
「……そうだな、取り敢えず」
ヴェリオルは、呆然と成り行きを見ていたケティに視線を移した。
「下がれ」
ビクリとケティが震える。
有無を言わせぬ強い視線を受けて、ケティはイリスを気にしつつも、部屋に三つあるドアの一つから隣の自室に移動した。
ケティが去ったのを確認し、ヴェリオルはイリスに声を掛ける。
「来い」
「嫌です」
「……来い」
「今宵お相手をすれば、朝には家に帰してくださいますか?」
「無理だと言っているであろう」
「…………」
イリスは深い溜息を吐いた。
折角無事に過ごしてきたのに。
家に帰れるところだったのに。
今更側室同士の醜い争いになど、巻き込まれたくない。
「では、他の側室の所にでも行って下さい。畏れながら迷惑です」
「め……」
側室から浴びせられたまさかの言葉。ヴェリオルは唖然として言葉を失った。
大国の王であるヴェリオルに対し、これ程までに失礼な態度をとった者も、ましてや『迷惑』などと面と向かって言った者も勿論いない。
そんな事をすればどうなるか、分かっているからだ。
ヴェリオルにとってこれは、思いがけない初体験であった。
「…………」
「…………」
じっと見つめ合う二人。
「お前……、変な女だな」
命知らずか馬鹿か……。
呟いてヴェリオルは立ち上がり、イリスの元に向かう。
その口元に、うっすらと笑みが浮んでいた。
「俺が抱いてやると言ったら、皆喜ぶのだぞ?」
「へ……? 陛下?」
急に砕けた口調に変わったヴェリオルに、イリスはポカンと口を開ける。
ヴェリオルはそんなイリスの腕を掴み、ベッドまで連れて行った。
「ほら、脱げ」
「ええ!?」
このヴェリオルの変わりようは何なのか?
そして、これだけ言ったのに、まだ分かってもらえないとは……。
「何故ですの!?」
「いいから早くしろ」
ヴェリオルがイリスの身体を押す。
「陛下……!」
ベッドに倒れ込んだイリスは、慌てて体勢を立て直して後退った。
そんなイリスを追い詰めるかのように、ヴェリオルがベッドの上に乗る。
「お、おやめ下さい陛下。私、私……」
迫り来る身体に恐怖しながら、イリスはヴェリオルの相手をしないで済む言い訳を必死に考えた。
「そうですわ! 湯浴みをしていないので汚いのです!」
「では、すぐに湯を浴びてこい」
あっさりと言われ、イリスはブンブンと首を振った。
「結構です! 私、こう見えて不潔女なのです」
「なんだそれは?」
呆れながらヴェリオルは、手を伸ばしてイリスのドレスの裾を掴む。
「もういい。お前の話を一々聞いていると朝になりそうだ」
「こんな貧相な身体では、きっと満足出来ません! 他の側室の元に行き、豊満な身体を思う存分お楽しみ下さい!」
「いいから少し黙っていろ」
「あああぁああー!!」
「うるさい! 叫ぶな!」
後宮に入れられて三年目、イリスは人生で最大の不幸に見舞われた。