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第56話

「……何をなさっていますの?」


 目の前にあるヴェリオルの顔に、イリスは眉を寄せる。

「お前の寝顔を見ていた」

「やめてください、気色が悪い」

 辛辣な言葉を吐いて、イリスは身体を起こした。そして周りを見回して首を傾げる。

「夜、ですか?」

「ああ、よく寝ていたな」

「…………」

 少しだけ眠るつもりだったのだが、随分長い昼寝になってしまった。

「何か少し食べるか?」

「そうですね」

 ヴェリオルは呼び鈴を鳴らしてフェルディーナを呼び、テーブルに軽食を用意させた。

 イリスが欠伸をしながら立ち上がり、席に着く。その前の椅子にヴェリオルが座った。

「ほら、食べろ」

 促され、イリスがパンを手に取る。

「……そんなに見られては食べにくいので、どこかに行ってもらえませんか?出来れば遠い地にでも」

「気にするな」

「気になります」

 文句を言いつつイリスは目の前の料理を次々に口に運び、あっという間に完食した。

「湯浴みはどうする? 一緒に入るか?」

「冗談はやめてください。そして帰ってください。ケティ」

 イリスは控えていたケティを呼び、手伝ってもらいながらゆっくりと湯浴みをして部屋に戻った。


「……まだ居たのですか?」


 ヴェリオルがテーブルに書類を並べ、ペンを片手にサラサラと何かを書き込んでいる。

「やってもやっても仕事が終わらないのはどうしてだろうな」

 イリスは顔を顰めた。

「そんなことは分かりません。嫌なら王を辞めれば良いのではないですか?」

 ヴェリオルが顔を上げ、小さく吹き出す。

「それは大胆な意見だな。では王を辞めた俺は何をすれば良い?」

「さあ? 田舎で芋でも作ってみればどうでしょうか」

 ヴェリオルはペンを置き、顎に手を当てた。

「なるほど。お前と一緒ならそれも楽しいかもしれないな」

「一緒に? 絶対嫌です」

 きっぱりと言って、イリスはベッドに向かう。ヴェリオルも立ち上がり、イリスの後に続いた。

「今日はいつも以上に厳しいな。何かあったか?」

「…………」

 イリスは答えず、ベッドに上がる。

「イリス」

 ヴェリオルはイリスを強引に抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。

「良い匂いがする」

「……嗅がないでください」

「イリス、疲れているな」

「ええ、疲れています。それもこれも何もかも、陛下のせいです」

 はき捨てるように言うイリスの首筋から顔を離し、ヴェリオルは首を傾げる。

「不安なのか? 王妃になるのが」


「誰が王妃になると言いましたか!?」


 声を荒げ、ヴェリオルを睨みつけるイリス。しかしヴェリオルはイリスの怒りをまったく理解していないのか、微笑んでイリスの頬を撫でた。

「確かに最初は慣れないかもしれないが、お前なら立派な王妃になる」

「何を勝手なことを……」

「それに――」

 ヴェリオルはスッと笑みを消し、真剣な表情でイリスを見つめる。


「――俺も付いているだろう?」


「…………」

 暫く無言で二人は見つめあい、イリスが深い溜息を吐いた。

「陛下が付いているから何なのですか? むしろそれが嫌だと言っているのではないですか」

「俺も王になったばかりの頃は不安だった。王とは――窮屈で孤独なものだ。だがこれからはお前が居る」

「ですから――」

 ヴェリオルの過去などどうでもいい。勝手な想像も妄想もやめてほしい。

 苛々としだしたイリスの手をヴェリオルは握り締める。

「共に歩もう」

「陛下……離して――っ!」

 乱暴にベッドに押し倒され、イリスが息を呑む。

 触れるぎりぎりまで近付いた瞳は、今まで手に入れたどんな宝石よりも美しく光る。


「俺は――たとえ何があっても、この手を離しはしない」


 握られたイリスの手に触れる唇。

「生涯、イリスだけを愛し、何者からも守ると誓おう」

 ヴェリオルの唇はイリスの頬へと移動する。優しく優しく触れ続け、そして――。


「陛下……」


 イリスの目から流れる雫を、ヴェリオルが唇で拭う。

「イリス、愛している」

 震える身体をそっと抱きしめられ、イリスは泣き続けた。




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