第55話
「やっぱり駄目よ!」
部屋に戻った途端、椅子にも座らずに言うイリスに、フェルディーナとメアリアが眉を寄せる。
「イリス様、余計なことを王太后様に言われては困ります」
「そうよ。感づかれたらどうしますの?」
イリスはテーブルを掌で叩き、そんな二人を睨んだ。
「駄目よ!」
メアリアが溜息を吐く。
「お姉様、後戻りなどもう出来ないと朝も言いましたわよ」
「駄目と言ったら駄目よ!」
頑なな態度のイリスに、フェルディーナは首を傾げた。
「しかし今、中途半端なことをしてこの計画が陛下に知られれば、イリス様のご家族が危険ですがよろしいですか?」
「――! それは……」
イリスが俯く。
「お姉様、落ち着いてくださいませ。まず椅子にお座りになったらいかがかしら」
「…………」
メアリアに促され、イリスはゆっくりと椅子に腰掛けた。
「お姉様だってここから出たいのでしょう?」
「出たいわ。だけど……、革命を起こしてなんて言っていないわ」
メアリアの「往生際が悪い……」という呟きを聞きながら、イリスは考える。どうすれば――そしてハッと顔を上げた。
「無血革命にはならないかしら?」
メアリアが呆れた表情で鼻を鳴らす。
「どうやってですの?」
「え……。どうやってと言われても……」
助けを求めるように視線を彷徨わせるイリスに、フェルディーナが首を振った。
「それは難しいのではないでしょうか」
メアリアが頷く。
「そうですわよ。血が流れない革命などありえませんわ。そして王族は当然処刑になるのですわ」
処刑――!?
「駄目よ!」
目を見開くイリス。メアリアが首を傾げた。
「どうしてですの? 別に陛下を好きではないのでしょう? 良いではありませんか」
イリスが首を横に振る。
「決して好きではないけど、やっぱり駄目よ!」
「だからどうしてですの?」
「どうしてって――」
言い争うイリスとメアリアの間にフェルディーナが割り込んだ。
「メアリア様、イリス様はお疲れのようですし、今日はこのくらいにいたしましょう」
メアリアが小さく肩を竦める。
「そうね。お姉様、少しお休みになられたらいかがかしら? ではまた明日。ごきげんよう」
メアリアはあっさりと部屋から出て行き、フェルディーナがケティに午睡の準備を命じる。
「ケティさん、後はお願いします」
そしてフェルディーナは侍女部屋へと戻った。
「…………」
「…………」
「……えーと、イリス様、お昼寝されますか?」
残されたケティが遠慮がちに声を掛ける。
イリスは溜息を吐いて頷いた。
「そうね。少し寝るわ」
「はい」
結い上げた髪をケティに解いてもらい、イリスはベッドへと移動する。
身体を横たえ目を閉じ、しかしすぐに目を開けて傍らに立つケティに話し掛けた。
「ねえケティ」
「はい」
「私はどうすればいいのかしら?」
ケティが眉を寄せて唸る。
「そうでございますねえ……。どのようなことになろうと、私はイリス様に付いていきます」
「……それは答えじゃないわ」
顔を顰めるイリスにケティが更に唸った。
「革命がお嫌なら、やはり暗殺になさいますか?」
「どうしてそう極端なの……」
「では王妃になるのでございますか?」
「それは嫌よ」
きっぱりと言って、イリスはまた目を閉じる。そしてそのまま、ずぶずぶと沈みこむように眠りに落ち、ふと目覚めれば――。
「……何をなさっているのですか」
目の前に暗闇でも輝いて見える男の顔があった。