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第52話

 ヴェリオルが帰ってきたことにより、多少の自由が許されたイリスは、久し振りに嫌々ながら王太后の部屋に訪れた。


「国中もう大変な噂よ、イリス」

 王太后が嬉しそうに笑う。『何が』と訊いてほしそうだが、イリスは敢えて無視をした。

 関わり合いになりたくない。

 それなのに、勝手にイリスに付いてきたメアリアが王太后に尋ねた。

「まあ。どんな噂ですの?」

 余計なことを……と心の中で呟きながら、イリスが紅茶を一口飲む。

「それは勿論、王を狂わせた傾国のブサイクとしてよ」


 傾国のブサイク……。


 イリスはカップを置いて、思わず口を挟んだ。

「それを言うなら普通は『傾国の美女』です」

「あら、だってイリスはブサイクなのだから仕方が無いでしょう?」

「それに陛下を狂わせてなどいませんし、国を傾けてもおりません」

 不機嫌なイリスに、隣に座るメアリアが扇を口に当てて笑う。

「実際国が一つ無くなったのですから、傾国と言っても間違いではないでしょう?」

「やめてちょうだい、メアリア」

 イリスはメアリアを軽く睨み、それから深い溜息を吐いた。

 そうして落ち込むイリスを尻目に、王太后が侍女に命じる。

「そうだ、アレを持ってきなさい」

 侍女が返事をして、布に包まれた平べったいものが運ばれ、テーブルの上に置かれた。

 何なのかと眉を寄せるイリスの目の前で、王太后は布を取り払う。その中身を見て、イリスは益々眉を寄せた。

「……これは何ですか?」

「肖像画でしょう? イリスの」

「……抽象画の間違いでは?」

 確かに人の顔らしきものが描かれてはいるが、断じて肖像画ではない。

「街で売っていたそうよ。これも」

 もう一枚、テーブルの上に置かれた絵を見てメアリアが扇で口元を覆う。

「あらお姉様、これはよく似ているのではありませんか?」

「…………」

 あからさまに蛙の絵。いくらイリスが蛙顔でもここまでは酷くない。

「こんな肖像画が出回るのは、注目されているからよ。まあこれを描いた者は、今頃後悔しているでしょうけど。それより式はいつかと国民が噂しているらしいわよ」

「……式などありえません」

「早く孫の顔がみたいわね」

「他の側室に期待されてはいかがでしょうか?」

 何故自分にそんな期待をするのかとイリスが顔を顰めた時、ノックの音がして、ぞろぞろと人が入ってきた。

 何なのかと驚くイリスに王太后は微笑んで言う。

「イリス、あなたの先生よ」

「え?」

 先生とはどういうことか。

「まあ! お姉様のお妃教育が始まりますのね」

 イリスが目を見開く。


 お妃教育!?


 あまりの出来事に声も出ないイリスの目の前で、王太后とメアリアが楽しそうに会話する。

「凄いですわ。有名な学者達ばかりではありませんか。こんな環境で勉強できるなんて、羨ましいですわ」

「ホホホ。メアリア、あなたも一緒に勉強しても良くってよ」

「まあ! 良いのですか? ありがとうございます」

「イリス、今からさっそく勉強を始めますよ。早くしないと間に合わなくなるからね」


 間に合わない……何に?


「今日は体調が悪いので、帰ります」

「イリス!」

 仮病はあっさりと見抜かれて、イリスはその後数時間、みっちりと勉強をさせられた。





「お妃教育ってなんなの!?」


 王太后の部屋から帰ったイリスは、ベッドに突っ伏した。

「イリス様ぁ、これはどうしますか?」

 ケティの手の中にある、自主学習用にと渡された本やさまざまな資料をイリスはチラリと見てきっぱりと言った。

「捨てていいわ」

「でも……王太后様に怒られますよ」

「…………」

 イリスが勉強中、王太后の手には短い鞭が握られていた。それで時々ピシッとテーブルを叩き、その上イリスが上手く答えを導き出すと、大袈裟に褒める。


 飴と鞭のつもりなのかしら……。


 だとすれば、あまりにも不器用。そして迷惑。

「とりあえず、そこの棚の中にでも片付けておいてちょうだい」

「はい」

「それから湯浴みの用意をしてちょうだい」

「はい」

 ケティが本を棚に片付け、フェルディーナが静かに動いてイリスの夜着を用意する。

 湯の準備が出来ると、イリスは溜まった疲れを身体から追い出そうとするように、いつもより長く湯に浸かった。そして――。


「……何をされているのですか?」


 湯浴みを終えて部屋に戻ると、ヴェリオルが今日貰った本を棚から出して見ていた。

「少し教えてやろうかと思ってな」

「結構です」

「今後、ある程度の知識は必要になる。お前は学校には行ってないし、アードン家では家庭教師も雇っていなかったのだろう?」

「勉強なら兄様に教えてもらいました。これ以上の知識など要りません」

「これから必要になると言っている」

 何故必要になるのかは聞きたくない。

 イリスはヴェリオルの横を素通りし、ベッドへと向かった。

「イリス」

「疲れました、もう寝ます。あなたたちも下がっていいわ」

 後半はケティとフェルディーナに言って、イリスはベッドに潜り込む。

 ヴェリオルはやれやれと溜息を吐いて本を棚に戻し、ベッドに上がった。

「飲み込みが早いと学者共が褒めていたぞ」

「ああそうですか」

 ヴェリオルは苦笑して掛け布から少しだけ出ているイリスの頭を撫でた。

「イリス、お前は俺の幸福の女神だ」

「どこにこんなブサイクな女神がいるのですか。冗談はやめてください」

「お前のおかげで此度の戦に勝利した」

 何故そうなるのだ、自分は何もしていないのに。と、イリスは更にベッドの中に潜り込む。

「私のおかげではありません」

「お前の兄も大活躍だった。たっぷり褒美を取らせるからな」


 兄……?


 イリスは少し考え、それから飛び起きた。

「え!? 兄様が? まさか戦地に?」

 ヴェリオルが微笑んでイリスの頬を撫でる。

「ああ。ジンはまさに天才だ。素晴らしい破壊力だった」

「破壊……? 兄様はいったい何を――」

「聞きたいか?」

 ヴェリオルの瞳が冷たく輝く。


 絶対にろくなことではない。


 聞きたくもあるが、怖い。イリスは問い掛けに答えられなかった。

 引きつるイリスをヴェリオルはそっと抱き寄せる。

「イリス、必ず幸せにする」

 イリスは眉を寄せ、ヴェリオルの身体を押した。

「既にこの状況が不幸せです。それにこの世に絶対などあり得ませんわ」

「イリス――」

 ヴェリオルが顔から笑みを消す。そしてイリスの左手を握った。


「愛している」


 真っ直ぐな瞳がイリスを見つめる。

「イリス、俺の妃になって欲しい」

「…………」

 逃げるように顔を背けるイリスの顎を、ヴェリオルは指で持ち上げた。

「……そんなこと言われても、迷惑です」

「イリス、妃になってくれ」

「ですから嫌です」

「イリス」

 イリスは溜息を吐いて、顎にあるヴェリオルの手を叩き落とした。

「以前から言っておりますが、もっと周りをよく見て下さいませ。良い女がゴロゴロしておりますわよ」

「お前以上に良い女などいない」

「畏れながら頭がおかしいのでは?」

「そうだな」

「…………」

 イリスは無理矢理身体を捻り、ヴェリオルに背を向けて、再びベッドの中へと潜り込む。

 目を閉じたイリスをヴェリオルは後ろから抱きしめた。

「ずっと傍に居てほしい」

「嫌です」

「イリス、愛している」

「迷惑だと言っています。しつこい男は嫌いです」

「イリス……」

「撫で回すのはやめてください!」


 二人の攻防は朝まで続いた。


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