「護衛の騎士 2」
『暗殺』、『処刑』……。
最近、寵妃イリスの部屋から、物騒な言葉がよく聞こえる。
イリスの専属護衛であるユインは、そっと息を吐いた。
元々醜い争いが絶えないのが後宮ではあるが、それにしてもこれは異常な状況と言えるだろう。
どうするべきなのか?
王が不在の今、どういう判断をすればよいのか。
言葉だけを捉えるならば、あまりにも危険すぎる。だが、果たしてそうなのか?
「イリス! もっと周りを見下しなさい!」
今日も部屋から聞こえる声。
危険も規則も息子の言葉も顧みず、王太后は毎日のようにイリスの元へとやってくる。
それほどまでに王太后はイリスが可愛いのだろうか。
「無理です!」
「イリス!」
厳しい指導に、イリスが悲痛な叫びを漏らす。
室内ばかりに気をとられてはいけないと、ユインは気合を入れなおして前を見つめた。すると、こちらに向かってくる人影に気付く。
いつものように侍女を従え歩く可憐な少女――メアリアだった。
メアリアはユインの前に立つと、にっこりと笑う。
「ごきげんよう、ユイン」
中身とまったく違う可愛い笑顔。
ユインは舌打ちしたくなるのをグッと堪えた。
「こんにちは、メアリア様」
「どうしたのかしら、そんなに怖い顔をして」
メアリアが一歩前に出て、ユインに触れ合うほどに近付く。
「もしかして、裏付けでもとれたのかしら?」
「…………」
「あら、当たり?」
もし対等な立場なら、ユインはメアリアに手を出していたかもしれない。
しかし実際は側室と騎士。それに丸腰の相手に手を出すなど騎士道精神に反する。
ユインは鼻で二回大きく息をして怒りに耐えた。
「ええ、メアリア様。教えていただきありがとうございます」
「そう、役に立って何よりよ」
クスクスと笑うメアリアを見ながら、ユインは先日イリスの部屋から聞こえた衝撃的な言葉を思い出す。
『騎士団長のリュートは、真面目な振りをしてとても好色』
まさか、そんな筈はない。
強く逞しく、尊敬する騎士団長、そして何より――。
……父様。
そう、あの堅物の父に自分と同じ年齢の愛人や隠し子がいるなど、信じられない。
だがしかし、少しだけ気になり密かに調べてみれば、それが紛れもない事実だと判明した。
リュートには二人の愛人がいて、そのうち一人は五年前に男の子を生んでいる。
ガラガラと音を立て、理想の父の姿は壊れた。
ユインは一人娘として、立派な跡継ぎになるための努力をしてきた。父の名に恥じぬよう、上を目指してきたのだ。
しかしおそらく父様は……。
愛人との間に出来た子を跡継ぎにするつもりなのだろう。
それを証拠に半年ほど前から急に、ユインはリュートから見合いを勧められていた。
父様にとって、自分は要らない存在になったのか。
何の為に頑張ってきたのだろう。
唇を噛みしめるユインの腕を、メアリアが扇で軽く叩く。
「あなたも、この先どうするか選択する時が来たのかしら」
どうするか、どうすれば良いのか。
ユインは一つ息を吐いて、メアリアを見据えた。
「メアリア様はどうされるのですか?」
ユインの質問に、メアリアは当然のように答える。
「あら、私は決まっているわ。殿下と幸せになるのよ」
塔に幽閉されている者と、どうやって幸せになのつもりなのか。
「お互い頑張りましょう」
メアリアは自らノックをして、部屋の中に入っていく。
「ご機嫌麗しゅうございます。王太后様、お姉様」
微かに聞こえる挨拶の声。
打たれ強いこの少女は、また何かを企んでいるのだろうか。そして自分は、どういう選択をすればよいのか。
イリスを守るという気持ちに変わりはない。
帰っていくメアリアの侍女を見つめながら、ユインはこれからのことを考えた。