「拉致られ一家」
『伸び伸びと育てよう』
身分がいいのに金が無い。そんな状況に陥ったのは自分のせいだとイリスの父、モルトは分かっていた。
だからせめて心だけは伸び伸びと自由に……というのは間違いだったのだろうか?
見知らぬ屋敷の居間で騎士に監視されながらお茶を飲み、モルトは溜息を吐く。
子供の頃からさまざまなことに関心を寄せ、怪しいものを採取しては怪しい実験を繰り返していた息子、ジン。最近は『鋼鉄薬』や『空飛ぶ馬車』を作るのに夢中になって、母親譲りの端正な顔は、自らを実験台にしたせいで醜く変わってしまった。
そして子供の頃から妙に現実的なことを言う娘、イリス。可哀想に父親譲りのブサイクで、この顔では嫁にも行けぬのではないかと心配していたのだが……。
何故陛下に気に入られたのだ?
イリスが側室に選ばれた理由に心当たりは無く、ましてや愛妾になるなど思いもしなかった。いや、今はもう愛妾どころではない。
国王誕生日、あの日の夜会で受けた衝撃。国王と王太后に守られるようにして現れたイリスにモルトは卒倒しそうになった。
あれが『正妃候補』としての披露目だったことは間違いない。それを証拠にモルトとその妻グリーに使用人までもが先日強引に馬車に乗せられて、見知らぬ屋敷に連れてこられたのだ。
危険回避の為、この屋敷から出ることは禁止されている。その代わり身の回りには高級品が並び、不自由無く生活出来るようにはされているようだ。
それでも居心地が悪いには違いない。いつまでこんな生活が続くのか、本当にイリスが正妃になるのか……。
昨日宰相が訪れて言った。
『イリス様はお元気で、ジン殿は大活躍されている。そろそろ――なのでこの屋敷から絶対に出てはならんぞ。そうだ、借金はすべて陛下が返済してくださった。感謝するように』
イリスが元気なのは良いが、ジンの『大活躍』とは何なのか。そしてそろそろ何が起きるというのか――。
借金が無くなったのは嬉しいが、それと引き換えにとんでもないものが失われた気がする。
望むのは、暖かい家族の団欒という小さな幸せ。それが無理でも、せめて子供たちは幸せになってほしい。
そんなことを考えながら、モルトはまた大きな溜息を吐いた。