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第46話

「なんだか……このお部屋狭くなりましたわね」


 朝食後すぐにやってきたメアリアは、部屋に入るなり呟いた。

 所狭しと並べられた品々、それらを興味深げに眺めながらメアリアがイリスの前の席に座る。そして置いてあるものの一つを扇で指して首を傾げた。

「ねえお姉様、あんな甲冑何に使いますの?」

 実用的なものではなく飾る為のものなのだろう。それを証拠に甲冑には所々に宝石が散りばめられていた。

 イリスがお茶を飲みながら答える。

「昨夜届いたのよ」

「何故?」

「王太后様のお部屋にあったのを、私が欲しいと言ったからではないかしら」

 ドレスに宝石、金に絵画に彫刻その他いろいろ、届けられたのはイリスが欲しいと言っていたものばかりだった。

「随分と可愛がられていますのね」

 イリスが首を横に振って苦笑する。

「違うわ。昨日また石を投げられたから、それに対するお詫びみたいなものよ」

「お詫び? この量が?」

 イリスはケティに指示して棚から手紙を持って来させ、それを眉を寄せるメアリアに見せた。

「ほら、『イリスが欲しがっていたものを贈ります。だからヴェリオルを許してあげなさい』って書かれているでしょう?」

「その上にびっしりと書き込まれているお姉様の身を案じる言葉は無視ですの?」

「こんな言葉は社交辞令よ」

「そうかしら?」

 メアリアは眉を上げてお茶を一口飲み、「それにしても……」とイリスを上目遣いで見る。

「王妃への道を確実に歩んでいますわね」

「……え?」

 手紙をケティに渡そうとしていたイリスの動きが止まる。

「あら、だってこの部屋を見れば誰だって、陛下と王太后様からの寵愛を得て財力と権力を手に入れつつあると思いますわよ」

「…………」

 表情を無くしたイリスをメアリアが鼻で笑う。

 イリスはぎこちない動きでケティに手紙を渡して小さく首を振った。

「くれるというから貰っただけ――」

「こんなにも?」

「家計の足しにするために――」

「どうやって? まさかまだ帰れると思っていますの?」

「か、帰れるわ」

「本当にお姉様って……」

 笑みを浮かべながらお茶を飲むメアリア。

「帰りたい帰りたいと言うわりに、行動がすっとぼけていますわよね」

「…………」

 イリスが拳を握りしめ、身を乗り出す。

「ねえ、今からでも遅くないから頑張って陛下を誘惑してくださらない?」

「何を今更。その計画はとっくに失敗していましてよ」

「そこを何とか……」

「そんなこと言われても困りますわ」

 メアリアはカップを置いて苦笑した。

「正直言えば、陛下を落とす自信はありました。今まで私達の技に屈服しない男などおりませんでしたから。確かに楽しんでいた筈でしたのに……。悔しいですけどあれで駄目ならもう無理ですわ」

 駄目なのか、メアリアはこんなに可愛いのに。どうして陛下は……。

 そこでイリスがふと疑問に思ったことを訊く。

「私……『達』?」

 メアリアが頷いた。

「ええ。私達」

「……『達』とは誰?」

 メアリアはなんでもないことのようにさらりと答えた。

「私と私の侍女達ですわ」

「…………」

 侍女……。

「お姉様、お茶が冷めますわよ」

「…………」

 イリスはゆっくりとメアリアから視線を外してカップ持ち上げ、少しぬるくなったお茶を啜った。





「王太后様からお茶のお誘いです」


 数日振りに聞いた言葉にイリスは溜息を吐いた。

 少し間があいたので、もしかしたらもう呼び出されないのではという淡い期待をしていたのだが、見事に打ち砕かれてしまった。

 仕方なく立ち上がり、目の前でお茶を飲むメアリアに声を掛けようとした時、女官が思いもよらない言葉を告げた。


「本日はメアリア様もご一緒に招待されています」


 これにはイリスだけでなくメアリアも驚いた様子で女官の方を振り向いた。

「まあ、私もですの?」

 いったいどういう風の吹き回しなのか分からないが、イリスはこれは好都合と微笑んだ。

「メアリアさん、思う存分潰し合いをして下さい」

 そんなイリスをメアリアが馬鹿にした目で見る。

「お姉様、残念ながら私、王太后様とやりあう気はありませんわ」

「え……」

「さあ、行きますわよ」

 先に歩いていくメアリアを、肩を落としたイリスがのろのろと付いていった。

 西棟から主棟に入り外へ。以前より更に強化された警備に辟易しながら進み、王太后の離れに着いた。


「イリス!」


 まだノックもしていないのにドアを開けて飛び出してきた王太后にイリスが驚く。

「何故手紙の返事をくれないの? 冷たい子ね」

 力強く抱きしめられ、イリスは「はぁ……」と困惑して呟いた。

 返事を書くべきだったのだろうかと首を傾げるイリスの手を王太后が引く。

「早く部屋に入りなさい。アメリア――だったかしら? あなたも」

「メアリアです。招待ありがとうございます」

 メアリアが優雅に膝を折って挨拶をした。

「イリスがどうしてもと言うから同席を許可したのよ。感謝なさい」

「ありがとうございますお姉様」

 どうしてもなどと言った覚えはないが、とりあえず引っ張られてイリスは部屋に入り椅子に座った。その隣の席にメアリアが座り、後ろにフェルディーナ、そしてケティはいつものように侍女部屋に連れて行かれた。

「また危ない目に遭ったのですって? イリス、早く王妃になってここに住みなさい」

「嫌です」

「イリス!」

 即答したイリスを王太后が怒鳴りつける。

「まったく困った子ね。まあいいわ、今日は旅の道化を呼んであるから楽しみなさい」

「道化……?」

 王太后が侍女に目配せし、隣室の扉が開いた。


 ピ~ヒョロロロロ……。


 現れたのは奇抜な化粧と服装の道化。その道化が笛を吹き身体を揺らしながら部屋の中を歩く。

「…………?」

 イリスは眉を寄せて首を傾げた。


 何? この道化は……?


 はっきり言って笛が下手で動きもぎこちなく、とても王太后の前で披露できる腕前ではない。

 どういうことなのかと思いつつ王太后に視線を移すと、口角を上げてイリスの隣を見つめていた。不思議に思い横を向く。


「え!?」


 イリスはギョッとした。

「メ、メアリアさんどうしたの?」

 メアリアが真っ青な顔で道化を見つめている。そしてその瞳からは大粒の涙が流れていた。

「イリス、静かになさい」

 王太后に注意されイリスが口をつぐむ。

 笛を吹きながら道化は部屋を一周し、イリス達の前で立ち止まると頭を深く下げる。よく見ると道化も涙を流していた。


「ランドルフ殿下……」


「――――!」

 メアリアの呟きにイリスは驚いた。

 この道化があの『ランドルフ』だというのか。だがランドルフは塔に幽閉されているのではなかったのか。

 道化はそのまま隣室に下がり、王太后が扇を口元に当ててメアリアに話しかけた。

「どうでしたかメアリア、『旅の道化』は」

 メアリアが膝の上で折りそうなほど強く扇を握りしめ、俯いたまま答える。

「……はい。とても……素晴らしかったです」

「またあの道化を呼んであげても良くってよ。ただし……分かっているわよね」

「……はい」

 部屋に響く王太后の高笑い。

 イリスはそんな王太后とメアリアを交互に見てブルリと震えた。

「な、何か悪寒がしますわ。でもそれより王太后様、あの方ラン――」

「『旅の道化』です。いいですね」

 強い口調で言われ、イリスがたじろぐ。

「……はぁ」

 バキバキと言う音に視線を向けると、メアリアの手の中で扇が真っ二つに折れていた。





「妖精が魔女に敗北いたしました」


 部屋に入るなり言われた言葉にヴェリオルは眉を顰めた。

「なんだそれは?」

 既にベッドに横たわっているイリスの傍まで来ると、ヴェリオルは腰に手を当てる。

 イリスは深く溜息を吐いてヴェリオルを見上げた。

 あの後メアリアは一言も話すことなく自室へと帰っていってしまった。あの道化は本当にランドルフだったようだ。

「陛下、王太后様にもう呼ばないでとお伝えください。非常に疲れるし危険です」

「警備を強化しただろう? もう危険は無い」

 そうではなくて王太后の存在自体が危険に思えるのだ。

 イリスは掛け布に包まり唇を尖らせた。

「困ります。色々貰えるのはありがたいのですが――」

 掛け布の間から右手を出して、中指にはまっている指輪を見つめる。

「――この指輪もきっと高価なのですわよね」

 するとヴェリオルは「あぁ……」と頷きながらベッドに上がってきた。


「それは王妃に代々受け継がれている指輪だ」


 さらりと言われ、イリスの動きが止まる。

「母上も気が早い」

 ヴェリオルはククッと笑いながらイリスの横に座った。

「余程お前が可愛いのだろうな。さすが母上だ、イリスの魅力をすぐに理解す――何をやっている?」

 指輪を抜こうとするイリスの手をヴェリオルが押さえる。

 イリスはブルブルと激しく首を振りながら、なおも指輪を抜こうと抵抗した。

「か、かえ、返します!」

「駄目だ。もう貰ったのだろう」

「こんなものは要りません!」

「こんなものとはなんだ!」

 ヴェリオルがイリスの手首をシーツに縫いとめる。

「どうして……」

 戸惑うように呟くイリスにヴェリオルが口角を上げた。

「だから母上はお前が可愛いのだと言っているだろう。ほら、俺も可愛がってやるから機嫌をなおせ」

「結構です。他の方のところにでも行ってください。ララミーさんなんてどうでしょう? きっと王太后様にも気に入られる事間違いなしですわ」

「……イリス」

 溜息と共に首筋に落とされたヴェリオルの唇。

「帰りたい。この部屋のものをすべて戴いて」

「駄目だ」

「…………」

 イリスは顔を顰めた。


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