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第45話

 王太后の部屋から自室へと帰ってきたイリスは、貰ってきた宝石箱をテーブルの上に置いて椅子に座った。

 あれこれされて、尚且つ夕食まで一緒にと強引に誘われて、気づけばもう夜である。

 疲れたと思いながらケティを見ると、同じように疲れた表情をして立っていた。

 イリスはふと疑問に思い、ケティに話かける。

「ケティはずっと何をしていたの?」

 侍女達に連れて行かれたケティは、王太后の部屋から帰るぎりぎりまで、イリスの元に戻らなかったのだ。

「髪の結い方や化粧の仕方、お茶の入れ方おじぎの仕方、それに護身術まで習っていました」

 イリスが眉を寄せる。

「……護身術?」

「はい。王妃の侍女になるなら多少は出来た方が良いらしいです」

 イリスの眉間の皺が深くなった。

「王妃……? 誰が?」

「…………」

「…………」

 イリスはフェルディーナに視線を移して命じた。

「後はケティにやってもらうから、女官長は下がっていいわ」

 フェルディーナが無言で軽く頭を下げて侍女部屋へと行く。

 部屋に入ったのを確認してから、イリスは再び口を開いた。

「ケティ、しっかりしてちょうだい」

 ケティがうなだれる。

「はい。でも、あの……」

 口を尖らせ上目遣いをするケティにイリスは首を傾げた。

「でも、なあに? 言いたいことがあったら言いなさい」

 ケティは視線を彷徨わせ、最後にチラリと宝石箱を見てから、覚悟を決めてイリスに言う。

「もう、逃げられないところまで来ているのではないでしょうか? 腹を括って権力を掴むというのはどうですか? これだけ陛下の寵愛を得て、更に王太后様から宝石などもいただいておりますし……」

「え……?」

 ケティの意見にイリスは目を見開き、宝石箱をチラリと見て細かく首を振った。

「な、何を言うの? 宝石はくれると言うから貰っただけでしょ? 王妃なんてとんでもない! だいたい私には『家柄目当ての成金と結婚』という立派な夢があるのよ」

「国王なのですからお金は持っていますし、ここらで手を打ったらいかがでしょうか?」

「こんなところで妥協なんて! 私は愛ある危険な生活より、愛は無いけど危険もなく金だけはある生活がいいのよ!」

 イリスは力強く言い切り、ケティをじっと見つめる。ケティも眉を寄せてイリスを見つめる。

 暫くそうして見詰め合っていたが、やがてイリスが大きく息を吐いて口を開いた。

「それに、ケティだって無理をしているでしょう?」

「え……」

 ケティの身体がピクリと動く。

「無理して立派な侍女にならなくてもいいのよ。あなたはあなたらしくいなさい」

「イリス様……」

 ケティは俯き唇を噛みしめた。

「ケティ」

 イリスの手がケティへと伸びる――。


「了解であります!」


 心臓の前で握られた拳、伸ばされた背筋と鋭い眼光。ベテランの騎士も唸るほどの見事な敬礼。

「……ケティ」

 イリスの指はケティに触れる前に力を失った。

 自分の声も届かぬほどに洗脳されてしまったのかと落胆を隠し切れないイリス。

 しかしケティは次の瞬間敬礼を解き、未練を残し中空を彷徨うイリスの指先を握り締めた。

「ケティ?」

 戸惑うイリスにケティがふわりと笑う。

「ありがとうございます、イリス様」

「…………」

 指先から伝わるぬくもり。


 あぁ、私はいったい……。


 ケティの何を見ていたのだろう。

 そう、ケティはケティのままだ。少々おかしくはなっているが本質は変わりない。ただ、頑張る方向を間違っているだけ……。

 フッと肩から力が抜け、イリスはケティに微笑んだ。

「もう、休みましょうか」

「はい。その前に湯浴みされますか?」

「そうね」

 ケティに手伝ってもらい、湯浴みを済ませて夜着に着替える。

 ベッドの上に乗ったイリスにケティが軽く頭を下げた。

「おやすみなさいませ」

 そして立ち去ろうとするケティにイリスは声をかける。

「ねえ、一緒に寝ましょう」

「え?」

「久し振りに、ね」

「…………」

 少しだけ迷う素振りを見せたが、すぐにケティは靴を脱ぎ捨てベッドに飛び乗った。

「きゃあ! もうケティったら!」

 ボヨンボヨンと弾むベッドの上で、ケティを抱き止めながらイリスが笑う。

「イリス様と寝るの、嬉しいです」

 素早く編みこまれた髪を解き、ドレスを脱いで下着姿になったケティとイリスは、べったりと引っ付いて掛け布の中に潜った。

「おやすみ、ケティ」

「はい。おやすみ――」


 トントン、ガチャ。


 聞こえた音に二人は固まった。まさか、よりによって今?

 身体を起こすと、そこには予想通りヴェリオルの姿があった。


 何故こんな時に――。


 落胆するイリスとケティにヴェリオルが眉を寄せて近付く。

「お前たち、何をしている? 何故侍女がここで寝ている。しかも下着姿で」

 イリスが深く溜息を吐いて首を振る。


「空気の読めない方ね」

「そうでございますねぇ」

「気を利かせて黙って立ち去ってくれないかしら?」

「そういうことを期待されても残念ながら無駄でございますよ」

「そうね、陛下ですものね。周りを振り回すのは得意だけど、自分が気を遣うなんてとても考え付かないでしょうね」

「ええ、陛下でございますから」


 ヴェリオルの眉間の皺が深くなる。

「……何だ? お前達その言葉と表情は。侍女は下がれ!」

ベッドから引き摺り出され、ヒッと悲鳴を上げてケティは侍女部屋に逃げた。

「若い女を下着姿で走らせるなんて……、なんて酷い仕打ちをなさるのですか」

 非難と嫌悪の目を向けてくるイリスに、ヴェリオルの口元が引きつった。






 数回目の王太后からの呼び出しの帰り道。

 周囲を固める護衛や貴族達からの憎悪の視線にも慣れたイリスに、またもや石が投げられた。

 ビュンと勢いよく降ってくるこぶし大の石にイリスは驚く。

 先日とはあきらかに速度が違う。手で投げたのではなく、おそらくは少し離れた場所から投石器で狙ってきたのだろう。

 騎士がイリスを囲み、ケティが石を飛んできた方向へ投げ返す。すると離れた棟の上で何かが動いた。


「逃げた! 捕まえろ!」


 数人の騎士が犯人を追い、残りがイリスを連れて主棟へと急ぐ。主棟内に入ったイリスは立ち止まって荒い呼吸を繰り返し、イリスほどではないが同じように乱れた呼吸を整えながら、フェルディーナがケティを褒めた。

「よくやりました」

 まさか投げ返してくるとは思っていなかったのか、当たりこそしなかったが動揺した犯人は慌てて逃げていった。

「はい! 投げるのは得意です! いろいろと」

 胸を張るケティにイリスがまだ苦しげに胸に手を当てながら遠い目をして言う。

「いろいろと、ね。無邪気に窓から投げるケティを見ていた頃が懐かしいわ。ところで……」

 イリスはケティが握り締めている紙に視線を移して首を傾げた。

「それは何?」

「え? ああこれですか? 飛んできた石の一つがこの紙に包まれていたので気になって持ってきたのですが、あ、何か書いてありますね」

 ケティが紙を広げようとした瞬間、フェルディーナが横からそれをひったくる。ケティが驚いてフェルディーナを見た。

「イリス様、お部屋に戻りましょう」

 無表情で紙をギュッと丸めるフェルディーナにイリスが眉を寄せる。

「女官長、見せなさい」

「どうせくだらないことが書かれているだけです」

「見せなさい」

「…………」

 フェルディーナが丸めた紙をイリスに渡した。

 クシャクシャのそれを広げ、イリスは息を呑む。

「これ……」


 イリス・アードン、陛下から離れろ。

 家族がどうなってもいいのか?


 たったそれだけしか書かれていないが、『家族』という言葉はイリスに衝撃を与えた。

 自分はこうして騎士に守られているが、護衛を雇う金もない両親や兄は無事なのだろうか?

「くだらない脅しです。部屋に戻りましょう」

 呆然とするイリスから紙を奪ってユインに渡し、フェルディーナはイリスの手を引いて歩き出す。

 そうして部屋に戻ると、すぐに報告を受けたヴェリオルが駆けつけてきた。

「イリス、無事か?」

「私を家に帰して下さい!」

「無事のようだな」

 ホッと息を吐くヴェリオルをイリスは睨む。

「陛下! 私を――」

「ああ、家族のことだろう? 大丈夫だ、護衛をつけてある」

「これだけ多くの騎士がついている私でさえ危険な目に遭ったというのに?  陛下の『大丈夫』など当てになりません!」

「……警備を強化する」

 伸びてくる手をイリスは叩いた。

「先日も同じことを言っていませんでしたか? 私を帰す、たったそれだけ。簡単な話でしょう?」

「駄目だ」

「陛下!」

 両手で顔を覆うイリスをヴェリオルが抱きしめる。

「陛下、私は大切な家族を巻き込みたくないのです」

「イリス……、優しいのだな」

「普通です!」

 イリスは怒鳴り、掌でヴェリオルの胸を叩いた。

「イリス、絶対にお前の家族は守る」

「世の中に絶対などあり得ませんわ! もし私の家族や使用人に何かあったら、私……私……」

 ヴェリオルの胸倉を掴み、イリスが低い声を出す。


「――何するか分かりませんから」


「……イリス、俺は――」

「出て行ってください」

 何かを言いかけたヴェリオルをイリスは部屋から追い出し、椅子に座り込んだ。

 ドアの外からヴェリオルの声が聞こえていたが、無視していると暫くして静かになった。どうやら帰ったようだ。

 溜息を吐くイリスの前にそっと置かれるお茶。

「……ありがとう」

 小さく礼を言い、イリスはじっとカップの中の赤い液体を見つめる。

「イリス様ぁ」

 心配そうなケティの声に顔を上げ、イリスは苦い顔をした。

「どうしてこんな目にあわなくてはならないのかしらね。どうして私が側室になんてならなくてはいけなかったの? どうして陛下は――。側室制度など無くなればいいのに」

 ケティに向けた呟きだったが、しかし意外なところから返事が返ってくる。

「そうでございますね」

 少し驚きながら声の主であるフェルディーナに視線を移すと苦笑が返ってきた。

 ふと疑問に思う。

「女官長はどうして側室になったの?」

 フェルディーナが片眉を上げた。

「私が側室だったとご存知なのですね。陛下からお聞きになったのですか?」

「……ええ」

「そうですか」

 フェルディーナは頷いてさらりと言った。

「まあ、簡単に言えば、表現は悪いかもしれませんが身売りです」

「え……」

「私の国はエルラグドの北にある小国で、あまり豊かではない国でした。それでも日々の生活に困るほどではなく幸せな毎日を送っていたのです。ところがある時、作物に病気が広がり非常に厳しい状況に陥ってしまいました。他国と取引できるような特産物も無く、宝物庫の物を売り払っても国民を救う額にはならず、近隣国に援助を求めようとも、頼りにならない国ばかり。そんな時偶然聞いた噂――エルラグドの王は……だと」

 イリスが眉を顰める。

「え? エルラグドの王が何? 女官長、聞こえなかったわ」

「そこで私が大国エルラグドに援助を求めるという名の身売りをしたのです」

「エルラグドの王が何なのか気になるわ……」

 不満げに呟くイリスを尻目にフェルディーナは続けた。

「父は大反対でしたけど他の方法は思いつかず、未来の王である弟を人質として差し出す訳にもいかなかったので仕方なかったのです。私は見た目には自信がありましたし。まあそれで先先代王には気に入られ、側室として後宮に入ったのです」

 イリスがそこで「ん?」と気づく。

「ちょっと待って。女官長はもしかして――王族?」

「はい」

「王女様?」

「昔のことです」

「…………」

 どこかの貴族の娘だとばかり思っていたのだが、まさか王族だったとは。

 ポカンと口を開けるイリスにフェルディーナが「実は……」と苦笑する。

「父王に側室がいなかったのもあり、幼い私は側室の役目について理解していなかったのです。竪琴や歌を披露して王の話し相手をすれば、数ヶ月後には国に帰れるのだと思っていました」

「…………」

「もう今は帰る気などありませんが。あぁ、お茶が冷めてしまいましたね、淹れなおします」

 カップを下げて新しいお茶の準備をするフェルディーナ。

 イリスは複雑な表情でその姿を見つめ、それからケティに話しかける。

「女官長も苦労していたのね」

「お姫様でございましたか……」

 フェルディーナが振り向き、イリスの前にカップを置いた。

「イリス様も運がなかったですね。あと一日で自由になれたものを。せっかく――上手く逃がしてあげようと思っていましたのに」

「え?」

「冷めないうちにどうぞ。私は夕食を取りにいってきます」

 軽く頭を下げてフェルディーナは部屋から出て行く。

「…………」

「…………」

 イリスとケティが顔を見合わせた。


相谷 紗和様から素敵なイラストをいただきました。


▼画像URLはこちらです。

http://2120.mitemin.net/i19461/


みてみんのサイトで「ヴェリオル」で検索しても画像が出てきました。

陛下が美しく描かれております。皆様是非見てみてください。

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