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第44話

 酷い目にあったわ……。


 王太后の部屋からの帰り、ぐったりといった感じでイリスは主棟へと続く舗装された道を歩く。

 いったい何が言いたいのか分からない、分かりたくもない話しを延々聞かされ、昼だから帰ると言えば『ここで食べなさい!』と昼食まで出された。

 そしてお茶やお菓子をまた食べろと言われ、何故か時々無言でじっと見つめられたりもして、もう夕方。

 溜息がこぼれる。

 あぁ、早く帰ってマッサージでもしてもらおうとケティに視線を移すと――強い視線で前を見つめていた。


「…………」


 この視線、覚えている。

 フェルディーナが侍女になったあの日、隣室から戻ってきて決意のようなものを宣言した時と同じ。

 また何か吹き込まれ洗脳されたのか、やはり勇気を持って救出すべきだったと後悔しつつ主棟に入ろうとしたその時――。


「え――?」


不意にフェルディーナがイリスを抱きしめる。

目の前に何かが飛んできた。

「イリス様!」

ケティがイリスの前に立つ。

「中へ!」

 ユインにグイと身体を引っ張られて主棟に入り、そのまま足早に後宮に向かう。

 今、何が起こったのか。警戒する騎士と強く手を引く侍女達。

 イリスは右横を歩くケティに訊いた。

「いったい何が……」

 答えたのはケティではなく左横を歩くフェルディーナ。

「石を投げられただけです」

「石……」

 いきなり危険な目に遭ったではないか。

 溜息を吐いて項垂れながら、しかし足だけは速く動かし後宮へ入る。

 後宮の廊下をバタバタと歩いていると、部屋の一つからメアリアが顔を出した。

「あら、お姉様お帰りなさい。……何かありましたの?」

 メアリアの質問には答えずそのまま自室へと戻る。

 崩れるように椅子に座ると、もう一度メアリアが訊いてきた。

「お姉様、何がありましたの?」

「…………」

 部屋まで付いて来ていたのか。

 しっかりというかちゃっかりというか、とにかく事情を聞くまでは帰りそうに無いメアリアに教える。

「石を投げられたのよ」

「石?」

 メアリアが眉を寄せて顎に指を当てた。

「早速ちんけな事をしますのね。怪我はありませんの?」

「えぇ」

「陛下は何をしているのかしら。警備をしっかりしてもらわないと困りますわね。それともこの際お姉様を囮にして反抗的な貴族共を一網打尽にしようとでも思っているのかしら?」


 囮……。


 くらくらと眩暈がする。

 本当に巻き込まないでほしい。

 こめかみを人差し指で押さえながらイリスは顔を上げ、とりあえず自分を守ってくれた侍女達に礼を言った。

「ケティ、女官長、ありがとう」

「いいえ。これが仕事です」

「わわわ私、頑張りますです! たとえ我の血は流れてもー、イリス様をー傷つけさせたりはーしないー!」

「…………」

 やはりまたケティは少々おかしな方向へ行っているようだ。

 目を閉じてこめかみを揉んで心を落ち着かせようとしていると、ノックも無しに突然ドアが開き、イリスは驚き飛び上がった。


「陛下!」


 ヴェリオルは一直線にイリスの傍まで行き、驚くイリスの頬に触れる。

「無事なのだな」

「は、あ」

 ほっと息を吐き自分を見つめるヴェリオルにイリスが訊く。

「陛下、政務中なのではないですか?」

「それがどうした?」

「……こんなところに来て良いのですか?」

「政務も大切だが、おまえはもっと大切だ」

「…………」

 この状況は大切にされていると言えるのだろうか。

 政務を放り出して側室の元に行ったなどと噂が立てば、また面倒なことになるのではないだろうか。

「母上も勝手にイリスを呼び付けるとは……。困ったものだな」

「勝手に?」

「あぁ」

 今回のことをヴェリオルは承知していなかったのか、ならば。

「もう私を呼び出さないよう王太后様に言ってください」

「まあ、そう言うな」

 ヴェリオルがイリスをふわりと抱きしめる。

「イリスが安全に母上の元に行けるよう体制を整える」

「ええ!?」

「二度と傷つけさせないから安心しろ」

 違う、そうではないとイリスがヴェリオルの胸倉を引っ張る。

「王太后様が私を呼び出さなければ、いえ、私を家に帰せばすべてまるくおさまりますわ!」

「駄目だ」

「陛下!」

 その時ノックの音がして、ユインが部屋に入ってきた。

「陛下、宰相様からの伝言です。『他国からの使者を待たせてどこへ行っておられるのですか? すぐに戻って来てください』だそうです」

「…………」

 ヴェリオルが舌打ちしてイリスを離す。

「まったく、うるさい奴だ。イリス、また来る」

「あ! 陛下!」

 イリスの頬に口付けて、ヴェリオルは部屋から出て行った。


「…………」


 深い溜息を吐くイリスにメアリアがボソリと言う。

「他国の使者よりお姉様ですか。問題にならなければ良いですわね」

「……メアリアさん、わざわざそんなこと言わないでちょうだい」

 項垂れるイリスの前に、いつの間に用意したのか、フェルディーナがお茶を置いた。





 数日後――。


「王太后様からお茶のお誘いです」

「……体調が悪いので――」

「すぐに準備します」

「女官長!」


 またもや招待を受けたイリスが渋々王太后の元へと行く。

 今回はヴェリオルの承諾を得てからなのだろうか、先日よりも騎士の人数が多く、また少し離れて付いてくる男性騎士の姿も見受けられた。

 そこまでして行く必要があるのだろうかと眉を寄せながら歩き、王太后の部屋の前に辿り着く。

 フェルディーナがノックをし、ドアが開いた。


「イリス!」


 イリスは驚いた。

 ドアが開いた途端に飛びついてきた王太后――。

 固まるイリスをギュッと抱きしめて王太后は訊く。

「怪我は無いのね?」

「はあ……?」

「石を投げつけられたのでしょう?」

 あぁ、と漸く先日のことを言われていたのだと気付く。

「ありませんが……」

 王太后はイリスの後ろにいる騎士達を睨んで怒鳴りつけた。

「まだ犯人を見付けられないの!? 私の可愛いブサイクに何かあったら承知しなくてよ!」

「…………」

 どうやらイリスの身を案じてくれていたようだが、それにしても……。

「『可愛いブサイク』って何ですか? それより心配してくださるのならもう呼ばないで――」

「犯人を捕まえたら血祭りにあげましょう。イリス、こっちにいらっしゃい」

 物騒なことを言いながら、王太后がイリスの腕を強引に引き部屋の中へ入る。

 同時にケティも隣室へと連れ去られた。

「新しいドレスを作るから採寸なさい」

「はぁ」

 王太后の侍女達がイリスを取り囲み、サイズを細かく測る。

 それが終わると王太后はイリスを椅子に座らせて、侍女に綺麗な装飾が施された箱を持って来させた。

「装飾品も作るから好きな宝石選びなさい」

「宝石?」

 王太后が蓋を開け、中を覗き込んだイリスが息を呑む。

「まあ! なんて大きい!」

 ヴェリオルの誕生日に身に着けた国宝の首飾りほどではないが、それでも驚くほど大きな宝石がごろごろあった。

「好きな物を、好きなだけ持っていきなさい」

「え!?」


 好キナ物ヲ好キナダケ……。


 以前どこかで聞いたような言葉だが、今はそれより目の前の宝石だ。

「王太后様……」

 イリスがじっと王太后を見つめる。

「では、この宝石全部下さい」

「全部?」

 全部というのはさすがに予想外だったようで、王太后は驚き目を見開いた。

「…………」

「…………」

 もしかして少々言い過ぎたか。

 イリスがそう思い訂正しようとした時、王太后の口角が上がる。


「ホーホホホホホ! なんて豪快な子なのかしら! 人の上に立つ者はそうでなくては!」


 これでもかと身体を反らし、扇で口元を隠して王太后は笑った。

 そのあまりに見事な笑いっぷりにイリスが呆気にとられる。

「いいわ、全部イリスにあげましょう」

「……え!?」

 貰えるのか、全部!

「あ、ありがとうございます!」

 イリスは慌てて頭を下げた。

「他に欲しい物があればおっしゃい。義母様かあさまが買ってあげましょう」

「他に……?」

「何でも良くってよ」

 何でも!? 本当だろうか?

 イリスがごくりと唾を飲む。

「では、金の延べ棒を」

「ホホホ、良くってよ」

「領地」

「私のものをあげましょう」

「宮殿」

「新しいのを建ててあげるわ」

「お金持ちの結婚相手」

「…………」

 王太后の動きがピタリと止まった。


「それはもういるじゃないの。おかしな子ね」


 ……いる? 誰のことなのか。

「ホホホ! イリスといると楽しいわね」

 王太后の笑い声が響く。

「…………」

 最後のものだけ拒否してあとは欲しい。

 溜息を吐きつつ、イリスは宝石の入った箱を腕に抱え込んだ。


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