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第43話

「素晴らしかったですわ! 皆のあの悔しそうな顔……もう笑いを堪えるのに必死でした」


 扇で口元を隠してケラケラと笑うメアリアに溜息を吐きつつ、イリスはケティからカップを受け取った。

「でも気を付けて下さいませ。面白くないと思っている者も沢山おりますから」

 わざわざ教えられなくても九割以上がそうだろうと容易に想像はつく。

 衝撃の国王誕生日の翌日、朝から押し掛けてきたメアリアにうんざりとしながらイリスはカップを口に運んだ。

 今朝は疲れているのだ――色々と。

 カップを置き、暖かい陽気に誘われるように目を閉じる。


 すべてが夢でこの目を開けた時には家の粗末なベッドで寝ていた……なんてことがあればいいのに。


 現実逃避しながらゆっくりと目を開けると、やはりそこは後宮の一室で、高価なカップと高級茶葉を使ったお茶、そしていやらしく笑うメアリアの顔が目の前にあった。

「王太后様が味方に付いたと言えど油断はなりません。これまで以上に気を付けなければなりませんわ」

「あれで……味方?」

 ありがた迷惑である。

 いいからもう本当に帰りたい。金目の物を根こそぎ戴いて。

 深く溜息を吐いた時、ノックの音がした。

「…………」

 経験上、ノックに応えるとろくな事が無い。

 出来れば無視したいが……。

「イリス様、誰かみえたようですが」

 厳しい侍女はそれを許しはしない。

「ケティ、出て。そして穏便に追い返してちょうだい」

「は、はい!」

 ケティがビシッと背筋を伸ばしてドアに向かう。

 フェルディーナが渋い顔をしメアリアがクスクス笑っているが、イリスは気付かぬ振りをした。

 ケティが警戒しながらドアを開けると――そこにいたのは昨日イリスに化粧を施した女官。

 女官はイリスに頭を下げて言った。

「イリス様に王太后様からお茶のお誘いです」


 王太后様からの誘い……。


 やはりろくでもないことだった。

 どうやって断ろうかと悩むイリスの耳に、ケティの声が聞こえる。

「申し訳ございませんが、おとといきやがれとお伝えくださいませ」


「…………」

「…………」

「…………」


 フゥ……っとイリスが息を吐く。

「ケティ」

「はい?」

 イリスはキョトンとした顔で振り向いたケティを手招きして傍に呼んだ。

「『おとといきやがれ』は暴力的な借金取りを追い返す時の言葉でしょう? この場面では間違いよ」

「え?」

 首を傾げて数秒考える。それからケティは大きく目を見開いて頭を下げた。

「あ! も、申し訳ございません! 追い返せと言われたのでつい」

「もう二年以上も借金取りとの対決は無かったのに……、なかなかそういう癖は抜けないものね」

「はい……。そうでございますねぇ」

 悄気るケティの腕をイリスが苦笑し軽く叩く。あの厳しい生活も今ではなんだか懐かしい。

 メアリアが呆れた顔をして、遠い目をするイリスに告げた。

「お姉様、想像以上に苦労してましたのね。ところで王太后様の使いを待たせっぱなしですわよ」

「あぁ……そうね」

 イリスは視線を女官に移す。

「体調が悪いので無理――」

「すぐに準備します」

 イリスが驚き振り向く。

「女官長!」

 主人の咎める声がまったく聞こえていないかのようにフェルディーナは無表情を貫き、女官は頭を下げて帰っていった。

 何故勝手に返事をするのか……。断りたいが、しかしもうどうにもならない。

 イリスが溜息を吐いて立ち上がる。

「仕方がないわね。でも女官長、側室は陛下の許可がなくては西棟から出てはいけない決まりではなかったかしら?」

「王太后様が許可されたのなら問題ありません」

「…………」

 それだけの権力を王太后は持っているということか。

 イリスが心の中で舌打ちする。

「メアリアさんは一緒に行ってもいいのかしら?」

「招待されたのはイリス様のみです」

「……そう。メアリアさんが居れば心強いのだけど」

 変り者同士、勝手に対立して喧嘩でもしてくれそうだと思ったのだが残念だ。

「まあ! お姉様が私をそんなに頼って下さっているなんて」

 メアリアが目を見開く。

「ホホホ……。行ってくるわ」

「あら、お姉様、そのままで行きますの?」

 王太后の元に行くというのに着替えどころか化粧すらしようとしないイリスにメアリアが訊いた。

「いいのよ、ブサイクだから。それよりいっそこの女は駄目だと思われて後宮から追い出されたいわ」

「あらあら、お姉様ったら」

 メアリアの笑い声と、フェルディーナの「お化粧をしてください」という言葉を聞きながら、イリスは部屋を後にした。





 ユインと、わざわざイリスを迎えに来た王太后の護衛だという二人の女騎士、それにフェルディーナとケティに守られて、イリスは西棟から出て回廊を歩き主棟へ入る。

 出来ればこのまま逃亡したいが、周りをガッチリ囲まれているので無理のようだ。

 フェルディーナによると、王太后の居室は主棟の東に位置する『離れ』らしい。

 何故そんな遠い場所にわざわざ行かなくてはならないのかと、足取りも重くなる。

 しかも側室であるイリスが騎士を連れて歩く姿を見た者達が驚き、ヒソヒソと話したりあからさまな憎悪の視線を向けてくるではないか。

「帰りたい」

 呟くイリスにフェルディーナが囁く。

「背筋を伸ばして堂々となさってください。弱気な態度は危険です」

「…………」

 危険ならば勝手に王太后の招待を受けると決めないでほしかったと思いつつ、背筋だけは伸ばした。

 主棟を通り抜け建物の外へ。

 綺麗に舗装された道を歩いて、漸く辿り着いた立派な建物に入る。

 建物内は部屋数も多く、侍女や護衛の居室もあるようだ。

 その中でも一番大きく、騎士が守るドアの前で護衛達が止まる。

 フェルディーナが一歩進み出てノックをすると、内側からドアが開けられた。


「ブサイクな上に身なりまで整えられないの?」


 ドアが開いた途端浴びせられた言葉。

 さっそくきたかとぐったりしながらイリスは軽く頭を下げて「申し訳ございません」と心の籠もっていない謝罪を呟くように言った。

「早くここに座りなさい」

 今日も無駄に派手な王太后が、自分の前の席を扇で指す。

「はぁ……」

 返事とも溜息とも取れる曖昧な言葉を口にし、一目で高価だと分かる調度品が並んだ部屋をさりげなく見回しながら王太后の元へと向かう。


 あら……?


 その途中、ふと気付いた。

 壁ぎわにズラリと並んだ王太后の侍女達に見覚えがある。そうだ、昨日部屋に押しかけて来た女官達だ。

 王太后の侍女だから技術が高かったのかと納得しながらイリスは椅子に座った。

「お招きいただきありがとうございます」

「もうちょっと気のきいた挨拶は出来ないの?」

「はぁ……」

 そんなこと言われても困る。綺麗ですねとでも言えば良いのか。

「まあいいわ、それより――」

 王太后がイリスから視線を移し、後ろに立ったケティを扇で指す。

「主人の身なりもろくに整えられないなんて、そこの侍女は能無しなのかしら?」

 ケティが驚き飛び上がった。

「はははははい? 私でございますか?」

 王太后が眉を顰めて溜息を吐く。

 予想外のケティへの攻撃にイリスが内心慌てた。

「申し訳ございません、これは私が――」

「まったくなってないわ。私の侍女に付いて勉強なさい」

「王太后様!」

 王太后の侍女達がケティを取り囲む。

「連れて行きなさい」

「え?」

 助けを求めるようにイリスとフェルディーナを交互に見るケティの両腕を王太后の侍女達がガッチリ掴み、隣室へと引き摺り始めた。

「王太后様、乱暴は――」

「おだまりなさい!」

 カッと目を見開かれて、イリスは石にされるような錯覚に陥り思わず身体を縮める。


「イ、イリス様ぁ!」


 その間にケティは連れ去られてしまった。

「…………」

 しまった。しかし手酷い真似はしないだろう……たぶん、とイリスはケティが消えたドアを見つめる。


「その貧相な身体は何?」


 ハッと視線を移すと、王太后がイリスの身体を汚いものでも見る目つきでじっと見ていた。

 そう言われても生まれ持った身体つきなど変えようが無い。

 唇を引き結ぶイリスの目の前に王太后が焼き菓子の載った皿を乱暴に置く。

「この菓子を食べてもう少し太りなさい」

「…………」

 美味しそうな菓子だが、この状況では食欲は湧かない。

「早く食べなさい! ブサイクのくせに」

「…………」

 怒られて仕方なく、イリスは菓子を摘んで一口食べた。

「まったく何? その汚い手は! これでもはめなさい」

 王太后が自分の指にはまっている指輪を抜き、手を伸ばして菓子を摘んでいるイリスの手を掴む。

 そして強引に手を開かせ、指輪をイリスの中指にはめた。

 指輪に付いている宝石はあまり大きくはない透明の石だが、中に赤い光のようなものが見えて綺麗だ。

 こんな宝石を見たのは初めてだ、貰って良いのだろうかとイリスは宝石をまじまじと見つめた。

「食い入るように見るのはみっともないからやめなさい!」

 注意されてイリスが顔を上げる。

「常に堂々としてなさい」

「はぁ……」

 気の無い返事を返すイリスに王太后のこめかみに青筋が立った。

「自覚が足りない! ブサイクのくせに」

 何の自覚なのか……。

 イリスの口元が引きつる。

「返事をしなさいイリス」

「はい。申し訳ございません、王太后様」

「イリス、これから私のことは『お義母様』とお呼びなさい」


 お義母様!?


 冗談じゃない!

 イリスが大きく目と口を開き激しく首を横に振った。

「嫌です!」

「イリス! ブサイクのくせに口ごたえするんじゃありません!」

 イリスは天井を仰いで固く目を目を閉じる。


 あぁ、帰りたい。この珍しい宝石の付いた指輪と、出来ればこの部屋の金目の物を根こそぎ戴いて。


「イリス!」

「……はい」

 イリスは嫌々ながら目を開けて姿勢を正す。

「そのドレスも駄目ね。地味でイリスにまったく似合っていないわ。もっと派手で豪華なものを作りましょう」

「……このドレスは陛下が自ら選んで贈ってくれたものなのですが」

「よく見たら地味なのはドレスではなくイリス自身のようね。もっと派手で豪華な化粧と髪型になさい! ブサイクのくせに」

「…………」

 深い疲労を感じ、イリスは再び目を閉じた。


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