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第41話

 ヴェリオルに抱擁されながら、イリスの視線はその背後に釘付けだった。

 赤い唇と赤く長い爪、少し上がり気味な目尻、豊かな髪と抜群の体型――。

 その姿はまるで『魔女』。


 目が合った瞬間に石にされるかもしれないわ……。


 そう思うのに視線が離せなかった。

「イリス」

 ヴェリオルに頬を撫でられながら瞳を覗き込まれてハッとする。

「傷、上手く隠せたのだな。それに俺の髪もよく似合っている」

「は……ぁ」

 それより魔女が気になる。

 その心の声が聞こえたかのように、ヴェリオルはイリスの肩を抱いて振り返り、魔女に微笑んだ。


「母上、これがイリスです」


「え……?」

 母上? 母上ということはヴェリオルの母親で前王妃、現王太后。

「…………」

 だがイリスの知っている王太后と目の前の王太后は少々違う。

 お札や肖像画に描かれている王太后は、すべてを包み込むような優しい笑みを浮かべる女性で、決して魔女ではない。

 唖然とするイリスに、魔女――王太后がゆっくりと近付く。

「まぁ。その子がイリス? なんてブサイクなのかしら。想像以上よ」

 眉を寄せ、扇で口元を隠す王太后。

 イリスの顔が引きつる。

「こんなブサイクを見たのは初めてよ。身に付けているドレスや宝石に見事に負けているわ。お化粧してもこれとは素顔はどれだけブサイクなのかしら?」

 王太后は人差し指でイリスの顎を軽く持ち上げて溜息を吐いた。

 ヴェリオルが苦笑する。

「母上、そう言わずよく見てください。愛嬌があって可愛いでしょう?」

「愛嬌ねぇ……」

 首を傾げながら王太后はイリスを見上げた。

「でもせっかくの誕生日だというのにこんなものをおねだりするなんて……。他にもっと欲しいものはないの?」

 ヴェリオルが首を横に振りながらイリスを両腕でギュッと抱きしめる。

「母上、俺はイリスが欲しい」

 王太后は眉を寄せて腰に手を当て、我が儘な子供を諭すように言った。

「せめてもっと美しい女にしなさい。身体だってまるで男のようじゃないの」

「嫌です。イリスがいい」

「どこがいいの、これの」

「母上も、すぐにこれの魅力にハマる筈です」

 固まるイリスをチラリと見て、王太后は少しだけ口調を強くする。

「ヴェリオル、もっといいのを母様が選んであげます」

「嫌です。俺はこれが欲しい、どうしても欲しい! いいでしょう? 母上」

 益々強くイリスを抱きしめ首を横に振るヴェリオル。

 親子は暫くじっと見つめ合い……、そして折れたのは王太后だった。


「……仕方ない子ね」


 ヴェリオルがパッと明るい表情になりイリスから手を離す。

「母上……!」

「本当に、一度言いだしたら聞かないのだから。この頑固ちゃんは誰に似たのかしら?」

 王太后は手を伸ばしてヴェリオルの頭を撫で、ヴェリオルは王太后を抱きしめた。

「ありがとう、母上。母上がイリスに付いてくれるなんて、こんなに頼もしいことはないです」

「あらあら、ヴェリオルったら。いくつになっても甘えん坊ね。ちゃんと最後まで責任を持って飼うのよ」

「勿論です、母上」

 固く抱き合う親と子――。

 目の前で繰り広げられる光景に、イリスは目を見開いて呆然とした。


 み、見てはいけないものを見てしまったわ……。


 イリスの後ろではケティがフェルディーナに睨まれ、両手で必死に自分の口を押さえて涙目で震える。

 そして、イリスは気付いていなかったが部屋の奥には男が二人立っており、長めの黒髪に眼鏡をかけた若い男がケティと同じように口を押さえ、その隣に立っている白髪の混ざった銀髪の男に素早く尻を叩かれていた。

「さあ、そろそろ行きましょう、ヴェリオル」

「そうですね。――行こう、イリス」

 ヴェリオルは王太后から離れ、イリスの身体を引き寄せる。

 まだ呆然としながらイリスがヴェリオルを見上げた。

「行く……? ど、何処に?」

 呆れた表情で王太后がイリスの腕を掴む。

「夜会に決まっているでしょう? あなた、ダンスは出来るのでしょうね。ブサイクなのだからそれくらいは出来て当たり前ですよ」

「は、はぁ……。一応は踊れます、が、それより私夜会には――」

「さあ、行こう」

 イリスはヴェリオルと王太后に引き摺られ部屋から出た。

 その後をフェルディーナと涙目のケティ、それに先程部屋の奥にいた男達が続く。

「あぁ、そうだ。紹介しておこう。あの者達は宰相と宰相補佐だ」

 ヴェリオルに言われてイリスが振り向くと、男達が頭を下げた。

 銀髪が宰相、若い黒髪の男が宰相補佐のようだ。

「イリス、ブサイクなのだからちゃんと歩きなさい」

「え……? あの、王太后様、急に気分が悪くなったので部屋に帰りたいのですが」

「イリス、歩けないなら抱っこしてやろう」

「ヒッ! 嫌!」

「イリス! ブサイクのくせに嫌とは何ですか!」

 大きな両開きの扉の前まで来て、ヴェリオルは無理矢理イリスの右手を自分の肘に絡めさせる。

「陛下、お許しを!」

「扉を開けよ」

 ヴェリオルの命令で騎士が扉を開く――。

「往生際が悪いわね」

 王太后がイリスの左腕に自分の腕を絡め、親子二人がかりで逃げ出そうとするイリスをガッチリ掴んで足を踏み出した。


「…………」


 失う声、静まりかえる大広間――。

「イリス、ブサイクなのだからせめて笑いなさい」

 王太后がイリスの耳元で囁く。

「ほら、早く笑いなさい」

 再度言われてイリスはぎこちなく口角を上げた。

「気持ち悪い笑顔ね。そのまま笑ってなさい」

 引き摺られ歩きだす。

 ふと見ると、一段高くなった場所に椅子が三つ――。


 まさか……!?


「堂々となさい、ブサイクのくせに」

 ヴェリオルと王太后は当然のようにイリスを連れて台の上にあがった。

 台の中央に置いてある椅子にヴェリオルが座り、その一歩後ろに置かれた椅子に、王太后と脅されてイリスが座る。

 集中する視線。


 ……もう嫌。


 いっそ倒れる振りでもしてみようか。

「イリス、ブサイクのくせに私達に恥をかかせるんじゃなくってよ。そんなことすればどうなるか……分かっているわね」

 広げた扇で口元を隠して王太后はイリスに囁く。

「…………」

「笑いなさい」

 イリスは泣きそうな顔で笑った。





 楽隊が演奏する華やかな音楽が鳴り響く中、人々の視線はイリスにまだ集中したままだった。

 台の下に置かれた椅子に座っている側室達からの嫉妬と、権力を掴みたい側室達の親からの激しすぎる眼差し。

 それに加えて王太后から厳しい言葉を容赦なく浴びせられ、イリスはもうヴェリオルへの罵詈雑言を叫びながら大広間にあるものすべてを破壊したい気分だった。

「なんだ? 誰も踊らぬのだな。ではイリス、我々が踊るとするか」

 ヴェリオルが必要以上に大きな声で言って立ち上がり、イリスに手を差し出す。

「え……、嫌――」

「イリス! ブサイクのくせに断るなんて生意気な」

 王太后からのお叱りを受け、イリスは渋々ヴェリオルの手を取る。

 大広間の中央に連れて行かれ、注目されるなか、ヴェリオルのリードで踊り始めた。

「ほお……、意外に上手いのだな」

 イリスの耳にヴェリオルが囁く。

「……ありがとうございます」

 実際はヴェリオルが上手く自分をリードしているだけだと分かってはいたが、イリスは一応礼を言った。

「俺達は実に相性がいいな」

「……はあ?」

「そう照れるな」

「…………」

 実に意味不明。

 曲が終わり、ヴェリオルに睨み付けられた貴族達がまばらな拍手をする。

 嫌々ながらもヴェリオルに腰を抱かれて椅子に戻る――が、その途中イリスは視線の端に見知った顔を見つけ、ハッと目を見開いた。


「お父様……」


 イリスの父モルトが人々の後ろで、イリスとそっくりな顔を真っ青にして、蛇に睨まれた蛙のようにダラダラと油汗を流しながら、小刻みに震えている。

「どうした?」

 足を止めたイリスにヴェリオルが優しく訊きながらその視線を追った。

「あぁ」

 ヴェリオルの口角が上がる。

 方向転換をしてイリスを連れたヴェリオルがモルトに寄って行くと、人々が後ろにザッと引いた。

「アードン、気分が悪いのか?」

「へ、陛下、これは――」

 今にも倒れそうな父の姿にイリスの顔も青ざめる。

「誰か! アードンを部屋で休ませよ」

「へ、陛下……!」

「遠慮する事は無い」

 ヴェリオルはモルトの手を取り微笑んだ。

「そなたはイリスの父親、つまり余にとっても大切な存在なのだからな」


「…………!」

「…………!」


 なんてことを言ってくれるのだ。

 イリスとモルトが周りを見回す。

「ヒッ……!」

 固まったアードンは宰相によって丁寧かつ強引に連れて行かれ、イリスもヴェリオルにガッチリ腰を抱かれて椅子まで戻された。

「お、お父様……」

 イリスが口元を手で覆う。

 権力争いから逃げていた気の弱いモルトに、今回のことは計り知れない衝撃を与えただろう。

「何故、陛――」

「イリス、ブサイクだけどダンスは中々じゃないの」

 叫びだしそうなイリスの腕を強く掴み、王太后が囁く。

 肌に食い込む爪の痛みにイリスは眉を顰めた。

「笑いなさい」

「…………」

 ヴェリオルが振り返り大声で言う。


「イリス、疲れたならいつものように余の膝に座るか?」


 人々がギョッとしてイリスに注目した。

「…………」

 いつも膝に座っている覚えはない。

「ホホホ! 仲がいいのね。世継の誕生が待ち遠しいわ!」


「…………!」


 まるで既に懐妊しているともとれる言葉――。

 そんな事実はなくても噂は広がるだろう。

 どうしてこの親子はわざわざ災いを招くような言動をするのか。

 怒りに震えるイリスの背中を王太后が撫でる。

「まあ! イリス寒いの? 誰か! 私の可愛いイリスに膝掛けを!」

「…………」

 結局、夜会は微妙な空気のままお開きとなった。


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