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第38話

 あれから毎日、メアリアはイリスの部屋にやってくる。

 今日もイリスの目の前に座り、お茶を飲んでいた。

「ああ、美味しいですわね。さすがイリスお姉様、陛下から最高級の茶葉が贈られているのですね」

「…………」

 メアリアは顔は可愛いのだが、少々、いやかなりアクが強く打たれ強い。

 来るなと言っても『まあ! お姉様ったらご冗談を』と笑い飛ばすのだ。

「早く王妃になって下さいませ。私も早く殿下と結婚したいですわ」

「……王妃? とんでもない!」

 イリスが大きく首を振る。

「あらあら」

 扇で口元を隠しクスクスと笑うメアリアにイリスは溜息を吐き、心の中で言った。


 目が笑っていませんですわよ。


 メアリアはランドルフを解放する為には、本当に手段を選ばなさそうな雰囲気だ。

 そこでふと、イリスは疑問に思う。

「そういえば、いったい何処で殿下とお知り合いになりましたの?」

 するとメアリアは、急に身を乗り出してイリスに顔を近付けた。

「ウフフ。興味がありますの?」

「え。ええ、まあ」

 正直それ程までは興味ないのだが、訊いてしまった手前一応頷く。

 どうもイリスの質問は、メアリアの中の変なスイッチを押してしまったようだ。

 メアリアはうっとりとして、ランドルフとの馴れ初めを話し始めた。





 そう、あれは四年と少し前、城で開かれた舞踏会でのこと。

 初めてお父様に連れられて参加した私。

 大広間では楽隊が奏でる音楽に合わせて踊る男女。

 驚く程華やかで贅を尽くした世界――。

 女の子ならば一度は憧れる夢の舞台。


 もしかしたら、素敵な殿方と燃えるような恋愛が……!


 そんな妄想さえ許される場所。

 しかし私は、正直すぐに帰りたい気持ちになりました。

 夢と現実は遠く隔たり……、周りはおべっかを使う大人ばかり。

 一位貴族の娘、ロント家の令嬢――。

 上手く取り入ってやろうという心の声が聞こえてくるよう。

 その上お父様は私を陛下に紹介し、将来は側室に、更には王妃にと考えていました。


 ああ、つまらない。


 密かに溜息を吐く。

 その時、遠くに見えた陛下の姿。


「ほら、メアリアご挨拶を」


 お父様が急かす。

 若く見目麗しい陛下は、お父様と同じことを考える沢山の人に囲まれていました。

 確かに、あの隣に立てば優越感には浸れるでしょう。

 お父様の力も今以上に強くなる。

 それは貴族の娘としての義務かもしれない。でも……!

 名家に生まれ、何不自由なく暮らしてきました。

 しかし本当は……私の心は冷たい風が吹く荒野。

 いくら物が溢れていても、心の隙間は埋まらない。

 人が羨む仲が良い両親――それは上辺だけ。

 父も母も、外に別の相手が複数居ることなど公然の秘密。

 政略結婚のなんと虚しいこと。


 添い遂げる人物は自分で選びたい! お父様の言うことを何でも聞く人形にはなりたくない……!


 私は陛下の元に行く振りをして、人に紛れてそっと会場を抜け出し庭園に行きました。

 でもそこにも人は沢山いて……。


「あれ、おやめください……!」


 まだ成人前と分かっていて強引に誘う酔った男達……。

 闇を味方に付け、私という可憐な花を手折ろうとする。

 必死に暴れ、私は走りました。

 走って走って――木陰に逃げ込んだのです。


 ああ、助かった。


 ホッと胸を撫で下ろした私。

 ところが! そこには先客が居たのです。

 驚きましたわ。

 開放的な触れ合いを求めた男女か、陛下の命を狙う刺客か……と震えました。

 でもそうではなかったのです。

 そこに居たのは、華やかな舞踏会の影で女々しく泣く青年――。


「あ、あなたは誰?」


 思わず尋ねると、その青年は突然現れた私に目を見開きながらも答えました。


「ランドルフ……」


 ランドルフ……? まさかあの? でもこんな場所に居る筈は……。

 その時雲が切れ、月明かりに照らされた金の髪が光る。

 その顔は確かに陛下に少しだけ似ていました。


 本物……。


 落ち着いてよくよく話を聞けば、やはりあのランドルフ殿下ではありませんか。

 王位継承権を持たない王弟――。

 殿下は涙ながらに訴えたのです。

 兄王に命令されて夜会に出たはいいが、周りは自分を敬うどころか馬鹿にする輩ばかり。

 そのあまりの酷さに耐えられず、この木陰に逃げ込んだ――と。


 ああ! なんという出逢い。


 そう、これは運命!

 ゾクゾクしましたわ。

 いい歳した男が、言い返すこともやり返すこともせずに泣いている――。

 しかもこんな見ず知らずの小娘に縋り付いて……!


 私がこの方を守ってあげなくてはいけない!


 私は殿下を抱きしめて優しく背中を撫で、悲しみを癒す為の口付けとその他諸々をいたしました。

 初めは戸惑っていた殿下も、すぐに私の気持ちに応えてくださいましたわ。

 それからは時々、私達は隠れて愛を確かめ合いました。

 ランドルフ殿下は影が薄く、結構簡単に城を抜け出して、私の元まで通うことが出来ました。

 まさに夢のような時間――!

 愛する人との逢瀬は私に安らぎを与えてくれました。

 そう、乾ききった心の砂漠に雨が降り、草木が繁ったのです!

 どうにかして殿下と結婚したい。

 でも……、王位継承権私のない殿下との結婚なんてきっとお父様は許さない。

 いったいどうすれば……、いっそ何もかも捨てて、殿下と遠く離れた地にと旅立とうか。

 そんなふうに思っていた矢先……そう、あの忌まわしき事件――つまり陛下暗殺未遂事件がありましたの。

 犯人は殿下の母君……。

 自身は自害し、息子である殿下は北の塔に幽閉。

 目の前が真っ暗になりました。

 何故母君はそんな暴挙に出たのか! やるならば完璧に計画を練ってからやればよいものを……!

 しかしそんなことを言っても起こってしまったことはどうにもならない。

 泣いて泣いて……でも泣いているだけでは何も変わらない。


 殿下に会いに行こう、そして愛の逃避行をしよう。


 私は決心致しました。

 失敗すれば命は無い。それでもこのまま一生殿下に会えないよりはずっといい。

 私と殿下の秘密を知る侍女達と知恵を出しあい、時には荷物に紛れ、時には女官の振りをし……でも殿下の周りの警備は厳しく、上手くいきませんでした。


 ああ、ランドルフ殿下!


 一目だけでもその姿が見たい。

 愛する二人がこのような形で引き裂かれるとは、なんという悲劇!

 神は何故私達にこのような試練を与えたのでしょうか……!





 メアリアが立ち上がり、両手を広げて天を仰ぐ。

 イリスは感心して手をパチパチと鳴らした。

「メアリアさん凄いわ。語っている時の身振り手振りが激しく、まるでお芝居を観ているようでした。もし良かったら、メアリアさんも一緒に王都を巡りませんか? 女官長の竪琴とユインのナイフとメアリアさんのお芝居――儲かるかもしれないわね」

 笑顔で言うイリスに、メアリアの額に青筋が立つ。

「違いますわその反応! ここは運命に翻弄される二人に涙すべきところですわよ!」

 メアリアは扇でビシッとイリスを指し、椅子に座り直した。

 イリスが首を傾げる。

「そうねえ……、でも裕福な生活を送れていただけマシだと思うのだけど」

「お金があっても心が満たされなければ死んでいるも同然ですわよ! 私の話をちゃんと聞いていましたの!? このスットコドッコイ!」

 大貴族の令嬢とは思えない言葉を吐き、メアリアはカップに残っていたお茶を飲み干した。

 溜息を吐き、困ったように眉を寄せてイリスもカップを手に持つ。

「まあでも、確かに私も家族と離ればなれにされたから、気持ちは分からなくもないわ。メアリアさんも望んでもいないのに側室にされて辛いわね」

「あらお姉様、それは違いますわ」

 口元まで運ばれたカップがピタリと止まる。

「私は望んで側室になったのです」

 イリスが瞬きを繰り返しながらメアリアを見る。

 こうして殿下への愛を語り解放を望むと言いながら、側室には自ら望んでなったという。

 どういうつもりなのか。

 メアリアの真意は――。

「鞍替え……? いえ二股」

「どうしてそういう貧相な発想しか出来ないのですの!?」

 メアリアは扇でテーブルをバンッと叩き、胸を反らした。

「私の計画はこうでした。まず側室になり、陛下の寵愛を得て王妃になる。その際他の側室――特にブサイクなくせに寵愛を得ている側室を排しておく」

「『ブサイクなくせに』って私のことですわよね……」

「王妃になった私は、この持って生まれた可憐な容姿で陛下の周りの者達を誘惑する」

「誘惑……?」

「私の虜となった男達を使い、陛下を暗殺する」

「……え?」

「私が新しく女王として君臨し、ランドルフ殿下を夫として迎える!」

「…………」

 イリスは後悔した。聞かない方が良かった話だったと――。

 あっさり国王暗殺計画を暴露したメアリアが、深い溜息を吐いてうなだれる。

「しかしこの作戦は失敗してしまいました。あの鬼畜は素知らぬ振りして私と殿下の関係に気付いていたのです。でも……」

 メアリアは顔を上げ、イリスの手を両手で握った。

「私、まだ諦めていません。絶対に殿下と幸せになります」

 イリスが嫌そうに身を引く。

「そう。メアリアさんは強いのね」

「恋する女は最強ですわ! ……という事で、陛下に殿下の解放を訴えてください」

「だからといって、私を巻き込まないでほしいのだけど……」

 メアリアのギラギラと輝く瞳から目を逸らし、溜息を吐きつつケティに視線を移すと、ケティは見たこともない激しさでメアリアを睨んでいた。

「…………」

 イリスはもう一度深く溜息を吐いた。


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[良い点] メアリア、ミュージカルみたいな身ぶり手振りで話してそうだな~…と笑ってたら、イリスが大道芸に勧誘してて2度ウケました。
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