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第37話

「イリスお姉様~! お待ちになって~!」


「……え?」

 振り向いたイリスは見た。満面の笑みで駆けてくるメアリアを――。

 メアリアはイリスの目の前まで来ると、ドレスの裾を摘んで優雅に一礼した。

「ごきげんよう、お姉様」

「お、お姉様……!?」

 イリスが目を見開いて後ろに一歩下がる。

「メアリアさん、頭が少々どうにかなってしまわれたのかしら」

「まあ! お姉様ったら!」

 広げた扇で口元を隠し、メアリアはクスクスと笑う。

「私のことは『メアリア』と呼び捨てにして下さいませ」

「……は?」

「お姉様……」

 戸惑うイリスを余所に、メアリアは話を続けた。

「私、お姉様のお味方をする事に決めましたの」

「……え?」

「だってお姉様ったら、まったく危機感が無いのですもの。危なっかしくて見てられませんわ。でも大丈夫。これからは私が後宮に住まう魑魅魍魎共からお姉様をお守りいたします。ですから――」

 メアリアは力強い視線で真っ直ぐイリスを見つめる。

「陛下にお願いして下さいませんか? ランドルフ殿下の解放を」

「……はい?」

「あの方は何も悪くないのです。母親の罪を子が償う必要がありますか? いえ、それはあまりにも酷ですわ。お姉様が一言『殿下を解放して』と言ってくだされば、きっとあの鬼畜――いえ、陛下もランドルフ殿下を解放してくださるに違いありません」

 メアリアがイリスに一歩近付く。

 その瞬間、スッとフェルディーナがイリスとメアリアの間に入った。

「…………」

「…………」

「おお怖い」

 数秒睨み合った後、メアリアが肩を竦め、フェルディーナがイリスの後ろへと戻る。

 イリスは眉を顰めて隣にいるケティに訊いた。

「どうなっているのかしら?」

「何か企んでいるのでございますよ。イリス様、油断してはいけません」

「でも『お姉様』と呼ばれると、なんだか少しだけ胸が高鳴るわ」

「騙されているでございます! 見てはいけません。あの女は愛らしい外見で人の理性を狂わす悪魔でございますよ!」

 失礼な発言をするケティをメアリアが怒鳴る。

「誰が悪魔ですの!? まったく、こんな馬鹿が侍女をしているなんて……。やはりお姉様には私が付いてないといけませんわね」

 メアリアは一人勝手に納得し、イリスに微笑んだ。

「ところで、今日は良い天気なので散歩に行きませんか? 私、お供致します」

「え……、行かな――」

「まあ! お姉様ったら遠慮なさらなくても良くってよ」

 メアリアがイリスの腕をガッチリ掴んで歩きだす。

「イリス様!」

 慌てて止めようとするケティをフェルディーナが制した。

 イリスとメアリア、不満顔のケティと無表情のフェルディーナ、ユインにメアリアの侍女まで引き連れ、すっかり大所帯となったイリス一行は庭園へと行く。

 外に出てみると確かにメアリアが言った通り天気は良い、が、イリスの気分は微妙だ。


 隙をみて部屋に戻りましょう。


 溜息と共にふと視線を庭園の隅に向けると、集まって話していた側室達が驚いた表情でイリス一行を凝視していた。

 先日フェルディーナとケティに『精神攻撃』をされたあの側室達のようだが、集合して何かを相談していたようだ。

 そんな側室達にまるで気付いていないかのように、メアリアがはしゃぐ。

「ほら見てお姉様。このお花とっても綺麗ですわ」

「は……あ、そうね」

「あっちにも行きましょう」

 グイグイと引っ張られ、イリスは仕方なくメアリアに付いて行く。

 話ながら一行はどんどんと側室達に近付いていった。

 そして側室達のすぐ近くまで行くと、メアリアは初めて気が付いたように、大袈裟に声を上げた。

「あら! 皆さんごきげんよう。こんな所に集まって何をなさっているのかしら?」

 側室達が口籠もり、視線を逸らしながら答える。

「……ごきげんよう。珍しい組合わせですわね」

「メアリアさん、よくそんな醜い方とご一緒出来ますわね。『お姉様』と呼んでいたように聞こえましたけど、どうされたのかしら」

 メアリアは扇を口元に当てて笑った。

「ホホホ。まあ、それはイリスお姉様はだいぶ個性的な顔立ちではございますけど、肝心なのは中身ですわ。私、イリスお姉様の人柄に触れて、すっかりその魅力の虜になってしまいましたの。陛下がイリスお姉様にメロメロになるのも分かりますわ」

 その発言に一番驚いたのはイリスだ。

 ギョッと目を見開いてメアリアの腕を掴む。

「な、何を言っているの!?」

「まあ、お姉様ったら恥ずかしがりやさんですわ。昨晩もそれは熱い夜を過ごされたのを、私この目でしっかり見ましたのよ」

 昨夜ヴェリオルはイリスの部屋を訪れてはいない。

 それに何より、怪我をしてからイリスはヴェリオルの相手はしていないと、メアリアも知っている筈なのだが……。

「あなた方など陛下の眼中に入っておりませんの。性懲りもなくまた悪巧みをしていたみたいですけど……負け犬共はさっさと去れですわ!!」

 メアリアが扇でビシッと側室達を指す。

「私が味方に付いたからには、お姉様には指一本触れさせません! お姉様が王妃になるのを指をくわえて見ているがいいわ! ホーホホホホ!」

 メアリアの高笑いが庭園にこだまし、側室達が悔しそうに涙を浮かべてメアリアとイリスを睨み付けて走り去る。

 イリスは呆然とその光景見ていた。

「な、何故……」

 呟くイリスにメアリアはニッコリ笑う。

「頭の悪い方々に事実を教えて差し上げただけですわ。懲りないというか、学習能力のない人達ですわよね」

「わざわざ喧嘩を売らなくても……」

「大丈夫ですわ。一匹ずつおびき出して確実にヤってしまいましょう。ねえ」

 同意を求められたフェルディーナが少しだけ口角を上げる。

 メアリアは腰に手を当てて自分の侍女に命じた。

「あなた方も分かりまして? イリスお姉様を全力でお守りするのよ」

「はい、メアリア様」

「お任せくださいメアリア様」

 侍女達が一斉に頷く。

「…………」

 大変な事態に陥ったかもしれない。

 イリスは目を閉じてうなだれた。





 夜、イリスの部屋を訪れたヴェリオルは眉間に皺を寄せて、椅子に座ってお茶を飲んでいるメアリアに手を振った。

「下がれ」

 余裕を見せ付けるようにメアリアは微笑んで、カップを置き立ち上がって挨拶をする。

「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」

「麗しく見えるか? 出て行け」

「まあ、酷い」

 メアリアがイリスに抱きついて甘えた声を出す。

「お姉様ぁ。陛下が虐めますの」

「何が『お姉様』だ! イリスから離れろ。まだ自分の立場が分からないのか」

 ヴェリオルがメアリアの襟首を掴み乱暴に突き飛ばし、メアリアはよろめきながらもヴェリオルを上目遣いで見て、口元に笑みを浮かべた。

「分かっておりますわ。ですから私が――『ロント』が『アードン』に付くと言っておりますのよ」

「…………」

 ヴェリオルがメアリアを睨み付ける。

 暫くじっと睨み合い、それからヴェリオルは呆然と成り行きを見ていたイリスを抱き上げた。

「フン。お前ごときにそれ程の力があるとは思えぬがな」

「やりますわよ。殿下の為なら何でも」

 ヴェリオルがイリスを連れてベッドへと向かう。

「皆下がれ」

 フェルディーナとケティが頭を下げ、メアリアも今度は大人しく命令に従い部屋から出て行った。

「まったくお前は……。常に俺が付いてないと、何をやらかすか分からないな」

 ヴェリオルがイリスをベッドの上にそっと下ろす。

「……え? これは私の所為なのですか? むしろ陛下が厄介事を私の元に運んできている気がするのですが」

 夜着に着替えさせられながら、イリスは眉を寄せた。

「メアリアさんが居座るから、ケティの機嫌が悪くて困ります。それに先程の――ロントがアードンに付くというのはどういう意味なのですか?」

「気にするな」

「気になります」

 ヴェリオルがイリスの頬を撫でる。

「ロントがアードンを支援する、という意味だ」

「支援……? それは――」

 途端にイリスが目を輝かせてヴェリオルの胸に両手を置く。

「金銭的援助をする、という意味でしょうか?」

 急に機嫌が良くなったイリスに、ヴェリオルは小さく溜息を吐いた。

「……お前は本当に金が好きだな。段々守銭奴のようになってきているが大丈夫か?」

 心外だというようにイリスが顔を歪める。

「私は家族がまともに暮らせるお金が欲しいだけです」

「ああ、お前も色々と苦労したようだな。アードン――お前の父は仕事はそこそこ出来るのだが、世の中を上手く渡っていく能力がないというか、情にほだされやすいというか……。まあ元々跡継ぎではなかったし、その為の教育を受けていなかったのだから仕方がない部分もあるがな」

 ヴェリオルの言葉にイリスは驚いた。

「ご存知だったのですか?」

 ヴェリオルの言う通り、イリスの父はアードン家の三男で、本来なら跡継ぎではない。

 小さい頃は病弱で、優秀な兄達と比べれば幾分劣っていたこともあり、『静養』という名のもとに田舎の別荘に厄介払いをされていたのだ。

 ところが跡継ぎである兄達が急逝し、イリスの父は無理矢理呼び戻され跡継ぎとしての勉強と結婚を強制された。

 結婚相手が美しく優しい人物で、すぐに相思相愛の仲になれたのは幸いだった――といっても落ちぶれてからは二人の関係には亀裂が生じているが。

 昔はイリスもよく父に連れられて田舎に遊びに行ったのだ。

 ジンとまだ幼いイリスと、田舎の別荘の管理人をしていた夫婦の孫も一緒に野山を駆け回り虫を捕まえた。

 その後生活が苦しくなり別荘も人手に渡り、管理人夫婦と孫――つまりケティはアードンの屋敷に移り住み、今に至る。

「まあ、金の心配ばかりそうするな。お前の兄の給金も入るし、馬鹿みたいに騙されないようアードンには厳重に注意しておいてやろう。この先のことを考えれば、アードン家が今の状態では問題があるからな」

 そこでハッとイリスは思い出した。

「兄様! 給金ということは、働き始めましたの!?」

 ヴェリオルが片眉を上げる。

「言ってなかったか? 先日研究所に視察に行ったが、色々と面白い物を作っていたな」


 兄様が働いている……!


 イリスは感激し、目に涙を浮かべて微笑んだ。

「そうですか……。兄は元気でしたか? 一生懸命働いていましたか?」

「元気……かどうかは分からぬ外見をしていたが、楽しそうにしていたぞ。役に立つ人材であることは確かなようだ。このままお前の兄には研究所で働いてもらおう――一生……な」

「まあ! 一生雇ってもらえますの? ありがとうございます陛下」

 嬉しさのあまり手を握ってくるイリスにヴェリオルは口角を上げる。

「さあ、寝るぞ」

「ええ。今宵は良い夢が見られそうです」

 すっかり機嫌がよくなったイリスは、ヴェリオルが抱き寄せても抵抗はするが文句を言うことなく眠りについた。


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