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第36話

 朝、目が覚めると既にヴェリオルは隣にいなかった。


「おはようございます、イリス様」


 控えていたケティがすぐにドレスを持ってイリスの元に来る。

「おはようケティ。女官長は?」

「朝食を取りに行っています」

 イリスは未だにフェルディーナを『女官長』と呼んでいる。

 フェルディーナと呼ぶより女官長と呼んだ方がしっくりくるという理由からで、最初はいちいち訂正していたフェルディーナも最近は『女官長でいいです』と諦め受け入れていた。

 その後、着替えと朝食を済ませたイリスは、食後のお茶を手に持ったまま困ったように窓の外を見つめた。


「暇ね……」


「散歩に行きますか?」

 フェルディーナの言葉に首を横に振る。

 昨日あんな事があったばかりで庭園に行く気にはなれない。

「では本を借りてまいりましょうか」

 その言葉にも首を振る。

 さすがにあれ程の怪我をした場所に行く気にはならないし、もしかするとまた何かあるかもと考えると、侍女にも行ってほしくない。

「イリス様は、絵を描いたり楽器を演奏したりはなさらないのですか?」

 そういった趣味はない。

 もし絵の具や楽器を買うお金があるなら、それで食料品を買った方が良いとイリスは思う。

 ケティがパンッと手を叩いた。

「そうだ! イリス様、何か窓から外に投げてみますか? きっとスカッとします!」

「それをやりたいのはケティでしょ?」

 イリスは苦笑してお茶を一口飲んだ。

 よく考えると自分には趣味と言えるものがないと、今更ながらイリスは気付く。

「お金が掛からず且つ楽しい趣味はないのかしら?」

 その呟きにフェルディーナが答えた。

「歌や踊りはどうでしょうか?」

「それは美しい人がやる趣味でしょう?」

「…………」

 別に容姿よくないからといって、歌や踊りが駄目とはならない筈だが……本当に趣味を持ちたいと思っているのだろうか?

 フェルディーナが微かに眉を寄せる。

「専用娯楽室か、もしくは専用庭園を下さるよう陛下にお願いしてみてはいかがですか?」

「専用……?」

「この西棟は造りが非常に悪く側室同士が顔を合わせやすいので、他の側室と会うことなく……そうですね、この隣の部屋を娯楽室にしてもらうか窓側から出入り出来る専用庭園を作ってもらうというのはどうでしょう」

「…………」

 頬に手を当ててイリスは少し悩んだが、やはりこの案にも首を振った。

「そこまでされてもねぇ」

 そこで、ケティが以前から疑問に思っていた事をフェルディーナに訊く。

「そういえば、後宮は何故変わった造りなのですか?」

 フェルディーナは「あぁ……」と頷いてその理由を話した。

「昔は規則が緩く、塀も無く建物も立派だったそうですよ。ところが数代前の王の時代に側室同士の対立が激化し、側室が後宮を抜け出したり転落死したりという事が相次いだので、塀で囲い、建物の二階から上を壊して一階を無理矢理増築したそうです」

 イリスが首を傾げる。

「転落死……は分かるけど、抜け出すのは何故なの? 私みたいに帰りたい側室が逃亡したという事かしら?」

「いえ、むしろ逆です。王と似た容姿の男を外に用意しておき、抜け出して交わり子を成すのですよ」

「え……? それで子が出来ても『王の子』ではないでしょ?」

「そんなものはバレなければ良いのです」

「…………」

 イリスは呆れたように息を吐く。

「そこまでするの?」

「えげつないでございますねぇ」

 ケティも眉を寄せて深く頷いた。

 フェルディーナがイリスのカップにお茶のおかわりを注ぎながら、少しだけ口角を上げる。

「それだけこの国の王妃の座や世継の母の座というのは魅力的なのでしょう」

「さっぱり分からないわ。どう考えれば王妃や世継を産む事に魅力を感じるのかしら」

「権力と金、ですね」

「お金……は欲しいけど、危険が伴うのは嫌よ」

 緩やかに首を横にふるイリスにフェルディーナが笑った。

「そういうところが――いえ」

 途中で言葉を止めてポットを置いたフェルディーナを、イリスが不思議そうに見上げる。

「あぁ、そうです。私、竪琴を演奏致します」

 イリスが少しだけ目を見開いた。

「まあ女官長、竪琴を弾けるの?」

「それは素敵でございますねぇ」

 フェルディーナは隣室から竪琴を持ってきて演奏を始め、そして美しい曲にのせて歌う。

 その歌声にイリスもケティも驚いた。


 なんて綺麗な歌声――。


 貧乏故に音楽を聴く余裕などなかったが、それでも素晴らしいことは分かる。

 うっとりとフェルディーナの奏でる音楽と歌に聞き入っていると、いつの間にかもう昼になっていた。

「良かったわ。こんな素敵な歌をタダで聴けるなんて得した気分よ」

「本当に。危うくフェルディーナ様に恋してしまいそうでした」

 そこでイリスは思い付く。

「そうだわ! 後宮から出た暁には、弾き語りを披露しながら一緒に王都を巡りましょう」

「おひねりが沢山貰えそうですね!」

 身近に転がっていた収入源に目を輝かせるイリスに苦笑して、フェルディーナは竪琴を鞄に片付けながら時計にチラリと視線を向けた。

「そろそろ昼食の準備をしましょうか。ケティさん」

「はい!」

 ケティがティーセットを片付け、いつものようにフェルディーナが食事を取りに行く。

 フェルディーナの竪琴のおかげで、イリスは機嫌よくその後を過ごした。




「太鼓……ならどうでしょうか」

「そうね。それならいけるかもしれないわね」


 真剣な表情で相談するイリスとケティを尻目にフェルディーナは竪琴を傍らに置く。

 昨日、初めて聴いた竪琴が気に入った様子のイリスは、今日もフェルディーナに弾き語りをしてほしいと頼んだ。

 そしてイリスとケティは今、フェルディーナの竪琴に合わせる楽器を考えている。

 ここから出られるかどうかさえ分からないのに、本気で王都を巡る計画を立てる二人にフェルディーナは苦笑した。

「太鼓もただ叩けば良いというものではありませんから。難しいと思いますよ」

 やんわりと進言すると、イリスとケティが振り向き眉を寄せる。

「そう……。やはり楽器は難しいかしら。でも弾き語りだけでは飽きられるのも早いと思うの」

「楽器が駄目なら芸でございますよねぇ……」

 ケティが唇に指を当てて考える。

「……私、生首投げしか出来ません」

「うーん、それはちょっと駄目かしら」

「他に投げる物……やはり曲芸といえばナイフ投げですよね。食事用のナイフで練習してみましょうか?」

「そうねぇ……」

 イリスは少し考えて、それからハッと思いついた。

「ユインが出来るかもしれないわ」

 その言葉にケティもパンッと手を叩く。

「ああ! 騎士様ならきっと可能でございます! 訊いてみましょう」

 ケティがドアに向かい、イリスも立ち上がってそれに続く。更にその後にフェルディーナが続いた。

 ケティは内側から二度ドアを叩くと、そっとノブを回す。

 廊下に立っていたユインがイリスの姿を認めて敬礼をした。


「ユイン、ナイフ投げは出来るかしら?」


 単刀直入にイリスは訊く、が、突然過ぎる質問にユインは困惑した。

「は? ナイフ、ですか?」

 頷くイリスに首を傾げながらユインはそれを肯定する。

「はい。一応出来ます」

 ケティが頭の上に両手で丸を作って更に訊く。

「頭の上に載せた果物をナイフで狙い撃ち出来ますか?」

「…………」

 ユインは眉を寄せて小さく唸った。

「基本的に私はナイフを使わないので、ある程度は出来ますが、そこまでとなると少々難しいです」

 イリスとケティが肩を落とす。

「そう、残念ね」

「残念でございますねぇ」

 まるでナイフ投げが出来なくてはならないような雰囲気に、ユインは戸惑った。

「あの……、必要なら練習致しますが」

 溜息を吐いていたイリスがパッと顔を上げる。

「まあ! 本当に!?」

「さすが騎士様でございます!」

 気を遣って発した言葉が想像以上にイリスを喜ばせたことに、ユインは驚きを通り越して引きつり、そして疑問に思った。

「ちなみに何故ナイフ投げが必要なのですか?」

 イリスは笑顔で答える。

「芸を披露しながら王都を巡るのよ」

「……は?」

「女官長は弾き語りをするから、ユインはナイフ投げをしてちょうだい」

「……まさかとは思いますが、大道芸ですか?」

「そうよ」

「…………」

 騎士の誇りを捨て大道芸をしろと言うのか、いや、それ以前に……。

「イリス様はお立場上、城外には気軽に出られないのではないですか?」

「ええ。だから家に帰ってからの話よ」

「帰る……? それは――」

 ユインが言葉を途中で切って振り向く。

 廊下に響く複数の足音――。

「こちらに向かって来ているようです」

 フェルディーナがイリスの背に手を添える。

「イリス様、中に入りましょう」

「そうね」

 側室達と顔を合わせるのは面倒と、部屋に入ろうとするイリス。

 その耳に、大きな声が届いた。


「イリスお姉様~! お待ちになって~!」


「……え?」

 イリスは驚き振り向いた。


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