「拉致られ兄妹」
「研究所からの迎えが来る」
モルトの言葉に空飛ぶ馬車の研究中だったジンは首を傾げて振り向いた。
「研究所……?」
「あぁ。研究所だ。そこで研究に専念するようにと、陛下が自らお前を推薦してくださったらしい」
「え……!?」
驚くジン。
モルトは暗い表情で溜息を吐いた。
「鋼鉄薬に興味をもたれたようだ」
「鋼鉄薬に……!?」
パッと明るい表情になったジンに、モルトは更に深い溜息を吐く。
「私の研究が認められたのですね!」
「……喜んでくれるな。存在を公表していない研究所……国の機密に関わる研究をしているに違いない。おそらくは――いや、とにかくそんな所に行ったら無事戻ってこれる保証はない。すぐに逃げるんだ」
「しかし、そこに行けば思う存分研究が出来るのでしょう? それに逃げれば父さんと母さん、それにイリスにも何らかの影響があるのでは――」
その時、部屋の外から悲鳴のような声が聞こえた。
何事かとモルトとジンが思った瞬間、ドアが開き人が数人断りもなく部屋に入って来る。
「な……!」
騎士が二人と白衣を着た男達――。
その中でも年長と思われる白衣を着た髭の男が、ニコニコと笑いながらジンに握手を求めた。
「君がジンか。これから宜しく頼むよ」
髭の男に手をブンブンと振り回されて呆然としている間に、他の者達が素早く持参した箱に部屋の中の物を詰め込んでいく。
「さあ、行こうか」
騎士に左右から腕を掴まれたジンが連れていかれそうになり、モルトは慌ててその前に立ちはだかった。
「お待ちください!息子は研究所には行きませ――」
一行はモルトの存在をあっさり無視し、ジンを引き連れ歩いていく。
モルトはその後を必死に追った。
「話を聞いてください!」
玄関まで行くと、視線を彷徨わせてオロオロと歩き回っていたモルトの妻であるグリーと使用人であるケティの祖父母が、ジンの姿を目にして悲鳴をあげる。
「ジン! お前までどうして!」
泣き崩れるグリーを支えるモルト。
「父さん、母さん……! 大丈夫、心配しないでください」
馬車に押し込まれ連れ去られるジン。
娘に続き息子までも……。
「どうしてこんな事になってしまったのだ」
まるでイリスが連れ去られた時の再現を見ているようだ。
アードン夫妻は抱き合って馬車が去っていった方向を見つめ続けた。