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第30話

「私ー、ケティ・ニエルはー、今後何があろうともー、イリス様を全力で守る事を誓いますー!魑魅魍魎が蠢くこの場所を戦い抜きー、新天地へと辿り着くまでー、我の血は流れても貴女の涙は一滴たりとも流させはしないー!!」


 直立不動で宣言するケティに、イリスは呆然とした。

「ケティ……?」

 女官長に隣室に連れ去られて小一時間、たったそれだけの間に何があったと言うのか。

 少し前までのやつれた表情から一転、髪も結い直し、綺麗に化粧を施したケティは強い決意を秘めた瞳でイリスを見つめる。

「後半は意味不明な部分もありますが、まあ良いでしょう」

 ケティの後ろに立っている女官長が軽く頷く。

 イリスはケティから女官長に視線を移した。

「女官長……これは……」

「『女官長』ではありません。フェルディーナです。『ディーナ』とお呼び下さい」

 女官長改めフェルディーナは、パンパンと手を打ちケティに告げた。

「さあ、昼食の時間です。準備をしましょう」

「はい! 私、取りに行ってきます」

 ビシッと背筋を伸ばしてケティは部屋を飛び出す。

「…………」

 ケティが元気になった。

 それは良い……のだが。

「ケティに何をしたの?」

 イリスの質問にフェルディーナはわざとらしく首を傾げる。

「私はただ『一緒にイリス様を支えていきましょう』と言っただけでございます」

「…………」

 それだけで立ち直れるような状態ではなかった筈だ。

 女官長だった頃には感じた事のない胡散臭さにイリスが眉を寄せた時、ケティが厨房から戻ってきた。

「ただいま戻りました!」

 テキパキとテーブルに料理を並べ、ケティは腕まくりしてフォークを手に持つ。

「では私めが毒味を致します!」

「毒味!?」

 驚いたイリスが身体を起こそうとして痛みに呻く。

「イリス様!」

 ケティが駆け寄り、フェルディーナがイリスの肩に手を置く。

「無理をなさらないで下さい。ケティさん、そのフォークをこちらに」

 ケティが握りしめたままのフォークをフェルディーナが取り上げる。

「毒味は私がやりましょう。ケティさんは毒に耐性があるので毒味には不向きです」

 フェルディーナの言葉にイリスが目を見開いた。

「耐性……? どういう事なの?」

 フェルディーナはテーブルに行き、料理を少しだけフォークで掬う。

「イリス様のお兄様が作られた鋼鉄の身体になる薬、あれには毒に耐性のある身体になるという効能があったようです。従ってイリス様とケティさんは毒に耐性があり、そのおかげで以前毒を盛られた時にも助かったのです」

「…………!!」

 淡々と驚くべき事実を語られ、イリスは唖然とした。


 毒を盛られた……。


 あの激しく嘔吐した日、あれはやはり風邪ではなく毒だったのか。

 そしてまさかあの怪しい薬にそんな効能があったなんて……。

 兄はいったい何の研究をしているのかと初めて疑問に思いながらチラリとケティに目を向けると、同じようにポカンと口を開けて驚いていた。

 そんな二人をよそにフェルディーナは料理を次々に毒味していく。

 ぼーっとイリスはその様子を見ていた……が、ハッととんでもない事に気付いた。

「では、もしその食事に毒が入っていて毒に耐性が無い女官長が食べたら……!」

「死にます」

「駄目よ! やめてちょうだい!」

 すべての料理を毒味した女官長はフォークを置き、イリスに向かって微笑んだ。

「侍女とはそういうものです。いくら耐性があるからと言っても、大量に盛られたり毒の種類によっては危険があります。毒味は必要です。どうしてもお嫌なら小動物を飼ってそれに毒味させますが、いかがなさいますか?」

「……どっちも嫌よ」

 目の前で侍女が死ぬのも小動物が死ぬのも見たいとは思わない。

 フェルディーナは溜息を吐いて、小皿に料理を移してケティに押し付けるように渡す。

「分かりました。イリス様がそこまでおっしゃるのなら毒味はやめます。優しい主人に仕える事が出来て幸せですわ。ねえケティさん」

 鋭い視線を向けられたケティが力強く頷いた。

「はい! 幸せです!」

「…………」

 やはり……胡散臭い。

 毒味をしないなど絶対に嘘だと思いながら、イリスは赤ん坊のように口を開けて料理を少しずつケティに食べさせてもらった。





「陛下、女官長を復職させてあげて下さい」

「開口一番それか?」


 夜、部屋に来たヴェリオルにイリスが懇願する。

「ケティが元気になった事に関しては良かったと思いますが、それ以上に……何と言うか、大袈裟に言うと洗脳……されているような気がしてならないのです」

 女官長の指示通りに動くケティは訓練中の騎士のようにも見え、ケティらしさが無い。

「俺も引き止めたが自らやめた。女官長の抜けた穴を埋める為に俺の侍女や女官を後宮に配属させたりと、こちらも迷惑しているのだ。それとケティと言う侍女なら大丈夫だと思うが。簡単に元気になった単純頭なら、すぐに以前のような明るさだけが取り柄の役立たずに戻るだろう。さあ、もう寝ろ」

 ヴェリオルは上着を脱いでベッドに入り、不満げなイリスの額にキスをして頬を撫でた。

 フェルディーナを女官長に戻す事は出来ないようだ。

 その上ケティの悪口まで言われてしまった。

「それと陛下、どうして私に毒が盛られた事を教えてくれなかったのですか?」

「…………」

 ヴェリオルが苦い顔で視線を天井に向ける。

「陛下――」

「不安にさせたく無かっただけだ。さあ、もう寝ろ」

 イリスは深い溜息を吐いて、目を瞑るヴェリオルの横顔を見つめた。

「ところで陛下……」

「まだ何かあるのか」

 目を開けて苛ついた様子を見せるヴェリオルにイリスは言う。

「どなたか他の側室のところに行っていただけませんか?」

「……お前はそればかりだな」

 顰め面になったヴェリオルに、イリスも眉を寄せる。

「お相手出来なくて心苦しゅうございます」

「……そんな事は気にするな」

「陛下がいらっしゃると緊張してゆっくり眠れません」

「慣れろ」

 横柄な態度で言い放つヴェリオルの服をイリスが左手で掴む。

「何故私のところに来るのですか。こんなにブサイクで身体も良くないのに」

「…………」

 ヴェリオルは溜息を吐いて身体を起こし、負担にならないように気を付けながらイリスに覆いかぶさった。

「本当に分からぬのか?」

 ヴェリオルの真っ直ぐな瞳が心までも覗こうとするようにイリスの瞳に近付く。


「…………」

「…………」


 イリスの視線が彷徨い逃げた。

「……そうだな」

 逃げる瞳を追うようにヴェリオルの顔が動く。

「確かに美しい女なら沢山いるが、お前程愛嬌のある顔の女はいない」

 ヴェリオルが右手でそっとイリスの瞼に触れる。

「この少し離れた大きく丸い目も……」

 指先を鼻に滑らせる。

「有るのか無いのか分からない程小さく低い鼻も……」

 唇をくすぐる。

「大きな口も、慣れれば愛らしい。身体とて、始めは男を抱いているのかと何度も錯覚したが、今ではこの中性的な感じが男も女も一度に味わえて得をしているような気が――どうしたイリス?」

 プルプルと震え始めたイリスにヴェリオルが首を傾げた。

 良く見れば目にうっすらと涙が浮かんでいるようだ。

「痛むのか?」

 イリスは笑みを浮かべて首を振る。

「いいえ。ただ、ここまではっきりと言われた事が無かったものですから……、肉体に続き精神にも少しだけ打撃を受けた気分です」

 今まで――後宮に入ってからでさえ、ブサイクと言われる事はあっても面と向かってこれ程的確に特徴を言われる事は無かった。

 自分の顔がどんなものかは分かってはいたが、さすがに心に突き刺さる。

 イリスが左手でヴェリオルの胸を押した。

「そんなにこの顔がお好きなら池に行けば宜しいのではないですか? ゲコゲコ鳴いて飛び跳ねておりますわ」

 ヴェリオルが驚き、慌ててイリスの頬を撫でる。

「イリス……! 別に俺はそんなつもりで言ったのではない。確かにお前は蛙顔だが、姿形は重要視するべき点ではなくむしろ――」

「分かりました。痛いです、触らないで下さい。もうゆっくり寝たいので出て行って下さい。久し振りにメアリアさんの所に行ってはいかがですか? 若く女らしい肉体を思う存分貪って下さい。きっと夢から醒めたような気持ちになりますわよ」

「イリス!」

 ヴェリオルの身体を押し退けて、イリスは目を閉じる。

 ドクドクと心臓が大きく鳴り、頭が痛い気がした。

「イリス、違うのだ。むしろ人の魅力というのは内面にあり、いくら外見を着飾ろうとも心が醜ければ――」

「静かにして下さいませんか?」

「――その点お前は実に面白い。飽きの来ない味わいがお前にはあり、それは政務に疲れた心に楽しみを与えてくれ……」

 イリスは深く深く溜息を吐く。

 結局何が言いたいのか分からないヴェリオルの話は暫く続き、翌朝イリスは酷い頭痛に悩まされた。


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