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「鋼鉄の身体作戦・改」

「イリスが怪我をした」


 夜、珍しく部屋に来た父親から告げられた言葉に、ジンは目を見開いた。

「何だって……?」

 何の間違いか後宮に連れ去られて三年目。

 父親譲りのブサイクでは寵愛など得る筈もない、そろそろ家に戻ってくるだろうと思っていたジンにとって、この報告は思いもよらないものだった。

 ジンがヨロヨロと立ち上がる。

 机の上にあったノートがバサリと床に落ちた。

「どうして!いや、それより容態は!?」

 ジンに詰め寄られた父親――モルト・アードンが苦し気な表情で視線を逸らす。

「倒れてきた本棚の下敷きになり、骨を数本折って顔や頭にも怪我をしたそうだ」

「…………!」

 事故なのか。しかし本棚が倒れてくるなど……。

「後宮の安全管理はどうなっているのですか」

 定期的な点検がされていないのか。

 そんな危険な場所にイリスを置いてはおけない。

「すぐに家に帰れるように頼んで下さい」

 ジンの言葉にモルトは視線を床に落とした。

「すまない、無理だ」

「そんな……!」

「出来ればとっくにやっている」

 一応は大臣補佐という立場ではあるが、実際は雑用係に等しい。

 権力争いから逃げ、金も無いモルトには力も無い。

 宰相からイリスの怪我を知らされはしたが、懇願してもイリスにも王にも面会する機会さえ与えられなかったのだ。

「実は……、イリスは陛下に気に入られているようなのだ」

「え……!? 何故!」

「分からない」

 家族にとっては可愛い妹であり娘だが、あの顔で気に入られるなど考えられない。

 モルトが眉を寄せ、ジンが首を傾げる。

「本当なのですか?」

「本当だ。ここ数ヶ月、城に行くのが嫌になるくらい風当たりが強い」

 そういえば数ヶ月前よりモルトの顔がやつれている。

 本当なのか。ではまさか……。

「陛下は変態な趣味をお持ちなのか……?」

 他の側室には出来ないような事をイリス相手にしといると言うならば納得もいく、と呟くジンの口をモルトは慌てて手で塞いだ。

「滅多なことを口にするな。何処で誰が聞いているか分からないのだぞ」

 ビクビクと怯えるモルトに眉を寄せてジンは頷く。

「分かりました」

 不安な表情のモルトの肩を叩きながらジンは考える。

 そんな事より今はイリスの怪我だ。

 イリスには病気にも怪我にも負けない、そして来るべき食糧危機に備えて何を食べても大丈夫な胃袋にする為に『鋼鉄薬』を飲ませていた。

 ちょっとやそっとの事では折れない筈の骨が折れたというのか。

 鋼鉄薬は不完全だったのだろうか?

 それともさすがに本棚には勝てなかったのか。

 ジンは壁ぎわにある棚に並ぶ緑色のブヨブヨとした物体の横から、一冊のノートを取り出す。

 びっしりと書き込まれているのは野草やきのこの絵と名前、それに効能。


 薬は毒になり、毒は薬になる。


 自らの身体を使い実験を繰り返して完成した鋼鉄薬を、イリスとついでにケティにも飲ませていた。

 今、妹の為に自分が出来る事は……。

「父さん、部屋から出て行って下さい」

 もう一度、一から考え直す。

 蝋燭の炎を頼りに背中を丸め一心不乱にノートを捲るガリガリに痩せたジンの姿は、まるで獲物に食らいつくゾンビのように見えた。





「父さん……」

 早朝、妻にも使用人にも見送られる事無く城に向かおうとしていたモルトは、聞こえた声に振り向き驚いた。

 数日前より更に痩せて骨と皮だけの姿になった息子が、這いずりながらこちらに向かって来ていた。

「ジン……!」

 駆け寄るモルトに、ジンは瓶を一本渡す。

「これを……イリスに。『鋼鉄薬・改』です」

 瓶の中にはドロドロとした緑色の液体が入っていた。

「これを飲めば、きっと怪我などすぐに治ります」

「ジン……」

「空飛ぶ馬車が完成したら、大空を駆けて迎えに行くとイリスに伝えて下さい」

 空飛ぶ馬車……、まだそんな夢みたいな事を言っているのかと呆れる気持ちを押さえ、モルトはジンの目を見つめてゆっくりと頷いた。

「分かった。宰相に頼んでみよう。……ただし、あまり期待はしないでくれ」

 むしろ怪しい物を城に持ち込んだとお叱りを受ける可能性の方が高いだろう。

 それでもモルトは、ジンの為にもイリスの為にも少しだけ勇気を出そうと決意した。

「……頑張ってみよう」

「お願いします、父さん」

 モルトは瓶を抱きしめ、家から出て行く。

 その姿を見送って、ジンは力を振り絞り立ち上がった。


「空飛ぶ馬車を……完成させる!」


 可愛い妹を助けるには空飛ぶ馬車が必要だ。

 更なる研究をする為に、ジンは自室へと戻った。


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