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第28話

 夜中、浅い眠りから痛みで目を覚ましたイリスが呻く。

「痛むのだな。待っていろ」

 イリスの横で眠っていたヴェリオルが起き上がり、サイドテーブルの上に置いてあった小さな紙の包みを手に取り中身と水を自分の口に含む。

 そしてそのまま二人の唇を合わせ、イリスの口内にそれを少しずつ流し込んだ。

 飲み込んだところで一旦唇を離し、もう一度軽く口付けてヴェリオルはイリスの左頬を撫でる。

「すぐに薬が効く」

「……普通に飲ませていただきたいのですが。いえ、それより帰っていただけませんか?」

 うんざりとした感じで、イリスは左手でヴェリオルの身体を軽く押して自分から離した。

 宣言通り夜やって来たヴェリオルは、ケティを下がらせて自ら色々と世話をしてくる。

 それが少々行き過ぎなところがあり、イリスにとってははっきり言って迷惑だった。

「陛下に……というか男性にされたくない事もございます」

「大丈夫だ。下の世話ぐらい出来る。それに今更恥ずかしがる事など――」


「帰ってください!」


 思わず大きな声を出し、身体に痛みが走る。

「無理をするな」

 額に浮かんだ汗をヴェリオルが拭った。

「陛下がなさるような事ではありません。それに眠らなければ政務に支障をきたします」

「これでも身体は鍛えている。多少眠らなくても問題ない」

 身体を鍛えているからといって、眠らなくても大丈夫という訳ではないだろう。

「ケティを呼びますので陛下はお帰り下さい」

「あの侍女を、か?」

 ヴェリオルはチラリとケティの部屋のドアを見て首を振る。

「論外だな。あれはもう役には立たないだろう」

「陛下……!」

「泣くばかりでお前の世話どころか自分の事さえまともに出来ていないではないか。あれでは怒る気にもなれん」

「…………」

 余程今回の事がショックだったのだろうが、たった二日で人はこうも変わるものなのだろうかと思う程、ケティはやつれていた。

 食事も睡眠も摂っていないとすぐに分かる隈の出来た顔と泣き過ぎて荒れた肌。

 化粧もしていない、髪もみっともなくほつれているその姿は憐れとしか言い様がなかった。

 怪我をしたのはケティの所為などではない、危険を感じていながらもその事を伝えていなかったのは自分の落ち度だとイリスは考えていたが、ケティは自分を激しく責める。


 早く元通りの元気で明るいケティになって欲しい。


 そうは思っても怪我をした自分の姿を見ては泣くケティをどう元気付ければ良いのかイリスには分からなかった。

「……では女官長をお借り出来ませんか?」

「駄目だ」

 女官の中では一番親しいと言って良い女官長だが、忙しい彼女を借りるのはやはり無理なのだろうか。

 そういえば……、ふとイリスは気付く。

 今日は女官長の姿を見ていない。

 いつもならヴェリオルがこの部屋に来る時には必ず一緒に来るのに、昼も夜もその姿は無かった。

 どうして……。

「陛下、今日は女官長の姿を見ておりませんが、何故ですか?」

 首が少し動き、額に置いてあった布が枕の上に落ちる。

 ヴェリオルはその布を拾い、冷たい水に浸して絞り、もう一度イリスの額にのせた。

「女官長はいない」

「いない?」

「ああ。……さあ、もう寝ろ」

 掛け布をイリスの肩まで引き上げ、ヴェリオルは隣に寝転ぶ。

「陛下」

 間近にある顔は既に目を瞑っていて、答える事を拒否しているようにも見えた。

 女官長はどうしたのか……いや、どうなったのか。

 嫌な考えが浮かぶ。

 自分の軽率な行動が周りを巻き込んだ。

 暗く沈んだ気持ちのまま目を閉じ、いつしかイリスは眠っていた。





 明け方、またも痛みで目を覚ましたイリスは、隣にヴェリオルが居ない事に気付いた。


「また痛むのか?」


 声が聞こえた方に視線を向けると、ベッド脇、サイドテーブルの所にヴェリオルは居た。

 椅子から立ち上がりペンをテーブルの上に置いたヴェリオルは、薬と水を持ってベッドに上がる。

「仕事……なさっていたのですか?」

「ああ、少しな」

 先程と同じように口移しで薬を飲ませられ、イリスが眉を寄せる。

「ですから、嫌だと言っているではありませんか」

「汗をかいているな。着替えるか?」

 イリスの苦情を聞こえない振りで無視し、ヴェリオルは替えの夜着を持って来て、出来るだけ負担が掛からないように慎重に着替えさせる。

「陛下……」

「服を着せるというのは意外に難しいものだな。ほら、出来たぞ」

 胸のリボンを形良く結んでヴェリオルが微笑む。

「…………」

「まだ早い。寝ろ」

 頬に口付けて離れようとするヴェリオルの袖を、イリスは掴んだ。

 二人の視線が絡み合う。


「ありがとうございます」


 ただ単純に世話をしてくれている事への礼を言っただけだった。

 しかしヴェリオルは目を見開き、唇を噛みしめて顔を背ける。

「陛下……?」

 大きな手がイリスの目を塞いだ。


「……すまない」


 何に対しての謝罪なのか。

 手が離れ、イリスが視線を向けた時には、もうヴェリオルは背中を向けていた。

「陛下……」

「――寝ろ」

 ベッドから下りたヴェリオルは、再びサイドテーブルに向かう。

 静寂の中、ペンを走らせる音だけが聞こえた。


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